キラキラプリキュアアラモード第23話感想 泥の沼から這い上がらせてくれる虹の翼。その願いとともにどこまでも飛んでいけ!

私は私を否定しない。夢と希望を捨てないし、自分の可能性を諦めない!

キラキラ☆プリキュアアラモード! Blu-ray Vol.1

(主観的)あらすじ

 前回浄化されたピカリオでしたが、どうにも素直じゃありません。闇のキラキラルの影響は根深く、スイーツをつくっても灰色に染まってしまうのでした。シエルはそうなるまで気づいてあげられなかった自分に深く絶望し、プリキュアになる夢を諦めて、ノワールの闇の誘惑を受け入れてしまいます。
 シエルを救うため、心の闇をさまよういちかとピカリオ。その奥深くにキッチンを見つけ、いちかの勧めでピカリオはシエルのためにワッフルを焼きます。やはり灰色に染まってしまうワッフルを見せて、ピカリオはシエルにスイーツをつくれなくはなりたくないだろうと説こうとします。ところが、シエルにはそのワッフルが輝いて見えました。キラキラルが失われたかのように見えたピカリオのスイーツには、実は大好きな姉への気持ちがいっぱい込められていたのです。
 シエルは希望を取り戻し、プリキュアになる夢を叶えるべくパフェをつくりはじめます。みんなからたくさんのキラキラルを受け取り、いちかからペガサスのイマージュを受け取り、ピカリオから大切な願いと想い出のワッフルを受け取って。シエルはついにキュアパルフェへと変身を果たします。
 その過程でピカリオの肉体は傷つき、キラキラルとなって消えてしまいます。彼のキラキラルはいちご山へと還っていきます。

 ジュリオ登場から始まる、スイーツを食べるということにフォーカスを当ててきた一連のエピソードは、キュアパルフェの飛翔をもってピリオドを打ちました。
 スイーツはどうしておいしいの? それはあなたがつくった人の「大好き」を受け取っているからだよ。
 スイーツを食べてもらえなかったらどうしたらいいの? それでも「大好き」の思いを込めてスイーツをつくり続ければ、いつか必ずその思いが伝わるはずだよ。
 要は気持ちだよ! 諦めないことだよ! 「大好き」に一途であることだよ! 難しい問題提起でしたが、フタを開けてみればいつもの単純明快なプリキュア哲学でしたね。パワフル&ハートフル。プリキュアはやっぱり強い。
 大好きな人への思いが届かず傷ついた少年の嘆きは、紆余曲折を経て、大好きな人を夢に向かって飛翔させる翼へと転生しました。残された肉体は役割を終え、新たな役割を孕むまで一旦眠りにつきます。

ジュリオの悪意

 「まずはごめんなさいは?」
 のっけからプリキュアにしては珍しいセリフが飛び出しました。さすがゆかりさん! この人つくづく型破りさんです。

 プリキュアは基本的に謝罪を求めません。過去を嘆く暇があったらこれから善いことをしなさい、と諭すのがプリキュアスタイル。全身全霊前のめりな未来指向型。
 プリキュアの制作陣や子どもを取りまく私たち・・・大人というものは、子どもが成長の歩みを止めることを良しとしないものですからね。子どもにお説教は必要ですが、謝罪は子どもじゃなくて親の仕事です。

 ですが今回、そもそもピカリオの心の闇はまだ晴れていなかったんですね。
 「誰が謝るピカ!」
 イース、セイレーン、トワイライト・・・いつもなら浄化が成立した時点でとりあえずしおらしくなったものですが、今回はちょっぴりパターンを変えてきました。ええ、本当にちょっぴりだけですが。

 今回のパターン外しには2つの意味がありました。

 ひとつはキラキラルや敵勢力についての解説。
 「君はノワールって人に従っているんだよね。キラキラルを集めてどうするの?」「闇に変えてやるピカ」
 「キラキラルはスイーツに込められた気持ちが結晶化したもの。でも気持ちはキラキラしたものだけじゃないピカ。怒りや憎しみの気持ち、ノワール様はそれを俺から抜き出して力をくれたピカ」
 「俺たちは闇に変えたキラキラルで世界を染めてやるピカ!」
 「君はガミーたちと同じように気持ちを利用されただけじゃないのかい?」「だったとしても、それも俺の本心だ!」

