このバラバラの世界は、あいつにとっては普通の、隙間のない、つながりあった世界なんじゃないか?
イドの主:穴空き
現実における犯行手口:頭部右にドリルで穴を開けて殺害
世界の姿:ジグソーパズルのようにバラバラ
被害者の立ち位置:家族
カエルちゃんの死因:胸部を包丁で刺された
ジョン・ウォーカー:出現
非常識に隠した理性
「俺は勝手にバラバラになったんだろうか? だとしたら、こうやって繋ぎあわせるのは俺にとって間違いなんだろうか? ――そうではない。やはりバラバラは俺のかたちではない」
「――そうか。あいつにとってはあの隙間は存在しないんじゃないのか? このバラバラの世界は、あいつにとっては普通の、隙間のない、つながりあった世界なんじゃないか?」
穴空きのイドの世界は、一見バラバラに散らばっていました。
けれど、常識を知る私たちにはわかります。こんな世界ありえないと。
井戸端のスタッフたちも当然知っています。酒井戸もすぐに気付きます。
気付かないのは“家族”だけ。
穴空きのイドの世界は、一見バラバラに散らばっていました。
けれど、ありのままを見る私たちは認識します。この世界は確かにバラバラだと。
井戸端のスタッフたちも当然認識します。酒井戸ももちろん。
認識できないのは穴空きだけ。
穴空きが当然に知っている世界の常識を“家族”は知らなくて、
反対に“家族”が当然のことと認識している世界の非常識を穴空きだけが認識できません。
常識を知る穴空きは、この非常識な世界において、精神的に孤独でした。
“家族”? 頭に穴を空けられて死んだ彼ら同士は家族かもしれないが、穴空きは違う。
似ているようで、混じりあえない。同じものを見ることができない。
「まったく意味がわからないが、ひとつだけわかった。ここでは有るものより無いものに意味があるんだ。そして、その意味ある欠損が大きなバラバラの中に隠されている」
きっと、穴空きは探していたんですね。
自分と同じ世界観を共有できる常識人を。
非常識を認めない、非常識に流されない、気高い常識人を。
穴空きは自ら頭に穴を空けたそうです。そうしなきゃいけないと思ったから。
そして、探していました。そうしなきゃいけないと思って自らに穴を空ける同志を。
自らを欠損することにこそ意味がある。
その行為は結局のところ、彼以外にとって非常識極まりないのだけれど。
結局のところ非常識と認識されてしまうのだと、彼自身知ってはいるのだけれど。
「今回の犯人のあの男、自分や他人が壊れた存在であると知ってるのに、自分の世界が壊れていることに気付いていないなんて、自己欺瞞にもほどがあると思いませんか」
私たちの常識は、誰がつくった常識ですか?
本堂町小春という埒外
「事件が解決したら私たちの家から出て行ってくださいね」
最初、本堂町という女性は穴空きにとって他の被害者たちと同じ存在でした。
“家族”という名の十把一絡げ。穴空きの常識を共有しない、どこにでもいる、凡百の非常識人。
バラバラな世界という非常識を鵜呑みにし、ジョン・ウォーカーの接近に際して羊のごとく無抵抗。
けれど、平凡だったのは見た目だけ。
少し会話をしてみて、穴空きは間もなく彼女の異常性に気付くことになります。
「ここは私の家じゃない!」
彼女は“家族”ではありませんでした。
この世界の非常識を認めない、非常識に流されない、気高い常識人。
むしろ、この世界唯一の常識人――、穴空きの同類でした。
松岡刑事をはじめとした外の常識に囚われた人たちは、その後に彼女が見せる異常性を“頭に穴が空いたせいだ”と解釈していきますが、おそらく違います。
違うように、私は認識します。
彼女は頭に穴が空く前から充分に異常でした。
イドに並々ならぬ関心を抱き、外の世界で名探偵ばりの推理力を発揮し、なにより、必要だったからといって自らに穴を空けてみせる。
彼女は私たちと同じ常識を、おそらく共有していません。
「人を殺したいというだけの気持ちや憎しみはワクムスビでは検知できないはずですよ」
だとしたら、“ワクムスビで検知できる”ほどの殺人衝動を自分に向けることができる彼女は何者だ。
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