
私から目ぇそらすなよ!

「目、そらしたら負け」
大きな出来事
メインキャラクター:茉里
目標
カッコいい自分でありたい。
課題
ボクシング部のキャプテンである長浜先輩が何かにつけ突っかかってくる。ボクシング部のみんなも、どちらかというと長浜先輩の味方だ。全員うっとうしい。
いがみあいの仲裁としてコーチがガチスパを提案してきた。どちらか勝ったほうだけ試合に出してもらえるらしい。
結末
【達成】
長浜先輩ばかり応援するほかの部員たちで気が散って、スパーリングに集中できなかった。おまけに母親が倒れた日のことまで思いだしてしまう始末。
しかし、途中でララが乱入してきた。家を出るつもりだとかで挨拶に来たらしい。ボクシングのことなど何も知らない様子だったが、それでも、彼女は茉里だけを見てくれた。
それで、なんだか集中できた。
心の変化
【ポジティブ】
母は「大事なときに目をそらす子が一番嫌い」だと言っていた。
ボクシングで何度も勝つ茉里を褒めてくれて、「カッコいい姿を見せてこい」と応援もしてくれた。
いつでも一番カッコいい自分でいたい。だから、カッコいい自分を見てくれる人がいると思うと安心する。
キーワード
“勝ち負け”と“カッコいい”
「目ぇそらしたほうが負け。負けたらなんでも言うこと聞く。はい、スタート。――はい、お母さんの勝ち。これで茉里はもうケンカしたらあかんからな」
「茉里。お母さんが一番嫌いなんはな、大事なときに目ぇそらす子や。自分の好きなことやったらええ。茉里。目ぇそらしたら負けやで」
「カッコええなあ、茉里」
「せやろ! 私、カッコええやろ!」
「ほら。これでもっと強うなんな」
「すごい! また勝ってしもた」
「カッコええ姿、見せてこい! 茉里」
「私は誰にも負けへん。目の前の相手だけ見えてればいい。いつでも一番カッコいい私でいたい。だから――! みんなうるさい。私の邪魔するな!」
ピックアップ
「グローブをテープにせえとかせえへんとか」

練習中にグローブを着用するか、テーピングのみにするか、ということで揉めているのだと思われる。
自分の拳を守る意味でもサンドバッグを保護する意味でも、本来ならグローブを着用するのが正しい。
ただし、(やや古い考えかたとして)拳の皮膚や関節を鍛えるために、あえてテーピングのみで打ちこむべきという考えかたもある。
茉里は幼いころからボクシングジムに通っていて正しい練習方法を学んでいるから、ここは譲れないところだったのだろう。ボクシング部のサンドバッグがこれだけボロボロになっているのを見たらなおさらだ。
ココア缶の花

白い花はヒメジョオン。観葉植物として幕末日本に入ってきたのだが、繁殖力旺盛なため野草化した。花言葉は「素朴で清楚」。
黄色い花はキンシバイ。おしべが長く、金色の糸のように見える。花言葉は「悲しみを止める」。
ココアの缶は前話でララが茉里から手渡してもらい、抱いて眠るほど気に入ったもの。
このシーンはグレイスから王子との失恋のトラウマを克服しろと説かれる場面であり、ララの傷ついた心のありようが読み取れる。
ピーナッツくんとぽんぽこ

滋賀県在住のバーチャルYouTuber兄妹。デビュー当初から常々「女子高生にモテたい」と大言壮語な夢物語を語っていたが、なんか大バズりして念願叶ってしまった。
それぞれ2019年の企業・その他部門と2020年のご当地部門でゆるキャラグランプリ優勝を果たしており、大人から子どもまで幅広い人気を誇る。
前話にもなんかいるなあとは思っていたが、どうやら公式タイアップしているようだ。
ケーキ

箱のデザインからして、制作協力にいるクラブハリエ社のバームクーヘンだと思われる。
茉里にとってはケンカの謝罪に行くたびに突っ返された手土産として、食べ慣れた味なのだろう。それにしたって「ケーキ」と注文するだけでバームクーヘンが届くのはよっぽどのリピーターだと思う。
どうして拾ってきたの?

