
ひみちゅ!

「とある島の伝説」
大きな出来事
メインキャラクター:秋ちゃん
目標
大切な腕時計を壊してしまった妹を元気づける。
課題
修理の当てがない。保護者である村長もこれは直すことができないと言っている。
慈英島に伝わるわらべ唄では「イタズラ好きの妖精さんが時計の針を動かす」と歌われている。ただし、秋ちゃんは妖精なんて本当にいるはずがないという現実を理解している。
結末
【達成】
わらべ唄になぞらえた見立てトリックによって、妹に妖精が実在するという期待感を抱かせ、元気づけることに成功した。ただし、肝心の時計の修理に関しては依然当てがなく、いずれ彼女を失望させてしまうことが明らかだった。
また、村長から依頼を受けた名探偵が全ての謎を解き明かしてしまった。秋ちゃんは妹の前で自分がウソをついたことを認めるしかなくなってしまった。
しかし、名探偵たちも秋ちゃんのウソを糾弾するつもりは初めからなかった。彼女たちの友人である天才発明家が島を訪れ、あっという間に腕時計を直してくれた。
秋ちゃんのついたウソは、最終的にウソではなくなった。
心の変化
【ポジティブ】
妹も、イタズラに巻きこんでしまった村長も、事情を知ると秋ちゃんを許してくれた。ほっとした。腕時計も修理された。
また、天才発明家の正体はなんと妖精だった。意外な展開だったが、妖精が本当に実在するということを知り、かくして秋ちゃんのついたウソは結果的に全て真実となった。
妹と2人で幸せな秘密を共有することができた。
バトル
腕時計を素体としたハンニンダー。
苦戦
時計の針の波動でプリキュアの目を回したり、腕時計型の拘束具でプリキュアの動きを封じたりと、ハンニンダーの戦術が多彩。ニジー曰わく「君たちを倒す無敵のハンニンダー」。
勝利
プリキュアの諦めない思いが拘束を脱し、形勢逆転するきっかけをつくった。
あんなが海草を使って逆にハンニンダーをがんじがらめにする作戦を思いつき、成功させた。
ピックアップ
わらべ唄

ジェット先輩に感謝している割には妙に不吉な表現が目立つ。
ただ、よく考えてみると「きがたおされた」「らくがきされた」「まんじゅうきえた」の3点はいずれも(善意で受け入れたとはいえ)島民が損を被った出来事だったといえる。これに対して島民が受けた益(恩)は「とけいのはりがうごきだす」の1点のみ。
漂流してきたジェット先輩が広汎に諸々やらかした一連の出来事は、島民にとって「いたずらずきのようせいさん」と評するに充分な印象だったのだろう。
ただしその一方で、「とうとうしまもきえちゃった」(島を改名した)というのはジェット先輩が知りえない時と場所で行われた出来事だ。これはジェット先輩の“イタズラ”ではない。
これは受けた恩に対する島民たちの感謝の思いだ。おそらく、時計台を直してもらったことは、当時の島民たちにとって、ジェット先輩に許した“イタズラ”を差し引いても余りある返礼だったのだろう。唄における言いまわしは妙に不吉だが、ここに感謝の念が篭もっていることは疑いようもない。
不思議な表現になっているのは、おそらく、島民たちのジェット先輩に対して“イタズラ”でやり返してやりたいという、親愛の情が込められているからなのだろう。恩には恩で返すと同時に、イタズラにはイタズラで返してやりたいのだ。
ジェット先輩の知らないところで島の改名が決まったこと自体、もしかしたら当時の島民たちのイタズラの一環だったのかもしれない。
慈英島

「慈」とはもちろん“いつくしむ”という意味の字。「したごころ」に「茲(ここ=此)」という構成。
「茲(ここ)」とは、語り手と聞き手の二者が存在する空間を表している。つまりコミュニケーションが行われている光景を表現した字。ここに「心」の意を示す部首を合わせているのだから、非常に深く“人間らしい愛情ある営み”を表現していることがわかる。
「英」は本来“美しい花”を表す字である。「くさかんむり」に「央」という構成。
「央」自体は“まんなか”という意味なのだが、音の似た「景」(古い中国語ではどちらもyingと読む)に通じ、ここから“光り輝くもの”という意味が生まれる。だから「草」を示す部首と合わせて“美しい花”。
「慈」も「英」も、どちらも非常に良い意味を持った漢字である。
身も心も美しい人、といったところか。
もちろん「ジェット」をもじった「慈英島」ではあるのだが、当て字のチョイスに当時の島民のジェット先輩への好感がありありと表れている。
このあたりからも、わらべ唄に悪感情が込められているはずがないという根拠を見出すことができる。
まんじゅうの製造停止

