亜人ちゃんは語りたい 第11話感想 社会を優しくしていくあなたの努力。

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「頑張る」にやりすぎなんてないよ。

 ひとつの季節が始まるということは別の季節が終わるということ。ひとつの季節が終わるということは別の季節が始まるとこと。どれほど素晴らしい日々もいつか終わります。変わります。時間はとめどなく流れていくものです。
 こういう気取った書き出しをまず置いて、この記事をチマチマ書きはじめてからかれこれ1週間も経過しました。今や当初はどういう結びにするつもりだったのかさっぱり思い出せません。ほんと、時間はとめどなく流れていくものですね。ゴメンナサイ。

ひとつの方法論

 「頑張りすぎなのです。高橋先生が自重すれば自ずと亜人の生徒たちの相談相手も分散するでしょう」
 教頭というのは教員のマネジメントを司る役職です。しばしば単に校長に次ぐ学校運営責任者とだけ捉えられがちですが、学校組織全体の運営を司る校長とは本来職掌範囲が大きく異なります。
 教頭には校内の全教員が滞りなく教育活動に従事できるよう、校内環境を整える責任があります。もし特定の教員にだけ負担がかかりすぎているようであれば、教頭はそれを是正しなければいけません。
 教頭先生の指導は、彼が職務に誠実である限り当然に出てくるべきものだということですね。

 これには当該教員個人の肉体的・精神的健康を保つという目的がもちろん第一にありますが、それだけが目的というわけでもありません。
 公立学校教員は概ね6年程度、長くても10年経つと別の学校に異動することになります。日本の公務員は基本的にスペシャリスト(専門家)ではなくゼネラリスト(総合職)を志向するので、教員も例外ではなく、様々な学校現場を経験する必要があるわけですね。
 特定の教員を、3人もの亜人の生徒(+教員1人)の相談事を同時に処理するような特異環境にばかり順応させるわけにはいきません。特殊なノウハウばかりを習得させて、通常修得するべき広汎なノウハウを疎かにさせてしまうことは不幸なことです。それは鉄男の教員としての未来を潰すことにもなりかねません。
 「当事者がオッケーならそれでいいじゃねえか」 鉄男は前回そんなことを言っていましたが、彼が優れた教員であればこそ、当事者の気持ちの問題だけで処理していい問題ではないのです。

 また、別の視点からしても「亜人の生徒」という特異な問題に対しては、もっと多くの教員が関わるべきだといえます。そうして亜人の生徒への教育技術が広く教員全体に共有されていけば、やがて教員たちにとって「亜人の生徒」は特異な存在ではなくなるからです。
 これはステキなことですよ。つまり学校環境における亜人のノーマライゼーションが達成されるんです。
 日本国憲法第26条「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」 これが真の意味で達成されます。雪女が体育の授業で倒れることはなくなるし、デュラハンが特異な外見のせいで疎外感を感じることも、ヴァンパイアが涼を求めて生物準備室に通う必要もなくなるでしょう。
 それはきっと、本当にステキなことです。

 「専門の高橋先生を頼るよりは時間はかかるかもしれませんが、様々な人との交流によって悩みを解決していく。その方が自然ではありませんか」
 教頭先生の思い描く理想は、鉄男が行っている活動をさらに拡大するものです。鉄男が打ちひしがれるのも仕方のないことですね。目指すところは共通していて、しかも相手の方が視野が広いんですから。正論ってヤツです。

今ここにあるバリア

 「そういやアタシもないな、相談されたこと」
 教頭先生の指導は正論ですが、ひとつ穴があります。ひかりたちの現実を見ていません。
 ひかりが鉄男と初めて出会ったとき、彼女はヴァンパイアだと名乗ることに少し抵抗感を見せていました。鉄男は亜人が嫌いなのかもしれないと疑ったとき、声を固くしていました。
 町はひかりと鉄男と出会うまで、亜人のことを気軽に話せる友達がいませんでした。デュラハンならではの生活上の困難を学校に相談することもできずにいました。
 日下部さんは陰口の問題で追い詰められたとき、鉄男以外に頼る相手を見つけられませんでした。雪女の性質に対する恐怖を誰にも打ち明けられずにいました。

