キミとアイドルプリキュア 第24話感想 キミがマジのガチだからこそ、彼の真実の姿が浮かび上がる。

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なんであんなこと言っちまったんだ。――俺のバカヤロー!!

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「タナカーンの夏やすみ!」

大きな出来事1

メインキャラクター:田中

目標

 うたたちにもらった夏休みを満喫してリフレッシュする。

課題

 はなみちタウンに赴任して以来十数年間、田中は夏休みを取ったことがなかった。そのことをうたたちに心配され、夏休みを取ることに決めたのだが、スーパー銭湯で身体を癒やそうとしてもどうにも心が落ち着かない。

解決

 結局夏休みは途中で切り上げ、早々にマネージャー業務に復帰することにした。
 話を聞くと、うたたちは田中の仕事を預かったはいいものの、上手くこなせずにいたらしい。彼女たちの尊敬を受け、頼られている感覚こそが、今回田中にとって一番の癒やしとなった。

大きな出来事2

メインキャラクター:ザックリー

目標

 休みが欲しい。それが叶わないならせめて癒やしが欲しい。

課題

 ザックリーは仕事自体は嫌いじゃないようだが、ここのところずっとワンオペでプリキュアと戦わされて疲れきっている。ついには熱中症になってしまった。

失敗

 熱中症で倒れていたところをななに解放され、また仕事の合間のキュアウインクのライブ動画視聴も癒やしとなり、ななが心の支えになっていることを自覚した。
 ただ、素直になれずつい「お前なんか嫌いだ」と傷つけることを言ってしまった。胸がモヤモヤする。

バトル

 オッサンを素体としたマッサージチェア型クラヤミンダー。

苦戦

 うたがマッサージで気持ちよくされたり、ななのバリアが振動で壊されそうになったが、危なげに見える場面は特になかった。

勝利

 危なげなく浄化した。早く終わらせて田中から預かった仕事の続きがしたい。

ピックアップ

スーパー銭湯

 たまに行きたくなる気持ちはあるのだけれど、水虫とかうつされそうで心理的障壁(ただの偏見)が高い。正直、水場だけは他人と共有したくない・・・。

 それにしても田中、ちゃんと(人間態の)見た目どおりの年齢だったんだな・・・。はなみちタウンに来てからだけで十数年も経っているだなんて。

熱中症

 今年6月から暑熱環境で働く幅広い業種で“熱中症予防管理者”を現場配置することが義務化されました。社会人のオッサンオバサンどものみなさん、対応できているでしょうか? 私は法令にふわっとしたことしか書いてなくてイラッとしています。罰則つきなのに何だこれ。

 ともあれ、今回の法令改正で示された熱中症対策のポイントはざっくりいうと2つ。

  • 報告体制と初動対応のガイドラインを整備しておくこと。(いつ誰が発症しても本人・同僚とも全員が適切な対応を取れるように具体的な手順を明確にしておく)
  • 作業環境測定と従業員教育を充分に行うこと。(どのような暑熱環境・個人の体質や体調でどの程度熱中症リスクが生じるのか周知、警戒させる)

 これを踏まえると、ななのザックリーへの対応が適切だったことが改めてわかる。
 本人の自己申告に流されず、日陰への移動や水分補給など必要な対応を毅然として行うとか。休息が大切だということや適切な服装を心がけることなどを指導しているところとか。
 特に、根性論で耐えようとするザックリーの姿勢を「そんなに強がらないで」と咎めたところが特にポイント高い。

共同作業におけるシステム構築の重要性

 これ、それぞれの山に誰宛ての手紙なのか表示板(ノートの切れ端とかでいい)を設置するだけで防げたトラブルよね。できれば山にするんじゃなくて5つそれぞれ別の箱に入れるようにしておけばなお良かった。

 複数人で作業するときは「こんなの言わなくてもわかる」と思う部分でも意外と前提共有できていなかったパターンが多発する。面倒でもあらゆることを徹底的にシステム化してから作業したほうが逆に早く終わるもの。(コミュ障事務員の発想)

マッサージ攻撃とは何だったのか?

