今度は答えられる? あなたが返してほしいのはココナ? それとも・・・。
(主観的)あらすじ
ココナを追ってピュアイリュージョンに侵入したパピカとヤヤカはミミの抵抗に遭います。かつて遭遇した試練の数々が次から次へと襲いかかってきます。ココナが大好きだ、という気持ちを力に変えて、ふたりはようやくココナの目の前までたどり着きますが、あと一歩届きません。
ミミは母親としてココナを辛い世界から守りたいといいます。その一方でココナに進みたい世界を自分で選びなさいともいいます。ココナは後者を支持しました。ココナがパピカに向かって精一杯伸ばした手が、届かなかった一歩分の距離をようやく繋ぎます。
ボスラッシュ。あえていうなら第十夜に見えなくもない展開ですが、どうでしょうね。ソルトの動向は次回を第一夜にするための仕込みにも思えるのですが。
途中から脚本が思想レベルで路線変更したのはひしひしと感じていたところですが、今回はもう完全に週刊少年漫画の文法ですね。キャラクターの心情を転がす手続きがものすごく男性的。外的要因を多用するところとか、あらゆる舞台装置に結末をつけようとするところとか、その場その場の敵役が明確なところとか。男性っぽい物語も女性っぽい物語もそれはそれで私はどちらも好きなんですけれどね。
誰が為に
ココナはミミが与えてくれた居場所に耽溺します。そこは何もしなくても何もかもを得られる安息の地です。こんな居心地の悪い場所もありません。
「恐いのね」
「こわ、い・・・」
「またお母さんと引き離されるのが恐いんでしょう」
「・・・」
「心配しないで。何があってもココナから離れないわ。永遠にね」
「・・・うん」
「いい子。あなたはそのままでいいの。もう周りを気にして悩むことも、答えを出す必要もないわ。だって、世界がココナ色に染まるの」
ココナの返事は一度だけ。恋い焦がれていたお母さんにこれだけあれこれ話しかけられて、彼女が肯定したものはたったひとつきりです。
「何があってもココナから離れないわ」 それは嬉しい。それは無人島の星空の下で祈った願いに繋がります。「家族に会いたい、かな」 それだけは彼女が元々抱いていた願いでした。
それ以外は望んでいたことではありません。周りを気にして悩んだり、答えを出す痛みに苛まれたりしたことは事実ですが、けれどそれ自体をやめてしまうことには心のどこかで違和感を感じていました。お母さんとおそろいの髪型も、お母さんとおそろいの衣装も、お母さんが用意してくれる友達も、彼女はいずれも喜びませんでした。
仕方ないですね。だってそこは他人が与えてくれた居場所なんですから。ココナの思い通りにはなりません。この居場所はココナではなくミミのものです。思い通りにできるのはココナではなくミミだけです。
多少意にそぐわないことがあったとしても、間借りしているココナが拒絶していいことではありません。アスクレピオスを居場所としていたヤヤカが、その意に反してココナと戦わなければいけなかったように。
確かにミミはココナのためを思ってこの世界をつくりました。それでも、この世界の支配者はミミです。ココナではありません。この世界ではココナは本当の願いを叶えられません。
「あなたには、世界はどう見えているんだろう」 ミミの見ている世界とココナが見ている世界は違います。
ソルトから見たミミがミミ自身の知るミミとは違うように、ミミから見たココナとココナ自身の知るココナは違います。
いくつかのピュアイリュージョンの中からココナは雪の降り積もる白い世界を選びました。その理由をミミは知りません。単にココナの好みとしか認識できていません。ココナから見るとそこは、パピカと初めて冒険した思い出の世界なのに。お母さんにはその特別性がわかりません。
さて、この世界は誰のために存在するのでしょうか。
寂しがり屋
「辛いことがあるかもしれない。悲しいことがあるかもしれない。そんな世界に娘はおいておけない! 守ってあげないと。それがお母さんの役目でしょ!?」
そもそもミミはどうしてこんなハタ迷惑な癇癪を起こしちゃったのでしょうか。それは自分が散々周りの都合に傷つけられてきたからです。自分の願いが周りを傷つける結果しか生まなかったからです。