おう。そんな気軽に基幹産業の運転を止めるとか、リアルに考えたらリコールもんだぞ、村長。
しかも自分の不正のせいで台無しにしてるしな、村長。
実際のところ、島からまんじゅうを出荷している(「慈英島の饅頭」なんて屋号があるからには本土にも卸しているはず)のだから、船便の出航直後とかでもない限り倉庫にある程度は在庫があるはずで、あんまり意味のない施策だったと思われる。ヤボな話。
チェーンソー

チェーンで繋がれた小さい刃を回転させて切断する道具、というアイディアが最初に生まれたのは1830年ごろ、外科手術の場でのことだった。
このときは手回し式で、骨を切断する用途だったという。
樹木を切断するパワーを備えた動力式のチェーンソーが最初に発明されたのは1905年。
ただし、これはどちらかというと切り倒した丸太を木材に加工する用途、あるいは後に残った切り株をより根本まで切り出して無駄なく利用するための道具だった。現代のように立木を切り倒す用途は想定されていない。
また、そもそも機構自体が巨大で、山林へ運ぶにはそりに乗せて数人がかりで運ぶ必要があった。
樹木を伐採する用途で使えるチェーンソーが市販されるようになったのは、1920年代後半のこと。
ドルマー社やフェスト社をはじめ、各国の複数企業が相次いで売り出すようになったが、この当時も依然としてチェーンソーは巨大。だいたい60kgほどあったそうで、2人がかりで使用する前提だった。
現代のように1人で携行して1人で使用できるまでの小型化は、1950年ごろまで待つ必要がある。
何が言いたいかって、1900年ごろにチェーンソーをぶん回しているジェット先輩、やっぱすげえなって。軽く50年は人類史の先を行ってるよ。
名探偵の原罪
「見えた。これが答えだ!」
「・・・けど、本当にいいのかな? ――それでも真実を明かさなきゃ」
「ええ。・・・名探偵として」

「後期クイーン問題」と呼ばれる有名な2つのテーゼがあります。
そのうちの片方が、「探偵がまるで神であるかのようにふるまい、登場人物たちの運命を決定してしまうことの是非について」。
ミステリ小説における名探偵の役割は、事件の謎を全て解き明かすことにあります。
大抵の場合、名探偵は悪辣な犯人の狡猾な犯行の全容を明らかにし、糾弾することで、社会正義と秩序を守ります。
結果、名探偵とは超人的な頭脳を持つ、一種のヒーローとしてしばしば描かれることになります。
しかし、現実的に考えて、真実を明らかにすることは必ずしも正義にかなう行いといえるでしょうか?
たとえば、犯行がバレた犯人が破れかぶれに次の犯罪(たとえば関係者全員を殺して口封じ)を行う、そんなきっかけをつくってしまうことがあるかもしれません。
幸い、あんなやみくるはプリキュアに変身できるので、犯人さえ特定できればその場で制圧することができます。怪盗団ファントムは謎解きをされた時点で実際に「ハンニンダーで暴れる」という次の犯行を行っていますが、今のところその全てを解決できています。
これはまあいい。
もうひとつ。そもそも犯人を糾弾することが誰の幸せにもつながらない場合もあります。
要は今回のケースですね。秋ちゃんは大切な腕時計を壊してしまった小春ちゃんを慰めるため、妖精の存在をでっち上げようとしました。
秋ちゃんに悪意はありません。むしろ優しい子だからこそ、今回のイタズラを思いつき、実行しました。
あんなたちが彼女の罪を明らかにしたところで、誰も彼女を罰しようとは考えないでしょう。
それどころか、名探偵として妖精の非実在性を証明することで、かえって小春ちゃんを傷つけてしまう結果にもつながりかねません。
「名探偵はいろいろな事件を調べて解決し人々を助ける、みんなの憧れ、希望! 私はそんな名探偵になるために探偵テストを受けに来たんです!」(第1話)
みくるが、そしてあんなが信じている名探偵のヒーロー性は、実はただ頭脳明晰なだけでは必ずしも実現されません。
謎解きはそれ自体が必然的に倫理を伴うわけではありません。力なき正義は無意味で、正義なき力もまた無意味だというのはよく語られる話ですが、名探偵の場合も同じく、推理力と正義は別に考えなければならない概念なのです。
もし名探偵が全知全能の神であるなら、こんなテーゼに意味はないでしょう。全知全能ならどんな状況からでも全て丸く収めてしまえばよろしい。
しかし、名探偵は神のごとき力を持ちながら、あくまで人間なのです。愚かで、情けなくて、できることにはどうしても限界がある存在なのです。
たかが人間の身でありながら、まるで神であるかのようにふるまう罪深さよ。

