
私の歌で、あなたをキラッキランランにできたらうれしいなあ!

失意の淵にて
アマテラス神は天岩戸と呼ばれる洞窟に引きこもってしまいました。弟神の度重なる乱暴狼藉に腹を立てたのです。
アマテラスは太陽神。彼女が姿を消すと世界は闇に染まり、邪悪な禍いが跋扈するようになってしまいます。それをわかっていて、抗議するようにあえて引きこもったのです。
それで実際に困り果てたのは弟神ではなく他のたくさんの神々。彼らは天岩戸の前で祈りを捧げ、あるいはたくさんの祭具をつくって奉納しました。しかし、何をしてもアマテラス神の怒りが静まる様子はありません。
今度はアメノウズメという芸能の女神が踊ってみせました。それまでの神妙な儀式とうって変わって、滑稽な踊りでした。その場にいた神々はみんな大笑い。
「みんな困っているはずなのに、何をそんなに楽しそうにいるんだろう?」 扉から漏れ聞こえてくる賑やかな歓声をアマテラス神は不思議に思います。扉を開けて、外の様子をそっと覗いてみることにしました。
それをアメノウズメ神が目ざとく見つけて、こう言ったのです。
「尊い神様が現れたのでみんな喜んでいたところなんですよ。ほら」
言って、鏡を差し出しました。
アマテラス神はその鏡を覗きこむため一歩前に踏み出しました。映っていたのはもちろん、アマテラス神自身の美しい顔。
女神が鏡に気を取られている一瞬の隙を突いて、天岩戸の扉は神々によって固く封印されてしまいました。後日、弟神もしっかり重い罰を受けました。
こうして世界は太陽の光を取り戻したのでした。
アマスとテラという2人の名前を聞いて、きっと多くの人が天岩戸伝説を連想したことでしょう。
実際の映画ではいくつか似ている部分と、全然似てない部分があったわけですが。あなたはどう感じたでしょうか? もしかして、初期案だともっとそれらしいシーンもあったんでしょうか。
一番違うところは――、引きこもった女神アマスの心が闇に染まってしまったところですかね?
「他者がいなければ孤独はない。ただ私だけがあればいい。醜い世界を滅ぼし、私だけがあればいい」
たったひとりで世界を守りつづけた女神アマスは孤独でした。
永遠に終わらない闇クラゲとの戦い。誰の手も借りることのできない空虚な日々。
別にね。島民だって女神様に感謝していないわけじゃなかったんです。愛情も抱いていました。
ただ、現実として力になってあげられるかは別の問題だっただけで。
プリキュアであるうたたちですら、女神の力を借りること前提で行動しつづけていました。
元の時間に戻るために。闇クラゲの脅威から救ってもらうために。あるいはさらわれたテラちゃんを助けてもらうために。
けれどみんなの優しい思いは女神に届かず、必然、助けに来てほしいという願いも叶えられませんでした。
テラちゃんにしてもそうでした。
記憶喪失ながら、自分がなぜか闇クラゲに狙われているということを自覚したテラちゃん。それに気付いた彼女はまず、他の島民たちと距離を取ることにしました。
まだまだ同年代の他の子どもたちと一緒に遊んでいていいはずの年頃なのに、たったひとりで魚を獲って、ひとりで食事の支度をして、毎日ひとりで眠るのです。もし夜中、闇クラゲの襲撃に遭ったら、ひとりで戦い、あるいはひとりで逃げるのです。
島の大人たちはずっと彼女を気にかけていました。でも、何もしませんでした。
島にななやこころやプリルンが流れ着き、彼女たちがプリキュアに変身してテラちゃんを助けに行こうとするまで、彼らはテラちゃんのために何をしてあげることもできなかったのでした。
でも、今回は少し違いました。
頼もしいプリキュアたちがテラちゃんを助けに向かうのを見ると、島の大人たちもそれぞれ槍を持って、テラちゃんを助けに来てくれたのでした。
テラちゃんはずっとひとりぼっちでしたが、本当はたくさんの人に心配してもらえていました。
そして、それと同時に。島のみんなはテラちゃんのことをずっと気にかけていたはずなのに、それでも彼女をひとりぼっちにしてしまっていたのでした。
女神の小枝であるテラちゃん。その大本の女神アマス。
愛されているはずのふたりとも、結局はひとりぼっちだったのでした。
伝説のアイドル様
「あなたは何者なの?」
「私は――、アイドルです!」
あらゆる場所と時間とにつながっているアイアイ島の海。
