
私じゃないの。ユリの香りをどんなに嗅いでも、名探偵の記憶なんて思い出さないの。ごめんなさい。

「キュアエクレールの正体」
大きな出来事
メインキャラクター:くれあ
目標
街の異常事態に際し、一般人である自分にできることをする。
課題
あんなたちはくれあも記憶を失ったキュアエクレールの候補だと言っているが、自分ではないという確信がある。だから助けになってあげられない。
他の候補者のもとに香水を届ける手伝いくらいならしてあげられるかもしれない。
結末
【失敗】
候補者であるれいに香水を届ける寸前でバトルの余波を受け、香水瓶を落として割ってしまった。
なお、結局のところくれあ自身がキュアエクレールだった。
心の変化
【ネガティブ / ポジティブ】
一般人にもできそうだったことすら成し遂げられなかった自分に失望した。
強力なプリキュアであるキュアエクレールとしての記憶を取り戻し、自信がみなぎった。
バトル
予言とマコトジュエルの力で巨大化したウソノワール。
苦戦
るるかと共同戦線を張ったが、3幹部に道を阻まれている間にウソノワールにキュアエクレールのマコトジュエルを使われてしまった。
ただでさえ勝ち目がなかったうえに巨大化したウソノワールの力は圧倒的で、まったく太刀打ちできなかった。
未勝利
吹き飛ばされ、3人とも変身が解けてしまったが、まだ諦めてはいない。
また、記憶を取り戻したくれあが駆けつけてきてくれた。
ピックアップ
似て非なるもの

少なくとも販売されているオモチャでは、変身アイテムのマコトジュエルは「プリキュアマコトジュエル」という名前で区別されている。・・・まあ、そもそもプリキュアマコトジュエル以外のマコトジュエルが商品化されていないのだが。
「場所くらいどこだかはっきり知らせりゃいいのに」

るるかはこの時点で怪盗団ファントムを裏切ってあんなたちと共闘する決意を固めていたのだから、それは本当にそう。
足手まといになるようならいないほうがマシということで、探偵としての実力を試したい意図はあったのかもしれない。
ウソノワールの正体は妖精

「私の時代はウソで覆われた世界じゃないし、ファントムなんて聞いたこともない。ここと変わらないよ? 平和だよ?」
「未来は絶えず変わるんだ。僕たちががんばらないと、ここもお前の時代もウソで覆われた世界になるかもしれない。――いけ好かない妖精の手に落ちる可能性がある」
「いけ好かない妖精って?」
「言ってなかったっけ? ファントムのやつらも僕たちと同じ妖精なんだ」(第3話)
怪盗団ファントムが妖精の組織であること自体はすでに言及されていた。(復習)
特別強い力を持つウソノワールも妖精かどうかはファンの間でも意見が分かれるところだったが、今回でウソノワールも妖精であることが確定した。
トップオブリリー

常にユリの品種改良の最前線にいる豪華な花容という意味で、ヤマユリが「ユリの王様」、
大輪の花を咲かせる華やかなユリという意味で、カサブランカが「ユリの女王」と、それぞれ呼ばれることはある。
「トップオブリリー」はもちろん創作。
みくるのお婆ちゃん

みくると同じ髪色の人物。口元にシワが描き込まれている。
意外にもOPに登場するみくるの保護者とは髪型も服装も違う。
背景がまことみらい市のキュアット探偵事務所ではないから、おそらくみくるの祖母が暮らすロンドンだろう。
ということは、くれあもロンドンに行ったことがあり、そこでるるかと知りあったということか。
プリキュアになる必要がない子