ララの髪に付いているのはマーガレットの花。花占いに用いることで知られる。花言葉は「真実の愛」。
ついさっき水浴びしたばかりなのに、どこで拾ってきたのよ?
王家の指輪

現在、リサは右手中指と左手薬指に1つずつ指輪をつけている。
第2話の回想シーンでは右手中指だけで、左手には指輪をつけていない。

母親か、いつも一緒にいたルナのものを借りているのだろうか?
ひとり立ちしなきゃ
「お前がかつて願った本当の愛は王子の拒絶により叶わなかった。お前はあのときの痛みや恐怖を克服せねばならん。――新たな王子を探せ、ということだ。人間との間に新たな愛を見つけろ。それが、家族を救う唯一の方法だ」
「でも、怖いの。・・・外の世界へ出るのが。茉里がいないと」
ストーリーの主題をガン無視して、今話が本来の主人公であるララにとってどういう位置づけのエピソードかという点に絞って語るなら、ララが茉里の家に居候できるようになるまでの話。
ララにとっては右も左もわからない地上。つい先日も死にかけたばかり。
知っていることといえば唯一、少なくとも茉里は善意を持っているということだけ。
茉里の家族にどこまで気を許していいのかは正直まだわかりません。ついでに魔女の言うこともどこまで真に受けていいのか半信半疑。
それでいて、茉里は毎朝ランニングに出かけます。ララにとってはその間、家のなかすらイマイチ落ち着かない空間。ワンコのようにサンダル履きで追いかけるほど。

できれば茉里に常に一緒にいてほしい。けれどそれは無理、不可能。
わかっています。こんなの甘えてるだけだって。臆病になってるだけだって。
「まったく情けない。家族を救いたいのだろう。悩んでいる暇などないはずだ。不安と言うならば、そうだ、茉里に手伝わせればいい。あいつは気難しい娘だが、うまく騙して何だってやらせてしまえば――」
「・・・私、今のままじゃ絶対にダメだわ。早く慣れないと、この地上に。もっと触れないと、この世界に。もっと知らないと、人間のことを」
魔女はあからさまにロクデナシなことを言います。
それはよくないことだって、さすがにララにもわかります。
もとよりララは好奇心の子でした。
生まれて最初にしたことが魚の頭をガジガジすることだった程度には、好奇心極まった子でした。
あの王子様との恋にしたって、人間の世界というものへの好奇心から始まったものでした。
臆病風に吹かれているのはよくない。
何より、自分らしくない!
・・・まあ、根が好奇心の塊なものですから、一念発起したら必然的にトラブルメーカーと化すのですが。

「ねえ、魔女様。茉里とどうやって出会ったの?」
「ん? ふん、たまたまさ。奴が私を見つけ連れてきた。私の姿がきっと珍しかったからだろうな」
「魔女様はここが気に入っているの?」
「まさか。こんな狭いところからは早く抜け出したいものだ。しかし茉里に命令してつくらせたこの水槽、暮らしづらくないでもない」
ひとしきりやらかしたあと、もう一度魔女の話を聞くララ。
魔女はやはり、あからさまにロクデナシなことを言います。
それはよくないことだって、さすがにララにもわかります。
今話はララが茉里の家に居候できるようになるまでの物語。
けれど、物語の流れはなんだか逆。
魔女の口から、まるで茉里に頼るのはよくないことであるかのような言葉ばかりが語られます。
素直なララは、その悪印象をとても素直に受け取り、このままじゃいけないと考えるようになります。
「決めた。私、ここを出ていくわ。私は魔女様とは違う。誰かを利用するなんてできないもの」
正しいことを為すとき特有の爽やかな笑顔。ララははずむような足取りで軽やかに茉里の家から出ていきます。

