プリンセス・プリンシパル 第10話感想と考察 あなたのその「普通」が愛おしい。

私がずっと憧れて、なりたくてなりたくて、でもなれなかったのは――。――少女の未来を塞いだ愛おしい「壁」の正体

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 史実19世紀末は世界中で最もアヘンが蔓延していた時代でもありました。
 大量生産を企てる者たちがいたからです。そう、イギリス東インド会社。イギリス本国は中国から輸入される茶や茶器による貿易赤字解消のため、インドの植民地に大規模なアヘン農園をつくらせ、その生産物を中国に密輸しました。中国がアヘンを締め出そうとすると、今度は遠征軍を編成して攻め込み、1840年、アヘン戦争にて権益を維持しました。
 これによって結ばれた天津条約には、戦勝国は中国人を安価に雇用できるという内容の条項が含まれており、多数の中国人がイギリス植民地や西欧各国に流入することになりました。

 結果、何が起こったかといえば・・・おわかりですね?
 アヘンの味を知り、またアヘンが金になることを知っていた中国人たちは世界中にアヘン窟をつくり、母国を蝕むこのろくでもない商品を密かに売り出しました。
 事の発端であるイギリスも例外ではなく、ロンドン最大のスラム街を抱えるイーストエンドには貧民から貴族まで幅広い客層を狙って様々なアヘン窟が林立することになります。人を呪わば穴二つ。

 以上、今週のウンチク終わり。
 ぶっちゃけ本編には全く関係のない小話でした。
 アルビオン王国諜報部はこのあたりのルートから例のイカガワシイオクスリを調達したんだろうなあと、まあそれだけのことですね。

どこにでもあって、わたしにはとどかないもの。

 今話のミッションは二重スパイの疑いある者の調査及び処分。たしかドロシーさん調べによるところの「やりたくないスパイの仕事ランキング1位」でしたっけ。
 しかも対象は「委員長」。アンジェとドロシーのスパイ学校時代の同期だそうです。
 ・・・しかしまあ、ほんっと、ろくでもない稼業ですね。

 委員長。カバーネームをミス・エレノア。
 彼女には密かに尊敬する人がいました。
 「旧い知り合いを思い出すんです。彼女は、私がなりたくてなれなかった、私なんです」
 「あなたには憧れの人っていた? 私はいるわ。なりたくてなりたくて、でも結局なれなかった」

 それが誰なのかという謎が今話を牽引します。

 うん、なんかフツーに騙されました。フツーにアンジェだと思い込んで疑いもしませんでした。アンジェに憧れていて、アンジェもそれに気付いていたからCボールなしで対等に戦ってあげたのかと。
 なんでだろう。ヒントは充分に出ていたはずなのに。そもそも今までの物語の流れからしても“優秀なスパイ”なんてろくでもないものへの憧れなんて扱うはずがないのにね。あれか。冒頭のいかにもアンジェ主役回ですよと思わせる導入のせいか。あるいは思わせぶりがアンジェの言動のせいか。くそう。

 まあそんなマヌケな視聴者の純朴っぷりはさておき。

 彼女が実際に憧れていたのは、アンジェではなく、ドロシーでした。
 誰もが生き残るために必死に技術を磨いていたなかで、ひとりちゃらんぽらんに笑える人。失敗の許されない最終試験でもプレッシャーを柔らかく躱して、“合理的に”人生の楽しみを見出してしまえる人。このろくでもない稼業に身を置いても、きっとヘタな息抜きなんかには絶対に手を出さずにいられる人。
 彼女たちはスパイである前に少女です。スパイだなんていう後ろ暗い生き方とは対極にある、心に希望の光を湛えた少女たちです。
 なればこそ、心の芯までスパイの闇に染まりきってしまったら、彼女たちはたぶん死んでしまうでしょう。だってその本質はあくまで光だから。少女にスパイは向いていないから。

 「あの、スパイの学校にも『委員』ってあるんですか?」
 「『委員長』はアダ名だよ。真面目で成績優秀、クラスのまとめ役だったから」

 普通の学校には当たり前にあって、スパイ学校にはないものがあります。けれど彼女たちはそれを承知で、それでも生真面目な友人に「委員長」というアダ名をつけました。
 その呼び名は、彼女たちが本来いるべきだった世界のもの。きっとそこにはやっかみやからかいの気持ちなんてひとつもなく、ただ普通の世界への憧憬だけが込められていたのでしょうね。「委員長」と呼ぶたびに、あどけないスパイの卵たちは一瞬だけ普通の少女に戻ることができた、心に小さな平穏の灯火を得られた、そんな語られざる物語もあるいはあったかもしれません。
 「Just a page of life in my story. Sweet and bright」

