
その真実は私が見つけてみせる。必ず。

「謎の怪盗デッチ・アゲイン」
大きな出来事
メインキャラクター:くれあ
目標
不思議な予告状の事件を解決する。
課題
怪盗団ファントムから届いた予告状には謎の暗号が書き込まれており、気になるが、解きかたがわからない。
謎を解き明かすと、予告状を出した新幹部デッチ・アゲインだけでなく、るるかまで現れて攻撃してきた。両方を撃退しなければならない。
結末
【達成】
無事にマコトジュエルを守りきることができた。
心の変化
【ポジティブ】
友達であるはずのるるかが自分の意志でこちらを攻撃してきたが、くれあに動揺はない。
るるかは何か理由があって敵対しているのだろうが、こちらは心のきらめきに従って立ち向かうだけだ。
バトル
ビスクドールを素体としたハンニンダー。
苦戦
ハンニンダーを相手にするだけでなく、キュアエクレールを狙って攻撃してくるるるかにも対処しなければならない。
勝利
ハンニンダーもるるかも、両方くれあが単独で撃退した。
ピックアップ
シュシュタン

その擬態をシュシュで押し通すのは無理があるよ!
作画の手間を嫌ってか、今回原画陣もシュシュタンが画面に入らない絶妙な画角を連発していた。
帰国子女

日本人学校に通っていたら別に現地語を覚えなくても普通に暮らせるものらしい。そして覚える必要性を感じなければ当然身につかない。友達ならクラスメイトがいるし。買い物くらいパッション英語でどうとでもなるし。
実際日本にも日本語が話せない子どもはたくさん住んでいるわけで。
暗号

記号にしろ数字にしろ、そもそも何らかのパズルに結びつけるためのヒントが一切与えられなかったため、オッサンオバサン視聴者は逆に早い段階でフェイクだと疑いはじめたんじゃなかろうか。
初手からこんなへそ曲がりなトリックを仕掛けてくるということは、デッチ・アゲインは劇場型のトリック(そもそも何のために大がかりなトリックを用意したのか考えなきゃいけないやつ)を仕掛けてくる担当なのかもしれない。
一体型PC

元ネタはたぶんソーテック社の e-one 500 。史実では1999年9月発売。
ぶっちゃけ一体型デスクトップPCの流行のきっかけをつくったアップル社の iMac G3 モロパクリ。発表時はパクリ元そっくりの、やたらカッコいいクリアパーツまみれのデザイン(なおかつ半額以下の安価!)で注目を集めた。しかし、当然ながら不正競争防止法に抵触して販売禁止処分。筐体を銀色に変えることでなんとか発売に漕ぎつけた、という曰くつきの一品。
ややこしい配線とか考えずに電源ケーブルだけ差せばすぐ使える一体型PCは、年賀状印刷とインターネットさえできればいいライトユーザー向けとして当時高い人気があった。
ただし、パーツ換装できないうえ、そもそも中身のパーツがノートPC向け規格で低スペックだったため、メンドクサイ自作PCオタクたちからは上から目線で猛烈にバカにされてもいた。いつの時代も変わらないね!
デッチ・アゲインの花

デッチ・アゲインを象徴する花はガーベラ。花言葉は「忍耐」「常に前進」「美」など。珍しく黄色い花びらの場合でもネガティブな花言葉がつかない。
南アフリカ原産で、最初に発見したのはオランダ人。それでいて名前の由来はドイツ人植物学者に因んでいるなど、なかなかに国際色豊かな来歴。現在世界中に広まっている園芸種はイギリス人が発見した「ジェイムソン・ガーベラ」からの品種改良ということで、一応イギリス繋がりもある。
が、さすがにマニアックすぎるから、やはり何かしら花言葉での起用じゃなかろうか。デッチ・アゲインのキャラがまだはっきりしないから、どの花言葉に結びつけられているのかはわからないけれども。
比翼連理の片手落ち
「あれ。今日パティスリーは?」
「店長にこれからは探偵もやるって伝えて、シフトを調整してもらったの」
「あ! それ二刀流だね!」
「あー。ロンドンの事務所ね。厄介なご夫人がいるけど、落ちるのは時間の問題かな。それよりこっちが大変そうだから助けに来たんだ。ロンドンと、二刀流ってね」
最初と最後で(さほど必然性なく)2回「二刀流」という言葉を出したということは、今話そのものが二刀流をテーマにしているということですね。