パチンコの当たり演出じゃねーんだからさ。
ともあれ、キュアエクレールの正体がくれあであることがついに確定しました。
今話で改めて描写されているとおり、くれあは候補者4人のなかで最もプリキュアになるべき動機を持たない人物です。
なるほど。最初からそれ織り込み済みの新しいプリキュア像として描こうとしていたんですね。
「探偵になるって決めたんだから、助けてあげたい!」
エリザは以前キュアエクレールと会ったことがあり、それがきっかけで名探偵に憧れるようになった子です。
「みさきちゃん。私と一緒にしるく体操、やろ!」
しるくは強い向上心があり、常に自分に何ができるかを考えている、視野の広い子です。
「決めたはずでしょ。たとえ特別な力がなくたってポチタンを守るって!」
れいは無力感に打ちのめされ、それでも大切な人を守りたいという強い意志を持つ子です。
「私のきらめきも『行け』って言ってる!」
彼女たち3人に対して、くれあだけが何か現状を変えたいという思いを持ちません。
くれあの言う「心のきらめき」とは、素直な情動のことです。
ポジティブな思いであるか、ネガティブであるかは問わず、ただ自分が感じていることをそのまま素直に受け止め、誰かと分かちあうことを良しとします。
この思想を核としているくれあはつまり、現状をありのまま受け入れることをこそ尊ぶキャラクターとして設計されています。
「エリザさん、俳優のしるくさん」
「あと、友達のれいに、――くれあさん! このなかにきっと記憶をなくした名探偵がいるって、ピンときたの!」
「私? まさか」
「たすけて。あんな、みくる、たすけて! くれあ!」
「・・・私じゃないの。ユリの香りをどんなに嗅いでも、名探偵の記憶なんて思い出さないの。ごめんなさい」

だから、彼女は自分がプリキュアであることを試す機会が目の前にあっても、挑戦しようとすらしません。なにせ挑戦する理由がありません。
どんなに切実に助けを求められようと、自分はただの一般人であると決めつけ、自分では期待に応えられないのだともうひとつ決めつけます。
エリザが歩道橋の階段でつまずき、動けなくなったシーンでも性格が表れていました。
エリザは「先に行って」と言います。彼女の場合、自分自身が明確にやりたいことを持っているんですから、他人にも自分を気づかうより、本人のやりたいことを優先してほしいと望むのは自然な考えかたです。
対して、くれあは「でも」とためらいます。その後も何か自分の意志を示すことなく、流されるようにポチタンのキュアエクレール探しを手伝うことになります。
これまでくれあは一貫してメンター役でした。彼女には「誰かの心のきらめきを応援してあげたい」という気持ちならあります。けれど他方、「自分自身が何かをしたい」という意志を持つことはありませんでした。
自分のなかに心のきらめきがあることだけは認識しています。ただし、それがどういう感情なのかは言語化できていません。何かしたいという能動的な意志を持つ、他の3人とは違って。
「シュシュタンはずっとくれあのそばにいたでシュ。この日のためにずっと預かってたでシュ。くれあ! みんなを助けるでシュ。ウソを止めるでしゅ!」
実際にはそのくれあこそがキュアエクレールでした。
キュアエクレールとしての記憶を取り戻した彼女は、ただちに強烈な使命感に目覚め、戦うことを誓います。
シュシュタンに頼まれたとおりに。
まるで人が変わったかのように。

望まれなかったプリキュア
「そうか。香水でキュアエクレールを見つければ!」
「はあ? いったい何を言ってるの」
「ポチタン、いく!」
「前も届けてくれたもんな! 頼んだぞ、おとも妖精!」
「ああっ! エクレールは・・・!」
まるでキュアエクレールに復活してほしくなかったかのようなマシュタンの口ぶり。

そして実際、戦場にくれあが現れたのを見ると、るるかが悔しそうな表情を露わにします。
彼女たちはどうやら、キュアエクレールの復活を止めるために活動していたようです。
だからそっとしておいたんですね。くれあがパティスリーで働いているのを見ても何も言わず。
だから強くなる必要があったんですね。キュアエクレールの力なしでもウソノワールを止められるように。
理由はまだ語られていませんが、充分に察することができます。
「やめろ! もういい! もう、いいから・・・!」
これは絶望的な戦いを前に、それでも立ち上がろうとするあんなたちを思ってのジェット先輩の言葉。
いったいどうしてあんなたちがウソノワールに立ち向かわなければならないんでしょうか?
それは、彼女たちだけが戦える力を持っているから。
彼女たち自身にプリキュアたるべき理由があるから。
けれどこのとき、あんなたちの力ではウソノワールに勝つことができないのは明らか。
このまま戦っても、「ウソに覆われた世界を防ぐ」「名探偵として困った人を助ける」という、彼女たちの望みが叶わないことも明らか。
だから良識ある人は彼女たちを止めます。
子どもが世界の行く末を握る戦いに身を投じるなんてかわいそうだ――、などというありふれた理由ではなく、単純に、この戦いが彼女たちのためにならないのが明らかだから。
他のヒーローがどうかはさておき、プリキュアは自分たちの日常を守るために戦います。
何か叶えたい夢があって、あるいはどうしても守りたいものがあって、彼女たちは恐るべき敵に立ち向かうのです。
プリキュアシリーズにおいて自己犠牲の精神は否定されます。
子どもたちにも戦わなければならない瞬間があることは否めませんが、少なくとも、自分に何の得もないことのために自ら不幸せを受忍することだけは許されません。それは大人が引き受けるべき貧乏クジ・・・、というか、大人にすら本来あってはならない理不尽です。
「・・・私じゃないの。ユリの香りをどんなに嗅いでも、名探偵の記憶なんて思い出さないの。ごめんなさい」
「ごめんね・・・。名探偵を、プリキュアを見つけることができなかった」
くれあがポチタンの役に立てなかった2つの出来事。
このうち、くれあは後者でのみ涙をこぼします。

