私は黒蜥蜴星人よ。人間じゃないわ。
―― ラスボス
やられた。
この物語を一番手っ取り早く畳む方法が、市民革命でした。
ロンドンの壁を邪魔に思う人々が主体的に行動し、壁を打ち壊す。そして東西の民衆が互いに手を取りあい、民主的な革命によって王国でも共和国でもない新しい統一国家をつくりあげる。国民人気の高いプリンセスは統一の象徴として、実権を持たない立憲君主の座につけばいい。
ちょっとお伽話チックな夢物語ですが、見えない「壁」を扱ったこの物語にはそのくらい優しい結末がふさわしいと思っていました。
今話で描かれた革命ではダメです。最悪です。
誰かと敵対することを前提としたクーデターでは、仮にロンドンの壁を崩せたとしても、人々の心にある「壁」までは取り払えません。
なにせそいつらはかつてアルビオンをふたつに分け、ロンドンの中心にコンクリートの壁を生やした張本人なんですから。
やられました。
そりゃそうですよね。私なんかが思いつく程度の筋書き、作品世界の為政者が考えないはずがないですよね。
革命
「隔てなき世界のために!」
そのために、見えない「壁」の向こうにいる王族貴族をブチ殺すってか。
確かにそうしてしまえば「壁」の内側だけで世界が完結しますもんね。それで本当に「隔て」がなくなるかというと甚だ疑問ですが。
今回の革命は王国陸軍の植民地出身者を中核としたクーデターのようです。
「すぐにでも軍隊を使って革命軍を倒すべきだ!」
「その軍隊は敵に寝返っていると聞くぞ!」
「だから人民を軍に入れるのは反対だったんだ!」
王国は10年前にも中産階級出身者によるクーデターを経験しています。19世紀末にもなって厳格な身分制度が残っているのも、そのトラウマによるものだと思われます。学のある市民にヘタに力を持たせたら、その飼い主たる王族貴族に噛みつくようになる、と。
そこで、それまで主力にしていた中産階級出身者の代わりに、下層民である植民地出身者を取り込むことにしたんだと思われます。彼ら卑しい者たちは貴き者の号令無しでは大した力を持たない。たとえ飼い主に噛みつこうとしても、しょせんは烏合の衆、栄誉ある王族貴族の威光で簡単に組み伏せられるだろうと。
史実歴史を鑑みるに、まあそんな感じの考えだったんでしょうね。
しかし、共和国スパイ・ゼルダが手引きしていることからもわかるように、今回の革命の裏では共和国が手を引いています。当然軍事に明るい共和国軍人を多数潜り込ませているでしょう。烏合の衆とはなりえません。
「首謀者は?」
「特定できておりません。ただ、海外植民地出身の兵士が中心と思われます」
ノルマンディ公は内務省軍――要するに直属の精鋭部隊を使って鎮圧するよう指示していましたが、果たして戦力的に釣り合うかどうか。
そもそも命令を受けたガゼルからして植民地出身者ですので、果たしてノルマンディ公への忠義と同胞への情のどちらを取るかが怪しいところですね。ノルマンディ公にしたってそのくらいのリスクは承知しているでしょうから、命令自体どこまで本気か。
さて、では共和国がいかにして反乱軍を組織したのかといえば、どうやらプリンセスの名を利用したようです。
「情報が確かなら、その中心にお前の友人がいる」
「ゼルダ殿、もしやそのお方が・・・」
アンジェとドロシーには権威がなく、ベアトリスは貴族出身ですが下級なうえ喉のせいで被差別者として扱われています。いずれも反乱軍をまとめるには力不足でしょう。よほどの伏せ札がなければ、堀河公の言う「友人」は素直にプリンセスと解釈して良いと考えます。
しかしその一方で、プリンセス自身は今回のクーデターを知りませんでした。そもそも「壁」をなくそうと奮闘する彼女が女王を、まして大切な友人の肉親でもある人物を、殺害しようとするはずがありません。実権を握っているのが女王ではなくノルマンディ公だということも理解しているでしょうし。
「今回の作戦、強引すぎてまるでバレることを望んでいるみたい」
「職務に忠実でいなさい。生き残りたければね」
チェンジリング作戦の指揮権が軍強硬派の手に渡ったのは、クーデターの準備が整ったためですね。
ジェネラルが来た時点でチェンジリング作戦の意義は大きく変わります。クーデターを利用して侵略する手はずが整った以上、今さらダラダラと王室の内偵をする必要がなくなるからです。