 ギャグだということは大前提にするとしても、あまりにもザックリーが何をしたかったのか意味不明だった迷シーン。
 試しに生成AI(Gemini)に今話の概要を教えて意見を求めてみた。

  • ザックリーは破壊を意図してクラヤミンダーを召喚し、「やっちまえ」と攻撃を命じます。しかし、その攻撃はマッサージという、本来ならば“癒やし”を与える行為の形をとっています。これは、彼がななから受けた“癒やし”という体験に無意識に囚われ、彼の破壊衝動がその影響下で歪んでしまった状態を比喩的に表現しています。
  • うたは、敵からの「攻撃」であるはずのマッサージを受けて「気持ちいい」と癒やされてしまいます。これは、メインドラマでなながザックリーの敵意を意に介さず、ただ「困っている人」として純粋な優しさを与えた構図と完全に一致します。うたは、ザックリーの破壊の意図を無力化し、それを“癒やし”というポジティブなエネルギーに転換してしまっているのです。
  • 自分の攻撃が相手を癒やしてしまうという矛盾した状況は、ザックリーをさらに苛立たせ、混乱させます。これは、メインドラマでななの優しさを受け入れられずに葛藤した彼の心理状態を、バトルという形で再演しています。彼は相手にダメージを与えたいのに、結果的に相手を喜ばせてしまう。このコントロール不能な状況が、彼のアイデンティティをさらに揺さぶるのです。

 ・・・うーん。本当か?(特に2つ目)
 でも面白い解釈だし、明確に否定できるような根拠も無いし、一旦採用してみよう。

田中とザックリーを対比させる意義を考える

 「田中さん、夏休みは?」
 「私ですか? 無いですね。少なくともはなみちタウンに来てからの十数年は」

 今話のサブタイトルは『タナカーンの夏やすみ!』です。
 ですがその割に、エピソードの中心にいたのは明らかにザックリーであり、田中の夏休み描写はただひとっ風呂浴びただけであっさり終わってしまいます。なんなら夏休み自体すぐに切り上げて、プリキュアたちがバトルしている“裏で”さっさと仕事に戻っていました。タイトル詐欺では?

 プリキュアシリーズにはたまーにこういうパターンのエピソードがあります。2つ以上の事件が同時に発生して、お互い特に絡みもなくそれぞれに解決していく散文的な構成。

 それぞれ1話丸ごと使って描写するほどの大きな事件じゃないから、オムニバス的にまとめた――。という制作事情を想像してみることもできますが、今回描かれた田中の夏休みは短いだけでなく、正直言ってわざわざ変則的な構成を取ってまで描写する必要性があるとは思えない内容です。仮に一切描かれなかったとしても、一年間の物語全体の流れには何の影響もなかったことでしょう。
 なら、裏を返せばこの薄い内容でもあえてエピソードに加えるべきだった何らかの理由があったということになります。
 しかし、田中の夏休みエピソードとザックリーの過労エピソードには直接的な交点が何もありません。バトルシーンにすら田中は現れなかったくらいですから、びっくりするくらい徹底しています。今回2人は一瞬たりとも同じ場に居合わせていません。ザックリーの過労エピソードを語るうえで、ついでに田中の夏休みエピソードを平行して語る必然性は一見無いように感じられます。

 こういう狙いのよくわからない構成を見たとき、私は意識的にこういう視点を持つようにしています。
 「表面的な必然性が見つからないなら、もっと根本的な、物語テーマを掘り下げるためにこそ必要なことだったんじゃないか?」

 田中はずっと働き詰めな生活を送っていたが、うたたちに心配されて夏休みを取ることになった。ところが田中は休んでいるあいだ落ち着くことができず、むしろ仕事をしているときにこそ心の安らぎを得られた。

 ザックリーはずっと働き詰めな生活を送っていて、今回ついに倒れてななに休むよう忠告されてしまった。ザックリーは休むことを選ばなかった。むしろ仕事中にこそ心の安らぎがあると信じていた。だが、仕事を強行した結果、彼は再び倒れ、あげく安らぎを与えてくれるななとの関係を遠ざけてしまった。

 試しにあらすじを整理してみれば、田中とザックリーの共通項と相違点が見出されます。(これ自体はもし前提とした仮定が的外れだったとしても必然的にこうなります。自分がそういうふうにわざと穿った視点で見ようとしているせいなので)
 もし仮に田中の夏休みエピソードとザックリーの過労エピソードにテーマ的な関連性があるとしたら、ここで見出される共通項と相違点には何らかの意味があるはずです。それを考察してみましょう。