「ごめんね、小春。私、ウソついちゃった。妖精さんは本当にいるんだって――」
「お姉ちゃん・・・」
人一倍ウソというものを嫌うあんなの信念の前に、今回このテーゼが立ち塞がります。
真実とは悪なのでしょうか?
ウソこそが正義という場面もありうるのでしょうか?
ウソは理不尽に誰かの大切なものを奪うからよくない。真実はその理不尽を正すことができるから望ましい。これまであんなたちはそういう論理で真実を武器とし、ウソと戦ってきました。
しかし、真実こそが誰かの大切なものを壊してしまう可能性も、現実にはありうるのです。
「ううん。それはウソじゃないよ」
・・・いいえ。
それでも、あんなたちはあくまで真実の正しさを信じます。
優しくて愚かな罪人


今話、あんなとみくるは一貫して名探偵として描かれます。
卓越した推理力と調査力を持ち、けっして間違わず、全ての真実を見通すスーパーヒーロー。
キュアット探偵事務所の名声も広まりつつあるようです。今回は村長からの依頼があって、呼ばれてこの慈英島にやってきました。
プリキットグミを使って亀から大昔の情報を聞きだし、プリキットミラールーペを使っていともたやすく犯行の痕跡を見つけます。
対する犯人は秋ちゃん。
凶悪犯と呼ぶにはほど遠く、知能犯と呼ぶにはあまりに拙い犯行。
名探偵と戦うにはあまりに脆弱な、まだほんのちいちゃな女の子。
全ては妹の小春ちゃんを元気づけるためでした。

しかし、妹に一番してあげたいことをするには、秋ちゃんはあまりに無力でした。
秋ちゃんに壊れた腕時計を直す力はありません。
もちろん、妖精を呼んで修理してもらう力もありません。

それでも元気になってほしい。
私にできることなら何でもする。どんなことであってもしてあげたい。
でも、秋ちゃんにできることは現実にはほとんどなくて。

こんなイタズラじゃ根本的な解決にならないことはわかっていました。
実際に妖精が現れることがない以上、その場しのぎのウソをついたところで、いつかまた小春ちゃんが悲しむことになることは承知の上でした。
それでもなんとかしてあげたい。放っておくことなんてできない。
その一心で、秋ちゃんは自ら自分を追い詰めていくことになります。
「お姉ちゃん! 妖精さん、本当にいたんだ!」
「だ、だから言ったでしょ。絶対いるって」
「すっごーい!」

人間とは愚かな存在ですね。
何もできないくせに、それでもどうにかしようとする。
できないことを無理にしようとして勝手に追い詰められていく。
力なき正義は無意味で、正義なき力も無意味。
けれど神ならざる私たちのこの身は、その両方を勝ち得ることなどできやしない。
それでも、なんとかしたい。
できないことをできるようになる必要がどうしてもあって、秋ちゃんは、ついにウソをついてしまいました。
「唄で『まんじゅうきえたら とけいのはりがうごきだす』って。だから、『妖精さんがやってきて時計を直してくれるよ』って言ったの。唄のとおりにいたずらすれば、小春も妖精さんのこと信じてくれるかなって」
ごめんね。
ウソをつきたくてウソをついたんじゃない。
本当にしてあげたかったのはもっと別のことで、だけど、それができなかったからウソに縋るしかなかった――。
子どもというのは無力なものです。
本当は大人だってたいがい無力なものですが、子どもは特に自分にできることの少なさを痛感しやすいもの。

だから、プリキュアという物語がここにあるのです。
女の子は誰でもプリキュアになれる
「サン! 見たまえ! ロク! 無敵の! キュー! 君たちを倒すハンニンダー!」
プリキュアとは夢の前借りです。
子どもの身では何もできない、どこにでもいる無力な女の子が、それでも目の前の困難をどうにかしたいと願う。
今この一瞬だけでいい。夢と現の狭間の泡沫に、どうか今だけ力を貸してほしい。
いつか努力して努力して努力して、いつかイケてるお姉さんになれたとき私が勝ち取るはずの、その力。
いつか手に入れるはずの私の力を、どうか、奇跡よ。今だけ少しだけ、先に使わせてほしい。
必要な努力は後でいくらでもするから。
約束するから。

「諦めたまえ。言っただろ、君たちを倒す無敵のハンニンダーだと」
「諦めない!」「あの時計は小春ちゃんが両親からもらった大切なもの!」「だからこそ秋ちゃんは小春ちゃんのためにがんばった! 時計には妹を思う、優しい気持ちがいっぱい込められている!」
無力な女の子にはできなかったことを、代わりにプリキュアが成し遂げます。
名探偵は神ではありません。プリキュアも神ではありません。
名探偵は人で、プリキュアだって人。
だけど、できないことをできるようになるために、ここにいる。
諦めないために、女の子はプリキュアになるのです。

