徒然なるままに夜通しテレビに向かひて
景に映りゆく有り無し事を
そこはかとなく詠みつくれば
しどけのうほどにぞをかしけれ
ドキドキして、ニヤニヤして、ケラケラ笑って、たまにドンビキして。だけどウキウキして、結局ほっこりして。
おいしい恋のおいしいところだけつまみ食いする連作短編オムニバスも、今話でついに最終回です。
千秋くんと飯島さんの場合
幼馴染みの千秋くんと飯島さんがチグハグしてしまうのは、結局のところお互いの恋愛観がチグハグだったからでした。
カレシカノジョの関係に、飯島さんはテレビドラマみたいなドキドキを望んでいたけれど、千秋くんは元々の友達付きあいの延長線上を考えていました。
そのギャップは恋人らしいことを試せば試すほどに強く自覚せざるをえなくなり、譲歩するという意味では千秋くんばかりが割を食い、失望するという意味では飯島さんばかりが耐え忍ぶハメになっていました。お互いに息苦しいばかりの恋。そんなの、破綻して当然です。
けれど恋は盲目とはよくいったもの。恋しているときは見えていなかったものに、恋破れて初めて気付くこともあるかもしれません。
「痛ってえぇぇー!!」
「あ、ありがと・・・」
「べ、別に。ボール取ろうとしただけだし」
千秋くんはお世辞にもカッコイイ男の子ではありません。どちらかというと三枚目指向で、何をするにもいちいち子どもっぽく冗談めかして、まるで様になりません。きっとこれから先も、飯島さんが期待するような、カレシらしいカレシにはなれないでしょう。
けれど、彼は自然体でいるとすごくステキなんです。いざというときには当たり前のように飯島さんを庇います。カッコつかず、意地を張るにしてもいちいち子どもっぽく、カチンと勘に障る言葉も吐くけれど、けれどなんだかんだで守ってくれる。いつものように。
「千秋ー! なにチンタラしてんの! ちゃんと走れー!」
「な、なんだそれ! 本当に応援かよ」
「いいとこ見せろ、バカー!!」
飯島さんはやたらと要求してくる女の子です。アレしろコレしろとうるさくて、そのくせ自分がどれだけ高い水準を要求しているのか、まるで理解していません。きっとこれから先も、千秋くんにとって居心地のいい、友達みたいなカノジョにはなってくれないでしょう。
けれど、そんな口うるさい彼女がすごくかわいいんです。言ってくることはいちいち要求だらけで、理不尽で、こちらの都合なんて考えてくれないけれど、けれどなんだかんだでやる気にさせてくれる。どうにかして期待に応えたくなる。背伸びをしてでも。
付きあっていたときはどうにも合わなかったお互いの性質。
けれど少し距離を離してみて初めて気づきます。
ああ、結局私はアイツのああいうところがどうしようもなく好きなんだ。
そのせいで傷つくけど、息苦しいけど、それでも結局どうしようもなく惹かれているんだ。
「なんていうか、どうせ何があっても別れるまではしないと思って、正直ナメてた」
付きあってみるまではここまでお互いを傷つけあうと思わなかった恋愛観の相違。
「このまま仲直りしたらそれがなかったことになるみたいで、気持ち悪い」
きっとそれは一緒にいる限り永遠に埋まらない溝で、目を背けることはできないでしょう。
「そういう付き合い方って長続きしないと思うからちゃんと別れよう。そのうえでもう一度告白させて」
だから、巻き戻すのではなく、仕切りなおし。
私とあなたは何から何まで全部違うけれど、その違いにこそバカみたいに恋しているんだ。
きっと100回傷つけあって、きっと100回好きになる。そんな腐れ縁みたいな恋がしたい。
「もう香奈を失いたくありません。俺と――僕と、付き合ってください!」
この先も続く原作の方で今後彼らがどうなるかはわかりません。
けれど、あくまで私の想像ですが、きっとこの子たちはこれから先も何度も何度もケンカして、100回どころか一緒の墓に入るまで、バカみたいに別れ話と告白を繰り返すと思うんだ。
菅原くんと高野さんの場合