自分自身が誰かの役に立てるか、というのはくれあにとってさほど問題ではないのです。
くれあにとっての重大事は、自分以外の誰かの心のきらめきが、成し遂げられる前に潰えてしまうこと。
他人事なんです。
くれあにとって大事なのは自分のことではなく、他人のことなのです。
それは、けっしてプリキュア的ではありません。
プリキュアは、プリキュア以外の力では到底太刀打ちできない巨悪と戦うヒーローです。
子どもの身ながらそのような戦いに身を投じることを許されているのは、何よりもまず、彼女たち自身に戦う理由があるから。
自分事として戦うからこそ、彼女たちの苦しみや痛みを伴う戦いは、それでも尊く、また、強く憧れを喚起する物語になりうるのです。
私たちもあんな風になりたい、と。

憧れられてこそのヒーローです。
地球のためよりもチョコパフェのために生きてこそのプリキュアです。
自分事として戦うのではないプリキュアを、どうして応援できるでしょうか?
どうして戦ってくれてうれしいと感じられるでしょうか?
記憶を失う前のキュアエクレール最後の戦い。
変身する力のないるるかの目の前で、くれあはただひとりウソノワールに立ち向かい、そして世界を救う代わりに自分は全てを失いました。
その無残な結末を見届けたうえで、もう一度彼女にプリキュアになってほしいと、どうして願えるでしょうか。

くれあは他人事のために自分の全てを賭けてしまえる人間だと、もうわかっているのに。
(非)自己犠牲の系譜

『ハートキャッチプリキュア!』のキュアムーンライトが残酷な戦いに身を投じていたのは、敵方にいる父親の愛を取り戻すためでした。
『スイートプリキュア』のキュアミューズが小学生ながらに孤独な戦いを演じていたのも同じ理由。もうひとりの追加戦士であるキュアビートがプリキュアに変身したのは、今までの自分の生きかたを改めて、本当になりたい自分へと再生するためでした。
『ドキドキ!プリキュア』のキュアエースは生まれついての使命のため。けれどそんな彼女もやがて、自分の愛のありかたを示すための戦いへと変化していきます。
去年の追加戦士のありかたはこれまでと一線を画す、独特なものでしたね。

それよりも前の『デリシャスパーティプリキュア』に登場するキュアフィナーレは、自分の生きかたを再生するためにプリキュアになりました。これは理解できます。
その次の『ひろがるスカイ!プリキュア』のキュアマジェスティは生まれついての使命を帯びていましたが、本人の意向としてはもっと単純に、身近にいるヒーローたちに強い憧れを抱いていたから。納得できる理由です。
『わんだふるぷりきゅあ』のキュアリリアンは、臆病な自分でもやりたいことを貫きとおすために。これはわかります。他方、キュアニャミーは、飼い主の身に迫る危険を打ち払うために。ここからおかしくなります。また、この作品では主人公であるキュアワンダフルも、飼い主の夢を叶えるためにプリキュアになります。自分のためではなく。
そして『キミとアイドルプリキュア』。キュアズキューンは大好きなアイドルを守るためにプリキュアになり、キュアキッスもまた大好きなお姉様の願いを叶えるためにプリキュアになります。肝心の、自分にとって一番大切な相手との記憶や未来を代償として失いながら。

