
うたちゃんはたくさんの人を笑顔にしてきた。彼女は、アイドルなんだ。

「うたの歌」
大きな出来事
メインキャラクター:うた
目標
スカウトしてくれた社長さんの提案に乗り、咲良うたとしてアイドルを目指す!
課題
社長さんは喉の管理をものすごく気にしている人で、うたにアイドル活動以外で無闇に歌うことを禁止した。しかし、本来うたは歌いたいときに歌う子であり、この制限が非常にストレス。
解決
カイトとの語らいで、自分が歌いたいときに歌っていることはただの自己満足ではなく、聞く人にとっても価値があることだということを再確認。将来のアイドルデビューのために歌を我慢するより、今も自由に歌いつづけたいという気持ちが勝った。
バトル
社長さんを素体とした喉枯れ対策グッズ(加湿器+マスク)型ダークランダー。
苦戦
ミストを煙幕代わりにする戦術を得意とするほか、プリキュアの口を塞いで歌えなくする×マークも発射する。アイドルプリキュアのメンバーは歌わないと浄化技が出せないためクリティカルなピンチ。
勝利
口を塞がれたことをきっかけに、日常パートから我慢を強いられていたうたの我慢がついに決壊。楽しそうに歌うことでバトル中のパフォーマンスも向上、そのまま浄化まで一気に進んだ。
ピックアップ
最短サブタイトル更新
プリキュアシリーズのサブタイトルは平均17字程度と全体的に長めな傾向があったが、前作『わんだふるぷりきゅあ!』から短いサブタイトルも多く使われるようになった。
今回4文字。ちなみに次点は『わんだふるぷりきゅあ!』第49話の「あなたの声」、5文字。
というか今回の新記録を除くと歴代上位7位まで全部『わんだふるぷりきゅあ!』。8位タイ(8文字)になってようやく今作の「ななの七不思議!」とか『Yes!プリキュア5』から3つほどとか入ってくる。
正体バレ

プリキュアチーム自体アイドルとしての認知度が高いから、別に変身前の姿がバレていなくてもちゃんと正体バレ展開が成立するという構図。
今回、仮に今後アイドルプリキュアとして歌えなくなったとしても、咲良うたとしてデビューすることでアイドル活動を続けられる道筋が整った。

カイトにだけは変身のことまでバレているから芸能界でのフォローもいろいろバッチリ。
「歌いたいから歌う。それが咲良うたです」
第7話、アイドルプリキュアになることを諦めようとしたこころを励まそうと歌ったときにも言ったセリフ。
うたの歌はこのときも自分以外の人を救っていた。
レッツトンチキ!
「No! 歌はNo!! いいですか。これからうたさんはプロになるのですよ。ライブに、ボイストレーニング。喉をたくさん使うのですから普段はなるべく休ませねばなりません。大声を出したり、歌ったりするのは禁止です!」

こころのラストエピソードに引き続き、ハチャメチャに強引な理由づけで今話の課題が示されます。そこまで極端に禁止することあるかい。
理屈がハチャメチャでリアリティがないぶん、逆に今話が何を描きたいエピソードなのかが明確になっていいですね。私こういう脚本好き。
第41話にて、こころは誰かを応援するという行為を没収されかけました。
今話、うたは歌いたいときに歌う自由を没収されます。
ちなみにその流れでいうなら、第40話ではななが友達と一緒にいようとする思いを没収されかけていたことになりますね。
こころは新生徒会長のちよ先輩を応援することで、応援するという行為がただやってて自分が楽しいだけでなく、ちゃんと応援を受ける側にとっても価値を生んでいるんだということを証明してみせました。
ななは自分が弾くピアノの七色の旋律の源泉がたくさんの友達との様々な経験から来ていることを見出し、友達と一緒に過ごす時間の価値を証明してみせました。
一連のエピソードで問われているのは“価値”です。ただの遊びじゃない、ただの自己満足じゃない、自分以外の誰かや、あるいはいっそ社会に提供できる“価値”が問われているんだといっても過言ではないでしょう。
してみれば、ではうたの歌はどうなんでしょうか?
「歌いたいから歌う」。その言葉自体がすでに自己満足的である活動に、一体どんな価値があるというのでしょうか。