雨の日の空回りから始まった菅原くんと高野さんの関係は一度反転しました。
最初は菅原くんがアプローチする側だったのに、いつからか彼の心は折れて、代わりに高野さんの方に焦がれる思いが芽吹きました。
ただでさえ戸惑うことばかりの初恋なのに、もがく高野さんの手に触れる道はどれも菅原くんの通ってきたものばかり。恋を知らなかったかつての自分の残酷さが、原罪のごとく彼女自身を苦しめます。
「高野、俺のこと見てるかな。・・・って、何引きずってんだよ。脈なんかないって」
本当なら気持ちが伝わっていたかもしれないチャンスが何度もありました。けれどかつての彼女の亡霊が菅原くんの目を曇らせ、ことごとくフイにしてきました。
高野さんは何よりも先に、まずはこの負債を断ち切らなければなりません。
自分が前に進むために。それから、菅原くんのためにも。
「えー。菅原くん来ないの?」
「いや、まだわからなくて。部活の予定次第だって」
「とりあえず、よっちゃんとちーちゃんは決定ね」
菅原くんが来ると聞いて参加を決めた海。けれど期待と裏腹、彼は来ません。
ここでも負債。高野さんは知るよしもありませんが、菅原くんは高野さんが来ると聞いて参加をためらっているのでした。かつて彼の懸命なアタックに気付きもせず、無自覚に袖にしてしまったばかりに。
高野さんの初恋をエスコートしてくれる人はいません。自分でその手を払いのけてしまったのだから。
生まれたばかりの恋心には少しばかり酷でも、彼女は自分の足で、その恋を叶えるための第一歩を踏み出さなければなりません。
「よっちゃん、まだ菅原くんのこと好きなの?」
「いや、私はもう――ちーちゃんはどうなの?」
第一歩を。
「ど、どうしたの、菅原くん」
「え、ああ、いや、財布、忘れて」
本当はそんなことを聞きたいわけじゃない。話したいことはもっと別に、ちゃんとあるのに。
「高野は? ひとりで練習?」
「ううん・・・。よっちゃんが今トイレで」
話したいことはそれじゃない。けれど彼からは絶対に言ってくれない。
「そっか。・・じゃあな」
行ってしまう。話したいことがあるのに。やっぱり向こうからは言ってくれないし、待ってすらくれない。
だって、第一歩を踏み出さなければいけないのは、高野さんの方だから。
その第一歩。
「菅原くんは海行かないの!?」
「あ、ああ、俺は行かないことにしたから」
届きません。彼女の積んだ負債は存外大きく、たかだか一歩程度じゃ相殺しきれません。イジワルです。
第二歩。
「なんで? 部活?」
「いや、その、俺そういうの苦手っていうか。高野は行くんだろ? 楽しんでこいよ」
まだ届かない。行ってしまう。イジワル。行ってほしくない。話したいことをまだ話せてない。
第三歩。
「菅原くんがいなくちゃ楽しくないと思う!!」
話したいこと。剥き出しの本心。
私が何を望んでいるか、あなたに何を求めているか。
「・・・参ったな」
やっと菅原くんの足が止まります。
「じゃあ海用の水着、買わなきゃだわ」
三歩目まで踏み出してようやく負債から脱します。
かつて菅原くんはこのくらいストレートな気持ちを伝えてくれていました。それでも届かなかったから心が折れたのでした。
だから高野さんがこの負債を脱するには、少なくとも菅原くんと並ぶだけの剥き出しの本心をぶつける必要があったんです。それ未満の言葉のやりとりじゃ伝わらない相手だと思い込ませてしまっていたわけですから。
菅原くんと交代で恋する立場に立った高野さんは、今、ようやくかつて菅原くんが立っていた場所までたどり着きました。
ずいぶん長いリスタートでした。ここからがようやくふたりの恋の続き。
この先も続く原作の方で現在彼女たちがどうなっているかというと、うん、まあ、そうね。
それは各々方に自分の目で確かめていただくとして、とりあえずはふたりの夏が始まります。
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