自己犠牲的な精神のプリキュアは過去にもたくさんいました。
けれどそれも、あくまで本人が幸せになろうとする動機あってのことです。例外と呼べるのはキュアエース(と、『ヒーリングっどプリキュア』のキュアアースもですね)くらいのものでしょう。
キュアニャミー、キュアワンダフル、キュアズキューン、キュアキッス。直近3作でキュアエース的な(=例外的な)プリキュアが立て続いています。
その流れを継いで、今作でも自分自身の願いを持たないキュアエクレールが登場しました。
こういうところに引っかかるプリキュアファンは私以外にあんまりいないとは思いますが、3作も続いていることに、私は今興味津々です。
もしかしたらこれを読んでいる人のなかには、キュアエースのその後の展開には触れているのに、キュアニャミーたちのその後を省略しているのはフェアじゃない、とお思いのかたもいるかもしれません。
そのとおり。
キュアニャミーとキュアワンダフルは最初こそ飼い主のためにプリキュアになったのですが、その後様々な経験を経て、自分自身の願いとしてたくさんの動物たちを救い、友達になりたいと願うようになりました。
キュアズキューンとキュアキッスも、代償として失った記憶や未来を取り戻し、さらに自己犠牲的だった当初の思いの裏に自分自身の本当の願いがあったことを自覚し、その思いが今では充足できていることを確認しました。あからさまに悲劇的だった変身劇は、やがて他のプリキュアたちと同じ、自分自身のためのプリキュアへの変身物語として再解釈されていくことになります。

その流れを汲んでの、キュアエクレールです。
彼女にはキュアニャミーたちのように、自分の全てを捧げられる大切な人はいません。(るるかからは重たい感情を向けられていますが、くれあ自身はむしろ誰相手でも分け隔てない博愛主義な人柄です)
キュアズキューンたちのように一度大切なものを失いはしましたが、それは再変身前に回収できていますし、そもそも願いを叶える代償のような悲劇的な決意を伴う話でもありませんでした。
くれあは純粋に、彼女自身の素質としてプリキュアになるべき理由を持たない、まったく新しいプリキュア像となります。
ただし、過去2例は後付けで自身がプリキュアになるべき理由を獲得しています。キュアキッスなどは自身の物語の最後に「私、アイドルプリキュアになってよかった!」(『キミとアイドルプリキュア』第44話)という明確な言葉まで述べています。
私はくれあにも、そういう成長物語を期待するのです。

運命のいたずらで変身資格を得てしまった少女が、これから本当の意味でプリキュアへと変わっていく物語。
「純粋――。ユリの花言葉よ。急に思い出して。・・・純粋だからこそ、誤ったほうに突き進んでしまうのかもしれない。あの人、あなたたちふたりのきらめきを信じているのね」(第23話)
以前、くれあはるるかのことをこのように評しました。
けれど実際にはキュアエクレールもユリが象徴するプリキュアのひとりでしたし、そもそもくれあ自身の言によるなら“心のきらめき”に正も邪もありません。
純粋だから、正しいか間違っているかはさておいて、とりあえず走っていける。
そして、そんな自然な情動にウソをつかないでいるかぎり、“心のきらめき”はどんなものであっても等しく尊い。

