君の名は。について語りたりないこと。 夢は現実を変えられない、という事実について。

 もっかい観てきました。で、いくつか見方が変わった部分がありました。ブログ訂正しようかな、と思ったけれど、けっこう根底に関わる部分で勘違いしていたのでまた独立した新しい記事にすることに。
 たぶんもう一度観たらまた何かしら訂正したくなる部分が出てくると思います。けれど記事4つ目はもうないかな。今回初めてラストシーンで泣きました。ふたりが再会することの必然性に納得して、ようやく自分なりにこの物語を咀嚼し終えた感触があるんです。
 いつまでも夢ばかり見ていないで現実と戦いましょう。夢は現実と向き合う勇気をくれますが、けれど実際に戦う力を持っているのは現実の私たちだけです。

 もう手遅れですが・・・注意。この記事はネタバレには一切配慮していませんし、たぶん映画を観ていないと何のこっちゃか伝わらないと思います。

感想ひとつめ→ 君の名は。感想 まるで文通のような恋物語でした。

感想ふたつめ→ 君の名は。 会うことの叶わない男女がどうして互いに惹かれあうのでしょうか。

小説 君の名は。 (角川文庫)

甘い夢、苦い現実

 タキとミツハの入れ替わりは甘い夢でした。都合の悪い部分はうたかたに溶けて、彼らは何も恐れることなく幸せに彩られた日々を楽しみます。
 ミツハとなったタキは喧嘩っぱやい性格を発揮して陰湿なクラスメイトの鼻を明かし、持ち前の運動神経によって体育で活躍し、男性女性問わずモテまくります。
 タキとなったミツハは憧れの東京生活を満喫し、得意の裁縫の腕で奥寺先輩の歓心を買い、憧れの人との距離をどんどん詰めていきます。
 「君たちの仲は順調だよ、私のおかげで」「俺に人生預けたほうがモテるんじゃね?」 行動すればするだけ何もかもうまくいきます。多少失敗しても咎められません。疑われません。そんな夢みたいな話、まあ、現実であるはずがありませんね。

 「あんた今、夢を見とるな」 夢はいつか醒めるものです。

赤い糸

 「私たちは、会えば絶対、すぐにわかる」 無垢な確信を抱いて東京に出向いたミツハは、しかしそこで現実を思い知ります。彼女たちの夢は昨日までで終わりました。現実はそうたやすく奇跡を起こしてはくれません。
 「誰? お前」 会えば絶対、だなんてそんな奇跡、現実にそうそうありはしません。思い込みに対するものはすれ違い。そちらの方が現実にはよほどありふれています。
 一度現実に気付いてしまえば、今の自分のなんて無様なこと。なんて惨めなこと。夢なんて醒めれば消えるうたかたでしかなかった。それでも未練がましく、ミツハは目の前にいる、タキと同じ形をした少年に縁を託します。組紐と名前。
 この望み薄なうえに他人任せな行動、ほんと心底女々しいと思うのですが、けれどそのどこまでも縁を結び残そうとする恥知らずな思い自体は好ましいと思います。ちょっと行動すればたちまち結果が現れる夢と違って、現実は必ずしも行動に釣り合う結果が付いてくるとは限りません。現実で結果を求めるならば、いくら積めば釣り合うのかわからない諦めの悪さを延々積み重ねるしかありません。
 ましてこれは、未来で深くつながったふたりの縁を過去にまで波及させようという、理を超えた無茶なのですから。ミツハはそんな大それた認識を持ってはいるわけではありませんが、甘い夢から醒めて、同時にタキという半身を失ってしまった彼女の諦めが悪いのも当然ですね。同じ境遇のタキを見ていればその気持ちは痛いほどよく伝わります。

