フリップフラッパーズ第10話感想 現実。けれど、明日はきっといい日だ。

ココナはココナだよ!

フリップフラッパーズ 1 [Blu-ray]

(主観的)あらすじ

 ココナを中心とした現実が、ココナを置いてけぼりにして進んでいきます。ピュアイリュージョンにおける欠片の回収は終わりました。残りの欠片とココナを狙って、アスクレピオスがフリップフラップに襲撃を仕掛けてきます。混乱の中、ココナはパピカに答えを求めます。「ミミ」について。
 パピカがパピカナだった頃、パピカはミミと出会いました。ミミはピュアイリュージョンに行ける特別な存在で、パピカはそのパートナー候補のひとりでした。パピカはミミの友達になりたいと願い、行動し、そして本当に友達になりました。ミミとインピーダンスを合わせられる、パートナーになりました。
 ココナが自分の居場所だと思っていたパピカの隣は、ずっと前からミミのものでした。だからココナはパピカを拒絶し、もうひとつの居場所であるお婆ちゃんの家に帰りました。けれど実はお婆ちゃんはアスクレピオスがつくった虚構で、ここすらもココナの居場所ではありませんでした。目の前が真っ暗になっていくココナ。そんなココナの中から、ミミが姿を現します。

 現実は夢じゃないので今回も夢十夜からの引用はありません。欠片が全部集まってしまいましたが、さて、あと2編残っている夢は果たして描かれるんでしょうか。
 お婆ちゃん、裏切り役でしたか。第1話Cパートのアレはここに繋がるんですね。ヤヤカが与えてもらった居場所をすべて失ったように、ココナもまた与えられていた居場所をすべて失ってしまいます。今も居場所を残しているのはパピカだけ。なんてこった! パピカがちゃんと登場キャラクター筆頭らしい立ち位置にいるなんて!
 展開に不釣り合いな記事タイトルはちょっとしたおまじないです。がんぱれ、負けるな、なのよ。ミミとココナの関係という秘密がまだ残されてはいますが、それを考慮してもたぶん今回が底でしょうしね。「明日はきっといい日だ」 普段はなかなか本気にしにくいキレイゴトですが、今が辛くて苦しいほどに、この言葉はどんどん真実味を増していきます。絶対確実明白当然に信じられる希望となります。だって、こんなのあなたが積み重ねてきた頑張りに見合ってない!

空っぽ

 「他に宝物なんて・・・」 フリップフラッピングするための宝物すら持っていなかった、「確固たる『あなた』というものがない」 空っぽの少女が、「私は大切なものを守りたい!」 似合わない信念を抱いた報いがコレなんでしょうか。
 なんて残酷な仕打ち。けれど必然です。

 「偽り」という花言葉を持つ植物があります。ホオズキ。大きな果実をつけたように見せかけて、中にはほんの小さな果実しか入っていないことに由来します。お婆ちゃんが立ち上がったシーンでテーブルに生けてありましたね。

 前回のヤヤカがそうであったように、自分で築きあげたものではない居場所は誰かの都合で簡単に損なわれます。マイホームは自分の意志で売り買いできますが、アパートは大家さんの都合次第で引っ越さなきゃいけなくなるときもあるのです。別に最近そういうことがあったとかではありません。
 フリップフラップもお婆ちゃんの家も、ココナが自分で築いた居場所ではありません。パピカの隣だって、自分で「大っ嫌い」だというからにはココナが築いたものではないのでしょう。
 ココナにはなんにもありません。自分のものなんてどこにもありません。空っぽです。いっそ心すらも不要なんじゃないでしょうか。だってあなたには守るべき大切なもののひとつもないのですから。

 「私は信じてた。人が傷いたり傷つけたりしなくて済む世界になるなら、居場所がなくなるくらいなら、誰かに与えられた方がずっと幸せだって」
 だから、例えばヤヤカはアスクレピオスに心を委ねました。アスクレピオスに居場所を借りて、アスクレピオスに大切な使命を与えられ、アスクレピオスに言われるがままココナたちと争ってきました。
 ・・・そして、アスクレピオスの都合によって放逐されました。

 まだ中学生の彼女たちにはあまりに厳しい仕打ち。本来ならまだまだ親や大人たちの愛情に庇護されて然るべき年頃です。けれど、他人の築いた居場所に縋り続ける限り、遅かれ早かれ破綻する日は必ず訪れるのです。例えば死別によって。例えば利害の不一致によって。例えば忘れられることによって。
 ココナが空っぽであり続ける限り、なにもかもを失い目の前が真っ暗になるようなこの破綻は、いつか必ず向き合わなければならない必然でした。

友達になれるかな

 じゃあどうすればいいんだよ! といった疑問に答えをくれるのはパピカです。登場人物筆頭はダテじゃない、といわんばかり。

 いつでもどこでも変わらないんですね、この子。
 「たのもー!」 まずは挨拶。
 「パピカナ!」 次に自己紹介。
 「なんだお前!」 それから相手のことを聞く。
 びっくりするくらい基本に忠実なコミュニケーション術です。小学生か。どこで覚えたのやら言葉選びのセンスがダメすぎて、純朴なソルト少年ならともかく、ひねくれ者のヤヤカには名乗ってもらえませんでしたけどね。
 なお、幸いココナやミミのときは事前に名前を知ることができて、「なんだお前」とかいう最悪ワードは使わずに済みました。

