ラ・ラ・ランド 短め感想 夢を叶えたあなたへ。夢を叶えた最高の私から祝福を。

ラ・ラ・ランド-オリジナル・サウンドトラック

※ この感想は今さっきtwitterで呟いた内容の焼き直しです。
※ このブログは基本的にネタバレに配慮しません。

 今さらラ・ラ・ランドを観てきました。私実は人の顔を見分けるのがたいそう苦手なので基本的にアニメ以外の映画は観ないのですが、それはそれとしてミュージカルは好きなもので。
 ・・・案の定主人公ふたりとモブがちょくちょく区別付かなくなって大変でしたけどね! ラストシーンの女主人公の夫と男主人公が入れ替わる演出のときも「この人どっちだっけ・・・?」となってダイナシでしたけどね!
 ですが俳優の演技とゴージャスなミュージカル、脚本は素晴らしかったですよ。

 すべて芸事とは狂気の世界です。私はそう思います。だってあの人たち誰も彼もが本気でトップスターを目指していますもん。
 昔お会いした俳優さんがたは事あるごとに「狂気」をテーマにしてものを語っていました。当時の私は彼らがどうしてこんなにも狂気を重要視するのかさっぱりわかりませんでしたが、多少年齢を重ねることによって、あるいはこの映画を通すことによって、幾分か納得しました。本気で夢を叶えようとするのって、正気の沙汰じゃない。

 いくつかの苦難の果てに、この映画の主人公たちは互いへの愛情を取り戻します。けれど彼らは結ばれることを選びません。彼らには自分の夢があり、それは自分の未来にはあっても恋人の向こうにはないからです。
 芸事とは自分が大好きな人たちの生きる道です。他の誰よりも自分がステキだと確信しているから前に出られる。胸を張ってスポットライトを浴びられる。みんなに聞こえるように自分の音色を奏でられる。
 だから彼らにとって自分以外のあらゆるものはクソです。たとえどんなに美しいものであれ、最高の私には劣るクソどもです。美しいものに賞賛の拍手を送りながら真顔で「だけどクソだな」と言えてこそアーティストです。
 そんな狂気を未来永劫貫ける狂気。明らかに自分よりも能力が高い、あるいは人気のあるライバルを見上げながら、しかし心の中ではいつでも見下している狂気。自分こそが最高と信じて疑わない狂気。
 芸事に夢を見るということはそういうことです。「私最高! あとはクソ!」と言い張れる心性なんて、どう考えたって正気の沙汰じゃない。

 ですがこの映画のふたりの主人公はどちらも終始そういう態度です。そこそこ好青年っぽい皮を被ってはいますが、どちらも根っからの狂人です。お互い自分以外の全てを見下している者同士の恋愛なんてうまくいくわけがありませんね。
 彼らは心から愛しあっていたのでしょう。ですが、それと同時に彼らは本気で自分の夢を叶えようとしていました。夢は最高の私の最高の未来にしかありません。クソを追いかけたって未来にあるのはクソの山だけ。だから彼らは愛するクソと同じ道を歩むことはできませんでした。
 そしてそんな彼らだからこそ、実際に夢を掴み取ることができたのでしょう。夢以外のあらゆるクソを切り捨てられたからこそ。

 お互いが夢を叶えた物語の終わり。もしもふたりが結ばれていたらと、主人公たちは夢を見ます。幸せな家庭。完璧な人生。ステキな私とあなた。・・・そういう、ほろ苦い悔恨。
 けれどそんなものはしょせんクソです。なぜなら今の私は、夢を叶えた最高の私なのだから。最高の私に比べたらどんな美しい空想だってしょせんクソ。夢を叶えてなお、愛しあうふたりの人生は重なりません。
 別れ際に視線を交わすふたり。その目の中に先ほどの悔恨はなく、どちらも優しく笑っています。

 ざまあみろ! 今の私は最高だ! あなたもステキになったけれど、私に比べりゃまだまだクソだ!

 お互いを本気で愛しあい、それぞれ自分の夢を本気で追いかけ、そしてお互いの夢を本気で敬愛したふたりの視線には、そんな最高級の祝福が込められていたんじゃないかな。なんて、私なんかは想像するわけですがいかがでしょうか。

 夢を本気で追いかける全ての狂人たちのもとに、どうかステキなクソとの出会いが訪れますように。

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