
君が好きだ。

(主観的)あらすじ
テレサは次期女王でした。結婚を控えていました。初めから多田の手なんか届くはずのない人でした。多田の手に残されたものは、最後にもう一度だけテレサに会える招待状と、言いそびれてしまった“伝えたかったこと”だけ。けど、「もういいんだ」。今さら気持ちを伝えたところでどうなるというんでしょう。
――どうにもなりません。どうにもならないでしょうが、伝えなかったらまた繰り返してしまいます。それではずっと後悔してきたことが無駄になってしまいます。多田の手を離れて川の向こうへ流れていこうとする招待状を、多田は必死になって追いかけます。多田の手が、最後の機会に触れます。
今さら気持ちを伝えたところでどうにもなりません。むしろ多田とテレサの心に新たな後悔を刻むだけかもしれません。それでも、多田はもう一度テレサに会って、自分が恋していたことを伝えることにしました。この恋を一生忘れないために。
北極星が見守る夜に、ふたりはまたひとつ後悔しました。
この恋の物語はそれでおしまい。多田とテレサは後悔の記憶を胸に抱いて、それぞれの道をまっすぐに歩みます。悲しいことをもう繰り返さないように。強く、晴れやかに生きられるように。――だから、生まれたときからの運命に打ち勝って、もう一度会いに行ったっていい。もう一度恋の物語を始めてもいい。あなたは強くなったのだから。
最後にソレをやるなら主人公はテレサの方がよかったんじゃない? と思わないでもないですが、ともかくふたりは強くなりました。二度と繰り返したくない後悔に突き動かされて、新しい後悔をその身に刻みつけました。きっとこれからも何度も何度もそれを繰り返して生きていくでしょう。その繰り返しこそが自分の意志で人生を切り開いていく指針となるのですから。あなたが自分の人生に納得できることこそが“ハッピーエンド”だと、私は思います。
open my heart
「すべてはもう、生まれたときから決まっていたことなのです」(第12話)
「女王になるって覚悟して生きていくって、すごいよな」
「そういえばテレサちゃん、前に『バレリーナになるのを諦めた』って言ってたよな。それに『笑顔で生きていければ』なんてさ」
「・・・ああ」
誰だって後悔なんかしたくありません。
「で、光良はさ、テレサちゃんに伝えたいこと言えたのか?」
「もういいんだ」
「なんで」
「いいんだ。大したことじゃないし」
誰だって後悔なんかしたくありません。
後悔というのは辛いもので、とても辛いもので、二度と繰り返したくなんかありません。
「一度後悔したことは二度と繰り返さないようにすればいいんじゃないかな」(第8話)
だから、もし後悔なんてものに何か意味があるんだとしたら、それはもう二度と繰り返さないよう自分を律するために。
わざわざ自分から辛い目に遭いにいく必要なんてありません。わざわざ自分から後悔しにいく必要なんかありません。
だから。
だから。
「――ちょっと待てよ!」
だから、伊集院は許せませんでした。
多田のヘラッとした微笑が。いつまで経っても似合いやしない、そのニヒリスティックな能面ヅラが。だって伊集院はもう10年も多田のその顔と戦ってきたんですから。
「俺は嬉しかったんだよ! だって、お前はいつも自分のことは後まわしっていうか、気持ちを出さないというか。それがテレサちゃんを好きだって、もう一回会って伝えたいことがあるって! 大嫌いな飛行機に乗って! ラルセンブルクまで来て!」
「お前が泣いたの今まで見たことなかったし、あのときだって――。そんな光良が、泣けるほど誰かを好きになって!」
両親の葬式で泣かず、あげく葬式のときと同じ顔を貼り付けたまま学校にまで来て。
どんなに声をかけても頼ってくれず、弱音を吐いてくれず、表情を崩してもくれず。
それがイヤだったから毎年“伊集院薫SHOW”だなんて道化の押し売りまでしてきたのに。
「お前は変わったんだ! 変わるほどの恋をした!」
それがやっと今年、もう大丈夫だって、これからはそんなこと意識せずお互いの楽しみのために続けられるって思っていたのに。
嬉しかったのに。
「でも、せっかく変わったのに、今カッパに足を取られそうになってる。自分の気持ちを抑えるの、もうやめろよ!」
その多田が、伊集院の後悔した意味を踏みにじろうというのか。
素直に考えるなら“後悔”に意味なんてありません。
後悔に意味があるだなんてただの幻想です。
だってそれはひたすら悲しいだけの出来事です。前触れなく降りかかる理不尽です。避けられるものなら避けたい。
でも、避けられないんですよ。現実として。
「俺っていっつもそうだ。大切に思っている人が突然いなくなる」(第11話)
だからこそ、多田は後悔に意味を見出すことにしたんです。
それがどうしたって避けられない理不尽だからこそ。せめて、自分の手で何かしらの意味をつくりだそうと。
できることなら二度としたくない後悔を、なんとかもう二度としなくて済むようになろうと。
後悔するような出来事に抗うために、過去の後悔から得た教訓を武器に戦おうと。
誰だって後悔したくありません。
けれど、現実として後悔するような出来事は次から次へと襲いかかってきます。こちらの意志とは無関係に。もしかしたら生まれたときから定められていた運命として。私たちが生きているかぎり、ずっと。
だから。
「もういいんだ」
後悔した意味をムダにするその生き方は、多田らしくありません。
「わかったよ。ホントにこれ要らないんだな? ――要らないんだな!?」
「・・・待ってくれ。偉そうなことを言って、俺は同じことを繰り返そうとしているじゃないか」
「この気持ちにケジメをつけるために、俺は。俺は! 俺は! 俺は、行く!!」
あなたは何をするために後悔してきたんですか?