 今になってこのあたりの根本設定を開示したということは、次回以降の新展開にこれらが深く関わることになるということでしょうか。

 いちかたちは初め「大好き」を形にする難しさ(スイーツをつくる苦労)と戦い、次に「大好き」が伝わらない悲しみ(スイーツを食べてもらう困難)と戦いました。これらを乗り越えた彼女たちはすでに「大好き」な気持ちの表現者として完成しています。
 となると、次の試練は「怒りや憎しみの気持ち」、つまり「大好き」と相反する悪意との直接対決になるのかもしれませんね。・・・え、じゃあ4クール目は何やるの?

 もし仮にそういう展開に進むなら、今のうちにこれらの設定を開示しておく必要があるでしょう。そのために心に闇を残したピカリオという語り部が欠かせませんでした。
 なにせいちかたちときたら「状況がわかっておるジャバか?」「うん、でもちょっとスケールが大きすぎて」「そんなことするのはやめて、また一緒にスイーツつくるペコ!」 プリキュアとしての使命を持たないがゆえに、放っとくといつまで経っても相手の事情を理解しませんからね。
 魔法つかいプリキュア!はいつか訪れる「悲しいお別れ」という自分たちの日常そのものこそが最大の敵で、だから外敵の事情には興味を持たず「はーちゃんを返して!」で殴り飛ばすことが正解でした。キラキラプリキュアアラモードも今まではそうでした。
 ですが、いちかたちは「スイーツなんて大っ嫌いなんだよ!」と叫ぶジュリオに触れ、彼がそうなるに至った事情に触れ、自分たちと違う思いを持つ敵の存在を無視できなくなりました。
 「ここをみんなが集まる場所にしたいの!」「スイーツでみんなを笑顔にしてあげたい!」 そんな願いを持つ以上、その「みんな」の輪に敵を含めないわけにはいかないと気づきました。

 だから今のうちにピカリオが“敵として”悪意の存在を語る必要があったわけです。
 これからのいちかたちが、スイーツを憎む何者かとも一緒に「大好き」を共有できるようになるために。これからのいちかたちが、全ての悪意の裏に何かしらの事情があることに気づけるようになるために。

シエルの絶望

 「私がプリキュアになれない理由がよくわかるよ。だって、私はいちかみたいにピカリオのこと何にもわかってなかったんだから!」
 ピカリオのパターン外しのもうひとつの意味。それはシエルの絶望をより深く描くためでした。
 華々しい成功の影で気付けなかった自分の不出来、過去の負債が形となって、今シエルの前に立っています。いくらパティシエとしての名声を高めたところでプリキュアになれたわけでもなく、そんなちっぽけな自己満足のために大好きな弟を犠牲にしてしまいました。
 「キラリン、俺が経験した悲しい気持ちがわかったピカ?」
 よくわかりましたとも。

 今さらシエルに何ができるでしょうか。
 「見ろ! このザマだ。ノワール様に力を授かったとき、俺は闇の存在になったピカ。俺の手は汚れてるんだ。今さら戻ることなんてできないピカ!」
 本当、何ができるというのでしょう。取り返しのつかないことをしてしまった人に、今さら。
 元に戻れないということは、ありとあらゆる前向きな行動が無意味になるということです。これから永遠に未来を指向できなくなるということです。

 プリキュアは基本的に謝罪を求めません。過去に立ち止まって謝罪するよりも、未来をより良くする前向きさの方がずっと大切だからです。
 ですが、もし自分が誰かの未来を奪ってしまったら?
 「ごめんね。ごめんね。・・・ごめんなさい!!」
 たとえその謝罪に何の意味もなかったとしても、シエルにはもはや謝ることしかできません。
 だって、ピカリオにはもう未来がないんですから。彼のためにしてあげられることなんて、もうこの世のどこにもありはしないんですから。
 「私は自分が憎い。私は自分が大嫌い」
 取り返しのつかないことをしてしまった人の行き着く先は、何の意味もないとわかっていてもしないではいられない、空虚な自己否定です。

