
いつも一歩引く、それがあなたの弱み。でも、弱みは強みにもなる。一歩引いてみれば答えが見えることもある。忘れないで。

「二人の過去」
大きな出来事
メインキャラクター:くれあ
目標
デッチ・アゲインとゴウエモンの力により、過去の映像の世界に閉じこめられた。脱出しなければならない。
課題
くれあが探偵テストに落ちたことや、るるかからトップオブリリーフレグランスを贈られたことなど、懐かしい想い出が蘇った。
結末
【達成】
くれあにとって、今回見せられたいずれの過去も全然イヤな経験ではなかった。むしろ誇らしかったり、喜ばしいものばかりだった。
特に何の感慨もなく、くれあは脱出を完了する。
心の変化
【変化なし】
今回くれあの心は何も揺さぶられていない。取り乱したのはむしろるるかだ。
バトル
蝶型のヘアクリップを素体としたハンニンダー。
苦戦
羽ばたき攻撃が間断なく、あんなやみくるでは対処のしようがない。
勝利
くれあがきらめきタイムで対抗し、さらに吹き飛ばされたことで逆に攻めどころを見つけることができた。
ピックアップ
ナラティブ

説明が難しい概念だが、「物語」のこと。それでいて「ストーリー」とは明確に異なる。
「ストーリー」は物語の構成要素のうち「筋書き」のことを指す。劇中でどんな事件が起きたかを時系列順に拾いあげ、客観的に「どういう展開を積み重ねたものか」をまとめたものが「ストーリー」だといえる。
これに対し、「ナラティブ」は主観的なもの。それぞれの登場人物にとって、各事件にはどういう意味があったのかを紐解く。
たとえば幼いころ狭い部屋に閉じこめられた経験がある人物は閉所を恐怖の象徴として捉えるだろうし、逆に家族から虐待を受けて物置部屋に逃げ込んだ経験を持つ人物なら閉所を見て安らぎを感じることだろう。同じ“閉所”でも経験してきたことが違えば意味も変わる。
このように、過去・現在・未来における経験を通して各人物の劇中における事件の意味を捉えるのが「ナラティブ」という概念。
多少誤解を含んでもいいなら「文脈」という日本語で理解するのが一番わかりやすいだろうか。
要するに今話のデッチ・アゲインは、くれあが探偵になれなかったことやトップオブリリーフレグランスなどについて、くれあとるるかそれぞれの受け止めかたの違いを探ろうとしていたことになる。
花崎まふるとみくるのギクシャク

みくるはまことみらい市のキュアット探偵事務所や妖精の存在、名探偵とはプリキュアであること、探偵テストなどについて最初から知っていた。おそらくはロンドンのキュアット探偵事務所で見聞きしたことなのだろう。
そのうえで、彼女はロンドンではなくまことみらい市の事務所のドアを叩いた。日本だからといって両親と暮らせるわけでもなく、中学校の寮に入ってまで。
ロンドンでは試験を受けさせてもらえる段階にすら進めなかったのだろう。みくるがおとも妖精に選んでもらえたのはポチタンが初めてだ。
ロンドンと妖精

イギリス人にとって、妖精とは古来から身近に存在しているものだった。
彼らは森や山、川などに住み、気まぐれでいたずら者。基本的には人間が干渉しようとしても手痛い教訓を得るばかりの存在。家事手伝いのブラウニーなど人間に益をもたらす妖精もいるにはいるが、彼らとて一度機嫌を損ねたら人間に悪さをはたらく。こういうところ、日本における八百万の神々に似ているかもしれない。自然から生まれた超自然的存在はほぼ例外なく理不尽なものだ。
彼らは積極的に仲よくしたいとは思えない隣人だが、何をしでかすかわからない彼らは、物語の登場人物としてなら非常に魅力的だった。シェイクスピアが戯曲に登場させはじめたあたりから、妖精はイギリスにおける古典的な人気キャラクターとなった。
しかし、産業革命が状況を変える。人々の思考のベースに科学が持ち込まれ、論理的に考えて現実に存在するはずのない神話生物は急速にリアリティを失っていく。本当に存在するかもしれないから妖精は魅力的なのだ。現実に存在しないのなら、わざわざカビくさい神話書を紐解いてまであえて物語に登場させる意味などない。
実は産業革命以降、妖精を再び信じてみようという運動がイギリス国内で展開されたことがある。
熱心な活動家のなかには、かのコナン・ドイルもいた。
ユリの王と女王
一般に、ユリの王といえばヤマユリを指す。
ユリの女王ならカサブランカ。
そのあたり避けるためのトップオブリリーじゃなかったのか・・・。
スターキラリングブローチ