open your chest
「私も多田くんと二度と会うことはないと思っていたのに」
「彼が会いに来たことが想定外のことでしたから」
「そうね。・・・でも私は、会えてうれしいという気持ちもどこかにあって」
後悔することに意味がないなんて言わせません。
「テレサはがんばりましたし、もう大丈夫です」
「本当に、そう思う?」
「はい――」
「・・・ウソなのね」
後悔しないことに意味があるだなんて言わせません。
“後悔”には大切な意味があります。少なくとも多田はそういう世界観を提示しました。
ならば、彼の考えかたを支持するテレサにとってもそのとおりです。
後悔することをやめてはいけません。やめたところで後悔するような出来事が訪れなくなるわけではありません。それはただ、武器を捨てて辛い現実に無防備になるということでしかありません。
「もう一度だけ話がしたいんだ。君に伝えたいことがあって、それを言いに来た。もう後悔はしたくない」
もしも二度と後悔したくないというのなら、後悔を胸に抱いたまま、立ち向かわなければいけないんです。
「光良。心の雨はもう止んだろう。雨が止んだら、あとは虹を探しに行くだけだ」(第11話)
天下の理不尽侍は言いました。
「虹の色をひとつ言ってみろ。――虹の色は虹色だ!」
彼は将軍様でありながら自らの手で悪漢を裁いてまわり、そしていつも江戸の町に虹を架けていました。
「心の雨は止んだか? いつも心は虹色に!」
虹は、そんな彼の心のなかにこそありました。
「君が好きだ。こんなことを伝えても迷惑なだけだと思うけど、テレサ、君が好きなんだ。・・・ごめん」
後悔に背中を押されて、後悔を刻み込みます。
多田はたったそれだけのことをするために遙かラルセンブルクの地までテレサを追いかけてきました。
まさかテレサが次期女王だとは知らず、婚約者がいるとも想像していませんでしたが――。それでも、多田はそもそも彼女を連れ戻すとかそういうことをするためにやって来たわけではありませんでした。ただ自分の気持ちを整理するためだけにここへ来てました。
テレサにとっては理不尽な話です。彼はわざわざ余計な悲しみを運んできました。涙が出るほど酷い人でした。
けれど、涙の雨が降らなければ心に虹は架かりません。
「あなたへの思いを心の奥深くに封印しようとして、自分勝手なケジメのつけ方をして。なのに多田くんはニガテな飛行機に乗ってまで会いに来てくれて。この思いは永遠に封じ込める――そう決めたはずなのに。ズルいです。簡単に開けてしまって」
テレサは「笑顔で生きていければ」と言っていました。
けれど、日本でのあの輝かしい日々をしまい込んで、どうして笑えるでしょうか。
一生分の自由を謳歌し、一生分の笑顔を咲かせていた過去を後悔と一緒に想い出のなかに封じ込めて、それでどうして笑顔になれるというのでしょうか。
大切な宝石は宝石箱にしまい込むものです。ですが、その宝石の美しさは宝石箱を開けないと眺めることができません。宝石箱に鍵をかけないでください。
想い出ほど美しいものはありません。想い出ほど大切なものは他にないからです。想い出ほど今のあなたに影響を与えてくれたものは他にないからです。だから、ふり返ったら後悔するからといって目を背けていては、あなたはあなたらしく生きることができません。
「多田くん。私もあなたのことが好きでした。大好きでした。ありがとう」
美しすぎた人よ。
「この恋を一生忘れません」
美しすぎた人よ。どうか永遠に胸のなかで輝きつづけて。
どうか、いつも心は虹色に。
open our fortune
空は晴れ、ときどき雨が降って、いつかまた晴れる。
そのたびに私たちは右往左往することになるわけですが、雨だってそこまで悪いことばかりではありません。
雨のあとの晴れ間には虹が架かります。たかが自然光のプリズムですが、見つけるとちょっとだけ嬉しい気分になれます。
「どうぞ。――ふふ、あなたを追いかけてきました」
ふたりくっつくととたんに雨を降らせる雨男と雨女は、それぞれの雨を乗り越えて心に虹を架けました。
明るい恋の物語を始めましょう。
ときどき悲しい展開もあるかもしれませんが、ふたりがそれをイヤだと思うのなら大丈夫。たくさん後悔するたびに心はだんだん強くなって、たくさん想い出を重ねるたびに大きな悲しみを乗り越えられるようになるはずです。
後悔ほど強い導きはありません。想い出ほど美しい輝きはありません。最後に勝つのは心です。
恋の物語はいつだって、虹の下でキスするふたりとともに幕を下ろします。
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