 この絶望を埋めるために何ができるでしょうか。
 「私はパティシエの夢を捨てる」 夢を捨てた程度では足りません。
 「プリキュアも目指さない」 希望を捨てた程度でも足りません。
 「ピカリオと一緒にいるよ」 共依存でもまだまだ全然足りません。
 自己否定は自分が空虚だと思うからこそ自己否定です。何を捨てたって、何で埋めようとしたって、その空虚が充足されることは絶対にありません。
 「どうして? 私どうしたらいいの?」
 わかっていることでしょう? 絶望とは未来の望みを絶たれること。どんな行動からも意味が失われてしまうこと。歩みを止めてしまうこと。だから充足される日なんて永遠にやって来ない。自分を否定しつづける限り。絶望が取り除かれない限り。

 シエルにいちかのような才能はありません。他人の気持ちがわかりません。思いを受け取れません。思いを伝えられません。
 シエルは無価値な存在でした。これまでのあらゆる人生には何の意味もありませんでした。
 ・・・そう、彼女は思い込んでしまいました。

乾坤一擲

 シエルの泥のような絶望。絶望は自己否定を生み、自己否定は無限の絶望を生みます。泥の沼から這い上がるのは容易なことではありません。助けが必要です。
 そんなわけでピカリオの出番です。うん、まあ今回の感想文ずっと出ずっぱりなんですが。そろそろ明るい感じで活躍してください。

 「ハハハハハハ! これが笑わずにいられるピカ!」
 「大っ嫌いピカ! あんなものプリキュアが見せたまやかしピカ!」
 「見ろ! このザマだ」

 悪態をつくときにいちいち苦々しい顔すんな。
 ピカリオがジュリオとなったのは大好きな姉に思いが届かなかったせいで、彼が前回浄化されたのは憎しみの奥に秘めた姉への思いをいちかに受け止めてもらえたからでした。この子とってもお姉ちゃんっ子です。ものっすごい根性ひん曲がっちゃってますけどね。

 「私はずっとここにいる。それがピカリオのためだもの」
 そんなことをいわれても困ります。だってピカリオは確かにお姉ちゃん大好きっ子ではありますが、彼の絶望するほどに焦がれた願いは姉とずっと一緒にいることなんかじゃありませんでしたし。
 「わあ。キラリンはやっぱりすごいピカ!」
 彼は姉が自分の先を行くことを恨んではいませんでした。むしろ憧れてさえいました。
 彼が絶望したのはもっと別のこと。ワッフルで今の思いを姉に伝えられない、食べても喜んでもらえない、自分の不甲斐なさです。想い出に残るあのワッフルでならこのうえなく伝えられたのに、今の本当に苦しい気持ちは同じワッフルを通してでも姉にちっとも伝わらない。
 だから彼はプリキュアをも越える闇の力を欲してしまいました。技術があれば姉のように何もかもうまくいくと信じて。(この妙な技術信仰、いちかそっくりです)
 「俺のために自分を捨てるというのか!? 俺はお前を越えたいがために闇にまで手を染めたのに。今のお前を越えたって意味がない!」
 本当にそれでは意味がないんですよ。彼の本質的な欲求は姉に勝つことではないんですから。姉に思いを伝えられるくらいスイーツづくりが上手くなりたいだけなんですから。

 ピカリオはシエルの絶望なんて望んでいません。歩みを止めてほしくなんてありません。だって大好きなんですから。けれど彼ひとりではどうすることもできません。彼もまた絶望しているからです。
 だから彼に代わっていちかが彼を信じます。今の彼の本心を唯一受け止めてくれたいちかが。
 「違うよ。思いがあるなら、やってみないとわからないよ。今お姉さんに気持ちが伝えられるのはジュリオだけだよ」
 自分を信じるな、俺を信じろ! お前を信じる俺を信じろ!
 「無理だ! もう一度見てみろ。俺のスイーツじゃ気持ちなど通じない!」
 自己否定病患者のピカリオはいちかの信頼を否定すべく行動をはじめます。
 絶望した人に行動させるための、たったひとつの冴えたやり方。

