
大変だけどがんばってやってるよ。だから、あなたたちも探偵がんばってほしいな。

「決めつけちゃダメ!」
大きな出来事
メインキャラクター:あんなたち
目標
しるくや演劇部を応援する。
家入しるくは大人気のテレビ俳優。あんなやみくるも大ファンだ。そのしるくがテレビの取材でまことみらい学園に来たから、あわよくばサインをもらうなどしてお近づきになりたい。
課題
しるくと話す機会が得られ、探偵をやっていると話したところ、「ステキ!」と褒められた。ただ、実際はなかなか依頼人に来てもらえていない状況であり、今をときめく人気俳優の前で胸を張るにはカッコ悪く感じる。
結末
【達成】
「決めつけちゃダメ」というしるくのアドバイスが諸々の指針となった。
演劇部で発生した事件を名探偵として無事解決することができたし、もう一度会うことなんてできないという思い込みも、しるくがプリティホリックに来店するというかたちで打破された。
心の変化
【ポジティブ】
しるくの言う「決めつけちゃダメ」は、やるまえから諦めてはいけないという考えが根底にある。
その思想はもともとのあんなやみくるの考えかたとも親和性高く、しるくと協力して演劇部の事件を解決できたことは、大きな達成感として自信を深めることにつながった。
バトル
ドレスを素体としたハンニンダー。
苦戦
コマのように高速回転するバレエダンスによってプリキュアの攻撃がはじかれてしまう。
勝利
無敵だという思い込みを取り去り、中心軸なら回転の力が弱いはずだと見抜いて頭頂を攻撃、地面に埋め込んでこれ以上の回転を阻止した。
ピックアップ
家入しるく

家(home)入 しるく(シャーロック)・・・。
割と隠す気がないレベルの候補者として登場したわけだが、案外変身時期が早いのだろうか?
というか、この説だと先代プリキュアはキュアエクレールと別口ってことになるか。
やりたいことがあるなら二足のわらじを履くことも躊躇しないってキャラなら、いくら忙しくても名探偵としての活動も諦めないだろうし。
シルキーアイス

パッケージはそのまんまハーゲンダッツのパロディ。ただし、当時のハーゲンダッツは“海外から来た高級アイスクリーム”というブランディングだったため、テレビCMもハリウッド俳優を起用したラグジュアリーな雰囲気の「Shall we Häagen-Dazs?」シリーズを展開していた。
日本人俳優がアイスをすくって食べる映像は、むしろレディーボーデンのCMでよく見られたフォーマット。
学校でTRY!

当時TBS系列で放送されていた人気バラエティ番組『学校へ行こう!』が元ネタ。中学高校の生徒たちが学校の屋上から思いの丈を叫ぶ「未成年の主張」が看板コーナー。
ちょうどこんな感じで芸能人が全国各地の学校活動に参加する番組だった。
伝統のドレス

演劇用のレンタル衣装屋はバカみたいに高額だし、そうそう近場にあるものでもないしで、演劇部というものはとにかく舞台衣装に難儀する。一番苦労する。アニメの演劇部みたいに大量の衣装を揃えているところなんて強豪校でもまず無い。
たまに趣味のコスプレなどで縫製スキルを持った生徒が入ってくるため、その子がつくった衣装を何代にも渡って使い回すことは本当によくある話だったりする。私の2つ上の先輩がつくったゴシックボーイ風衣装は10年後でもまだ使われていた。
そういう衣装が受け継がれてない学校の場合? ・・・現代劇っていいよね。
ニッカポッカ

建設作業員が履いていることでおなじみのダボダボズボン。ゆったりしていながら裾がしっかり閉じてあるため、とにかく動きやすい。主に高所で足場を組む(=身軽さが最優先事項である)とび職に愛用されている。
舞台演劇の世界でも裏方スタッフに愛用者が少なくない。書き割りなど舞台の大道具は基本的にその場限りでしか使わず、終わったらすぐ解体すること前提なため、釘やネジ先の処理が雑なことが多い。ニッカポッカはゆったりしているため、万一それらに引っかけても皮膚にまで届かずケガしないで済むという利点がある。
テレビ局のディレクターにニッカポッカを履くべき理由があるかといえばまあ、ない。
ただ、彼らは経歴的に舞台経験者が少なくないため、前職からの習慣でニッカポッカの愛用者がいるにはいるらしい。履いていて楽なのは間違いないしね。
「俳優」
今話ではしるくのことを「女優」と呼ばず、一貫して「俳優」と呼んでいる。
プリキュアシリーズはこれまで「女優」という、世間により広く認知されている言葉を使ってきた。「俳優」呼びは珍しい。もしかしたら初めてかもしれない。
「ドレスは服の下に着ない。ドレスを着るのは女の子。そんな思い込みを疑ってみたら、答えが見えたんだ」
今話は先入観を排するというテーマで描かれているから、そこにこだわって、よりフラットな表現を選んだのかもしれない。
(「女優」という言葉が差別的だという意図ではけっしてなくて、「男優」という言葉があるのに男性の俳優は「俳優」呼びで、女性の俳優だけ「女優」呼びなのが不思議だよねという話)
このブログを始めて以来ずっと使い続けていたPC内蔵式TVチューナーがついに壊れてしまいました。かれこれ10年以上のお付きあいかー。そりゃ壊れるわ。
なぜかCMだけ映るってことは、たぶんB-CASカードを認識できなくなっているんでしょうね。
どうしよっかなー。今どき内蔵式のチューナーなんて生産してないですよね。まあ、私プリキュア以外のテレビはもう見てないからTVerに完全に移行してもいいっちゃいいんですが・・・。
不確かなのはどっち?