それはまあ、今作第1話から示されていましたよね。
「プリルン、言ってたでしょ。私の歌が絵真さんをキラッキランランにしたって。それならもう一度絵真さんをキラッキランランにしたい! 私の歌で!!」(第1話)
初めてプリキュアに変身したシーンの直前のセリフ。
このときのうたはハタから見て狂人でした。
なにせ、怪物にされた知人を元に戻すために歌を歌ったのですから。歌で解決できる、なんて確証どころかそれらしい伏線すら何もなかったのに。
ただ、人間だったころは自分の歌を聞いて「元気が出る」と言ってもらえていたから。それだけの理由。
たったそれだけのことで、怪物に何度攻撃され、吹き飛ばされても、諦めずに歌いつづけたのでした。
とはいえ、実際に奇跡は起きたわけですが。
「私、わかったと思う。すっかりアイドル気分になっちゃってたけど、私はただのアイドルじゃない。光で闇を救う救世主。歌って踊ってファンサして、真っ暗闇をキラッキランランにする! アイドルプリキュアなんだ!」(第2話)
続く第2話では、プリルンが勝手に動画サイトにアップしたキュアアイドルのライブ動画が大バズして浮かれ骨頂、すっかりアイドル気分で調子に乗りまくったうたが、自分が楽しいだけではいけないということに気がつく物語が展開されました。
今見ても変な流れですね。第1話では狂気の沙汰と思えるくらい必死に誰かのために歌おうとしていたうたが、第2話では自分のことばかり考えているだなんて。
でも、つまりはそのくらいうたにとって自然で、楽しいことだったわけですよ。
歌うことが。
いいえ。
“みんなのために”歌うことが。
今話におけるうたが歌う価値は、実はだいぶ早い段階で、それもうた自身から示されています。
「私は――、この前のカイトさんのライブ見て、やっぱりアイドルってすごいなって思った。アイドル・咲良うたになったら、もっとたくさんの人をキラッキランランにできるのかなって。そうなったらすごく嬉しいなって。社長さんの話聞いて思ったんだ!」
そう。うたは自分の歌が「たくさんの人をキラッキランランに」できることに価値を感じているんです。それはうたにとって何よりも大きな喜びであり、だからこそ、個人的な楽しみでもありました。
うたはみんなをキラッキランランにすることが趣味な子です。

ただし、無自覚。
なまじ利他心と利己心が最初から不可分な構造になっていただけに、ここまで自分の口ではっきり言っているのに、社長さんの歌禁止令に反対できないくらいにはその価値をうまく説明できずにいました。
なんなら、全て社長さんの言うとおりだ。仮に喉が消耗品だというのなら、いつかアイドルとして歌うときの歌だけに大きな価値があり、今、ただの咲良うたとして歌う歌には何の価値もない。そんなふうに思い込んでしまいます。
そんな純粋すぎる彼女に、ようやくカイトの視点から見た咲良うた観が伝えられます。
レジェンドアイドルが尊敬するアイドル
「俺も同じだったよ。初めてうたちゃんに会ったころ。アイドルとしての道に迷って、留学に行って。答えが出ないまま曖昧な気持ちではなみちタウンに戻ってきた。そんなとき、たまたま入った喫茶グリッターでうたちゃんに出会って。うたちゃんの歌う姿を見て。・・・俺もカズマに歌届けようって。もう少しアイドルがんばろうって。そう思えたんだ」

そう。当時のカイトにとって、うたとの出会いは本当に大きなものでした。
物語上は基本的にうた視点から語られるので、カイト視点でどれほどの衝撃だったか明確に描かれたわけではありませんけどね。
彼に関する諸々の言及や、その後のエピソードでの彼の発言を見ていくと、カイトにとってうたがいかに人生を変える革新的な存在だったのかが伝わってきます。
「世界中のどこにいても、365日24時間、俺は響カイトしてます」(第4話)
そんなスタンスで活動し、実際、プライベートだろうが他にやることがある時間だろうが、常にファンの期待に応えることを最優先にしているカイト。
実体は、ともにアイドルを目指していたカズマが脱落し、失踪し、ファンの期待に応える以外のアイドルでありつづける意義を失っていたカイト。
そんなカイトにとって、小さな喫茶店限定の看板アイドルだったうたのありかたは、鮮烈でした。
「♪ あっぷっぷ! かわいい赤ちゃん お顔を見せてね あっぷ ぷっぷ いい子 いい子」(第4話)