 とはいえできあがるのはやっぱり灰色のワッフルです。ピカリオの自己否定の象徴。
 「本当にスイーツをつくれなくなるんだぞ。・・・泣くな」
 情けないことこのうえないピカリオの説得は完全に論点を外しています。シエルはピカリオへの贖罪のつもりで自らスイーツづくりを捨てようとしているんですから、これはむしろ願ったり叶ったり。絶望を払ってやれる言葉ではありません。
 けれど、この一皿には彼の素直な思いが込められていますね。

エクウス・アレース

 ピカリオは心から願いました。シエルにスイーツづくりをやめてほしくないと。泣かないでほしいと。
 大切な泡立て器を壊して泣く姉を見た、あの想い出の日のように。
 「大好き」の思いこそがキラキラルとなります。

 「そうか、そんな簡単なことだったのか・・・」
 そんな簡単なことでずいぶんと回り道をしてしまいました。前回も書いたとおり、ピカリオのワッフルがシエルの心に響かなかったのは、単にあれが習作でシエルへの「大好き」な思いが込められていなかったからです。シエルがいちかのような(一点特化の)キラキラルを生み出せなかったのは、彼女の興味が食べる人ではなく材料にだけ向いていたからです。
 けれど、それは単に彼らが気づいていなかっただけ。「大好き」な思いを込めればピカリオのワッフルは最高においしくなるし、シエルもいちかのように「大好き」な思いをきちんと受け止められます。「大好き」に対する感受性は初めからふたりにも備わっていたんです。本当は絶望することなんてひとつもありませんでした。

 ピカリオの焼いたワッフルが翼になります。
 絶望という泥にはまった優駿に虹翼を与え、夢と希望の空へと飛び立たせます。

 ピカリオのおかげでシエルは「大好き」の受けとめ方を覚えました。
 「私たちのキラキラルも使ってください!」 今ならプリキュアが何の力によって戦ってきたのかわかります。
 「シエルさん、ペガサスみたい!」 ずっと不思議だったいちかの「才能」の正体が今ならわかります。
 「俺に構うな。スイーツを完成させるんだ」 大好きな弟が身を挺して背中を押してくれます。
 誰もが彼女に夢と希望を追いかけてほしいと願っています。未来に向かって歩みを止めずにいてほしいと応援してくれています。たくさんの「大好き」に助けられて、ついに虹翼の優駿・キュアパルフェが大空に舞い上がります。
 「スイーツでみんなを笑顔にしたい!」 自分と弟とみんなの願いのために。
 プリキュアは基本的に謝罪を求めません。謝罪のために歩みを止めるよりも、前向きに未来を良くしていこうという夢と希望の方がずっと大切だからです。どんな悲しみが訪れたとしてもプリキュアは決して歩みを止めません。だから絶望なんてしていられません。「大好き」を謳うのだから自己否定だってしていられません。
 飛べ、キュアパルフェ!

 ピカリオはキラキラルになって消えました。
 けれど彼の思いはキュアパルフェの翼となり、彼の体はキュアパルフェの歩みを止めさせないための盾となりました。大好きな姉のことを思い続けた彼は全ての望みを叶えきり、一旦舞台を降ります。
 彼の道行きに祝福を。なあに、どうせ箱物おもちゃの季節にでもまた会えるさ。(ダイナシ)

 彼の紡いだたくさんの「大好き」はこれからもキュアパルフェの翼とともにあります。

キュアパルフェ(ダイナシ)

 以下、余韻ダイナシ。

 初めてイラストを見たときはワキがフェチぃ子だと思っていましたが、変身バンクを見るとむしろ素足押しなんですね。超フェチぃ。いいから早くブーツ履かせてあげて。蹄鉄を表す重要なアニマル要素なんだから! でもブーツも素足もどっちもかわいい!
 かと思えば必殺技バンクではお尻押しですし、要所要所の止め絵ではやっぱりワキアピールも欠かしていませんし、川村作画監督ちょっとリビドー滾りすぎじゃないですか! もう!
 多少マジメな話をするなら、ちょこちょこ翼をアピールしてくれるのがステキですね。キュアパルフェが空を舞うたびピカリオのことを思い出すことができるでしょう。この翼は彼がくれたもの。次回以降もいっぱい飛び回ってほしいところですね。・・・飛べるのがひとりだけだとバトル演出が難しいのであんまり飛んでくれないかもしれませんが。

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