HALF MOON

 お前なんだかよくわからない自分の衝動に浸りすぎだろう。タキの心情をこれ以上なくわかりやすく示してくれるこの言葉は、彼がラーメン屋で糸守町の顛末を知ったときに着ていたシャツにプリントされています。
 己の半身が永久に失われていたことを知ったタキは、その半身を取り戻すためにミツハの口噛み酒を求めます。うっかり勘違いしていたのですが、彼の失われた半身を充足させるのは口噛み酒自体ではなく、あくまでミツハとの再会なのですね。そりゃそうだ。口噛み酒だけで充足できるなら、彼はわざわざ過去に戻ってミツハを取り戻す必要がありません。
 口噛み酒はあくまでミツハとの結び。腕に巻いた組紐が「覚えて、ない?」と、ミツハの思いをタキに残響させ続けたのと同じように、口噛み酒はもう一度だけの白昼夢をタキにもたらします。
 すべてはもう一度、彼女と出会うために。タキが辿るミツハのルーツ、ミツハが生まれたばかりの頃に病室に飾られていた花はスズランでした。その花言葉は「再び幸せが訪れる」。組紐や口噛み酒がそうだったように、タキとミツハの出会いによって結ばれた縁は過去・現在・未来、あらゆる時系列をも飛び越えてふたりの全人生を強く結びつけます。半身が半身のままでいるのは、どうやらお互い耐えがたいことのようですから。

夢は現実を変えられない

 たぶんこのとりとめのない記事の本題はここ。
 再びミツハの世界に帰ってきたタキでしたが、しかしどうにも思うようにはいきません。あれだけどう無茶をしてもバレなかった入れ替わりの事実が、今回ばかりはあっさりとお婆ちゃんや父親に勘づかれてしまいます。そのうえ肝心の隕石落下の予言だけは信じてもらえません。
 なにせ今タキが変えようとしているのは、これまでのような甘やかな夢ではなく、途方もない危機が迫った現実ですからね。それも、タキではなくミツハにとっての現実。入れ替わりなんていう夢物語の登場人物でしかないタキの力は現実を変えるには足りません。
 夢は現実を変えられません。変えてはいけません。だってそんな奇跡、現実にはありえないのですから。ありもしない奇跡を夢見ていては、あなたは何も変えられません。

 だからタキは、ミツハ自身の奮起を求めます。これがミツハにとっての現実ならば、それを変えられるのは彼女だけですから。
 彼女を奮い立たせる材料は簡単。だってこの物語はラブストーリーです。再び会えたことの喜び、いつかまた会うことの約束。たったそれだけで、夢と現実に翻弄されて半身を奪われた、恋する少年少女には充分すぎる動機付けです。
 ミツハは必死に走ります。己の半身を取り戻すために。もっと素朴な言い方をするなら、もう一度彼と出会うために。夢は泡のように儚く、現実でもがくミツハはほんのわずかな間に彼の名前すら忘れてしまいますが、けれど大丈夫。決して忘れてはいけないものは、そんなものではありません。
 「すきだ」 すれ違いではない、思いが確かに通じ合っている証。名前なんて会ったときにまた教えてもらえばいいじゃないですか。今ミツハの身体を突き動かしているのは、彼の名前なんかではなく、彼とまた出会いたいという意志、ただそれだけです。「心が身体を追い越してきたんだよ」
 夢は現実を変えられません。それは否定しがたいこの世の理です。けれど、それでも夢にはかけがえのない価値があります。甘い夢は、人が苦い現実と戦うための活力を与えてくれるのですから。

 甘い夢があなたに力を与え、そしてあなた自身が苦い現実を打ち破るのです。有史以前から、人類は常にそうやって理不尽に打ち勝ってきました。世界中、無数につくりだされてきた物語たちがその証拠。
 ミツハが頑張って現実を変えてみせたのだから、次はタキの番です。出会えずに終わる現実を、ふたりで育んできた目に見えない絆で覆してしまいましょう。今度こそ、「私たちは、会えば絶対、すぐにわかる」 そういう夢を、彼らはずっと見続けてきたのですから。

それから、彼らの恋愛模様

 以下、物語上は割とどうでもいいこと。

 演出上、1200年前に落ちた隕石は受精卵となってミツハにつながっていくんですよね。ひょっとして今回落ちた隕石は1200年前に落ちた隕石に惹かれて落ちてきたのでしょうか。1200年前の隕石はこの日が来るのをじっと待ち続けてきたのでしょうか。宮水家の末裔がタキと出会ったように。
 1200年前から愛してる、隕石同士の恋物語。絵面を想像するとシュールですが、なんともロマンチックですね。

 タキの旅行にひっついてきた奥寺先輩とツカサ。どう見ても奥寺先輩目当てでひっついてきたツカサの先輩へのモーションがたいへん童貞臭くてかいがいしくて微笑ましいですね。
 久しぶりのタバコを隠さず目の前で吸われた時点で明らかに脈がないとわかるおまけ付き。人が弱みを見せるのは、相手に気を許しているからではありません。どうでもいい相手だから取り繕う必要がないだけです。合掌。

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