
あれ? これってみんな今のままでいたいってことだよね

「今年もよろしくアイドルプリキュア!」
大きな出来事
メインキャラクター:うた
目標
みんなキラッキランランなまま、ずっと一緒にいたい。
課題
願いはみんな一致しているものの、ダークイーネの闇は広がり続けている。
たとえばハートの木が真っ黒に染まってしまったように、例えば日々人々の不安が増しつづけているように、状況は徐々にうたたちの望まぬ方向へ変化しつづけている。
未解決
うたたちは依然としてはなみちタウンがキラッキランランだと信じている。
しかし、黒く染まったハートの木が元に戻らないように、うたたちが戦うだけではもはやダークイーネの闇を押し返しきれない。
バトル
人々の不安や恐怖を素体としたハートの木型ダークランダー。
苦戦
木の根を使った巻きつき拘束が厄介だった。
勝利
キュンキュンレーザーを起点とした、プリキュアの連係攻撃で打倒した。
小さなキラキラお届けします
「お正月からドドンとドッキリ! 突撃! アイドルプリキュア新年会! お邪魔しまーす!」
ナチュラルに元日から仕事を入れていますが、それで楽しく過ごせるのは田中(=ワーカホリック野郎)だけ――。
「そっか! 田中さん、すっごく楽しかったです!」
でもないようで。
「大盛り上がりのアイドルプリキュア新年会! そろそろお別れのお時間です。最後にアイドルプリキュアの皆さんからメッセージです!」
「君と一緒にお正月を過ごせて楽しかったよ。ありがとう! 私たちアイドルプリキュアはどんなことがあっても君をキラッキランにするよ! 今年も君と一緒に――、キラッキランラーン!」



バッチリお仕事して、結果としてテレビの前のみんなにキラッキランランを届ける一助にはなりました。
現在、うたたちは日常に浸食してくるダークイーネの闇に対抗するべく、努めてアイドルとしてみんなの不安を振りはらう努力をしてはいます。うたたちのプロいテレビ対応の様子からして、その一環としての意識は当然あったことでしょう。
ただ、今回のこの「サプライズ」、田中はあくまで“うたたちを”楽しませるために企画しているのです。
今作のこのあたりの姿勢は序盤から一貫していて、うたたちはプリキュア活動もアイドル活動も、あくまで自分がやりたくて始めています。例外は当初プリキュア活動に対して「コレジャナイ」を感じていたこころくらいのものでしょうか。それだって最初だけでした。
「救世主」という大仰な肩書きを名乗るアイドルプリキュアですが、実際のところ彼女たちにとってその優先順位は二番目。一番はあくまで自分たちが楽しむことです。プリキュアシリーズにおいてはいつものことですね。
「キラキランドもはなみちタウンもこれからどうなるんだろうなってちょっと考えちゃって。・・・私はね、キラキランドを救いたい。ううん。絶対キラッキランランにする!」
じゃあ、何のために「救世主」をやりたいのかって話ですよ。
2番目とはいえ、中学生がそんな大層な使命を。

その答えはすでに出ています。
「私は――、この前のカイトさんのライブ見て、やっぱりアイドルってすごいなって思った。アイドル・咲良うたになったら、もっとたくさんの人をキラッキランランにできるのかなって。そうなったらすごく嬉しいなって」(第43話)
みんながキラッキランランであること自体が、うたたちのキラッキランランの源。だからみんなをキラッキランランにする。すごく単純な話。
そして、うたたちには実際にそのための力がある。
シンプルな論理であり、それゆえに強い。
カイトのツアーファイナルのときの事件でダークランダーのことが世間に知られ、その翌週にはキラキランドが再襲撃され、今話でもハートの木が黒く染まるというショッキングな出来事が続いています。それでもうたたちは絶望することがない。
はなみちタウンの人たちがどれほど不安や恐怖に心塗りつぶされそうになっても、うたたちだけは関係ない。
いつも変わらぬ平常心で、ずっとずっと、いつか希望に手が届くことを信じつづけている。
何故ならうたたちは自力でキラッキランランな思いを生み出すことができて、そして最終目的もまた、自分たちがキラッキランランになることだから。
でも。
だったら、別に誰も救う必要なんてないんですよ。最初から。
いつまでもキラッキランランでありますように
「大丈夫プリ。プリルンたちはキラキランドに戻ってもうたたちに会いに来るプリ!」
「そうメロ。だから何も変わらないメロ」
「私も今までと変わらず、心キュンキュンしながらダンスしたりアイドルプリキュア研究会を楽しんだりします」
「私はそうだなあ、ピアノを続けたいなあ。あと、みんなとずっと一緒にいたい」
「私もななちゃん、こころ、プリルン、メロロンとずっと一緒に、キラッキランランになりたい!」
その願いの領域に、他人は含まれていません。