研究所の大人たちに傷つけられ、ソルトに傷つけられ、あるいはたくさんの子どもたちを傷つけ、ソルトを傷つけ、パピカを傷つけ、愛するココナすらも傷つけかけた。それが彼女の人生でした。何をしたって悪い方向にしか進まない、とびきり理不尽な人生。
だからこそ彼女は誰も彼もを傷つけることすら厭わず、たったひとつの大切なものに縋りつく決断をしました。「ココナさえいればそれでいいの」 大切なものひとつを残して残り全部をなかったことにしてしまえば、彼女はもう二度と誰とも傷つけあわずに済むでしょう。
実際ソルトは銃を向けてくるし、パピカもココナを奪い取ろうとしてくるしで、もはやかつて大好きだった人たちすら信用できません。心の奥底に隠したもうひとりの自分すらココナをそそのかそうとします。ミミの味方をしてくれる人はもはや愛娘であるココナしかいません。少なくとも彼女にはそう見えています。
それでもミミは二度、パピカに自分とココナのどちらが大切なのかを問いました。本質的に彼女は寂しがり屋です。ひとりぼっちで引きこもることができません。そのための力を持っているにもかかわらず。周りと散々傷つけあってきたにもかかわらず。それでも、もしかしたら、を彼女は諦められません。だからココナがどうしても必要で、ひょっとしたらパピカもと淡い期待を抱かずにいられません。
一度目はどちらも選んでもらえませんでした。二度目は・・・
「今度は答えられる? あなたが返してほしいのはココナ? それとも・・・」
「どっちも! 大好きなココナも、優しいミミも、全部返して!」
残念ながら、パピカは問いかけてきたミミだけをきれいに否定してきました。ココナも昔のミミも大切だけど、優しくない今のミミは要らないと。一番残酷な答えを返してきました。
もちろんパピカに非があるわけではありません。けれどその言葉の意味はパピカとミミで大きく変わってきます。
優しかったミミを知っているパピカからすれば、目の前にいるのはミミのかたちをした怪物かなにかに見えるかもしれません。けれど、今のミミからすると自分は間違いなくミミなのです。ピュアイリュージョンの奥に隠していたイドとはいえ、こちらもまたミミなのです。優しい願いだけでは大切なものを守れないから交代した、もうひとつの願いの形でしかありません。
「人は、ピュアイリュージョンは、いくつもの顔を持っているの。全部本当の自分よ」
例えばあなたにも優しいところと厳しいところ、臆病なところ、身勝手なところ・・・いろんな側面がありませんか? その中のたったひとつの側面だけを指して「それがあなただ」と規定されるのは、とても悲しいことではありませんか?
パピカの言う「優しいミミ」という言葉はそういう残酷さを秘めています。当人の意図しないところで。目の前のミミが優しくないふるまいをしているだけに、なおさら。
今のパピカはミミを傷つける存在です。ソルトもそう。だとしたらミミにはやっぱりココナしか残されていません。
ミミはココナのための居場所をつくりましたが、その実この居場所を本当に必要としているのはミミ自身です。彼女の居場所はもうココナの隣にしかありません。だから永遠に愛してもらえるよう必死で心を砕いているんです。ココナが彼女から離れてしまったら、彼女はもう永遠にひとりぼっち。
ミミのつくろうとしている世界は、自分自身を寂しさから守るためのシェルターです。
あなたが見る世界
そう、ここにあるのはココナのための世界ではありません。ココナの世界はココナにしかつくれません。だってココナの目を通して見る世界の姿はココナにしか見えないんですから。
「あなたはそれでいいの?」
たとえお母さんであっても、代わりに娘の世界をつくることなんてできません。できることはただ問いかけることだけ。奮い立たせることだけ。応援することだけ。決断するのはあくまでココナです。
「あなたは選べないんじゃない。ただ少し勇気がなかっただけ。失敗することが恐かっただけ」
「でもね、それは特別なことじゃない。恥ずかしがらなくていいの。みんなそうだから」
「お母さんも?」「ええ。きっとお父さんも」
「あなたが自分で選ぶの。あなたが進みたい世界を」