 「私たちはまだあいつらのことを全然知らないんだろうなって」
 教頭先生の言うとおり、もし鉄男がいなかったとしても、ひかりたちはいつか適切な相談相手を見つけていたかもしれません。
 けれど鉄男ほど受け入れる姿勢が整っている人は稀です。きっと時間がかかるでしょう。わかってもらえるまでたくさん説明しなければいけないかもしれません。悩みを相談できる関係を構築できるまで、じっと耐え忍ぶことになるかもしれません。
 その負担を、ひかりたち亜人ちゃんに全部押しつけろと?

 現在、日本の全人口の6%程度が何かしらの障害を負っているといわれています。この数値は調査する学者や障害の定義によってまちまちで、3%とする人もいれば10%と主張する人までいます。
 いずれにせよ、そのくらい障害というのは世にありふれているということです。1クラス40人いれば2人3人くらいは障害者がいる計算です。(実際にはその多くが特殊教育を受けていますが)
 それだけ障害者がそこら中にいる世の中で、さて、あなたは障害についてどの程度知っていますか?

 「妄信的に同じ人間だって思ってる相手に、亜人特有の悩みとか相談できる? それって恐くない? 勇気要らない?」
 この物語における亜人ちゃんたちと同じくらいには、私たちも障害者というマイノリティを社会に受け入れています。けれど個人レベルでの基礎知識は未だにそんなものです。鉄男のような例外を除いて、大多数の私たちはまだまだ彼女らの相談相手たりえません。
 もちろん、彼女たちと接するに当たって一から知識を習得した人もいるでしょう。根気強く周囲の人に働きかけて望ましい生活環境を構築した人もいるでしょう。
 この世界にはひかりたち3人の他にも大勢の亜人ちゃんが暮らしています。鉄男と出会わなかった彼らが問題なく生活できているのですから、確かに鉄男は必ずしも必要ではないかもしれません。けれど、そうして生活するための負担の大部分は亜人ちゃん本人にかかってきます。例えば佐藤先生の日常が多くの制約に縛られているように。

 「専門の高橋先生を頼るよりは時間はかかるかもしれませんが、様々な人との交流によって悩みを解決していく。その方が自然ではありませんか」
 さて、それでもこの正論が良いことだと言えるでしょうか。目の前に鉄男がいても頼るな、他の亜人ちゃんたちと同じ理不尽な負担を負えと。その方が自然だからと。

あなたがいてくれて良かった

 ひかりたちにとって鉄男との出会いは稀な幸運です。誰もに訪れる幸運ではありませんが、しかしひかりたちに関してはすでにそれを享受しているわけで、彼女たちの日常に鉄男がいるのはむしろ当然のことです。
 人の個性は持って生まれた先天的な性質と合わせ、後天的な人生経験にも多大な影響を受けます。鉄男がいなければ今のひかりたちはありませんでした。いくつかの悩みが解決し、3人が仲よしになり、そして恋もしました。たくさんの「良かった」が鉄男のおかげ。それが彼女たちの身に起きた事実です。

 「私は高橋先生に相談に乗っていただいてとても感謝しています」
 「これからも私たちのことを、いいえ、いろんな生徒のことを見ていてくれたら嬉しいです」
 「高橋先生のことは一教師として、一サキュバスとして、とても頼りにしています」
 「先生、いつも頑張ってくれて本当にありがとう!」

 それが事実です。
 起こらなかったIFなんて関係ない。鉄男の頑張りに助けられた子たちがいます。鉄男の頑張りに感謝している子たちがいます。それが事実。

 「先生がくれる頑張りに負けないくらい、私も頑張って、先生やいろんな人に返していきたいと思いまーーーす!!」
 それから、ついでにもうひとつの事実。

 「どうしたんですか?」
 「サッキ・・・佐藤先生にちょっと用事がありまして」
 「佐藤先生なら校庭で作業していると思いますが」
 「校庭ですね! ありがとうございました。しつれいしまーっす」

