プリンセス・プリンシパル 第9話感想 その本質は常識知らずだけが知っている。

人には戦うべきときがあります。やるからには絶対勝たなくてはなりません。いいですね、ちせさん。――戦士を戦場へと手引きするスパイの激励

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 決闘。

 「黙れ。決闘とは名誉をかけて戦うものだ」
 「東洋人の女なんかを相手に名誉がかけられるものか」

 そう、決闘とはお互いが自分の名誉を守るために行われるものです。従って、そもそも守るべき名誉のない異邦人には決闘に挑む権利すら与えられません。
 このいけ好かないジェントリの子息が最終的にちせの申し込みを受けたのは、あくまで介添人を引き受けたプリンセスの、王族という格上の名誉がかけられたからに過ぎません。

 アルビオン王国は自国に芽生えかけていた共和主義思想を切り離して現在に至る王政国家です。
 10年前に平民たちによる革命の脅威を経験し、この国の上流階級は伝統的な階級意識をことさらに硬化するようになりました。
 平民は貴族に劣る“べき”だ。植民地や辺境国の出身ならなおさら。彼らに誇りなど必要ない。誇りなどあってはならない。二度と革命など夢見ず、二度と力など持たず、黙って王族貴族に従っていればいい。そういう思想がはびこっていることが物語の端々に見受けられます。

 「あらごめんなさい。私、お付きあいのない方は名前が覚えられませんの」
 「教えてやるよ、東洋人。今のサナギがお前たちだ。羽化するまではおとなしくしといた方がいいぞ」

 貴族の娘が嘲笑したアンジェは、植民地出身の平民ながら成績優秀のため編入を許された才媛(というカバー)です。その能力を正しく評価するなら、決して軽んじられていい存在ではありません。
 ちせもまた辺境国とはいえ士族の生まれで、本来なら一定の敬意を払われるべき家柄の娘です。彼女自身も若くして剣術で師である父を越えた、才能豊かな人物です。
 けれど、この国の人々はそんな彼女たちを不当に低く見ます。誇りなど不要と言わんばかりに、公然と、その尊厳を踏みにじろうとします。

 どれほど不当な扱いを受けようと、どれほど名誉を傷つけられようと、ちせには自身の誇りを回復する権利がありません。
 これもアルビオンに蔓延する透明な「壁」のひとつ。
 「壁」とはロンドンの中央にそびえるコンクリートブロックのことだけではなく――いいえ、むしろ人の心にこそ、私たちの自由を阻害する「壁」が立ち塞がっているわけです。

 「私、女王になる。アンジェと入れ替わったおかげで、私わかったの。みんなを分ける見えない『壁』がいっぱいあるって。私は女王になってその『壁』を壊してやるの」

 今一度確認しておきましょう。きっとこれが最後の機会になるでしょうから。
 アンジェたちが戦っている「壁」とはどういうものか。どうすれば「壁」を打ち壊せるのか。
 案内役は海の向こうからやって来た異邦人、東堂ちせが承ります。

非常識

 ちせはアルビオン王国の常識をよく知りません。西洋人の生活様式や食事、教育、慣習、それから思想。何もかも初めて目にするものばかりで、何もかもが奇異に映ります。
 どうして室内で靴を履くんだろう。どうしてベッドで寝るんだろう。マーマイト? ブラックプディング? 「うぇぇ・・・」 墨筆や法螺貝、浮世絵は周りから浮いてしまう。剣術の試合にはなにやら手続きが必要らしい。
 同室のベアトリスはピーチク騒がしい。ドロシーはヨッコラ年増。アンジェは嘘八百のエセ田舎娘。プリンセスの笑顔は得体が知れない。
 東洋人はただ東洋人というだけで軽んじられる。そうでなくても何かと注目される。
 なにもかも初めてだらけの学園生活。そのなかで彼女はぎこちなく、けれど彼女なりにそれらを飲み下そうと努力を重ねています。

 10年前のプリンセスとアンジェに重なりますね。
 かつて貧しいスリだったプリンセスは王族の常識を知らず、王宮のおやつやゲーム、衣装、学問などに下層民らしい視点で触れていった結果、お姫さまの唯一無二の友人となれました。
 かつてお姫さまだったアンジェは下層民の常識を知らず、城壁の裏に隠されていた暴力や諦念を王族の目で間近に見ることによって、「壁」を壊すという尊い大望を胸に抱きました。
 彼女たちは、その常識知らずによって、王族と下層民を隔てる「壁」を越えたんです。
 奇跡のような出会いによって彼女たちは「壁」を越えて、それから多くの人の目を曇らす「常識」という色眼鏡の「壁」すら乗り越えて、誰も知ることのなかった世界の本当の姿を俯瞰する広い視野を獲得しました。だからこそ、「壁」に遮られて身動きの取れない普通の人々には不可能だった、少しだけ特別なことを成し遂げられたんです。