代わりに、反乱軍を先導する旗振りとしてのプリンセスが必要になります。彼女の名前で兵を集めた手前、さすがに革命結構当日に彼女が姿を見せないわけにはいきませんから。だから速やかに信用ならない本物のプリンセスを殺し、共和国に忠実なスパイ・アンジェをプリンセスに成り代わらせなければならりませんでした。
・・・というのは表向きの事情。実際には共和国はすでにアンジェへの信用をなくしているので、プリンセスとアンジェ、どちらが残っても大して変わりません。今回の場合は旗振りになってくれさえすれば自由意志や忠誠はどうでもいいので、前話の委員長のように多少荒っぽい手で従わせてもいいはずです。どちらでも、片方だけ残ってくれさえすれば。その意味ではいっそアンジェが死んでプリンセスが残った方が共和国にとって都合が良かったかもしれませんね。
それでなくとも王権国家を革命する場合、旗頭に王族を立てることは重要です。
たとえ継承順位が低くても王族でありさえすれば血統が保たれるため、国民は安心します。国内の無用な混乱が減り、革命政府が早くに実権を掌握することができます。
諸外国に対しても革命軍に王族がいるなら単なるお家騒動として解釈させることができ、国際正義に係る軍事介入を行う正当性が消失します。革命軍が横っ腹を突かれずに済みます。
「お飾りとはいえ王位継承権は4位。誰がいつ担ぎ出さんとも限らんからな」
ノルマンディ公がプリンセスを疎んじていたのは、彼女がいる限りこのリスクが常に付きまとうからです。
今回アンジェたちが見舞われた目まぐるしい状況の変化の実態は、まあ要するにこういうところでしょう。
ぶっちゃけ本筋には大して関係ないんですが。
嘘つき
「プリンセスを殺してもらう」
「了解しました。任務・プリンセスの暗殺、実行に移します」
嘘。
「作戦は明日決行する」
「チェンジリング作戦のアイディアは私が提案した。私がプリンセスを殺す」
嘘。
「いいのかよ。――とぼけるな、プリンセスを殺せって話だ」
「私たちはスパイよ。命令には従うだけ」
嘘。
「覚えがないものは触らぬように」
「いたずら、でしょうか?」
嘘。
「お主、何か困っていることはないか? 私の国には一宿一飯の恩義という言葉がある」
「別にないわ」
嘘。
「ねえプリンセス。どうしてもふたりだけで行きたいところがあるの。護衛を撒いちゃおうよ。昔ふたりでやったみたいに」
・・・嘘。
プリンセス暗殺ミッションが発令され、アンジェとプリンセスの周りには無数の共和国スパイが配置されました。自身も警戒されています。いかに優秀なアンジェといえども多勢に無勢。もはや彼女ひとりでできることなんてほとんどありません。
仕方ありませんね。コントロールからの信用を損なったのは、彼らを騙してプリンセスを守ろうとした彼女自身の行いのせいです。
たくさん、たくさん、嘘をついてきました。
「私は黒蜥蜴星人よ。人間じゃないわ」
ドロシー、ベアトリス、ちせ。仲間たちにすら本当のことを話せず、ずっと嘘でごまかしてきました。
「あなたの力で私を女王にしてほしいの」
プリンセス。一番大切な人との約束だって、結局嘘にしてしまいました。
「――ごめん。今回ばかりはあなたを守りきれない」
アンジェの孤独な戦いが始まります。
彼女が最後に嘘をつくのは、自分自身。
「私、女王になる。アンジェと入れ替わったおかげで、私わかったの。みんなを分ける、見えない『壁』がいっぱいあるって。私は女王になってその『壁』を壊してやるの」
「あなたの力で私を女王にしてほしいの。『壁』がなくなれば、私たち晴れて一緒にいられるでしょう」
いつかあなたが願い、そして大切な人に継承された夢。
それを尊く思ったからこそ、あなたは当初の計画を捨ててまで、ふたりで戦うことを決めたのでした。
今は、それも嘘。
無理だった。失敗した。「壁」をなくすなんてできっこなかった。
だから、あの日の誓いも嘘にしてしまいます。
「いいよ、やろう。私が騙してあげる。あなたも。世界も。そして私自身すらも」
――嘘。
コントロールも、仲間も、プリンセスも、あの日の自分も、全部騙してアンジェが最後に選んだものは、一番最初の計画。
カサブランカに逃げることでした。