 憧れるでしょうとも。
 彼女たちの置かれていた、コールタールで塗ったくられたような世界に、ドロシーのような子がいたなら。
 ヘラヘラと軽い彼女の口角には、まるで日曜日の朝の日だまりのような、どこにでもあるはずの得がたい温もりを感じられたでしょうから。

 今、そんなドロシーの隣には委員長の知らない少女の姿があります。
 ベアトリス。およそスパイらしからぬ少女。
 ドロシーよりもさらに強固な、絶対不変の“普通”の守り手。
 「養成所の主席様でもこんな手品は使えないだろ?」
 「えへへ」

 委員長が焦がれて焦がれて、それでもどうしてもなれなかったものが、憧れの人に肩を抱かれて、お日様のように笑っていました。

くろとかげせいじんと、しょうじょ。

 「アンジェさんって昔からこうだったんですか?」
 「当時から変わり者よ」
 「あなたは普通だった」
 「平凡ってこと?」
 「悪口じゃないわ」

 ええ。悪口じゃありません。スパイなんてやってる少女にとって「普通」は最上級の褒め言葉です。あなたもよく知っていることでしょう?

 成績2位。華々しい実績。言葉を交わさずともやるべきことをやれる確かな実力。まるでアンジェをコピーしたよう。
 けれど彼女はアンジェも持っていない大切なものを持っています。
 「普通」。
 そう、アンジェから見た委員長は普通の子です。あいにく委員長自身はそう思っていないのだけれど。世界のかたちは見る人によっていくらでも変わります。私とあなたの世界の見かたはそれぞれ違う。アンジェと委員長の世界の見かたもそれぞれ違う。
 ドロシーやベアトリスとは違っていたとしても、あなたが「普通」じゃないということにはなりません。

 委員長は普通の少女です。
 「結局私たちが遊んでいる間にアンジェがひとりで見つけてきたけど」
 「天才よね、あの子は」

 必死に技術を磨いていたようで、その実まわりから失望さえされなければそれでよく、「普通」なドロシーと一緒になって、素直に成績上位者を讃えられる。そんなどこにでもいる普通の少女。
 だからこそ彼女の心はスパイの生き方に耐えられず、オクスリに縋ることになってしまいました。
 だからこそ二重スパイを気取られたと気付くや否や、尻尾を掴まれる危険も考慮せずに逃げだしてしまいました。
 では、無表情で淡々とスパイを続けられているアンジェは?

 委員長が逃げます。
 アンジェが追います。
 「Cボール使わないんですか?」
 使えません。なぜなら委員長の実力はアンジェと同等だから。
 もしCボールを使ったなら、元々実力が伯仲するアンジェは容易に委員長に追いつけてしまうでしょう。それでは意味がないんです。それでは彼女の目的は果たせないんです。
 「追いつきましたね。このまま見つからないように――アンジェさん!?」
 委員長を駅に行かせる前に、アンジェにはやらなければいけないことがあります。
 「動かないで。銃とカバンを捨てて手を上げなさい」
 それは委員長に銃を向けること。ドロシーが待ち構えている駅に着く前に。
 「あなた、変わったわね。以前なら後ろからズドンだったのに」
 二重スパイを殺すのが目的ならその方が確実です。もっと言えばCボールを使って不意を突くなり、先回りしているドロシーと連携するなりしたらもっとあっさり片が付いたでしょう。でもそれではダメなんです。
 「でもね・・・。今のあなた、隙だらけよ」
 委員長のカバンの仕込み銃が火を吹きます。
 アンジェは高熱の蒸気に阻まれて動けません。
 駅に向かう途中だったドロシーが銃声を聞きつけ、引き返して来ます。
 結果、辛くも委員長は列車に飛び乗ることに成功します。

