サニーボーイ 第11話考察 誰が死んだのか。何をもって生きるというのか。

この記事は約15分で読めます。
スポンサーリンク

覚えていたほうが言うことにしよう。「もう一回友達になろう」って。ね。約束。

「少年と海」

気になったポイント

葬送

 泣きはらした目の瑞穂が希の喜びそうな葬送品を探す。笑わなくなった長良が希にふさわしい葬送品を探す。他のクラスメイトたちの姿はない。希の葬儀は瑞穂と長良にとって大切なもので、他のクラスメイトたちにはそうではなかったわけだ。
 やがて瑞穂の腫れていた目は元に戻り、長良はまた笑えるようになっていく。

岩に咲く一輪の花

 イワギキョウ。その名のとおり桔梗の一種で、高山の岩場によく咲く。花言葉は「友の帰りを願う」あるいは「永遠の愛」。いずれも大切な人が戦争へ行ってしまった、残された人の切なる思いに由来している。
 長良は結局、この花を希の葬送品には選ばなかったようだ。

ラジダニ

 島を測量していた長良たちの前に突如現れたバーバリアン。どうやら2000年と少しの時間を生きてきたらしい。あと、どんだけ風呂に入っていなかったのか相当臭かったらしい。
 漂流者ゆえに背格好は変わっていないものの、その顔には生きた歳月を証すように深い皺が刻まれている。(清潔にしていれば)カッコいい。

ロビンソン計画 ver 5.0

 かつてラジダニが発起し、長良が引き継いだ元の世界への帰還計画。長良たちが1年以上かけてver 3.0まで練りあげていたところにラジダニの知見が加わり、ver 5.0を最終稿とした。
 希が消滅し、ラジダニが不参加を表明した今、参加者は長良と瑞穂、わずか2名だけとなってしまった。

 ver 1.0相当のディレクターズカット作戦もそうだったが、どうやら帰還する元の世界の時間軸は漂流後の相対時間と一致するだろうというのが長良たちの共通認識らしい。
 また、仮に希が参加していたとしても、元の世界で希が生存しているかどうかは不確実だったようだ。すなわち、必ずしも死んでいるとは限らなかったようだ。第6話で描かれた元の世界は明らかに第1話の世界と違っていたわけだから、同じ「元の世界」といえどいくつかあるパラレルワールド(可能性世界)のひとつに到達するに過ぎないのだろう。

「元の世界」

 漂流時点から数えて2年後、希が生きているか死んでいるかは行ってみなければわからない世界。すなわち、おそらくは長良たちが元々暮らしていた世界の続きでも、ディレクターズカット作戦で垣間見た世界の続きでもない。
 クラスメイトたちが帰還計画に関心を持たないのは、きっとそれも理由のひとつなのだろう。

この世界『ホームシック』

 元の世界よりも元の世界らしい、神秘的ですらある風景が描写されていた世界。恋人ができた時期から作風がガラリと変わり、破局すると今度は題材自体が恋人の肖像ばかりになった。この世界の持ち主は結局、失われた想い出に執着していただけなのだ。
 彼は最終的に自らの世界に溶けて消滅することになる。

この世界『潔白』

 自らを神の子と信じ、心身ともに潔白であろうとする人々が住む世界。食事を必要としない漂流者の肉体は宗教的理想を貫くのに都合がよく、彼らは厳しい戒律を守りつつ幸せに暮らしていた。
 唯一、「この世界」の静止状態を打破しようと死の研究に明け暮れていた発明家を除いては。やがて発明家は本当に死を発明し、まるで悟りを啓いた上人のごとき人間の“死”の一類型を実演してみせた。「この世界」に発明家はいなくなった。

能力遺物【コンパス】

 希がいなくなったあとに残された遺品。方位磁針の姿をしていて、生前同様ただ一点のみを指し示している。磁石を近づけようともまるでブレる気配がないところまで生前の希そのまま。
 彼女は、本当はそういう自分でありつづけたかったのだろう。その意志は長良が元の世界へと運んでいく。

能力遺物【猿毛玉】

 「どこにいても、どんな状況でも変わらない。今の君にぴったりな能力だ」(第7話)かつて、ラジダニはそう言って長良にこの能力遺物を贈った。
 今、長良からラジダニへ再びこの能力遺物が委ねられる。ラジダニは自ら望んで永久不変たることを選んだのだ。(※ 断じてラジダニの体臭が気になったからではない)
 長良はこれから、変わっていく。

 何をもって人の死としましょう?
 心が死んでいても体は生きつづけるし、希望が死んでしまっても妄執だけは生きつづけるもの。
 反対に、肉体が死んでも思いは残るもの。残された誰かが継承し、その人の心のなかで生きつづけるもの。たとえ「この世界」が死んだとて、それならそれで能力遺物が残る。