それはつまり、あなたがどこにでもいる人々のひとりで、あなたの悩みも弱さもどこにでもあるものでしかないということです。だからこそ、どこにでもいる誰もがそうしてきたように、あなたは自分で自分の居場所をつくり出せる。
もうひとりのミミは決して「ココナならできる」とは言いません。「誰にでもできることだ」とだけ言います。言ってしまえば自分で自分にレッテルを貼り付けて、不当に自分を縛りつけていた(一種の厨二病ですね)のを解放してあげただけです。
親とはいえ他人でしかない彼女にできることはそこまで。決断するのはあくまでココナです。
目を覚ましたココナはすぐさま自分の世界を、居場所をつくりはじめます。誰もが当たり前にそうしてきたように。
手始めに求めるのはパピカ。あの子の隣は楽しい。「大嫌い」と言ってしまったのに、「絶対に離れない」という約束を今も守ってくれている。目の前にいてくれる。大大大好き。たとえ後悔する可能性があったとしても手を繋ぎたい。
「だから一緒に行こう、パピカ!」
借り物の世界なんてもう必要ありません。「願いを叶える欠片」なんてもう必要ありません。もうココナはココナの意志で、ちゃんと自分の世界を描くことができます。
フリップフラッピング!
ここに至って未だに自覚していませんが(最後まで自覚しなさそうですが)、ココナは以前も自分の意志でパピカを求めています。
「ココナが冒険嫌だって言ったのわかった。私もココナ死んじゃうかと思った。ごめんね」 第2話、ココナを危険な目に遭わせたことを後悔して、パピカはココナとの冒険を一度諦めました。
「でも楽しかった。最後のすごかった。また行くの? ・・・懲りないね。ま、たまにだったらいいよ」 それでも冒険を続けることを選んだのはココナです。
ココナとパピカの関係は「パピカがムリヤリ手を引っ張ったから」で説明がつくような一方的なものではありません。その関係にはちゃんとココナの意志が乗っています。
「ココナを返して!」「ココナにはココナの大切な場所があるの!」 パピカがミミに向かってそう言い切ることができたのは、だからこそです。
ココナの場合、実は「選べない」のではなくて「選んだことに気付いていない」んですよね。どちらにせよ勇気が足りないからそうなってしまったわけで、もうひとりのミミのお説教は的を射ているのですが。ココナのこういうところを私はカッコイイと思います。
「どうして? どうして!? 私がお母さんなのに! お母さんの言うことが聞けないの!?」
さて、まーた癇癪を起こした困ったお母さんがいますが、そもそも彼女は根本的なところで勘違いしています。ココナひとりを選んで他全てを諦めた彼女と違って、ココナもパピカもたったひとりを選んじゃいません。ココナたちの世界に「大切なものはひとつだけ」なんてルールは存在しません。
それに、今はソルトもエルピスに向かっています。
エルピスは個人の内的世界を赤いホールを通じてピュアイリュージョンに直結させるためのシステム。「ピュアイリュージョンはサブジェクトとのインタレレーションシップによる一種のパーセプション、イデアワールドだと考えられている」 ヒダカの推論が真実なら、ピュアイリュージョンにおける個とイデアは相互に干渉できる関係にあります。従ってピュアイリュージョン側からエルピス内部の人間に干渉できるというなら、逆にエルピス側からもピュアイリュージョンに干渉できるはずです。
エルピスは、特別な力を持たないただの人間がピュアイリュージョンに介入する、唯一の手段になり得ます。
ソルトはちゃんとミミを追いかけてくれています。命を懸けて。
だから大丈夫、あなたはひとりぼっちじゃない。
確かに「摩擦のないユートピアなど存在しない」かもしれないけれど、それでも「すべて世界はなめらかに存在している」。傷つけあうことを過剰に恐れ、逃げなければ、あなたの傍にはあなたに優しい人たちがちゃんといます。
夢も現実もままならないもので、どちらにしたって戦う毎日を避けられるものではありませんが、けれど言うほど厳しいものではありません。一生懸命夢に遊んできたふたりが目の前で笑いあっているんですから間違いない。
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