 今ここにいるちせもまたアルビオンの常識をよく知りません。
 けれど彼女は様々な奇縁に導かれて、海という国と国とを隔てる「壁」の向こう、この異国の地へとはるばるやって来ました。
 アルビオンの常識という「壁」に遮られない、水鏡のように透徹なその瞳。
 その瞳が今見通すものは、すなわち。

「フェア」

 「古い銃ですからねえ。こういうこともあります。なあ、立会人。それとも細工したって証拠でも出せるのか」

 決闘はフェアに行われなければなりません。傷つけあうのを目的とするのではなく、あくまで名誉を守るための戦いだからです。卑怯を働いて己の名誉に泥を塗っては意味がありません。
 そんな高潔な舞台で相手の貴族が示した答えが、これ。

 異邦人の女ごときを相手に守るべき名誉などない。
 なぜなら異邦人は貴族と違い、そもそも名誉などという崇高なものを持ち合わせてはいないのだから。
 なんだ、この高潔なる決闘の場に、つまりあの異邦人は何も賭けていないじゃないか。
 こちらだけ名誉を賭けるのではむしろアンフェアではないか。
 にもかかわらず向こうが決闘を望むのであれば、よろしい、こちらも「フェア」な態度で付きあってやるべきだろう。

 決闘という行為の意義を理解したうえで、それでも彼に卑怯を働かせたもの。
 それは「差別」という言葉で表現することもできるでしょう。
 けれど、もしそれが「差別」だとしたら、ちせにいったい何ができるでしょうか。
 差別。彼我に差を別けて取り扱うこと。自分と相手を初めから別のものだと思うこと。
 生まれという、本人の努力ではどうしようもないものを理由にされては抗いようがありません。目の前に「壁」があることはわかっても、それを打ち倒す手段がありません。

 ・・・つまり、これを安易に「差別」と解釈してはいけないんです。
 あなたに「壁」を打ち倒す意志があるのなら。

 だから、ちせの透徹なる瞳は「差別」の裏にある、もっと別のものを見通します。
 「東洋人、銃は使えるか?」「泣いたら許してやるぞ」「カンフーは禁止だからな」
 「姉上。ここでは日本という国は全く知られていません。悲しいかな、これが我が国の現状なのです」

 彼らはちせを「東洋人」と呼びます。目の前にいる彼女を個人として扱わず、日本人としてすら扱わず、ざっくりと「東洋人」というあやふやな呼び名でだけ認識します。
 彼らは知らないんです。ちせという個人を。東洋のなかの日本という国を。知らないから、彼らは彼らなりに知りうる限りの最小定義、「東洋人」とだけ呼ぶんです。

 思えば第5話、出会ったばかりの頃のアンジェもちせを警戒していました。素性も目的も不透明な彼女をプリンセスのそばには置けなかったから。
 いくつかの会話。腹の探りあい。父への思い。十兵衛への憎しみ。そして悲しい真実。バディとして一緒に行動するなかでそういったものをひとつひとつ知ってもらい、やがてちせはアンジェの信頼を得ることができました。
 そして第4話、ちせ自身もアンジェに冷遇されていると思い込み苛立ちを燻らせ、けれど彼女の本意を知ることでそれを解消させたものでした。

 ちせは見てきました。アルビオンの人々が自分のことを何ひとつ知らないことを。
 ちせは見てきました。相手をよく知らないとき、人はその相手に悪感情を抱きがちなことを。
 ちせは見てきました。そしてそんなときにはどうするべきか、ごくシンプルな解法を。

 ここにある壁は「差別」ではなく、「未知」。

 風穴を開けてやりましょう。

たったひとつの冴え・・・た? やりかた

 このぶきっちょ娘と来たら!
 結局どんなときでも武芸でしか自己表現できんのか!
 ちせたんマジちせたん!

