「その可能性は否定できないわ。スパイは正義の味方じゃないから」
――嘘つきの少女と正直者の青年の会話
「こんなときだけ正直なんだな。嘘でも言ってほしかったよ」
産業革命~第一次世界大戦前夜くらいのサイコーにイケイケだった頃のイギリス。
冷戦時代の米ソに挟まれてサイコーにピリピリしていた頃のベルリン。
ふたつの血なまぐさいスパイ天国(地獄?)をごった煮にして美少女アニメのガワに詰めこんだのがこの『プリンセス・プリンシパル』となります。・・・ハギスかな?
第1話は善良(でもない)一般市民たるエリックの目を借りて、登場人物や小道具、舞台設定などの説明をザックリやってみた感じでしょうか。あと視聴者がハードなノリに慣れるための助走期間でもあるんでしょうね。
いきなり刀で自動車を吹っ飛ばす! →でも乗員は無事っぽい。
フロントガラスに向けて発砲! →防弾ガラスだから平気、へっちゃら。
・・・などと、最初はヌルめの不殺ものっぽく見せかけておいて、
妹さんの隣のベッドに潜伏していた敵スパイを注射器で無力化!
任侠映画ばりに敵拠点強襲&ジェノサイド!
そしてトドメに主人公自ら丸腰のエリックさんをブッコロ!
きちんと段階を踏んで、私たちにドンビキする暇を与えないままこの血なまぐさい世界に招待してくれました。もう後戻りは許されません。このあたりの導線の巧みさはさすがベテラン脚本家ですね。ハメられた!
おーけー、なんとなくの雰囲気は理解しました。ソーセージのつもりでかじってみたらやっぱりハギスでした。
スパイはロマンなんかじゃない。ヴィクトリアンがマウントポジションから一方的にぶん殴るための尖兵です。良識なんて期待すんな。19世紀のジョンブルといえば、美少女を血なまぐさい世界に落として喜んでいる私たちアニメオタクに勝るとも劣らぬえげつなさで有名です。だってあいつらウナギゼリーなんてものを食ってたんですよ。
そんなコールタールで塗りたくられたようなろくでもない世界で少女たちがスパイとして生きています。
幸いなことに色々とスーパーアイテムを与えられて大活躍こそできますが、悲しいことに自分の手を汚すことからだけは逃げられません。可憐な両手は赤黒い血に染まりきり、もはや無垢なままの少女らしさは心の芯にしか残っちゃいません。
クソったれな世界を嘘で騙して、心の聖域を守りましょう。
ディーラーは無謀なギャンブルに挑んだルーザーから掛け金を回収しなければなりません。例えそのチップが彼の命そのものであったとしても。・・・だけどそのうちの1枚くらいは偶然に募金箱の中に入っちゃうことがあるかもしれません。そのくらいの偶然はあってもいいかもしれません。例え自己満足にすぎないとしても、その欺瞞で誰かの心が救われるならば。
ひとつくらいは救いがあってもいい。“DEATH INSURANCE”と書かれた黒蜥蜴星の殺害通告書は500ポンドに姿を変えて、きっとどこかの誰かの命を救うでしょう。哀れな青年の敗北に意義を与えてやることができるでしょう。
ひとつくらいは救いがあってもいい。そのささやかな欺瞞は、両手を血で染めたスパイの少女の、最後に残されたスパイらしからぬ少女らしさを、己が身を置く世界の汚泥からほんの少しだけ守ってくれることでしょう。
優しい少女にスパイは務まらない。だけど少女である限り優しさは捨てられない。それでも少女がスパイにならなくちゃいけないなら・・・
スパイらしく、嘘をつき通しましょう。
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