キラキラプリキュアアラモード第27話感想 夢のまた夢。もっともっと遠くに、あなたらしい歌を届けよう!

ハードでおいしくて、あおちゃんらしいよ。

キラキラ☆プリキュアアラモード! Blu-ray Vol.1

(主観的)あらすじ

 憧れの岬さんと同じロックフェスに出演できることになったあおいは舞い上がっていました。「夢が叶っちゃったよ!」
 ところがいざ舞台に立ってみると何か違いました。憧れの人と同じ、夢の舞台に立てたはずなのに。勝てるはずのない憧れに人にお客さんを取られたくらいで無性に胸が締めつけられます。
 エリシオがそれは「嫉妬」だと教えてくれます。苦しいならあの舞台を壊してしまえばいいと教えてくれます。けれどいちかは別のことを教えてくれます。あの舞台に立つ姿こそあおいらしさだと。
 「大好き」も「嫉妬」も自分らしさ。あおいは自分らしさを受けとめ、新たな夢に挑戦することを岬さんに伝えます。「次は負けませんから!」

 第3話のリフレイン。私はそもそも勝負事というのがトコトン苦手でして、あおいが感じたような悔しい気持ちには正直あまり共感できません。その意味でこの「悔しさ」を「大好き」と「嫉妬」に丁寧に分解してくれる今回の脚本はありがたかったですね。何があっても「大好き」に収束するのがキラキラプリキュアアラモード。
 ところでシエル強化月間が思いの外早く終わってしまったわけですが、「羽ばたくためのプラクティス」の看板はどこに寄せといたらいいですか?(すこぶるどうでもいい)

夢は叶うもの

 のっけからGo!プリンセスプリキュアにケンカを売るようですが、実際、夢は叶うこともあるものです。春野はるかのソレのように実現不可能な夢でない限りは。

 「いやー、もう、岬さんと同じ舞台に立てるなんて! 夢が叶っちゃったよ!」
 そう。確かにあおいのロックは岬さんへの憧れから始まりました。
 「今叫べ、高らかに! ただ走れ、全力で!」
 天高くどこまでも届きそうな岬さんのソウルが、自由を渇望していた幼い頃のあおいの心を突き動かして、そこから全てが始まりました。WILD AZUREは岬さんのGANACHEのコピーバンドでもあります。
 岬さんと同じステージ(=段階)に上り詰めた時点であおいはすでに本懐を遂げています。

 自由な歌を歌える場(バンド)を手に入れました。そのパワーのおかげで水嶌を説得でき、焦がれていた自由も勝ち取りました。さらには憧れの岬さんのところにまで手を届かせられました。
 これ以上何を望めというのでしょう? 今こそあおいの最高潮。目に見えるもの全部がこの手の中に。
 ・・・それでも、憧れの岬さんはあおいを見て失望した様子です。

 Go!プリンセスプリキュアにおいて、プリキュアシリーズは「夢」について独特の哲学を確立しました。
 夢は自分を高めるための推進剤。だから「花のプリンセスになりたい」なんて荒唐無稽な夢に憧れてもいい。永遠に叶わない夢は無限に自分を高めてくれる。夢を諦めず、絶望にへこたれず、努力をやめない限り。
 魔法つかいプリキュア!の十六夜リコの物語において、その「夢」についての哲学は補足されました。
 夢は未来の自分を高めるための努力をさせてくれる。けれどそのパワーは必ずしも未来にだけ働きかけるストイックなものではなくて、努力することを通じてちゃんと現在の自分まで幸せにしてくれる。現在と未来は連続している。

 その流れを汲んで今語られているのはキラキラプリキュアアラモード、あおいの物語。
 それほどに素晴らしい「夢」というものが、さて、叶ってしまいました。
 もはやあおいがこれ以上努力する理由はありません。自分を高める必要はありません。ここがゴールです。あおいは望んだもの全てを手に入れました。

 「ド新人が憧れの人と同じイベントに出られたんですよ。この夏最高の想い出じゃないですか」
 「相手はあの岬さんだもん。実力も人気も叶うわけないんだよ」
 「音楽は勝ち負けじゃない」
 「俺たちは俺たちの音楽を続けていこう」

 ここがゴールです。ここがゴールです。ここがゴールです。

 「私も一緒につくろうかな」
 「え、でもライブは?」
 「いいのいいの。明日もあるし」

 確かに届かないものはあるけれど、そもそもあなたはそんなものを望んだことなんてありません。望んでいないなら、そんなもの、別にどうだっていいでしょう?
 ここがあなたにとっての最高のゴールです。

 ・・・それって、絶望するのと何が違うんでしょうか?
 どうしてあなたはそんなに悔しそうな顔をしているんでしょうか?