今のキュアエクレールは、強力な追加戦士でありながら、個人の物語としてはまったくの白紙です。
これから彼女はどのような物語を描いていくのでしょうか。


コメント
>マコトジュエル
食玩とか雑誌の付録になってるみたいですね。
花壇の百合+トップオブリリーとくれあの顔立ちから察するに、今回の回想シーンは2年前の写真と同じ場所&時期でしょう。
るるかの髪がかなり長いことからして、(短期間なら切る方が簡単なため)回想が先だと思われますが……何があったのやら。服の趣味も様変わりしてますよね。
あー、付録かあ。TVerに移行して最近CM見ていないのもあって、その可能性は完全にすっぽ抜けていました。おもちゃサイトとガチャガチャまでは確認したんですが。
改めて確認すると、ロンドンから送られてきた写真のるるかは肩までのセミロングなので、腰まで届くロングヘアの今回の回想シーンはもうちょっと後の時期かもしれません。
今思うと第15話のマコトジュエル破壊シーンでるるかが顔のアップでしか映ってなかったのって、髪の長さを伏せるためだったんでしょうね。ということは、逆説的に考えると髪を切ることに何か意味を持たせているというわけか。(そりゃそうだ)
くれあは一般人ではなく元プリキュアなのだから、
プリキュアに至る程の他者に負けない強い想いは持っている…いた筈
マコトジュエル盗られても、記憶も失っても、“心のきらめき”は確かにくれあに訴えかけてくるが、
肝心の記憶がないのでその衝動が何なのかが理解できない
(特にプリキュアの)記憶がないということは、強烈な自分の芯が抜け落ちているに等しいから、
自分だけが希薄で他人のためという歪なキャラクターに「なってしまっている」
記憶を取り戻したエクレールは白紙では無いのではないだろうか…
だって「私、強いから♪」だもんw
詳しくは次話を観るまで何もわからないですが、今のところ回想シーンに強い情動のある場面が含まれていないことが引っかかってるんですよね。香りで思いだして、涙まで流した割にはずいぶん日常的な場面だなあって。
るるかとの出会いがどうでもいいという意味ではなく。るるかとトップオブリリーの香りが結びついているのに、仲が深まってからのシーンじゃなくて出会いを思いだすんだ、と。
くれあが深い執着を持たないキャラなんだろうなと思うのはそのあたりもあります。
今回かなり意外だったのが「(帆羽くれあの回想における)くれあが結構幼い雰囲気で、森亜るるかはそんな無邪気なくれあを眩しげに見守っている」という構図になっていた、ことなんですよ。
正直これまで「“お姉さん”なくれあが“幼い”るるかをサポートしている」関係性だった、と思い込んでいたので―――あのマコトジュエル粉砕事件の時に一体何が起こっていたのか、その後るるかがくれあの記憶を回復させようとはせず、(パティシエとして)平穏な第二の人生を送らせようとした真の理由は何なのか―――推理し直す必要があるんじゃないかと思えてきてしまうんですよね。
遂に記憶を取り戻した帆羽くれあ/キュアエクレールと、彼女のお供妖精・シュシュタン(こちらもるるかのお供妖精・マシュタンに比べて幼い雰囲気)。二人は果たして事件の全容を把握しているのか?
ひょっとして、“幼い”二人が把握していない重大(深刻)な問題を“お姉さん”るるかとマシュタンは把握している、てな状況があるのでは……?
さらに、くれあの記憶が戻りキュアエクレールが復活することは「あり得ない」「まさか……!」などと、どうも森亜るるかの“確信”があまりに強すぎる感じがするのも、「くれあに記憶を取り戻して欲しくない」という願望が強くでた、という以上に「くれあの記憶が戻らない具体的な技術的理由を知っている」からなのかもしれず―――いや、実は「くれあの記憶を“マコトジュエル粉砕時のダメージ”に見せかけて(意図的に)消去した」のが、他ならぬ森亜るるかだったからなのでは……?
そうなると、森亜るるかが怪盗団ファントムに加入した理由も「帆羽くれあの記憶消去に協力してもらった見返り」だった可能性が出てきますし、ウソノワールがエクレールのマコトジュエルを保有しているのも「エクレールの記憶消去の為には、ウソノワールにマコトジュエルを託す必要があったから」なのかもしれない。
ところがウソノワールの野郎がエクレールのマコトジュエルを「アルカナ・シャドウを服従させる為の担保」さらには「予言通りに“大王”になるための代替手段(ジェネリック真実の石)」として使い始めたので、アルカナ・シャドウさん「約束が違う!!」と激昂、ウソノワールに反旗を翻した、とか……?
当時るるかはすでに天才探偵として名を上げていたので、(少なくともるるか主観での力関係は)るるか優位だったんだろうなと私は思っていました。だからこそマコトジュエルが砕かれたあのシーンで、キュアエクレールに命がけで守られてしまったことに悔恨の思いがあるんだろうなと。
客観的にはるるかが妹分みたいに見える関係性(るるかがツンケンして空回りしているやつ)だとも予想していたので、そこは予想を外しましたが。
これまでの事件での言動を見た感じ、るるかって場の主導権を握りたがるタイプなんだと思うんですよね。
ウソノワールがキュアエクレールのマコトジュエルを使うことに反対したのも、不測の事態が起きてくれあの手に渡ってしまうことを嫌がった(そして実際そうなった)んだと思います。