リングってどこにあるのよ?と思っておもちゃサイトを参照してみると、どうもまんなかにある模様部分を外すことができて、4つの指輪として使えるようになっているらしい。
スターキラリングブローチが隠されていた花壇

葉の形状から見てオールドローズの一種、おそらくはロサ・ガリカだと思われる。花言葉は「愛情」「誓い」「喜びと苦しみ」など。バラはイギリスの国花でもある。
要は園芸種として品種改良の世代の古いバラのこと。今でも充分に通用する美しさと花の香りを誇るが、病気に弱いのが難点。
どうしてお盆休み最終日に39度の熱が出るのか。
いつかわかる、きっとあえる
「みんなといるからかな? わたし強くなれる」

これがるるか。
「『?』をスルーしない。考える力が湧く」

こちらはくれあ。
「見えないものに気づき、気付けないものを見る」


そしてみくるとあんな。
新エンディングテーマ冒頭では4人それぞれの物語テーマが歌われました。
現在ひとりぼっちで何も思いどおりにできずにいるるるかは、仲間と助けあう大切さ。
「心のきらめき」をただの直感として受け止めてしまっている今のくれあは、そこからさらに踏み込んで思考すること。
お互い感じかたも考えかたも違う2人で助けあっているあんなとみくるは、他の人たちにはたどりつけない特別なアンサーを見つけること。
「閃いているその先へ1歩 Go! Go! 答えに近づく度にドキドキして楽しい」

今話では一歩引いてみるからこそ全体を俯瞰できる、くれあのありかたが肯定的に描かれましたが、エンディングでは逆に一歩踏み込むことの尊さが歌われます。
「悩んでるだけじゃ始まらないよ。『一歩踏み出せば答えはついてくる。一歩の勇気が答えになる』だよ!」(第1話)
あんなも言っていたことですしね。
そろそろこの言葉を誰から教わったのか、明かされる日も来るのでしょうか。
どうして踏み込むことを美徳としているのかといえば、それは相手のことを理解しようとする意思の表れだから。
5W1H全て知ろうとすることは「ドキドキして楽しい」のだと歌われています。その思いが「いつかわかる、きっとあえる」未来へつながっていくはずだから。
相手のことに興味を持つことが、ただその人のためになるばかりではなく、自分自身の願いを叶えるチャンスにもなる、ということです。
先ほどの4人それぞれの個別テーマもそうでしたが、今作は総じて、他人事ではなく自分事として物事に興味を持つことを良しとしています。
「名探偵プリキュアさ! 人々を助ける、みんなの憧れ、希望。誰も頼る者がいない子たち、困っている人、助けを必要とする人、みんなの笑顔を取り戻すのさ。――なってみないかい」
「なります! 名探偵プリキュアに! 私、みんなを笑顔にします!」
ふたつ返事で引き受けるくれあと、少しためらった様子のるるか。
くれあはとにかく誰かのために役立てることを喜ばしいと考え、るるかはその尊さを認めつつもなぜ自分が他人のために尽くさなければならないのか疑問に感じたといったところでしょうか。