「ううん。それはウソじゃないよ」
先ほどあんなは秋ちゃんに言いました。
秋ちゃん自身がウソをついたことを認めているにも関わらず、それでもそれはウソではないと否定しました。
実際のところ、この時点であんなたちに何か代案があったわけではありません。
あんなたちにも腕時計を直す技術なんかありませんし、その技術を持つジェット先輩が島に向かってきているという情報もこの時点ではまだ持っていませんでした。
別に、秋ちゃんにできないことが、あんなたちにならできるというわけではありませんでした。
それでも、あんなたちは秋ちゃんのウソをウソのままにしておくつもりはなかったのです。
プリキュアとは諦めないものだから。
「なんという暖かい姉妹愛だ! かわいい孫たちの笑顔のため、今回のイタズラは全て水に流すぞ!」
「お、いたいた。せっかくだし来てみようと思ったんだ。僕がつくった自慢の船であっという間だったよ。・・・ん? その時計――」
かくして、全てが丸く収まるように動きはじめます。

いかな名探偵といえど、あんなたちにこの展開が予知できていたわけではありません。
全ては偶然。あるいはちょっとした奇跡。
けれど、あんなが言ったとおり、結果的に秋ちゃんのウソはウソじゃなくなりました。
偶然ですが、必然です。
なにせ、あんなたちは諦める気がなかったから。
全てがうまくいくまで、諦めずにどうにかしようとしつづけるつもりだったから。
それがプリキュアです。
女の子なら誰でもなれる、絶対に負けない奇跡のヒーロー。
現実には変身ヒーローなんて存在しません。
現実にはプリキュアに変身できる子なんていません。
だけど、プリキュアみたいに諦めない女の子なら――、現実に存在したっておかしくありません。
だから、女の子は誰でもプリキュアになれるんです。
「思いの力は人を強くする。誰かを守りたいという、思いの力を持つ女の子は誰でもプリキュアになれる。そして、その力はこの宇宙を生み出したビッグバンにも匹敵するんだ」(『ドキドキ!プリキュア』第49話)
私たちは神ならざる身で、愚かで、情けなくて、できることに限界だってあるのかもしれないけれど。
それでも、がんばって、がんばって、できないことをできるようになれる存在でもあるのです。
どこにでもいる女の子は、どこにでもいるプリキュアたりうる。

「ホントにいたんだ!」
秘密ですよ。
案外現実にも妖精はいるかもしれませんし、名探偵もいるかも知れませんし、プリキュアだっているのかもしれません。
決めつけるのは時期尚早で、諦める必要なんてありません。




コメント
「針が止まってる……?」「みくると村長、蔵の下側が開いてるぞ」「ジェット先輩、多分時計くらい直せるよね?」
伏線の分かりやすさが小気味良い回でした。
吐いたままでは自分がつらくなってしまう嘘……なるほど良い題材を拾ったものです。
しかも内容が内容だったため保護者たる村長が時計どころじゃなくなり、ますます然るべき対処(時計屋に電話するとか)を取りづらくなるばかりだったでしょうしね。
まあ結果的にあんなたちが今回居合わせたことで、ニジーが来なければあの場でさっさとジェット先輩を呼び出してたことだとは思いますが。彼も彼でかなり早い段階から島に向かってたり、世の中って分からんものです。
まとめブログ見に行ったら「ほのぼのコメディ回だった」みたいな人が多くてびっくりでしたよ。私、普通に泣いてたんですけど・・・?
秋ちゃんの事情を察したうえであの明るい調子だったので、ジェット先輩を呼ぶ案は頭にあったんでしょうね。なんか自分から来てましたけど。饅頭はあれ、本土の道の駅にでも寄ったんです?
今回のお話、単体で見ればドタバタコメディ有りのほのぼのしんみりほっこりエピソード、っていう評価になるんですが……。
なにぶん本作の縦軸に「時空の妖精」だの「未来自由の書」だのが鎮座しているせいで、「1899年のジェット先輩(122歳)はタイムトラベルで20世紀後半以後に製造されている船外機やチェーンソーの現物を見て模倣した」とか「島に伝わるわらべ唄は未来自由の書に記載されている一節のコピー」といった可能性を否定出来なくなってしまうツラさがありまして……作品の縦軸を構成する要素が、各エピソードにとってのノイズになってしまっているんですよね。
……むむっ!?いや、これ慈英島エピソードも本作全体の伏線になってるのか?!
あ、それから「慈英島」の名前の由来なんですが、多分次の時間枠で放映されている「仮面ライダーゼッツ」に川平慈英さんがレギュラー出演されていることに引っ掛けたもので、深い意味はないんだと思いますよ(そんなしょうもない由来で……いいんです!くぅ~)。
縦軸がしっかり太い系のシリーズでも全然関係ないサイドストーリーがあるのはいつものことなので割りきるしか。(『ドキドキ!プリキュア』とか)
プリキュアの場合は特に、具体的な事件の繋がりよりテーマ的な接続というかたちでメインストーリーから派生していくパターンのほうが多いですしね。