夢の終わりは絶望の海

 今回の脚本を担当した香村さんは、Go!プリンセスプリキュアにおいて、はるかが夢を否定されて絶望する第38話を書いた方でもあります。というか特定の担当プリキュアを持たずに「絶望」を描くエピソードばかり担当していた印象ですね。
 何故に夏休みで視聴率が落ちるこの時期にこんな重たい話を持ってきたんですか。

 「お前たちの大事な夢は、お前を絶望させる悪夢でもあるんだよ!」
 「はるか、君はプリンセスになんてなるな! ・・・なるんじゃない」

 夢が叶うということはすなわち絶望することと同義。それはGo!プリンセスプリキュアでも語られていたことです。

 あおいは夢を叶えてしまいました。これ以上先はありません。だから残されたものは絶望ばかり。
 「噛みきれないペコー!」
 「確かに。でも歯ごたえがあって私は好きかな。ハードでおいしくて、あおちゃんらしいよ」
 「私、らしい・・・?」

 完成してしまったばかりに、かえって自分の未完成ぶりが目につきます。けれどそれは自分の求めていたものじゃないから当たり前。そこまでやりとげたいと思ったこと自体ありません。そんなのどうだっていい、はず。
 ようやくたどり着いたゴールからは、自分には届かないもの、自分とは関係ないものがよく見えます。
 「私らしいってどういうことだよ。そんなの、ただの失敗だろ!」
 「絶望」。

 ここは夢を全部叶えきったゴールのはずなのに、どうしてこんなにも胸をかき乱されるのか。
 エリシオがその答えを教えてくれます。
 「それを『嫉妬』というのです」
 「嫉妬」。自分より優れている人、恵まれている人をうらやみ妬むこと。
 自分より優れている人や恵まれている人がいるなら、自分も努力してそうなればいいじゃないですか。
 ・・・いいえ、あおいにはそんなことできません。だって彼女はもう夢を叶えてしまったんですから。だって彼女は今のかたちで完成なんですから。自分にはそうなれっこないと自覚するからこそ、ひとは他人をうらやみ妬みます。
 「嫉妬」とはつまり、自分への「絶望」です。

 夢を叶えた私にあの舞台はもう要らない。むしろ嫉妬で苦しくなるばかりだ。
 あんなもの、ブッ壊してしまえ。
 そうすればきっと楽になれるから。

あなたの知らないあなたらしさ

 暗い話題が続いたのでそろそろ気分転換しましょう。

 私とあなたが見る世界はそれぞれ違います。
 私は勝負事を見るとゲンナリしますが、あなたの場合は逆にワクワクするかもしれません。私にはプリキュアの物語がこんな感じに見えていますが、あなたの場合はたぶんもっと全然違うものとして見えているでしょう。考え方の違う文章を読んでいただいてありがとうございます。
 私は私の主観を通してしかものを見ることができません。あなたと同じものの見方は絶対にできません。あなたが私に対してそうであるのと同じに。

 いちかはあおいの絶望を解しません。落ち込んでいることまでは察していても、その原因までは理解できません。
 第3話のときと同じですね。あのときもいちかはあおいの苦悩なんて全く理解せずに、単なるファン活動としてらいおんアイスを製作していました。
 「確かに。でも歯ごたえがあって私は好きかな。ハードでおいしくて、あおちゃんらしいよ」
 完成したはずの自分の不完全さにあおいが絶望している隣で、いちかは脳天気に「それがあおいらしさだ」と、あたかもそれがステキなことのように言ってくれます。

 意味がわからない。失敗は失敗だろ。不完全は不完全だろ。事実お客さんが来てくれなかったんだから私はダメなヤツに決まってるだろ。
 ・・・いいえ。いちかはあおいとWILD AZUREのファンです。あおいのことが大好きです。舞台に立つあおいはカッコいい。お客さんがどうとかいちかには関係ありません。あおいの歌はハードでカッコよくて、ただただ大好きです。このグミだって全然失敗なんかじゃない。あおいらしくてとってもおいしい。
 あおいの思うあおいらしさと、いちかの見るあおいらしさは、それぞれ全然違います。

 「さあ、壊しなさい。あなたの苦しみを!」
 あおいが自らの手で舞台を壊してしまおうとするのは、あおいにとっては自分のため、嫉妬の苦しみから解放されるための行為でしかありません。
 「ステージ壊したって意味ないよ。だって私たち知ってるもん。その場所が一番『大好き』な場所だって!」
 ですがいちかからすると、あおいのしようとしていることはただただ残念なことでしかありません。だってあの舞台に立つあおいこそが、いちかは一番大好きなんですから。あの舞台に立つあおいこそが一番あおいらしいと信じているんですから。

 第3話、歌詞に悩みに悩んでいたあおいの胸のモヤモヤは、いちかのつくってくれたらいおんアイスによって氷解しました。
 らいおんアイスは単なるいちかのファン活動で、あおいが何に悩んでいるかなんて関係なく、ただ自分から見たあおいが「青空に吠えるライオンみたい」だということを表現しただけのものでした。ですが、あおいにとっては不思議とそれが救いになりました。自分の初期衝動を見つめ直すきっかけになりました。

 「自分らしさ」。自分なんてものはどう考えたってひとりしかおらず、従って「自分らしさ」もひとつしかないと思い込みがちです。
 ですが、私とあなたが見る世界はそれぞれ違います。私が見るあなたの姿と、あなたが見るあなたの姿は、それぞれ違います。