 教頭先生が危惧していた「鉄男しか頼れなくなること」なんて、現実には起こっていません。
 ひかりをはじめ、亜人ちゃんたちはみんな明朗快活で、ちゃんと人に頼ることを知っています。彼女たちは頑張っています。

 「けっこう重」
 「慣れれば大したことないよ」
 「こんなに冷たいんだ」
 「驚いた?」
 「俺の腕は?」
 「4点!」

 教頭先生があるべき姿とした「様々な人との交流」も、今まさに実現しようとしています。
 亜人以外の生徒も鉄男の頑張りをちゃんと見ていて、鉄男に感化された行動をはじめました。彼らも頑張っています。

 さて、教頭というのは教員のマネジメントを司る役職でしたね。校内の全教員が滞りなく教育活動に従事できるよう、校内環境を整える責任を負うことがその職務。
 冒頭の教頭先生の指導は適切でした。一般論としてなら。しかし目の前にある事実として、鉄男の頑張りは良い結果を実らせています。
 鉄男の活動に危惧すべき問題がないなら、教頭としてそれを止める理由はありません。むしろ教育現場に良い傾向をもたらしているなら奨励すべきです。そしておそらくは、一教員としても鉄男の頑張りは好ましく映るものでしょう。
 「その頑張りを無碍にはできませんな」

 ひとくくりに「亜人」といってもその性質は千差万別です。「ヴァンパイア」と細分してすらなお、例えばひかりの性質なんて例外だらけです。
 だからこそノーマライゼーションは難しい。起こりうる問題とその解決手法がどれもこれも一般化できないんです。ひとりひとりみんな違うから。
 それでもなお可能な限りの一般化を目指す教頭先生の姿勢はステキです。鉄男の現場主義な個別対応ももちろん。マイノリティの抱える問題がみんなひとりひとり違うのなら、それに対応する側の思想だっていくつもあってもいいはずです。
 そうやってみんな手探りで色々試して、おかげで私たちの住む社会はちょっとずつ優しくなってきました。ノーマライゼーションなんて発想自体、ほんの100年前には影も形もなかったくらい。
 これから私たちもちょっとずつ社会を優しくする役目を担うのでしょう。頑張って。

 そう考えると、「頑張ること」の価値くらいは一般化してみてもいいかもしれませんね。

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    コメント

    1. cat175 より:

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      以前も書いた者ですが、
      教頭の役職としても自然だということは、
      考えになく、納得がいきました。

      今回のテーマですが、
      特別支援学校(当時は養護学校)出身で
      一般の同年代とのやり取りに不慣れなまま
      大学生活に突入したので、よく考えました。
      なので、社会の中でもまれないと
      経験値的に不利って考えが抜けません。

      私の場合大学の先輩方に付き合いのある
      NPOのボランティア経由で知り合いがいたので、
      なんとかやれた気がします。

      本作も結局解決していくのはデミちゃん本人たちで
      鉄男は最高の浮き島です。

      社会の中で悩むどこかのだれかの良き浮き島たらんことを

    2. 疲ぃ より:

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      >教頭
       現実にはもうちょっと私人っぽさが出る人が多いでしょうけどね。理想的なくらい職分に準じたらあんな感じになるんじゃないかなと思います。

       cat175様の人生に責任を持たない私が勝手なことを言うなら、あなたは自分の人生を良く健闘してきたんだと思います。だって言葉の端々に自信が読み取れますもん。人生迷うことばっかりですが、それでも何かうまくできた気になれたなら、その経験は財産です。
       今話の鉄男のように、後ろを振り返ればそりゃ不安になることもあります。けれど別の方を向いてみたら今の自分で良かったと思えることも何かしら見つかるもんですよね。

       なるほど、浮き島。海原を冒険するための休憩場所ですね。ひかりたちが安心して自分の人生を頑張るために鉄男を求めたように、私もこの物語で羽根休めしたからにはひと頑張りしないとなー。

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