 「田中さん。大丈夫ですから、私たちに任せて夏休み楽しんできてください!」
 「みなさん・・・。それではお言葉に甘えて、しばしお休みをいただくことにします」

 田中はこれまで夏休みを取ったことがないということですが、彼自身はそれに不満を抱いていないようです。
 休みをもらえたならもらえたときでやってみたいことは一応あるようですが、その割にうたたちが仕事を代わってあげようとしても、むしろギリギリまで抵抗しようとします。

 「夏休みが欲しいかい?」
 「そうっスねー。ここんとこ働き詰めっスから」
 「なら、やろうか? ・・・世界をクラクラの真っ暗闇にしたらその後でいくらでもくれてやるさ。夏休み!」

 ザックリーが休みを取れないのは自分の意志ではなく、上司であるチョッキリーヌのパワハラのせいです。ザックリー自身は(カッティーがいたころから)隙あらばサボろうとしていた、どちらかといえば怠惰な人物です。
 ただ、ザックリーのこういう部分に関しては、イマイチ人間性がつかみきれない部分もあります。というのも、この人前々からいざ仕事をしようって段になると急に生き生きしだして、嬉々としてクラヤミンダーを暴れさせるところがあるからです。仕事をしたいんだかしたくないんだかはっきりしません。

 「はあ――。しかし、なぜでしょう。待ち望んでいた休みだというのにどうも心が落ちつかない」

 スーパー銭湯での様子を見るに、田中が湯治を満喫していること自体は明らかです。「心が落ちつかない」ことを疑問に思うのも、少なくとも肉体はリラックスしているからこそチグハグさを感じるからです。

 なぜ落ちつかないのでしょうか。

 「私がいなくても彼女たちは立派にやっていけるのかもしれません。それは喜ばしいことのはずなのに、この気持ちはいったい? ――私には、私のやるべきことがあります。こうしちゃいられないタナー」

 田中は結局、自分のなかにある不思議な感情を、自らの存在価値に結びつけて理解しました。自分が必要とされることにこそ、真の心の充足があると。
 なんだお前。ワーカホリックか?

 「誰にだって休息は必要です。たまには自分を癒やさないとだめですよ」  「癒やし・・・。“癒やし”――!?」

 「そんなに強がらないで」
 「・・・うーん。なんだ、その。――ありがと、な」

 ザックリーはななの介助で半ばムリヤリに休憩させられ、肉体だけでなく心まで癒やされていることを自覚します。いかにも不器用そうに「ありがと、な」とお礼を言っていることからも、これが本心であることが窺えます。
 銭湯で肉体を癒やしても心は癒やされなかった田中とは、ここが明確に異なるポイントです。

 身も心も癒やされていてチグハグさは無いにも関わらず、なのに、田中と同じく落ち着かない様子です。

 「キラキラはザックリ目障りだ」
 「そんなこと――」
 「あるんだよ! キラキラを奪うのは、ザックリ俺の仕事なんだ!」

 「見つけたぜ、目障りなキラキラ! こいつを消すのが俺の癒やしだ!」

 どうやら田中と同じように、仕事をすることを自分の存在価値と結びつけているからこそ、仕事をしていなければ心が癒やされないと認識しているようです。

 実際には、ななとの交流のなかで心まで癒やされていたはずなのですが。

 「電話では大丈夫って言いましたけど、本当は一日中バタバタしてて」
 「やっぱり田中さんみたいにはできないですよ」
 「逆に仕事を増やしちゃったみたいで、すみません・・・」
 「――ふ。仕方ありませんね。私の仕事は、私にしかできませんから。ふふ。ふふふ。あははははは!」

 最終的に、田中は仕事を通して自分がみんなに必要とされていることを確認できてこそ、心が満たされることを確認できています。

 「くっ。今日は調子が悪かっただけだ! ・・・う」
 「大丈夫ですか」
 「何ザックリお姫様だっこしてんだよ! 下ろせ! やめろ! 俺に優しくするな! ――お前なんか嫌いだ!」

 田中が自分の推論が正しかったことを実際に確かめられたのとは対照的に、ザックリーは仕事を通して結局最後まで癒やされなかったという現実に直面しています。
 ここでも、ザックリーの心を癒やせる可能性を持つのはななだということが示唆されています。

 一旦まとめましょう。

 つまり、田中は休みを取ることではなく、むしろ仕事をすることでこそ心が安らぐ人間だったわけです。
 このことは実際に休みを取ってみて、そして改めて仕事をしてみて、両視点から間違いない事実だということが確認できています。