今回流れ着いたのはひとりの女の子でした。
不思議な子でした。
なんといっても、「自分は何者か?」に対する答えを、名前ではなく、どこから来たかでもなく、「アイドルだ」と役割で答えたのです。力強く。
「アイドル」が「普通の女の子」ではない時代に生まれた少女でした。引退してはじめて普通の女の子に戻れた時代。
うたたちみたいに日常生活の合間を縫ってプリチューンで配信できたわけではなく、撮影、撮影、収録、生出演。殺人的なスケジュールに揉まれて太くアイドルしていた時代の人物でした。
響カイトのように、24時間365日臨戦態勢のアイドルは現代にも存在しています。だけどみんながそうではありません。それこそうたたちなんかは明確に違います。
伝説のアイドルが生まれた昭和という時代は、アイドルみんながアイドル以外の何者でもありませんでした。
アイドルとはそういう、自分たちとは根本的に異なる存在なのだと、ファンたちも信じていた時代でした。
具体的には昭和50年ごろからやってきたんでしょうか。カサブランカの花が好きだったようですから。あの大きくて純白のユリの花が開発され、流行したのが、ちょうどそのくらいの時期だったはずです。
カサブランカの花言葉は「純潔」と「高貴」、そして「威厳」。
・・・その意味だとね、彼女も立場としては女神アマスとそう大きくは変わらなかったはずなんですよ。孤高。たくさんの人に愛されているはずなのに、ひとりぼっち。自分と同じ人はどこにもいない。
女神アマスとアイドル様。ふたりは本質的に似たもの同士で、だけどひとつだけ大きく違うところがありました。
「ああ、なんてかわいいんだろう! なんて人に愛され、愛することに一生懸命なんだろう! その全てが衝撃で、愛しくて、愛しくて、愛しくて――」
彼女は愛されるために生まれた存在でした。人を愛するために生まれた存在でした。その自分の使命を果たすためにいつも一生懸命で、だから、女神アマスと違っていつもたくさんの人とともにありました。
「アマスだって島民たちと一緒に暮らしていたはずだ」って思いました? でも、それはあくまで島民たちと同じ視点から見た現実です。女神アマスの視点からは別の現実が見えていました。
だからこそ、彼女はアイドル様が失踪したあと、ひとりで引きこもったんです。
この世で唯一、アイドル様だけしか、彼女の心を癒やしてあげられなかったんです。
アイドル様もまた、年老い、アイドルとしてのステージをキラッキランランにこなせなくなったとき、ひとり密かにステージから下りました。
その後、普通の女の子になってからの彼女の姿を、島民たちは誰も見ていません。
かつてアイドルだったその女の子は、アイドルではない自分を誰にも見られたくないと思ったのです。彼女の時代ではそんなの、普通じゃないことだったから。
彼女はアイドルとしての生きかた以外知らない少女だったから。
アイドル様もまた、この世界でただひとり、孤独――。
咲良うたとアイドルプリキュア
いいえ。
「キレイなのはテラちゃんだよ。すっごくキラッキランラン!」
テラちゃんが出会った咲良うたという女の子は、同じアイドルでもかつてのアイドル様とは少し違っていました。
なんといっても、危なっかしい。
サンゴの枝の先で騒いで落ちかけるわ、ひとりでごはんも獲ってこれないわ、うっかりナナイロドクカサゴの毒針に刺されるわ。
それに、ひとりじゃありませんでした。メロロンも一緒でした。
うたから見ても少し珍しいコンビでありました。ほんのつい最近、ようやく仲よくなったばかり。
ねえたまの隣にさえいられたら他には何も要らない。ううん。もしねえたまの願いごとが叶うなら、ずっとはねえたまの傍にいられなくたっていい。孤独に慣れた、孤独が身近にあった少女でした。
でも、うたのほうから何度も何度もアプローチをかけて、ついでに奇跡もひとつ起こして、それでようやく心を開いてもらえた友達でした。
できればテラちゃんとも友達になりたいなーって思います。
あちらからしてみれば、妙に距離が近くて、押しもやたらに強くて、おまけに急に歌いだすし、散々困惑させられるばかりなのだけれど。
でも、まぶしい子でした。
月が雲に隠れて、夜闇がひときわ暗くなったとき、彼女の瞳はむしろいっそう輝きだすのです。
星がきれいだって。