 「この世界」に肉体の死はありません。漂流者は永久不変の存在です。不老不死といって差し支えありません。
 ならば、「この世界」において“死”というものがありうるのならば、それは心の死。
 ラジダニが2000年見つめてきたのは、そういった意味での人間の終焉でした。

 「この世界は逆さまで、大きな穴なんだなあ。みんなを守るためにここに希望を閉じこめている。僕の【逆さま】の力でね」(第7話)

 この世界『バベル』において、二つ星はヒカリキノコバエの怪物に襲われてなお死ぬことがありませんでした。
 あの世界では管理者の手によって“希望”が管理されていたからです。天国へ向かう塔だなんてどうせ完成しないんだろうけど、本当だったらいいなと思える程度には夢がありました。彼らは誰もが笑うであろうくだらないおとぎ話を、誰もが自分だけは信じてみようとそっと胸にしまい込み、変わり映えない日々に心を殺されることなく強かに生きていました。

 「やまびこ。何でも僕の言うことを聞く? じゃあ、いつか僕とした約束を果たして。君はここから旅立つんだ。ここは本当の世界じゃない。ねえ、そうしてくれるよね?」(第8話)

 この世界『祝祭の森』に身を寄せていたこだまは死にました。
 彼女にはずっと願いつづけていた夢がありました。ずっと気になっていた男の子と並んで、いつか違う世界をデートしてみたい。たったそれだけの素朴な願いは、けれど、叶うことがありませんでした。男の子は心を閉ざしていて、自分がどんな悲惨な状態になっていてもけっして自分を変えようとしてくれなかったからです。
 彼女はついに諦めて、自分が死んだあとでいいからいつか変わってほしいと、そう願いを変えてしまいました。

 「おめでとう。どうだね、勝者になった気分は」
 「ああ。・・・なんだか、すごくむなしい」
 「何故よ?」
 「もう、何をすればいいのかわからない――」
(第9話)

 この世界『ソウセイジ』のソウとセイジは死にました。
 不幸にして1人の人間が2人に分かたれてしまい、自分こそが真の自分であるということを証明するべく相争っていた2人でしたが、いざ勝敗が決したとき自分の心に残ったものは空虚。いつしか彼らの存在意義はもう1人の自分と争うことのみに集約されてしまっていたのです。
 上手く出し抜いて片割れの肉体に風穴を開けてやったとき、同時に自分自身の心にまでぽっかりと大穴ができてしまいました。

 「ここには大きな傷だけが残ってる。彼は時間を過ごしすぎたんだ。もう止めてあげよう」(第10話)

 この世界『戦争』の持ち主である戦争は死にました。
 彼の心はとっくの昔に死んでいたはずでした。けれど、“この漂流を起こした神を殺す”そんな何の意味もない妄執だけを拠りどころとして、ずっと亡霊のように生き永らえていました。自らの心にできた傷を見つめることだけが、彼に生を実感させていました。
 朝風による“攻略”によってその自傷的な行為を止められ、彼の心はようやく何も感じずに済むようになりました。

 「いつしか彼は、彼女との想い出に囚われたまま、『この世界』そのものになってしまった」
 「・・・死んじゃったの?」
 「どう言ったらいいんだろう。この世界での死は少し複雑なんだ」

 この世界『ホームシック』の持ち主は死にました。
 元の世界にばかり執着していた自分が、ある日恋人というもうひとつの大切なものと出会い、やがて破局してそれが失われてしまったとき、彼は気付いてしまったのでしょう。自分の心にあるこの思いは、本当は郷愁などという筋の通った思いではなかった。本当は何でもよかった。現実から目をそらし、ここに無い美しいものに耽溺していられたならば。
 それを自覚したとき、彼はいよいよ現実を生きる意義を喪失しました。

 「“死んだ”彼は以前と何ら変わらないように見えた。だが、変化は日を追うにつれ現た。発明家はもう何も望まない。目の前にあるものを受け入れ、満足し、何も批判をせず、誰も憎んだりしない。ブッダのようによくできた人間になっていた。この世界から発明家はいなくなった。彼は、衝動の終わりこそが自分という命の終わりだと知ったんだ。これは『この世界』での“死”のひとつのかたちだ」

 この世界『潔白』に住んでいた発明家は死にました。
 彼は自らに課した命題を解き明かしました。肉体はどんなに殺そうとしても死なない。だが、心を殺せば死ぬことができる。心を殺すとはどういうことだろう? それはおそらく、執着を捨てることだ。自分らしさを丸ごと捨て去ることだ。
 まるで輪廻解脱を目指す仏教徒のような発想に至り、彼はついに、それを実現してしまいました。

 「来ないで。私、今、イヤなやつだから。誰かが全部終わらせてくれないかなって、本当は私、そんなズルいことばっか考えてるんだから」(第9話)

 そして、希。

 希は死にました。【コンパス】の光が見えなくなったから。自分には何を為すこともできなくなったから。誰かに縋ってしか生きられない自分を思い知ったから。これから先も希が生きていたとして、それが何になるでしょう? 何のために生きるのでしょう?
 思いつくのはくだらない願望ばかり。隣で笑って聞いてくれる男の子はどんどん変わっていくのに、私のなかにだけ何もない。昔はもっと自分に自信を持てていた。隣の男の子にもそれなりの視線を向けてもらえていた自覚があった。恋ってそういうものだろう。恋って、お互いを尊敬しあえる関係のことだろう。そう思っていたのに。
 ・・・今は自分を尊敬してもらえる自信がない。自信すら持てないのなら、さあ、いよいよ希には何が残る?