 ザックリーは当初、田中と同様、自分は仕事のなかでこそ心の癒やしを得られるんだと認識していました。
 ところが実際は、ななに促されて休憩したとき初めて癒やされ、無理に仕事に復帰したときは逆に疲弊して倒れてしまいます。

 彼の自己認識は間違っていたわけです。

 彼の心は、仕事の手を休めてななとの交流を持つなどしたときにこそ癒やされ、仕事のなかでは癒やされないのだというのが本当のところでした。

 道理で、ハタから見ていてワケわかんねー情緒してるなと思わされるわけですよ。
 彼は今まで自分自身の心のありようを正しく認識できていなかったわけですから。むしろ正反対に勘違いしていたわけですから。
 どんだけムリしてたんだ、お前。

 仕事のなかで癒やされるのか、それとも休むことでこそ癒やされるのか。

 つまり今話は、田中というガチのワーカホリックを比較対象とすることで、ザックリーがごく平凡な、仕事ではなく休養のなかでこそ心を癒やせる人物だということを確認する物語だったわけです。
 “自己認識が間違っている”というややこしい人物像を紐解くことが今話の核心。
 ザックリーの人間性を誤解なく掘り下げるためにこそ、田中の夏休みエピソードが必要だったわけですね。まるで鏡のように。

 ちなみに、田中もまったく休みを必要としない人間ではないという点だけは勘違いしないようにしときましょう。
 田中もスーパー銭湯を満喫できる感性くらいは持ち合わせていますし、それに、どうやら日々の暮らしのなかに小さな癒やしを取り入れているからこそ、十数年間夏休み無しでも平気でいられたという描かれかたですので。

 「今日は特別に私のモーニングルーティン――、すなわち朝の過ごしかたをお見せしましょう。まずは朝の光をたっぷりと浴び、体を目覚めさせます。次に、コーヒーの豆の香りで心安らぎ、そして目覚めの一杯。至福のとき」

 かわいいプリキュアを見に来た視聴者に、アバンでわざわざジジむさいモーニングルーティンを見せつけてきたことにも、嫌がらせではない別の意味がちゃんとあったわけですね。
 ここに癒やしがあるからこそ、プリルンやらメロロンやら犬へのトラウマやら、それからマネージャー業その他やら、ストレス源が増えてもザックリーと違って倒れずに済んでいる、と。

 さて。
 以上を踏まえたうえで、この記事の序盤で示した「マッサージ攻撃とは何だったのか?」の項を改めて読んでみてください。

 ・・・困ったことに、Geminiが考えたあのトンチキな説の説得力が飛躍的に増して見えるはずです。

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    コメント

    1. ピンク より:

      >マッサージ
      めちゃくちゃ素直に、キュアアイドルを無力化させる作戦なんだと捉えてました。

      田中が、次回予告でお見せした姿が夏休みのほぼ全容だったとはw
      考えてみればただでさえ予定に無かった企業案件のサポートに加え自主的にグリッターのバイトを始める辺り、働くことが苦にならないお方のようで。私にはちょっと真似し難い生き様ですが、でも少しくらいうたたちに頼られてみたいような……?

      ザックリーから見たプリキュアって、まさしく過労の象徴みたいなもんでしょうに……無意識で縋ってしまうし、いらんこと言って傷つけたら反省する程度に憎みきれないとは、こりゃまた難儀な話です。
      ダークイーネやチョッキリーヌは部下に、後天的に他人のキラキラが嫌になるようなデバフを与えてる(ダークイーネの場合は、何らかの出来事で自主的にそうなった)って感じなんですかね。

      • 疲ぃ より:

         無力化させられたのが1人だけだっただったうえ、そこそこ時間がかかるわ次の攻撃までに正気に戻られるわなのがね・・・。

         私なんて毎朝今日は何時間こっそり別のことをやれるか計算してるくらいなのに。
         ザックリーを見てると個人的なルサンチマンでチョッキリ団やってる印象になりますよね。ただカッティーはそうでもない様子でもあり、チョッキリーヌに至ってはむしろ職場でいい空気吸ってる側だという不思議。チョッキリーヌさん、あれで昔はキラキラ系女子を目指していた(挫折した)とかそういう過去でもあるんでしょうか。

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