ただ月の明るさに隠れていただけで、本当はいつだってそこにある、ありふれた星々の輝きなんかを瞳いっぱいに映して、そしてキラッキランランに輝きだす。
「♪ いまここでキミが背中を向けても 何度も何度でも 笑いかける。大好きとか 大切とか 君に届けたい。世界はほら こんなに今 「キラッキランラン」 輝きはじめてる――!」
満天の星々の輝きを瞳に受けて、きっと今この瞬間、世界の誰よりもまぶしく輝く女の子が、今度はこちらにその光を向けてくるのです。
どんなにつれなくしても、何度嫌いだって言っても、諦める気なんて微塵も見せず。
これがアイドル。
かつて女神アマスが昭和から来たアイドル様に心奪われた様を再現するように、テラちゃんもまた、うたに心惹かれるようになるのです。
本当はひとりでいるべきでした。
次の闇クラゲの襲撃が来る前に、うたのためだからこそ、彼女を村のほうに逃がしてやるべきでした。
でも、離れがたいと思ってしまいました。
そのくらい、衝撃でした。かわいいと思いました。愛されたいと思いました。愛しいと思いました。一時、自分のやるべきことを忘れてしまうくらいに。
いいえ。
うたにしてみれば、こんなの当たり前のことでした。
ひとりぼっちでいていい人なんてどこにもいない。テラちゃんだって、メロロンだって、私が友達になりたいと思う。だってとってもステキな子たちなんだもん。友達になれたらこっちがキラッキランラン。
どうしてひとりぼっちにならなきゃいけないのか、うたにはわかりません。
テラちゃんが自分のことを思ってそうしようとしてくれていたことはわかります。でも、うた自身はテラちゃんをひとりにするつもりはさらさらありませんでした。
かつての女神アマスとアイドル様は、ある種似たもの同士だったのかもしれません。でも、うたにとってのアイドルとは、そういうものじゃないんです。
アイドルはキミと私をつなぐもの。
アイドルがファンサして、ファンのみんながそれで元気になって、またアイドルに元気を返してくれる。応援してくれて、みんなでキラッキランランになってくれる。
その関係こそが、うたのアイドル。
「アイドルって不思議だよね。歌手じゃなく、アイドル。その違いって何なんだろうって」
その答えをうたなりに示していいなら、テラちゃんも、昭和から来たアイドル様も、そして女神アマスも、みんなひとりぼっちになるべきじゃない。
お待たせ! キミに届けるキラッキライブ!
数百年、数千年と悠久の時を生きるアイアイ島のサンゴの精たちは、人間とは少し時間の感覚が異なるんだそうです。そしてそれは女神アマスも同じでした。
ずっと大好きなアイドル様を探していた女神アマスは、彼女がとっくに遠い空の向こうへ旅立っていたことに気付けませんでした。
なんて救いのない真実。
アイドル様を見つけられたら、きっと女神様に力を貸してもらえる――。うたたちも信じていたその事件解決への道筋は、そもそもありえざるものでした。
世界で唯一、アイドル様の前でだけ心を安らがせることができる女神アマス。しかし、アイドルというものが現実的に儚い存在である以上、彼女の安寧の時間もまた儚いものだったのでした。
そんなわけで、今作は推しのアイドルが引退したときの喪失感について描かれます。
よくぞまあこれほど壮大なスケールで例え話をつくったものです。
推しを失ったときの感情なんて、みんながみんな体験するものではありません。よっぽど入れ込んで、それこそ生活の一部になっていたくらいの濃いファン感情がなければ、アイドルの引退くらいでそこまで心がかき乱れることはないでしょう。
それを、1000年単位の長い時を生きる種族、女神という本質的に誰とも共感しあえない使命使命、生涯をかけてファンの思い描くアイドルでありつづけようとする凄絶な生き様――。あえて視聴者自身の人生のスケールから大きく乖離させたファンタジーとして描くことで、逆に普通の人の想像力の範囲内で誰もが理解しやすいリアリティに落としこむことができました。
「正直、悲しい気持ちはなくならないわ。家にいても、お散歩してても、フクちゃんのことを思いだして泣いちゃいそうになることもある」(『わんだふるぷりきゅあ』第45話)
もしかしたらおおげさに思うかもしれないけど、これは大切な誰かとの死別にもよく似た話なんだよ、と。
さて。だとしたらどうしましょう?