これが無力なアンジェにできる最善のプラン。
けれど、それも妨害されてしまいます。
他でもない、どんな嘘をついてでも守ろうとしたプリンセスの手によって。
「――そうよ、プリンセスは私。チェンジリング作戦でどちらかが消えなきゃいけないのなら、あなたがひとりで消えてちょうだい。怖がりで、泣き虫で、トラブルを起こすのはいつもあなただった。後始末をするのはいつも私。あなたのそういうところ、初めて会ったときから大嫌いだった。さよなら、アンジェ。二度と姿を見せないで」
いつか「私が好きになったのは昔のあなたよ」と言ってくれた人の、嘘。
アンジェの「壁」
「プリンセス! 待って! プリンセス、開けて!」
アンジェの前に鋼鉄の壁が立ち塞がります。
退屈なお城暮らしのときも、プリンセスと別れることになったあの日も、革命後容易にプリンセスと再会できなくなかった10年間も・・・アンジェの人生はいつも理不尽な壁に遮られていて、ずっとままならない生き方を強いられてきました。
今度も壁が立ち塞がります。
この「壁」をつくったのは、誰?
プリンセスは訴えます。
「そうやって逃げだすくらいなら最初から私を巻きこまないで! 私の人生はあなたのおもちゃじゃない!」
「怖がりで、泣き虫で、トラブルを起こすのはいつもあなただった。後始末をするのはいつも私。あなたのそういうところ、初めて会ったときから大嫌いだった」
全部、あなたのせいだと。
これまで描写されてきた内容だと、どちらかというと逆だったんですけどね。
これまでの10話、主役として内面を掘り下げられてきたのはほとんどアンジェ以外のメンバーでした。アンジェが主人公らしく目立っていたのは第1話と第2話くらい。あげく無口で他のキャラクターとなかなか絡まない。主人公らしくない地味な主人公だなあとずっと思っていました。
アンジェはなかなか他人と関わりを持とうとしません。どちらかというと巻きこまれる側。
アンジェとプリンセスの友情からして、「友達になろうよ」と切り出したのはプリンセスの方でした。
そんな子が相手だからこそ、不満に思うことがあります。
好きなのに、大好きなのに、向こうからは何もしてくれない。こちらから何かを提案しないと一緒に遊ぼうともしてくれない。こちらに何か困ったことがあってもなかなか手伝ってくれない。逆に向こうに何か言いたいことがあっても、こちらから声をかけないといつまでも黙ったまま。・・・あああああ、脇腹がムズムズする。我が黒歴史。
「ねえ王女さま。私たち、友達になろうよ」
畏れ多くも王族に対してスリの少女の方からそんなことを提案することになった、あの違和感。
アンジェはつまるところ、そういうメンドクサイ子だったんですね。
全部プリンセスの方からしてあげなければいけなかったんです。大好きなアンジェと一緒にいるためには。(たぶんね)
アンジェのために提案して、アンジェのためにお願いして、アンジェのためにお話を聞いてあげて、アンジェのために「友達になろうよ」と言ってあげる。
思えばふたりが始めて出会い、王族と下層民の「壁」を越えたあの日ですら、実際に壁を越えて来たのはプリンセスの方でした。
もちろんプリンセスだってアンジェが好きで、これらは自分自身のためでもありますよ。けれど、全部自分の方ばかりが譲歩してばかりじゃ、なんだか、悲しくなっちゃいます。
「初めてじゃない? ふたりだけでお買い物なんて」
今日の外出は珍しくアンジェの方から提案したものでした。
「ねえプリンセス。どうしてもふたりだけで行きたいところがあるの。護衛を撒いちゃおうよ」
そのうえ珍しくアンジェの方から懐かしい遊びを提案してきました。
今日のプリンセスはいつになく上機嫌でした。
だって、彼女はアンジェの方からこういうことをしてきてくれるのを、本当はずっと待ち望んでいたんですから。
「だって、シャーロットったら私だけ要人みたく扱うんだもの」
「子どもの頃は普通に話してたじゃない」
「みんなも仲間なのに」
「じゃあ、出会ってすぐ意気投合したっていうのは? 堂々と仲よくできるわ」
「たまにはハメを外してもいいと思うな。昔みたいに」
結局自分勝手に逃げだしてしまうなら、ずっと今まで私があなたと一緒にいるためにしてきたことは、いったい何だったの?