バトルシーンでもくれあ1人でハンニンダーとキュアアルカナ・シャドウを2人同時に相手していて、二刀流っぽい展開にしようとしていることが窺えます。
となると、今回のトリックも暗号が記号と数字の2本立て、さらに実際の犯行も暗号のフェイクと空間移動能力の2段構え、という構成を意図しているのでしょうか。(こっちは割とこじつけ気味な読解だけれど)
だとすれば当然湧きあがってくるのが、そもそも何のために「二刀流」というテーマを取り上げているのか?という疑問。
「私のなかのきらめきに従うの。探偵にとって大切なことは何? 調査に行き詰まったときはどうする?」
「――基本に立ち返る」
今回推理の決め手となった発想がこれ。
心のきらめきに身を委ね、かつてるるかに教えてもらった探偵の心得を思いだします。
ですが、これは二刀流とはいえません。
きらめきに身を委ねた結果が過去回想なので、2つの間に主と従の因果関係ができています。かといって、他にこれといって特筆すべきくれあの言動も見当たりません。
今回、ストーリー上一番肝心なくれあの行動原理に「二刀流」というテーマが適用されていないことになります。

「ポールさん。改めて、予告状が届いたときのことを聞かせてください」
「え。今更ですか?」
「はい。本当なら初めに聞くべきことです。でも、変わった予告状に気を取られてお聞きするのを忘れてしまいました」
むしろ逆に、目の前の予告状と、最初に聞くべき基礎情報、その2本立てを疎かにしたせいで捜査に行き詰まったんだ、と反省が語られます。
これを押さえたうえで、もうひとつの謎描写。
「アルカナ。どうしてあなたはファントムにいるの? 答えて!」
「いいわ。教えてあげる。――あなたを倒すため」
「・・・ウソじゃないのね。あなたの目的はわかった。でも、私はどんなときも事件を解決しなきゃいけない。それはあなたに教わったことよ!」
るるかに迷いがないのはわかります。散々悩んだ果てに出した決意でしょうから。
ですが、なんでくれあがここまで悩まないのか。ずっと友達だと思っていた子に敵意を向けられて、どうしてこうもあっさり割りきれているのか。
ここでもくれあは「あなたに教わったこと」と自分の意志決定を過去のるるかの言葉に委ねています。
二刀流ではなく、むしろ自分の考えを持たず他者の言葉に身を委ねているからこそ、くれあは迷いません。
そしてここでのくれあの決断が正しいものかといえば――、当然、どこにも正しさなんて見当たらないわけで。

そこは迷えよ。戦わずに済む道を探せよ。
だってあなた、そもそもるるかを守るためにキュアエクレールになったはずでしょう?
その逆の方向へひた走る行いが正しいわけがない。
もちろん、それでいうと当然るるかのほうもあからさまに選択を誤っているわけで。
この2人はお互い、最初から自分には1つの道しかないと決めつけているからこそ、悲劇を演じるはめになっています。本来ならそれぞれ簡単に割りきらずもっと別の可能性も探って、それこそ二刀流の思考で挑むべきことだったのに。
くれあ自身、言っていましたよね。
「純粋――。ユリの花言葉よ。急に思いだして。・・・純粋だからこそ、誤ったほうに突き進んでしまうのかもしれない。あの人、あなたたちふたりのきらめきを信じているのね」(第23話)
1つの考えに突き進んでいく純粋さは危険だと。そういう子を救えるのは、誰かの別の考えかたなのだと。きっと心のどこかでそういう誰かの存在に救いを求めているのだと。
じゃあ、今のくれあとるるかの関係、ダメじゃん。
「待っててね、名探偵プリキュア。このデッチ・アゲインの完璧な演出で、アメイジングな舞台の幕が開く!」
「やるじゃないか、アルカナ・シャドウ。演出のしがいがあるね」
「素晴らしい役者がそろったね。キャスト:名探偵プリキュア。演出:デッチ・アゲイン。歴史に残る舞台になりそうだ」