 というわけで風穴を開けてやりました。
 即席のスリングショットで。自分のことを知ろうともしない頑迷なお貴族様の利き腕に。
 ちせは武門の生まれです。結局のところ、彼女の場合はこうして身体を動かして自分の優秀さを見せつけてやるのが一番手っ取り早い。

 ちせが学校の授業で唯一周りの生徒たちの歓心を集めるのは体育でした。他の授業では彼女の奇矯な言動が悪目立ちするだけでしたが、クリケットでの豪快な場外ホームラン! あれはよかった。あのときばかりはクラスメイトたちに純粋な感嘆の声をあげさせてやることができたんです。
 フェンシング部でもそう。試合の申し込み作法はメチャクチャでしたが、とりあえず剣を打ちあわせてみれば一気に場が湧きます。散々渋っていた部長さんまであっという間にウキウキ笑顔に。ちせの鍛え上げた身体さばきにはそれだけのことを成せるパワーがあるんです。

 翻って、先ほどの決闘。
 事前に取り決めたルールは「銃弾で」「射撃による」決闘だというだけで、確かに「銃を使わねばならない」という規定はありませんでした。けれど、さすがにスリングショットだなんて、ねえ、そんなとんちを効かせた決着では普通誰も納得しませんよ。
 「待て! あんな手品認められるものか! 続行だ!」
 そうだそうだ! 相手方の介添人は当然不平の声をあげます。
 けれど。
 「もういい! 俺の負けだ、東洋人!」
 「わかった! すまなかった! 貴公の国を悪く言ったことを謝罪して訂正する!」

 激痛とともにちせの実力を目の当たりにした決闘相手だけは直ちに理解します。
 目の前の少女は決してケンカを売っていい相手ではなかった。このままでは間違いなく殺される、と。
 これまで何も知らずに軽んじてきた東洋人について、今日、彼はひとつだけ知り、考えを改めることができました。こうして「未知」という名の「壁」は取り除かれたわけです。
 うん。手っ取り早い。
 けどもうちょっと穏便にできないものかな、この子ときたら。(無理)

 ちせは知っています。相手を知ることこそが、互いの距離を縮めるために一番手っ取り早い方法なんだと。

 「来なかったな、あいつらは・・・」
 だから、できることなら今一番仲よくなりたい人たちにも見ていてほしかったのだけれど。

未明の無明

 「ひがァしぃィ~。にィィしィ~」
 「ちせさんおめでとう!」
 「ちせさんおめでとう!」
 「なんじゃ!? 何なのじゃこれは」
 「・・・土俵入り」

 その、今一番仲よくなりたいアンジェたちもまたアルビオン人であることに変わりなく、彼女たちの日本の知識もやはり盛大に間違いだらけです。

 「サムライが勝ったときはこうやってお祝いすると聞きました」
 「これが日本スタイルなんだろ?」
 「なんというか・・・ユニークですね」
 「喜んでいただけましたか?」

 でもひとつだけ、彼女たちは先ほど決闘した貴族と違うところが。
 彼女たちはちせを知ろうとしてくれています。
 「こちらでは日本はまだまだ未知の国なのだな」
 してくれたことはすごくバカバカしい勘違いだけれど、その自ら知ろうとしてくれる優しさが、向こうから距離を縮めようとしてくれる好意が、今のちせにとっては何よりも嬉しい。

 「日本じゃなくてお前さんが特別なんだよ」
 「トラブルメーカー」
 「スパイなのに目立ちすぎですよね」
 「トイレでリリさんに言い返したのはスカッとしましたけど」

 だって、そんな彼女たちだから、ほら、ちせのことを東洋人でも、日本人でもなく、ちせというひとりの個人として見ていてくれる。

 知ること。知ってもらうこと。知ろうとすること。
 何気ない日常のなかにすら立ち塞がる見えない「壁」は、一見どうしようもなさそうに見えて、実はちょっとしたことで風穴を開けられることがあります。
 海の向こうからやって来た異邦人、東堂ちせが案内する物語は、たとえばそんなハッピーエンド。
 ここに描かれたのはただのスパイでは絶対にできない、彼女たちが少女だからこそ挑めた「壁」との戦いの記録でした。

 「君の所感が聞きたい。王国がさらなる条約の締結を迫ってきたのだ。飲むべきか飲まざるべきか、君の情報も判断材料にしたい」
 そんな政治の難しいことをいわれても、ちせは身体を動かすことくらいしかろくに知りません。誰だこんな子に二重スパイなんてやらせちゃったの。お前か!
 けれど、彼女は答えます。知ってほしいことを、知ってほしい人へ、その瞳に映してきたことをありのままに伝えます。
 「チェンジリング作戦の可能性は正直わかりません。しかし、私はあの者たちに勝利してほしいと考えています」
 どうか、受け渡されたその既知が、どこかの未知の「壁」を壊してくれますように。

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