けれど結局、物語はララがもうしばらく茉里と一緒に暮らす方向へと進んで行きます。
どうしたら家族に居候を許してもらえるかのアイディアまで茉里頼り。
あれ? 結局ロクデナシの魔女が正しかった?
はい。そのとおり。
今話は自分のなかの“正しさ”を疑う物語です。
お母さんの正義
人を殴るのが好きなのか、誰かに勝ちたくて仕方ないのか、あるいは変に頑固で何も譲ろうとしないのか。
たぶんその全部で、今の茉里の性格を見るかぎり、なかでも3つめが一番大きな原因なんだろうなと思うのですが、ともあれ。
やたらケンカっ早い茉里に困り果てたお母さんは、ひとつ釘を刺すことにしました。
「なあ、茉里。お母さんともケンカや。目ぇそらしたほうが負け。負けたらなんでも言うこと聞く」
「はい、お母さんの勝ち。これで茉里はもうケンカしたらあかんからな」

ケンカしない優しい子が好きだ、と言い聞かせてもぶー垂れるばかりの我が子に、大人の卑怯な手口でマウントを取り、半ば力尽くで納得させてやりました。
効果はてきめん。
けれど教育上正しいやりかたかというと、ちとハテナ。
その証拠に、このときの約束は後日になって意外な禍根として表れるようになります。
「お母さん、喧嘩しよう。目ぇそらしたら何でも言うこと聞く」
「・・・私、ボクシングしたい。ボクシングやりたい」
「あんた、最近たしかによう見てるけど、急やな。ほんま? なんでそれ普通に言わへんの?」
「お母さん、・・・喧嘩せえへん優しい子が好きって」

勝負でお母さんを負かしてやっと、それも消え入りそうな声でようやく、恐る恐る、茉里は自分のやりたいことを口にします。
勝った負けたが大好きな茉里ですが、実はあのとき、別に勝負に負けたからお母さんに従ったわけではありませんでした。
言うことを聞いた理由はもっと単純なこと。お母さんに嫌われたくなかったから。
卑怯な手を使ってまでお母さんが言うことを聞かせようとしてきたんです。その本気の姿勢だけ、茉里に伝わっていました。
茉里は、これ以上やったら本当にお母さんに愛想を尽かされる、と萎縮していたのです。
自分の言葉の意図が誤って伝わっていたことに気づいたお母さんは、改めて丁寧に自分の考えを説明します。
「茉里。お母さんが一番嫌いなんはな、大事なときに目ぇそらす子や。自分の好きなことやったらええ。茉里。目ぇそらしたら負けやで」
それが、茉里が最初に理解したお母さんの正義。

「カッコええなあ、茉里」
「せやろ! 私、カッコええやろ!」
意外にも、お母さんはボクシングのような荒っぽいスポーツでも好きになってくれました。
勇ましくパンチを決めると「カッコいい」と言ってくれました。
試合に勝ってみせると「すごい」と褒めてくれました。
いつも欠かさず応援に来てくれて、「カッコいい姿を見せてこい」と応援してくれました。
「目ぇそらしたら負け」と言うだけあって、お母さんも意外と勝ち負けが好きな人でした。
勝つのはいいことで、カッコいいのもいいこと。
勝つのはカッコいいし、負けるのはカッコ悪い。
カッコいい人は勝つし、カッコ悪い人は負ける。
カッコよくて勝てる茉里を見て喜んでくれるお母さんの姿を見て、茉里も嬉しくなります。
もっともっとカッコよくなりたい。ずっとずっと勝ちつづけたい。
お母さんが教えてくれた正しさは、お母さんが亡くなってからも、茉里の人生の指標でありつづけることになります。
「私は誰にも負けへん。目の前の相手だけ見えてればいい。いつでも一番カッコいい私でいたい。だから――!」