今回、デッチ・アゲインはこの構図をつくるためだけに事件を起こしました。
マコトジュエルが眠る被害者の部屋を完全に押さえているんだから、予告状なんて出さずにさっさと持ち去ればいいのに、彼はあえてそうしません。
わざわざ被害者のふりをしてくれあに依頼し、るるかのいつもの作法を模倣して彼女までおびき出します。
純粋すぎる2人に悲劇を演じさせて、特等席から指差して笑い転げるために。なかなかに悪辣な新キャラです。
さて、この先くれあとるるかはどうなってしまうのでしょうか。
「るるかは言っていた。『私を倒すためだ』って。私を倒す――。それはウソじゃないと思う。だけど、私のなかのきらめきが言ってるの。その先に真実があるって。・・・その真実は私が見つけてみせる。必ず」
救いは、このセリフでしょうね。
かれこれ第25話からずっと言っていますが、私はくれあの「心のきらめき」をまったく信用していません。彼女は(自分自身に関する話題だけ)この言葉を便利に使って、本来自分で行うべき自己決定から逃げつづけています。
ですが、このセリフには珍しくくれあ自身の意志が乗っています。「私が見つけてみせる」と。
くれあは、心のきらめきに従って半自動的にるるかと敵対する道を選びながら、同時に別の真実を探りたいという自分自身の思いも抱きはじめています。
二刀流です。



コメント
大真面目に予告状を解読しようとした時間を返してください!w
デッチから見たるるかとくれあは、どうやらロンドン時代に敵対してた?様子ですね。
それならまんまと舞台装置に乗せられた今回は、そういう意味でも良くない状況でしょう。彼は2人がいなくなったら喜ぶ人or妖精ってことなので。
ロンドンでやりあっていたっぽいですが、マコトジュエルがまことみらい市に移動したあともあっちに留まっていたのはいったい・・・?
バックオフィスとしてのロンドンがこちらから見えている以上に優秀で、今のうちに潰しておこうって感じなんでしょうか?
小林みくるって本当に“帰国子女”なんですかね?
ひょっとするとみくるさん、「ロンドンに住むおばあちゃんの所へ夏休みとか春休みとかに遊びに行く」程度の関わりだったのかも。
もしみくるがロンドンに定住していたのなら、英語が話せないままでいることに安住出来る娘だとは考えにくいし、さらに森亜るるかや帆羽くれあと接点を持たないままだったことにも不自然さを覚えてしまうんですよね。
実際には「おばあちゃん家にちょこちょこ遊びに行ったことがある」程度、だったにもかかわらず、みくるが“ロンドン帰りの帰国子女”っぽく見えていたのは……みくるさんの“見栄っ張り”“カッコつけ”の産物なのかもしれません。「基本真面目で能力も高いのにカッコつけたがる(でボロが出る)」十六夜リコや羽衣ララの系譜。
一方……
どうもよく分からないのが「二刀流」というワードを明智あんなとデッチ・アゲインが共に使っていながら、デッチ・アゲインが明智あんなと(彼女を2027年から1999年に連れてきた時空の妖精)ポチタンに対する興味や執着を全く見せていない点なんですよね。
もしデッチがあんなとポチタン(公式ホームページによると「時間と空間を超える能力を持つ」点でデッチと共通しているそうな)に執着する素振りを見せていれば、「1999年世界において「2020年代に“二刀流”の異名で活躍する野球選手を知っている」者同士、というつながりを暗示した描写」と説明できるんですが……。
なんか8月12日辺りに公式ホームページがしれっと更新されていて、デッチ・アゲインのプロフィールに「百日草のブローチを付けているお洒落さん」なる説明が追加されておりますな。
で、この百日草の花言葉はというと……「遠くの友を想う」「いつまでも変わらぬ心」「絆」「幸福」。
またオレンジの百日草には「古き良き時代」という花言葉もあるとか。
……結構捻りがなくてストレートな感じですね、デッチさんてば。
自分の小学生くらいのころを想像してみればいいと思いますが、子どもの行動範囲って思った以上に狭いですからね。学校とか日本人コミュニティにどっぷり浸かっていたら、あとはせいぜい買い物に使える語学力だけあれば不自由ないっていう。
ヒャクニチソウかあ・・・。それは(私じゃ)区別つけられないわ。