2人とも、まふるが言ったことの真の価値にはまだ気づいていないようですね。
エンディングテーマで語られているとおり、探偵として様々な人と関わっていくことには、彼女たち自身にとっての喜びがあるべきです。
くれあが想像するような、誰かのために尽くすことそのものが探偵にとっての喜びなのではありません。
るるかが考えるような、誰かのために尽くしてばかりで自分にとっての幸福がない、ということもありません。
誰かを知ろうとすること、そのなかでその人と仲よくなっていくこと、絆を得ることこそが、まふるの語る、探偵にとっての本当の喜びです。
「探偵テスト、残念だったね。あんたは真相に気づいていた。でも、ルーシーって子のことを思って言えなかった」

探偵テスト――、壺の紛失事件では、るるかより先にくれあが真相に辿りつきました。
けれどくれあはその解き明かした謎を口にできませんでした。真犯人であるルーシーちゃんを糾弾するのがかわいそうだと思ってしまったから。
結局謎を解いたのはるるか。ただし、そのるるかも浮かない顔。
るるかは、別にルーシーちゃんの気持ちがわからないから謎解きができたわけではないのです。るるかにも人の心はあります。ルーシーちゃんのことを思いやっていたのはくれあだけではありません。
謎を解くことがルーシーちゃんの意に沿わないことを理解したうえで、それでもルーシーちゃんのために真実を明らかにしたのです。
割ってしまった壺を暖炉の灰のなかに隠したルーシーちゃん。
全ての真実を知った両親は、ルーシーちゃんを叱るのではなく、まず怪我をしていないか心配してくれました。全ては案外、丸く収まりました。

それが、探偵テストにおけるるるかとくれあの違い。
「真実を明らかにするのが探偵。依頼人に寄り添うのもまた探偵さ」
そういう考えかたを持っているにも関わらず、まふるはるるかだけを合格とし、くれあは不合格としたのです。その意味を、くれあは受け止めなければなりません。

くれあがルーシーちゃんのためを思って口をつぐんだのは間違いないことでしょう。優しい子です。
けれど、ルーシーちゃんに真に幸せな結末をもたらしたのは、それでも一歩踏み込んでみせたるるかなのです。
「あのとき、あなたは美しい花の見ためではなく、目に見えない香りのほうに気づいた。私とはものの捉えかたが違う。いつも一歩引く、それがあなたの弱み。でも、弱みは強みにもなる。一歩引いてみれば答えが見えることもある。忘れないで。あなたのきらめきを」
そんなるるかは実際のところ、くれあのことを高く評価しています。
ただし、それはるるかの物語の文脈においてのこと。るるかには自分とは違った視点で物事を見定める仲間が必要で、くれあの感性はその条件にばっちり合致していました。そういう意味です。
あくまでるるかにとって、くれあの感性が得がたいものだっただけ。


くれあ自身にとって、一歩引きがちな性質が良いものなのかどうかはまた別です。
あえて一歩引くことで物事を俯瞰して見ることは探偵として大切な視点でしょう。けれど、一歩引いたまま、せっかく気づいたことを誰にも伝えないようでは話になりません。その姿勢は誰も、くれあ自身も、それからくれあが思いやる相手すらも、幸せにしないのです。
探偵は相手のことを理解し、絆を繋いでいくことで、誰かのための人助けでありながら、同時に自分自身のための喜びを得ていきます。
一歩踏み出して、目の前にいる誰かと関わろうとしていかなければ、探偵としての喜びを得ることはできません。
気づいているでしょうか?
「帆羽くれあ。今回の主演は君だ」
「見せてもらおう、君のナラティブを」
今話はくれあにとってのナラティブを紐解くために用意された過去編です。そのはずです。
けれど、実際にはくれあの過去の出来事に対する感じかたに興味を持った登場人物は誰もいません。言い出しっぺのデッチ・アゲインも、そしてくれあ自身すらもです。
まずはそこから、一歩踏み出していくべきなんでしょうね。
今のくれあは自分自身を含めた身のまわりのあらゆることに興味を持たなさすぎです。