はなみちタウンの人々も、キラキランドの妖精たちも、あれだけ大切にしていたアイドルプリキュアのファンたちすらも、うたたちの語る将来の夢のなかに登場しません。
うたたちがキラッキランランになるためには、実のところ、彼らの存在は必ずしも必要ありません。
うたと、ななと、こころと、プリルンと、メロロンと。他には田中だとかカイトだとか、ごく少数の身近な人だけいてくれたらそれで充分。
うたたちがキラッキランランであるために必要な人たちはたったそれだけです。うたたちは、うたたち自身が強い子だから。
あえて嫌な言いかたをするなら、現在のところそれ以外の人々はうたたちにとって重荷にしかなっていません。
はなみちタウンの人々も、キラキランドの妖精たちも、あれだけ大切にしていたアイドルプリキュアのファンたちすらも。
今話のバトルは割と絶望的な状況下で始まりました。
クラクランドの脅威からキラキランドを守るための肝心要、はなみちタウンからキラキランドへキラキラを供給するハートの木が敵の手に堕ちました。あげく、その木がダークランダーとなって牙を剥きました。
ダークランダーとしての強さもなかなかのもの。変幻自在に足元を狙って来る根っこはなかなかに厄介で、一度はプリキュア全員が拘束されてしまったほどです。
「約束したの。アイドルプリキュアは何があってもキミをキラッキランランにするって!」

それでも、うたたちは平常運転。
他の誰が絶望しようと、うたたちだけは希望を捨てません。
他の誰が絶望しようと、うたたちには関係ありません。
ねえ。だったら、どうしてうたたちが世界を救わなきゃならないの?
誰も救わなくたって、彼女たちは自力でキラッキランランになれるのに。
あなたもよくご存じのとおり、プリキュアとはけっして使命に縛られたヒーローではありません。
プリキュアであることと世界を守らなければならないことは必ずしも同義ではありません。
プリキュアが世界を守る動機はいつだって決まっています。チョコパフェとか、イケメンとか。自分たちの日常を守るため。
地球のため、みんなのため。それもいいけど忘れちゃいけないものが、いつもあります。
突き詰めていうなら、プリキュアとはいつだって、自分のためにこそ戦うヒーローです。
はっきり言いましょう。
今話のうたたちはおかしい。行動原理が論理的に破綻しています。
そして、そのことに彼女たち自身もなんとなく気付いているのでしょう。
「でも寝たくない! せっかくみんなといるんだもん。まだまだおしゃべりしてたい――。よし、こうなったら!」
「夜更かしするには、グリッター特製ブラックコーヒー!」
彼女たちのキラッキランランな日々は、このままではそう長く続かないことを。
「あれ? これってみんな今のままでいたいってことだよね」
「たしかに」
「あはは。そうだね」
このメンバーさえいれば自力でキラッキランランになれるはずで、しかもそれを続かせたいと全員一致で願っているはずなのに、それでも何故か不安を感じてしまう。この時間の終わりを惜しんでしまう。まるでこれが最後の、貴重なひとときであるかのように。
なぜ?
終わる日常
「え・・・。黒いまま?」
「どうして!?」
「いつもならキラキラになるはずなのに」
「これもダークイーネの力なの?」

ハートの木が黒く染まった事件について、うたたちとはなみちタウンの人々との間に温度差がありました。
はなみちタウンの人々は、木が黒く染まったこと自体に、ダークランダーを生んでしまうほどの強い不安や恐怖を感じました。
対してうたたちは、ダークランダーを浄化してもハートの木が元に戻らないことに、強いショックを受けました。
もちろん、これは「ダークランダーを倒せば全て元に戻る」ということを知っているかどうかの差異でもあります。
ただ、ここで重要なのは、うたたちがこの出来事にショックを受けたことそのものです。
先ほどうたたちが夢見た未来予想図には、うたたち5人しか登場していなかったはずでした。
彼女たちは誰の力も借りずとも、自力でキラッキランランな心のエネルギーを生み出せるはずでした。
「みんな今のままでいたい」――。そういう最低限の願いの本質さえ守られるなら、自分たちは充分に幸せに暮らせるというのが、先ほどまでの彼女たちの自己認識でした。