 あおいは夢を叶えた? ここがゴール? 完成したがゆえの未完成? 「絶望」? 「嫉妬」?
 知ったこっちゃありませんね。
 あおいは大好きな歌を歌っているときがとにかく一番カッコいいんです。だからそのための舞台を壊しちゃ、ダメです。

夢の終わりのそのまた向こう

 Go!プリンセスプリキュアの海藤みなみは昔からの夢と家族に対する後ろめたさによって、新しい夢を前に苦悩しました。
 けれどみなみは家族の後押しもあり、結局新しい夢に向かって邁進することができました。
 魔法つかいプリキュア!の十六夜リコは夢を追うあまりに現在の自分を自ら追い詰め、ひどく息苦しい日々を過ごしていました。
 けれどリコは見方を変えて未来の夢と現在の幸せを連続させ、幸せなままに夢へと向かう努力のかたちを編み上げました。

 あおいは夢を叶えました。
 だからどうした。
 もう一度新しい夢を掲げたらいいじゃないですか。みなみのように。
 あおいは夢を叶えたためにかえって嫉妬で苦しむことになりました。
 だからどうした。
 不幸せな自分を挽回する努力をしたらいいじゃないですか。リコのように。
 「夢」は自分を高めるための推進剤なんでしょう?

 「夢」を叶えた先が「絶望」だなんて勝手に決めるな。「夢」の終わりに新しい「夢」があったっていいだろう。
 さあ、あなたの夢は? 今のあなたの「大好き」はどこにある?
 わからなかったらいちかに聞いてみましょう。彼女はファンとして、いつでもあなたを別の視点から見てくれていますから。
 「私らしい・・・。私、私は・・・私は、もっと歌を届けたい!」
 「サンキュー。おかげで気づけた。私、やっぱり音楽が『大好き』だ!」

 あおいは自由を求めてロックの世界に飛び込みました。
 けれどその願いは実のところ、第14話の水嶌とのエピソードでとっくに叶えられています。
 それでもあおいはずっと歌い続けていたんです。どうしてか。だって、歌が「大好き」だから。いつのまにかきっかけを飛び越えてもっと「大好き」になっちゃったんだから!
 「夢」の終わりには新しい「夢」があります。「絶望」なんかが入り込む余地はありません。子どもってのは欲ばりなものなんです。次から次へと新しい「大好き」が見つかります。そうしてどんどんどんどん大きく成長していくんです。

 自由を夢に掲げる時間は終わりました。これからは「大好き」をみんなに伝えることを夢に掲げます。それはうまくできないとき他人に嫉妬せずにいられないくらい、強く心を突き動かす「大好き」なこと。あおいはやっぱりキラキラプリキュアアラモードの一員ですからね。
 この夢ってすっごい大きいんですよ。いちかを見ていればわかります。この夢を叶えるために、お店を構えるというとんでもなく大仰な手段をとっているくらいなんですから。あおいもいつもの常連さんだけに聞いてもらえる程度で満足していられません。
 「次は負けませんから」
 この夢を叶えるためには岬さんに勝たなければいけません。あのヤロー、ハッパをかけるつもりだったのか何なのか知りませんが、新人潰しまがいのプログラムを組みよってからに。あおいが歌に込めてみんなに「大好き」を届けるためには、まず動員数で彼女に勝たなきゃダメじゃないですか。
 いいえ、それどころか実際は彼女を超えてもまだまだ先が見えません。キラキラパティスリーがどれほど繁盛してもお店に飽きることのないいちかのように。あおいはどこまでもどこまでも遠くへ歌を届けるため、いつまでもいつまでも努力し続けなければいけません。ステキなことですね。

 あおいの物語は他者の視点を通して「自分らしさ」を獲得していく物語です。もっとも、それは他の子たちにも当てはまることなんですが・・・。あおいの場合は特に「自由」の渇望から始まって「情熱」の根源を探るかたちで綴られていく、「自分らしさ」の物語。

 どうか子どもたちがいつまでも幸せな努力を続けられますように。

今週のアニマルスイーツ

 クジラグミ。難易度星1つ。きわめて安価で販売されているため、わざわざ自作しようという人は少なく、そのため実は簡単につくれることもあまり知られていませんね。
 ネット上でレシピを検索するとロハスな方々のブログばかりヒットしますね。そういう需要でもなければ自作する気にならないということです。レシピ本でもグミのレシピを載せてあるものはなかなかないはず。

 そもそもグミの歴史自体まだ浅く、日本では堅いグミ流行の草分け的存在として有名なハリボー社創業までさかのぼれば、実はそこで尽きてしまいます。ほんの100年足らずですね。
 どうでもいいですが、この間久しぶりにハリボー社のグミを食べたら銀歯を持っていかれましたよ。おのれ。ハリボー社のグミってなんかねっとりとゼラチンらしい粘度があるんですよね。日本のグミはなんというかクキッときれいに噛みきれる食感なんですが。

 クジラグミ自体に対しては正直語ることがあまりないので、今回はちょっとウンチク寄りに語ってみました。

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