すごく、楽しそうに歌っていたのです。
いつでも、どこでも。泣きやまない困った赤ちゃんをあやすときですら、うたは心底楽しそうな笑顔で歌っていました。
「世界中のどこにいても、365日24時間、俺は響カイトしてます」? 咲良うたなら、そんな高潔な姿勢すら必要ない。
本来、自分にとってしんどいことだからこそこういうお題目が必要なんです。どんなに大変でもファンの声援だけがレジェンドアイドルをつづける唯一の動機だったから、こんなことやって来られたんです。
でも、咲良うたならこんな念仏唱えなくても響カイトとまったく同じことができる。
いいえ。
響カイトが血の滲むような努力の上にやっと実現していることを、咲良うたならまったくの自然体でこなすことができる。
カイトはキュアアイドルの正体がうたであることを見抜きました。
だって、同じだったからです。
「嬉しそうだったね」
「カイトさん――! そうなんです。キラッキランランになってくれて、私までキラッキランランになっちゃいました!」(第23話)
まさかあんな貴重な才能、瓜二つの才覚の持ち主がもうひとりいるだなんて。
同一人物と言われたほうがよほど納得のいく話でした。事実、そうだったわけで。
「今の俺がいるのは、うたちゃんの歌のおかげだよ」
心からそう思います。
ファンのために歌うことが楽しいことだって改めて実感させられて、しかももう一度カズマとアイドルをやるきっかけまでつくってもらえて。
うたは、レジェンドアイドル・響カイトから見て、初めて出会った日からずっと、自分以上に得がたい才能を持った究極のアイドルだったのでした。
その事実が、今日、ついにうた本人に直接伝えられます。

「カイトさんにも迷ってたときがあったんだ。私、今までどんなときに歌ってたっけ? 誰かをキラッキランランにしたいとき? それもそうだけど――」
いいえ。いいえ。
カイトがうたに見出した、自分にはない特別な輝きは、そこじゃない。
天性のアイドル
「わたしはいつも、歌いたいから歌う! それが咲良うたです!!」
以前も言ったセリフでした。
闇と戦う救世主でもあるアイドルプリキュアの真実を知り、決定的に挫折し、自分はアイドルプリキュアになれないと泣いていたこころに、もう一度温かい涙を流させたあのとき。

うただって救世主になりたくてプリキュアやってるわけじゃありません。
かといって、少なくとも最初はアイドルがやりたくてプリキュアになったわけでもなかったんですけど。
うたがプリキュアになったのは、みんなをキラッキランランにしたいからでした。
怪物にいくら歌を歌っても、うたの歌は結局届きませんでした。
奇跡の力がどうしても必要でした。
諦められるならこんなことに奇跡なんて必要ない。でも、諦められなかったから。
どうしても歌を届けたい人がいて、どうしてもキラッキランランになってくれるところを見たかったから、うたはプリキュアになりました。結果的に救世主にもなりました。そしてアイドルにも。
歌いたいから歌う。
救世主としてみんなを助けられるのって、すっごく嬉しい。
アイドルとしてみんなを喜ばせられるのって、すっごく嬉しい。
全て、歌から始まりました。
全て、うたにとっては歌と同じでした。
歌いたいから歌う。
このセリフを初めて言ったのは、アイドルとしてのプリキュアを志望し、救世主としてのプリキュアになんか違うってなって挫折した子に、全部つながっているんだって教えたときのこと。
うたにとって、全ては歌から始まっていたのです。
「先輩。突然歌うの、ずるいです。普通歌いませんもん!」
「えへへ」(第7話)
だから。

「もう我慢できない! 行くよ!!」
なぜ、我慢しなきゃいけないのか。
せっかく自分が楽しんでいて、しかもみんなにもキラッキランランを届けられる、キミと私のwin-winを。
みんながキラッキランランになってくれて、だから自分までうれしい気持ちになれる、キミと私のキュンキュンを。
我慢しなきゃいけない理由がどこにある。
「♪ 私 やっぱり歌いたい ハートが止まらない! 今も こんなにキラッキラン あふれてくるんだ! ・・・みんなの思いを聞いて、わかったよ」

ここにあるのは私にとっての“価値”であり、同時にキミにとっての“価値”でもあります。
両者は不可分。
咲良うたという女の子にとって、利他心と利己心は、生まれつき強固に結びついていました。
今話の物語は、その、ただの確認。
この利他心と利己心の不可分性こそが咲良うたというキャラクターの根底であり、そして『キミとアイドルプリキュア』、アイドルのファンサとファンの応援の理想的な循環を通して語られる、みんながみんなのためにあろうとする全体の物語の根幹です。
うたの場合、この答えに行き着いたのは天性の才覚であり、今回後付けでようやく自覚することになったわけですが。
しかし、ななが自他の違いを観察するなかでどんどん新しい学びを得ていったり、こころが自分ひとりではなくみんなで応援したほうが応援する側もされる側ももっと嬉しいって気付きを得たり、これは後天的にも学べること。それこそ、カイトすら今はファンのためだけじゃない、自分自身のためにもアイドルやっているように。
これはけっして、うたにしかわからない特別な感性というわけでもないのです。意外とね。事実私たちにも伝わってるわけで。
「うたちゃんはたくさんの人を笑顔にしてきた。彼女は、アイドルなんだ」
そうだからこそ、咲良うたは響カイトにすら一目置かれる、天性のアイドル。
誰よりも直観的に、感覚的に、みんなをキラッキランランにさせることと自分がキラッキランランになることが等価同質であることを広く伝えてくれる、輝ける一番星。