 突進突貫、単純バカは強いです。正確にはバカだから強いのではなく、余計なことに惑わされず強さを発揮できるから強いのですが。番号で呼ばれ、手かせをはめられる、実験動物のような扱いなんか意に介さず、「ミミかあ。友達になれるかな」なんて呑気なことを考えるこの子の強さ。
 「またひとり」「今までの子と同じ」「ミミの部屋に連れて行かれた子、二度と戻れない」 ものを知らないわけではありません。パピカと同じ境遇の子どもたちにとって、悲惨な運命は周知の事実。この単純バカが我が身の不幸を気にしていないだけです。気にしたってどうにかなることでもあるまいし。
 だからこそ、死神・ミミと同じケージに入れられたって、やることはいつもひとつです。突進突貫。「たのもー!」「パピカナ!」

 実験動物時代のパピカに居場所なんて無いようなものです。ヤヤカと似た境遇ではありますが、ヤヤカと違って居場所をくれる大人ではなく自分の思いに従って行動します。大人たちの機嫌を損ねて居場所を取り上げられる危険を恐れていません。
 そんな剛胆なことができるのは、そもそも彼女にとって居場所は自分でつくるものだから。そのための突進突貫。「たのもー!」「パピカナ!」「なんだお前!」 3ステップで、はい、お友達。(うまくいけばね)
 「いい匂いだったあ。また会えるかな」 パピカにとってミミの隣は居心地のいいところでした。彼女は自分で居場所を決めて、そこを居場所とするべく自ら行動を開始します。「友達・・・に、なりたい」 その一心で自分からミミに会いに行き、偶然知り合ったソルトを巻きこんでピクニックにも出かけます。友達になるために。大好きなミミに自分を好きになってもらうために。ミミの隣を自分の居場所にするために。
 インピーダンスの同調・・・ふたりの心をひとつに重ねる奇跡は、単純バカのびっくりするほど基本に忠実な友達づくりの結果です。好き好き大好き攻撃でミミの心を陥落させただけです。「ダイレクトドライブの片割れ」になる資格は先天的な才能ではありませんでした。出会ったばかりの頃はインピーダンスがバラバラでした。パピカが頑張って頑張って、ふたりの心の距離を詰めていっただけに過ぎません。

 ミミの部屋に飾られていた絵はフジの花。その花言葉は「決して離れない」。なにせ自分で決めた居場所ですもの。離れるかどうかはある程度自分で決められます。「大丈夫。絶対に離さないよ!」 そしてパピカは今も、大好きな友達の隣につくった居場所を決して手放そうとはしません。
 居場所がないなら自分でつくればいい! なんというアタマワルイ解法。こんなの正論すぎて笑うしかありませんよ。

あしあと

 「空っぽ」だの「なんにもない」だの散々に貶しましたが、実のところ私はココナがそういう人間だとは全く思っていません。むしろヒーローだと思っているくらいですし。
 「どこでもよくはないから」と妥協に逃げない彼女は、壁にぶつかったらぶち破る人間です。

 イロちゃんの後悔を取り払えたのは彼女のおかげです。辛い追体験を何度も繰り返すことにしたのも、おばちゃんとの約束を果たすことにしたのも、どちらもココナが決めたことです。
 オッちゃんの街を守ることに決めたのも彼女の意志です。思想的にはイロちゃんのときと正反対ですが、そんな正反対の考え方に反転したのもまたココナが決めたことです。
 ヤヤカがアスクレピオスとして彼女の監視役を務めたのも、反対にアスクレピオスと敵対したのも、幼い頃にココナが友達だと認めてくれたからです。
 パピカが今も隣にいるのだって、ココナのおかげじゃないですか。パートナーになったきっかけはパピカの押しの強さですが、けれど彼女は危険な目に遭わせたことを後悔して一度諦めようとしました。それを思い直させたのはココナの「まあ、たまにだったらいいよ」という受容だったはずです。

 彼女の一挙手一投足が世界を変えていきます。周りのみんなと自分とを変えていきます。誰に強制されたわけでもない、自由意志からの行動によって。
 その事実こそが、彼女が空っぽではないことを証明してくれます。中身に意志が詰まっていることを確認してくれます。だってそれって、パピカが自分の意志でミミやココナの隣を自分の居場所に変えたのと同じことをやっているわけじゃないですか。
 世界を変える力を持っているのですから、自分の居場所をつくることだってできるでしょうとも。パピカのように。私やあなたのように。なにせこれは誰もが持っているありふれた力ですから。

 だからどうか、「勝手に巻きこんで」とか「大っ嫌い」とか言わないで。本当は冒険することを決めたのはあなた。パピカやみんなを好きになったのもあなただったはずです。
 たくさんのことをあなたが決めたからこそ、あなたが変えたからこそ、きっとピュアイリュージョンの冒険は楽しかった。しかめっ面したヤヤカとあなたは明らかに違っていました。ままならない現実に鬱屈していたあなたとも明らかに違っていました。
 あなたがしてきたステキ、あなたがつくりあげてきたステキを、どうか見逃さないでください。

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