「家入しるく、すっごくかわいいよね! 私大好き」
「私も私も! 昨日みくると一緒にしるくさんが出てるドラマ見たんだ。1999年にもステキな俳優さんいるんだね。すっかりファンになっちゃった」
憧れというものは、別に必ずしも自分自身の夢と直接関係がある人にばかり向くものではありません。単純にカッコいい人、かわいい人、時の人、人気者、成功者・・・、そういった著名人に憧れを抱くこともよくあるものです。
なにせカッコいいから。かわいいから。話がループしちゃっていますが、だって、それだけで理由たりえます。
みんな、できることなら善く生きたいと思うものです。夢を叶えたいと思うのも、自分の人生を成功させるための手段のひとつでしかありません。ならば、一定の成功を修めた人というのはそれだけで尊敬する理由として充分です。その時点で間違いなく立派で、できれば見習いたいと思います。ミーハーともいう。
現実世界にプリキュアはいません。変身アイテムとか、妖精なんてものも存在しません。私たちはどんなに強く願っても本物のプリキュアになることはできません。
それでもプリキュアに憧れるのです。だって、カッコいいから。かわいいから。強くて優しくて諦めなくて、立派だから。
私たちはプリキュアにはなれないし、本気でプリキュアを目指すこともありません。それでもプリキュアに憧れる思いは私たちの人生の糧となるのです。プリキュアにならなくても、プリキュアの勇姿から見習うことは存外たくさんあるものなのです。
「探偵さんなの? ――ステキ!」
さて、憧れの俳優さんであるしるくに褒められてしまいました。
たしかに探偵もカッコいい。
第7話でクラスメイトたちから「すごい」って言ってもらえたときなんて素直に鼻高々でした。まして今回は憧れのしるくに褒めてもらえたのですから、嬉しくないわけがありません。
――けど。
「でも、依頼がなかなか来なくて」
「やっぱり私たちが中学生だからかな・・・」

だからこそ、急に弱気になってしまいます。
目の前にいるこの人はステキな人。そのステキな人に「ステキ!」って言ってもらえたんだから、これはきっと誇っていい。クラスの友達に褒められたのと比べてちょっと次元の違う話です。
・・・本当に?
本当に私は、しるくさんに「ステキ!」って言ってもらえる資格がある人間?
なんだか急に気後れしはじめます。
褒めてもらえたんだから素直に喜べばいいはずなのに、心のどこかに、この名誉を疑ってしまう自分がいます。
しるくを疑っているわけではありません。自分を疑っているのです。
この人は間違いなくすごい人。成功者。
だから、疑う余地があるのは、間違っている可能性があるのは、――自分自身。
何を決めつけているのか
「決めつけちゃダメ」

あんなたちの自分を疑いたくなる気持ち、しるくにも思い当たるものがあったのでしょう。
無用な思考の迷路に迷いこんだ子たちのおでこをつんと押して、そう、この指先は太鼓判。
本当に褒めているんだよって。
君たちは本当にステキなんだよって。
自分が口にした「ステキ」が掛け値なしの賞賛であることを、追って保障します。
「私ね、今高校に通いながら芸能活動をしてるんだけど、最初は事務所の社長や両親にすごく心配されてね。『仕事をやりながら高校へ行くのは難しい』って。・・・でも、私は両方やりたかったの! 大好きな仕事もやりたいし、高校で友達と過ごす時間も好きだから」
目の前にいるこの子たちは探偵という仕事に誇りを持っているようでした。
「困っている人を助けたい」、「笑顔になってもらえたら嬉しい」。その善性と意欲をステキだなって思いました。
こんなにステキな女の子たちが、どうして自分を疑わなければならないんでしょうか。
それは、この子たちが自分に憧れてくれているからです。
憧れの人を疑うことはできないから、代わりに自分を疑っちゃうんです。
憧れの人の前だから、普段なら疑わなくていいところにまで、余計な疑いの目を向けてしまうんです。
どうか疑わないでほしい。さっきの私の言葉を。ステキな自分自身を。
太鼓判を押してあげましょう。
「大変だけどがんばってやってるよ。だから、あなたたちも探偵がんばってほしいな。ダメかもって、決めつけないで」