目をそらすな
茉里の高校生活は必ずしもうまくいっているわけではありませんでした。
中学では公式試合全勝。全国大会優勝を果たし、近江の稲妻の異名で知られるちょっとした有名人。
当然、高校からボクシングを始めた他の1年生と同じ練習メニューとするわけにいかず、しかしそのせいで先輩たちからはやっかみを買う毎日。
先輩と自分、どちらが正しいことを言っているのかと問われたら自分であると言える自負がありました。けれど、他の部員に支持されるのは先輩のほう。
それは仕方のないことだ、と茉里も思います。だから他の部員たちにまでケンカを売るようなことはしません。結果、余計に異物を見る目で眺められるようになります。
あれだけ応援してくれていたお母さんは茉里の試合中に倒れ、それっきり。
今やリングの周りで茉里のボクシングを応援してくれる人は他におらず。
「長浜」「長浜」「長浜」。
スパーリングでせっかくいい一撃をかましたのに、それに感嘆するのはコーチだけ。他のみんなの視線にあるのは防戦一方の長浜先輩。

「みんなうるさい。私の邪魔するな!」
なんだか自分のボクシングを邪魔されている気分になります。
でも、なぜ?
お母さんは「目ぇそらしたら負け」と言っていました。
そのとおりだと思います。リングの上では対戦相手から目をそらすべきではないと茉里も思います。
周りなんか関係ありません。誰がどこを見ていようがどうでもいいことです。聞こえてくる声援が全部長浜先輩を応援していたとて、茉里がどう戦うべきかには何の影響ももたらしません。
「どこ見てんねん!」

なのに、どうしてスパーリングに集中できないんでしょうか?
どうして自分のリズムをかき乱されてしまうんでしょうか?
そんなとき。
「茉里! あなたたち、何してるの!? やめなさい、こんな殺しあいは。茉里を傷つけるのは私が許さないわ!」
ズレた間の悪さで、マイペースな人魚がリングに闖入してきます。

どうやらグラディエーターか何かと勘違いしているようです。
いかにもボクシングのことを何も知らなそうな人魚。
ここに現れたこと自体、茉里に別れを告げたかっただけの様子。
けれど彼女は、ララは、茉里だけを見ていました。
「あなた、嫌われてるの?」
その率直な言いように、茉里はもう笑うしかありません。
たしかに。
「先輩。私、気使ったりするの下手で。それでみんなに迷惑かけて。でも、ボクシングにはまっすぐカッコよく向きあっていたいんです。だから、さっき私、カッコ悪かったです。目ぇそらしてすみませんでした。もう1ラウンド、お願いします」
お母さんはカッコいい茉里のことが好きでした。
茉里もお母さんのことが好きでした。
お母さんにカッコいいって褒められると嬉しくて。ますます一生懸命ボクシングしようって思えたものです。
お母さんは茉里が勝つところを見るのが好きでした。だから、どんどん勝って、いつも勝ちたいって、茉里も努力を重ねてきました。
カッコいい自分でありたいって、思っていたんです。
なのに今の自分はどうでしょう?
カッコいいとかそういうの以前に、誰にも見向きもされていません。
カッコいい自分でいたい。カッコよく見られたい。
だけどその素朴な願いはつまり、茉里ひとりでどんなに努力しようと、叶えようがありませんでした。
「私から目ぇそらすなよ!」

私のことだけを見てくれる人魚に告げます。
ボクシングのことを何も知らない子だけれど。
案の定、スパーリングを見れば見るだけ顔を青ざめさせるだけだったけれど。
まあいいさ。それでも、ララは茉里のことだけを見てくれていました。
目をそらさずに。
かくして、ララのひとり立ち計画は、その実行前から茉里によって否定されることになります。
ひとりでできることには限りがあります。
「本当の愛」などというものを探すならなおさらです。ひとりぼっちで何を愛せるものか。
茉里はお母さんがいてくれたからカッコよくなれて、お母さんがカッコいいって言ってくれたからカッコよくなりたくて、お母さんのためにカッコよくあろうと心に決めていました。
海でも陸でも生きられない人魚。茉里だって似たようなものでした。
どこでボクシングするかはあんまり関係なくて、ただ、みんなにカッコいいって思われたいだけの不器用な人間。
だから。今日はララのことをちょっとだけ好きになりました。
目をそらさずに、私のことを見ていてくれたから。



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