はてさて。意外と大物らしいあの社長さんが、うたをアイドルにするのを諦めるとも諦めないとも言っていないこと、彼女はいったいいつ気がつくのでしょうか。


コメント
今更ながらズキューンキッスの誕生経緯、メロロンはもちろんですがプリルンも『闇を照らしたいとまではあまり思ってなさそうだったのが、特殊なアイテム経由でやっと変身できた要因なのかなと。
田中が【アイドル:咲良うた】の面倒を見るんならまた別だったかもですけど、流石に難しいですかね。
そもそもアイドルプリキュアがやってるタレント業は、2話でいきなりとんでもない再生数(しかも炎上ではなく賞賛)叩き出した状態からのスタートでしたし。
プリルンもあんまりですけど、それ言ったらうたたちはもっと救世主やる気が薄いからなあ・・・。
どっちかというとプリキュア定番の「叶えたい夢があるかどうか」が引っかかってたんじゃないかと。こころの友達になる前あたりのプリルンはプリキュアに頼ることと推し活くらいしか行動原理がなかった子ですし。第17話の時点ですら「ウッソでしょ!? 自己犠牲の精神でプリキュアに変身するの!?」とか動揺してましたよ、私。
最終的にはプリルンもメロロンも健全なストーリーを歩んでくれたのでよかったです。
そういや田中って任期どのくらいなんでしょうね、あの仕事。
今回のシュウイチ社長さんのアイドルの声に対する思想は、投手の方は消耗品という権藤博さんの発想と同じものがありますね。
権藤博さんは中日入団2年間、権藤権藤雨権藤、雨雨権藤雨権藤というほど酷使されて一時打者転向したほどのプロ野球人生でしたが、それを教訓に、そのような指導スタイルになったようです。南海入団2年目の1959年に38勝4敗という驚異的記録を打ち立て日本シリーズ4連勝の杉浦忠さんも同じような国士型足り投手生命が短くなってしまいましたが、これと軌を一にするところがあります。
権藤さんや杉浦さんの轍を踏まないためには、確かに、アイドルの声、特にその声を出すのどは消耗品であるというのはまったく理にかなっています。できるだけ温存するようにということ、安売りするなということで、間違ってはいない。
一方、投手と言ってもその頃先発完投どころかリリーフでも出て勝ち星を拾いまくるほどの活躍をした人もいるわけです。金田正一さんなどがその典型。彼に打撃練習をするなといった元左腕投手の監督にねじ込んでふざけるなと言い切ってその指令を取り消させたたほどの人ですから、そりゃあ練習もすごかった。しかも良く投げた。あの弱小国鉄スワローズを十数年間にわたりエースとして支え続けたわけですから。阪急の米田哲也氏や元阪神で今年亡くなられた小山正明さんもそう。無駄のないフォームで精密機械とさえ言われたコントロールを武器に320勝されました。
さて、うたは権藤さんのタイプか、それとも金田さんのタイプか。
私は、後者のタイプと思料しました。
好きな時に歌わせればいい。ただし、ボイストレーニングなどではちょっとした修正をかける程度にする。そして舞台では思いっきり歌わせる。
シュウイチ社長さんの見込み違いという要素もなくはありませんが、うたにとってはこのような体験も実は長い目で見て必要だったとも思われてなりません。
名監督の三原脩さんならうたに対して間違いなく金田正一投手を扱うような感じで扱われたろうなと思いながら、この回を見ておりました。
プリキュア御意見番 名代藤本定義
まあ、喉の場合はあからさまに変な使いかたしてるんじゃない限り鍛えたら鍛えただけ長持ちするものなので、そんなに心配なら素人考えで変な制限なんてかけずに今すぐボイストレーニングやらせてあげなよ、って感じではありました。世界的な歌手を惚れさせる歌声ならそれすら要らずに天然で自分の喉に合った発声ができてるんだとは思いますが。
たぶん社長さんのあの方針だとかえってトレーニングを始める前にうたの喉がダメになります。結構すぐ衰えるんですよね、喉とか横隔膜とかって。