しるくとあんなたち、客観的に見てどちらが成功しているかといえば、もちろんしるく。
だけど、どちらががんばっているかといえば、それはまだわからない。きっと一生かけても比べられるようなものじゃない。
だから、まずは誇ってほしい。
あなたたちの努力を。
心を。
カッコいいから。かわいいから。
自分が夢を叶える参考になるかどうかと関係なしに、人はただそれだけの理由で誰かに憧れることができます。
なにせ、カッコいいから。かわいいから。
善く生きようとしている子たちは、ただそれだけで尊敬されていい。
憧れとの接続点
「私たち見たんです。『ドレスが見つかった』って放送を聞いたとき、あなたがとっさにズボンの裾をめくっていたのを。――ほら。見えてますよ、ドレス」
今話の対決の明暗を分けたのは、確固たる自信の有無でした。

あんなたちの仕掛けた堂々たるフェイクに引っかかり、今まさに自分が着込んでいるはずのドレスがここにあるか不安になってしまったアゲセーヌ。
揺らいだ確信が、彼女の完璧だったはずのトリックに穴を穿つ結果となりました。
実際のところ、盗まれたドレスは下にパニエを履いてはじめてボリュームが出るのであって、ドレス単体ならただのワンピースなんですよね。そもそもスカートの上からズボンなんて履いたら股の間で布が引っぱられますから、本当は裾からドレスの布地なんて見えません。
その股回りに溜まる布もニッカポッカのシルエットでごまかせるので、今回はアゲセーヌが動揺さえしなければ逃げきれたはずでした。(前話に引き続き、他に2人いる部屋の中でどうやって着込んだのかはさておき)
あんなたちも確信があってフェイクを仕掛けたわけではありません。
根拠は薄弱、証拠なんてない。だけどその可能性があったから、もし仮に犯人がズボンの下にスカートを履いているとしたらこれで確証を得ることができるから、ひとつバクチを打つことができました。
間違っていたらどうしよう?
そういう不安は一旦脇に寄せます。
あんなたちの願いは名探偵として困っている人たちを助けること。そのために、今やるべきことをやるだけ。
それが、どうして先ほどしるくの前では及び腰になってしまっていたのでしょうか?
「・・・わからないんです。これじゃまりさんを笑顔にできない。名探偵にだって」
「怖い・・・。怖いけど、ティアラを取り返したい! 困っているまりさんを私も助けたい!」
「悩んでるだけじゃ始まらないよ。『一歩踏み出せば答えはついてくる。一歩の勇気が答えになる』だよ!」(第1話)
かつて吹かれた臆病風。
だけど考えてみればやりたいことはすでに決まっていて、何を試してみたらいいのかもすでにわかっています。あとは失敗を怖れず、一歩踏み出してみるだけ。

実のところ、今話でしるくがあんなたちに教えてくれた考えかたって、実質ほとんど第1話の繰り返しになっているんです。
いつものあんなたちなら当たり前にできていたこと。
しるくの前だったから、なんだか急に不安を感じてしまったというだけのこと。
相手が誰であろうと、あんなはあんな。みくるはみくる。
「舞踏会、行けなかったね。王子様にも会えなかった」
「でも、私はあなたと会えたわ。毎日がキラキラしていた。まるで舞踏会みたいに!」
時代がいつであろうと、シンデレラはシンデレラ。
「私もシンデレラと同じ気持ちです。みんなと会えてよかった」
そんな当たり前の小さな自信、どこにいても変わらない自分らしさを、憧れの俳優さんが「私も同じだ」と肯定してくれています。

憧れというものは、別に必ずしも自分自身の夢と直接関係がある人にばかり向くものではありません。単純にカッコいい人、かわいい人、時の人、人気者、成功者・・・、そういった著名人に憧れを抱くこともよくあるものです。
なにせカッコいいから。かわいいから。話がループしちゃっていますが、だって、それだけで理由たりえます。
俳優であるしるくの生きかたは、名探偵を目指すあんなとみくるにとって必ずしもそのままお手本になるものとは限りません。
それでも、自分が憧れの人と同じ考えかたができているという単純な事実。ただそれだけのことがものすごく心強い。
せっかく正しいのに未熟だからと自分を疑いたくなる弱い気持ちを、成功を収めた人の頼もしい言葉が、強く支えてくれています。


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