それを嘘にしてしまったのは。
「壁」の内側に逃げてしまったのは。
――アンジェです。
たくさん、たくさん、嘘をついてきました。
コントロールに嘘をついて、敵対してしまいました。
ドロシーたちに嘘をついて、どこか遠くに行ってしまいました。
プリンセスに嘘をついて、拒絶されてしまいました。
自分に嘘をついて、「壁」の中に閉じ込められてしまいました。
どうしてアンジェは今たったひとりで戦っているんでしょう。
共和国スパイに見張られているから?
いいえ、違います。
少し前まで見張られていなかった時間はたくさんあって、それでも誰とも深く関わろうとしなかったから、ずっと本心を嘘でごまかし続けてきたから、彼女は今ひとりなんです。
「私は殺したくない。私たちはスパイだ。でも、スパイである前に人間だ! 割りきれるかよ!」
ここまで言ってくれた人にすら彼女は嘘をついてしまいました。
アンジェの嘘は「壁」です。
自分をごまかし、他人を遠ざける、見えない「壁」です。
プリンセス・プリンシパルはおおよそスパイが似合わない少女たちの物語で、見えない「壁」と戦う物語で、なればこそ、その主人公・アンジェの戦うべき相手は初めから決まっていました。
嘘つきの少女が本当に向き合うべきは、ノルマンディ公でも、コントロールでも、コンクリートの高い壁でもありません。そんなご大層なものはスパイにでも任せときゃいい。
少女が向き合うべき相手は、もっと別の、もっと素朴なもののはずです。
いよいよアンジェ最後の戦いが始まります。
敵は彼女にとって最初の「壁」。
“嘘”と向き合うときがやってきました。
壁を越えましょう。
コメント
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今作放映からだいぶ時間が経ってからこちらを拝見しました。
考察などというあまり難しい事を考えながら見てはおりませんでしたが、気になるセリフがあれば録画を見返すなど何度も見たくなる作品は久しぶりです。2話アンジェとプリンセスの出会いの場面、プリンセスの口元でみせる表情からもしかして?と思ったら最後でのやっぱり感。油断していたら8話での2人の本当にはじめての出会いの場面、そしてやはり2話を見返してしまうのです。本当に楽しませてくれる作品。
チーム白鳩みんながみんなかわいく素敵な女の子達で最終回がくるのが楽しみでもあり寂しくもあります。
また彼女たちがただのスパイとして、本当のお友達として素敵な笑顔を見せてくれる事を願いつつ最終回楽しみに待ちたいと思います。
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第2話のあの謎めいたやりとりは本当に見応えありましたね。
知り合いなんじゃ? →YES!
過去の再現なんじゃ? →YES!
名前を交換してるんじゃ? →YES!
せいぜい1分程度の短いやりとりにどんだけ詰めこんでるのよと。良いアニメです。
で、今、どうして身分の低い子の方から友達のお誘いをすることになったのかの疑問にまでアンサーが出たと。(そんな変な見かたしてるのは私だけな気もしますが)
どうかアンジェがステキな答えを出し、チーム白鳩のみんなが心から打ち解けられますように。