今、女神アマスを苦しめているものは大きく分けて2つです。
ひとつは推しのアイドルが引退したという、唯一絶対にして他のものでは代替不可能な喪失感。
もうひとつは島民たちにもプリキュアにすらも本質的に替わってあげられない、女神として生まれた者生来の孤独感。
壮大なスケールの例え話のおかげで感情としては理解できたかもしれません。共感することもできます。
でも、これはやはり全ての人の人生に訪れる普遍的な出来事ではないのです。関係ない人には一生関係ない、あくまでアイドルを全力で推す人特有の悲しみ。
テラちゃんみたいに、最初からアイドルという存在に触れないようにしていれば回避可能であったかもしれません。
だけどそれでは生来の孤独感のほうが解消されません。
生まれつき闇クラゲにつけ狙われる宿命を背負ったテラちゃん。島の人たちも彼女のことは哀れに思っていましたが、救ってあげることはできませんでした。彼女の心を救ってあげられたのはうた。キュアアイドル。結局のところ、あくまでアイドルだけでした。
テラちゃんといい、女神アマスといい、アイドルだからこそ救ってあげられる孤独な人は確かに存在します。
けれど、1人のアイドルの活動期間なんてものは人間の寿命と比較してすらあまりに短い。一生分の心の隙間を埋められるものではない。
さて、そこをどうするか。
「♪ 瞳にはStar 願い星がある。目を伏せたって もれる光――」
解決のヒントは、やはりうた。
アイドル嫌いだったテラちゃんにすらもまぶしく感じられた、彼女のあのキラッキランランは一体どこから来ているのかという話です。
月が隠れ、夜闇が一層濃くなったとき、むしろうたの瞳はいっそう輝きを増しました。――満天の星々の輝きを見つけて。
女神アマスにも、テラちゃんにも、もともとこの星々の輝きに該当する存在がいてくれていたはずです。
どんなときも、孤独感で胸がいっぱいだったときも、本当はいつも傍にいてくれていた人たち。
その手は物理的には届かなかったかもしれない。せっかくの優しい思いが現実には救いにならなかったかもしれない。だけど本当は確かにそこにあったもの。
言っていましたよね。「ああ、なんてかわいいんだろう! なんて人に愛され、愛することに一生懸命なんだろう!」・・・って。
アイドルが輝けるのは、応援してくれるみんなの輝きを映しているからこそです。
島民たちは昔から女神アマスを敬い、親しみを感じ、けれどいつもこわばった表情をしている彼女のことを気に病んでいました。
女神アマスの顔から険がなくなったのはアイドル様が現れたときから。そのことを、女神アマスだけでなく、アイドル様だけでもなく、島民みんなも一緒になって喜んでいました。
ああ、アイドル様のおかげで、やっと私たちの長年の願いは叶ったんだ――って。
「がんばれ、プリキュア!」
女神アマスとテラちゃんを救おうと戦うプリキュアたちを、島民たちは一生懸命応援しました。
正確なセリフまでは記憶しきれなかったんですが、ミドリさんが言っていましたよね。“アマス様の”思いをあの子たちに届けるんだ、とかなんとか。
輝きの源泉は確かにそこにありました。
アイドルはみんなが持つそのハートのキラキラを受け取り、笑顔ニッコリそれを増幅させて、またみんなに返しているだけ。
みんなにはアイドル自身がキラッキランランに輝いて見えるかもしれない。でも、この輝きは本当はみんながくれたもの。
伝説のアイドル様は自らの衰えを自覚すると、誰にもその後を気取られないようにしてひっそりと引退しました。
あなたを、キミを、悲しませたくなかったから。
出会わなければよかったなんて言わないでほしい。
アイドルは儚い存在だなんて言わないでほしい。
キミに見せた輝きは、本当は私がいなくたって、いつだって君の傍にあったんだから。
たとえ時が経っても、私がいなくなっても、君が覚えてさえいてくれたら、その輝きは永遠。キラッキランランなのはあなた自身と、あなたがいるその居場所そのものがキラキラ輝いているから。
「言ったでしょ。私はキュアアイドル。キミをキラッキランランにする、アイドルプリキュアなんだ!」
それで、今度こそ女神アマスとその小枝テラちゃんの心は永遠に救われました。
世界には数えきれないくらいたくさんのステキなアイドルたちがいます。
もちろん、一番の推しは唯一ひとり。その人が引退してしまったら、もう永遠に取り戻すことはできません。
でも、その人がくれたキラッキランラン自体は必ずしも唯一性のものじゃないんです。引退してしまったらもう二度と得られないというものではないんです。
本当にキラキラ輝いているのはキミや、キミのまわりにいるみんな。アイドルはそれを媒介して、増幅していただけ。
幸い、世界には他にもたくさんのアイドルたちがいてくれるんだから、大丈夫。キミが心の支えにしているそのキラッキランランは永遠。
「推しのライブが待ってると思えば、千年なんて一瞬よ!」
いつも、いつまでも、キミは輝きに満ちた世界にいます。
アイドルの輝きに魅せられたあなたが一番、それをわかっているはずです。


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