 たぶんね、アンジェは最初から委員長を逃がすつもりだったんですよ。

 私たちは知っています。第1話でエリックに保険金をかける優しさを見せつつも、殺し自体は躊躇なく行っていたことを。アンジェは優しい子ですが、殺すべき相手を前に躊躇するような甘い子ではありません。
 Cボールを使わなかったことも不可解です。あれは絶対優位の隠し球。ドロシーとの挟み撃ちまで用意してあるんですから、あえて出し惜しみする理由なんてありません。駅前で逃したら、劇中で描かれたように、列車を追うという明らかに不利な状況へ移行しなければいけないんですから。

 逃がすつもりでアンジェは一芝居打ちました。
 コントロールの手前、あからさまに任務を放棄するわけにはいかなかったけれど。
 第一手。委員長の部屋にわざと家捜しの跡を残し、そのうえで同行していたベアトリスが証拠を見つけだす前に引き上げました。(暖炉を覗くフリをしてさりげなく彼女を観察していますね)
 第二手。Cボールを使わず、かつ駅に到達する前に委員長に接触しました。ベアトリスもドロシーもアンジェの不可解な行動に困惑していましたね。そもそも目的が違うんですから当然です。
 第三手。そのまま委員長と銃撃戦を繰り広げました。ドロシーを誘い出すためです。彼女が狙いをつけられない仕込み銃を使ってくれたのは幸運でした。これならアンジェの実力で拳銃を外すよりもよほど説得力が出ます。
 あとは比較的成功率の低い追跡劇を繰り広げ、それも成功したなら情に篤いドロシーひとりで委員長と会話させる。ドロシーならきっと彼女を撃てない。ドロシーを敬愛する彼女も撃てない。そこまで計算して、唯一撃てない理由を持たない自分はカバーに徹しました。

 まさか、委員長が自殺するとは思わなかったようだけれど。

 「誰かさんのおかげで黒蜥蜴星人にも感情が芽生えたのかしら」
 いいえ。ドロシーに影響されるまでもなく、アンジェは最初から優しい子でした。
 「先走ったのは、私が委員長を撃たなくてすむようにって考えたんだろ」
 いいえ。それが目的ならCボールの使用や「背中からズドン」を避ける理由がありません。アンジェはドロシーが思っている以上に優しい子です。

 委員長の心がもう少しだけ強かったら。
 もしそうだったなら、違う運命もあったかもしれません。
 けれどあそこで死なないような、「普通」じゃない心の持ち主はもはや少女と呼べないかもしれません。
 そんなのがいるとしたら、そいつはもう骨の髄までスパイ色に染まりきった怪物です。

 ギョロ目に鋭い前歯、黒い鱗を持ち、緑色の燐光で空を飛ぶ、そんな怖ろしい怪物。

わたしとよくにた、くらいうんめい。

 アンジェがそんな怪物であるわけがありませんね。
 だって、彼女は優しいですから。スパイらしからぬくらいに優しいですから。今回委員長を助けようとしたように。これまでもそうだったように。
 むしろその心性は少女そのものです。
 アンジェだって、本当は「普通」の少女なんです。委員長と同じように。

 ならば、委員長と同じくスパイになりきれない少女であるアンジェもまた、いつか心を病んで死にゆく運命なんでしょうか。

 どうでしょうね。違うと思うのだけれど。
 アンジェは優しい少女ですが、それでもスパイに染まりきらず生き延びてこられたのは、単に生きなければならない理由があったからです。
 プリンセスと再会すること。
 アンジェはそのためだけにずっとスパイという生き方に耐え忍んできました。

 生きる目的があったかどうか。その一点の違いがアンジェと委員長の運命を分けました。
 じゃあどうしてアンジェだけ目的を得られたかというと、それはアンジェとプリンセスの間にあった「壁」を越えたからだよと。委員長はドロシーとの間にある壁を越えようとしなかったからああなってしまったんだよと。結局いつもの話に収束するわけですが、その辺は今回新しい語り口がないので割愛。想定より長ったらしくなってしまいましたし。

 さて、そのアンジェの生きる目的、プリンセスの抹殺指令が出たところで次回へ続く。

 情報部側のLの代わりにいかにも急進派の軍人然としたジェネラルがトップになったということは、これ単なるLの失脚じゃありませんね。主導する組織ごとすげ替えられているわけですから。
 つまり共和国自体に何か状況の変化があって、早急に冷戦を解消しなければならなくなったんだと考えられます。壁を挟んでチンタラ小競り合いしていられなくなる事態といえば・・・。
 これ、もしかしたらプリンセスが待ちわびていた流れがようやく来たのかもしれませんね。

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