違いました。
彼女たちの「今のまま」は、5人一緒にいるだけで守られるほどシンプルで強固な論理ではありませんでした。
ハートの木が黒く染まるだけで壊れてしまうような、5人以外の、はなみちタウンの人々やキラキランドの妖精たちが絶望から帰ってこられなくなるだけで壊れてしまうような、本当はもっと複雑で脆弱なものでした。
わかっていたはずです。
だって、私たちも彼女たちと同じ視点で同じ物語を見てきました。
どうしてクリスマスパーティを例年通りに行わなければならなかったのか。どうして見ず知らず、悪行をはたらいていた事情すら知らないカッティーやザックリーを救わなければならなかったのか。
本当のうたたちは自分たちだけではキラッキランランでありつづけることができません。
この物語は『キミとアイドルプリキュア』です。アイドルであるうたたちと、ファンとして彼女たちを応援する大勢の人たちが、お互いにキラッキランランな気持ちを交換しあって、さらにキラッキランランな思いを高めていく。そういう物語。
そこまではわかっています。
だからこそ今話のうたたちはおかしいと感じるのです。パジャマパーティの、こんな閉じた関係性だけで満足するような子たちでは、本来なかったはずだと。
でも、じゃあ、どうして彼女たちは自分たち以外の“他人”を必要とするのでしょうか?
自分たちだけで生み出せるキラッキランランだけでは満足せず、もっと貪欲に大勢の人を巻きこんでまで、より大きなキラッキランランを求めずにいられないのでしょうか?
振り返ってみれば、ここまでその理由が明言されたことはありません。
「プリルン、言ってたでしょ。私の歌が絵真さんをキラッキランランにしたって。それならもう一度絵真さんをキラッキランランにしたい! 私の歌で!!」(第1話)
第1話で、うたがたったこれだけの理由で怪物に歌を聞かせようとした行動を、私は正直、狂人だと感じました。プリキュアシリーズの主人公はお人よしが常だとはいえ、これはいくらなんでも自分に利がなさすぎると。
「うたちゃんはたくさんの人を笑顔にしてきた。彼女は、アイドルなんだ」(第43話)
カイトはうたのこの狂気を“天性のアイドル”性として解釈していました。もはや最初からそのように生まれてきたとしか説明がつかない存在。
それならまだ納得がいきます。言い換えるなら、“理解を放棄する”ことができます。私とは違う存在。私とは違う生物。うたという存在をそのように突き放して捉えることができます。
この場合、彼女を主人公とした物語を通して私たちが何を受け取ったらいいのかわからなくはなりますが。
「闇はもう止まらぬ」
さあ、今一度考えてみましょう。
うたたちは何故、自分たちの外側の世界が壊れると困るのか。
うたたちは何故、救世主であらなければならないのか。
うたたちのキラッキランランに、どうして私たちも参加しなければならないのか。

ダークイーネはラストバトルの対立軸に、うたたちとその他の人々の関係性を設定するつもりのようです。
この物語は『キミとアイドルプリキュア』。残り1ヶ月、うたたちと私たちの関係性を、今一度捉え直してみましょう。


コメント
言ってしまえば、自分たちの意思で勝手にションボリしてるわけですから、下手に心を操るよりタチが悪い作戦ですこと。
多分ここからどうにかして『アイドルプリキュアがラスボス戦中に、はなみちタウンのみんなから応援される』構図に持っていくんでしょうけど……さてどうしますやら。
ハートの樹が割とでっかいキラキライトみたいな形なので、あわよくばそこを上手く使った絵面を見たいなとも。
ついにつむぎちゃんを直接救えるところまで届いたなあって感じです。(『ハピネスチャージプリキュア!』の話)
ただの個人的なお人よしでそこまで個人の勝手な都合に踏み込むのでは、論理がまだもう少し足りないかもしれませんが、それもここからの展開次第。
ハートの木で応援する絵、いいですねえ。それは私も見たい。