コメント
『5つの謎 Wの鍵』という歌詞で5人目のプリキュア登場説が一部浮上してるようですが(※多分5Wのことだとは思います)
私が作詞者だったら泣くかもしれません……伝えることと、第一印象から更に踏み込んで考えることの難しさ。まあキミプリOPが上手に追加戦士を組み込んでたせいもあるでしょうけど。
もしかして慈英島の話、めちゃくちゃ重要回だったんですかね?
あんなたちの周りも妖精を認識する友達が現れ始めてますし、さてどう転がりますやら。
ウチのムダに修辞的な表現もどこまで伝わっていることやら。(おかしいな。最初は中学生くらいでも読める平易さを目指してひらがなカタカナを多めにしていたはずなのに、なんでこんなに言葉遊びを濫用している・・・?)
第20話の慈英島は妖精との関わりもそうですし、気がつけば真実の取り扱いかた(明かすことが正しいとも伏せることが正しいとも限らない)というテーマ面でも重要になってきましたね。
オープニングや小林みくるの回想(ミルフィーユの思い出)に登場するみくるの祖母の髪形や服装が、キュアット探偵事務所所長・花崎まふると大きく異なる点について。
もしかするとみくるの祖母・まふるは自分が探偵事務所所長であることを家族(特に幼い孫のみくる)には隠していて、そのためプライベートでは仕事中と全く異なる身なりをしている……のかもしれません。
実は、本作世界に於ける“探偵”はその素性をおいそれと周囲に明かすことが出来ない“厳しい”立場に置かれた存在なのかも。
で、みくるはデッチ・アゲインの造り出したVR映像で、愛する祖母が「自分に重大な隠し事をしていた」ことと「“探偵”という仕事が、家族にも素性を明かせないほどの“忌み嫌われた”存在である」ことに感ずいてしまい、衝撃を受けた……とか。
実際、妖精によって探偵にスカウトされた帆羽くれあと森亜るるかは、共に作中描写で出自や経歴が不自然に伏せられていて―――正に「誰も頼るものがいない(冷遇・迫害された)子たち」故に探偵のような“汚れ仕事”をやらせても構わない存在―――なんだろうか、とも思えるんですよね。
それこそ、くれあとるるかの二人は「スケバン刑事」麻宮サキのような“重犯罪者の娘”とかなのかもしれず、“罪を犯した娘”ルーシーに対する二人のスタンスは、一見対照的な様でありながらも“重犯罪者の娘”という共通の十字架(トラウマ)を心理的背景に生まれたスタンスだった……と読めなくもない気がするんですが。
ただ、キュアット探偵事務所ロンドン本部から派遣されてきたジェット先輩は、結構安易に明智あんなと小林みくるを探偵にしてしまっていて……
いや、そもそもジェット先輩は技術部門出身で、調査部門や人事部門の事情さらに探偵とか妖精を巡る世間の事情には詳しくない(技術屋馬鹿的な世間知らずの)御仁という可能性はありそうだし、加えて現在ロンドンのキュアット探偵事務所はデッチ・アゲインの攻勢を受けて陥落寸前に追い込まれているため、技術部門スタッフの独断専行に待ったを掛ける余力すら無い、という状況なのかも……?
あっちはあっちで別のキャラ(お母さん?)なんじゃないかなと。みくるは探偵について非常にポジティブなイメージを持っていたようなので、そういう路線には行かない気もしますが、さて。
くれあとるるかに関しては両親を描写する予定がないから、さりげなく天涯孤独の身を思わせる表現をしてるのかなあ、とか。どちらもイギリス人っぽいので今さら家族エピソードとかやりにくいでしょうしね。なんか過去シリーズの片親の家庭と似ているんですよね、匂わせたいところと語る気がなさそうなところのさじ加減。
ジェット先輩はまあ、ロンドン時代からさすがにもうちょっと組織の状況に関心を持て。