 だから、希は死にました。

 長良が見つけ、けれど希の葬送の品には選ばなかった一輪の花は、イワギキョウ。桔梗の一種。花言葉は「友の帰りを願う」あるいは「永遠の愛」
 ヨーロッパ圏において、戦地へ向かう大切な人の無事を祈るために桔梗を植える習慣があったことから、この花言葉が生まれました。いつか無事に帰ってきてくれますように。もし帰ってこなかったとしても、それでも、この胸に燻りつづける恋い焦がれる思いだけは永遠のものとなりますように。

 この花言葉が自ら死を望んだ希にふさわしいかといえば、きっと違う。
 あの子はきっと残された人の心を縛るなんてことを望まない。あの子はもっとまっすぐで、清々しくて、誰にも縋らないくらい強く、誇り高かったはずだ。

 「希はもう戻らない」

 何をもって人の死としましょう?
 心が死んでいても体は生きつづけるし、希望が死んでしまっても妄執だけは生きつづけるもの。
 反対に、肉体が死んでも思いは残るもの。残された誰かが継承し、その人の心のなかで生きつづけるもの。たとえ「この世界」が死んだとて、それならそれで能力遺物が残る。

 「でもね。――彼女の意志はまだ、生きている」

 人の心は複雑怪奇で、いくつもの側面、いくつもの表情があって、見る人ごとにその姿を変えてみせるもの。【モノローグ】を使えた骨折ですら朝風の全てを見通せなかったくらいです。人の心の全てを知ることなんてきっと誰にも不可能で、そしてそれは、自分自身ですらも例外じゃない。
 もしかしたら希は今の自分を嫌っていたかもしれません。たぶんそうです。第6話以降、私たちはずっと希の意外な弱さをいくつも知ってきました。
 だけど、長良の知る希という少女はそんな情けない人物ではありません。死を選ぶその直前までも彼女はずっと元気で、明るくて、まっすぐ前ばかり見つめていて、そして、希望を追い求めていました。

 「・・・僕は君のおかげで変われたから。君が、光を見せてくれたから」(第9話)

 そこには希の知らなかったであろう希の姿がありました。

 今、希の意志は、長良とともに生きています。

Sputnik ・・・ではなくて Apollo 11

 「わあ、アナログだね」
 「そうだね。これは人類を初めて月まで運んだロケットそのものだ。縁起がいいだろう? 猫のコピーは確率まで再現する。それに上はもっと原始的だ」

 かつて、宇宙開発競争に世界中が沸いた時代がありました。ソ連が世界初の人工衛星打ち上げに成功すれば、今度はアメリカが有人ロケットを月まで飛ばしてみせる。
 一連の技術開発で直接生活の何かが変わるとはなかなか思えませんでしたが、民衆は西と東の超国家が巨額の予算と国のプライドをかけて一進一退の攻防を繰りひろげるビッグファイトに酔いしれていました。
 無論、そんな開発競争など長くは続きませんでした。そんなくだらないことに予算を割くくらいならもっと他に使いどころがある。冷戦が終結したならなおのこと、いったい誰と何を張りあう必要がある。
 ロマンが死んだ日、ともいえるかもしれませんね。以来、世界中の宇宙開発事業への投資は大幅に縮小されることになります。

 詳細は次回のお楽しみですが、ロビンソン計画 ver 5は宇宙にて実行されるようです。

 どうして?
 さあ。
 何のために?
 さあ。
 何が得られるの?
 さあ。
 そこまでしてどうしても決行しなきゃいけないことなの?
 ・・・さあ。

 「一応、声はかけたんだ。けどみんなはもう帰らないんだって。結局僕と瑞穂、あと希だけだった」

 わからないですよね。
 よくよく考えてみれば、元の世界なんて本当は大したものじゃありませんでした。長良たちはあのころ大人になることに怯えるモラトリアムの真っ最中で、それぞれ家庭に学校にいろんな問題を抱えていて、不平等で、不公平で、息苦しさを感じている子もたくさんいたはずでした。
 しかも帰った先の時間軸は漂流から数えて2年後だといいます。卒業式などとっくに終わり、高校2年生。中学生なんかよりもずっと大人であるべきはずで、自分の身のまわりのことをもっと自分でできるようになるべきで、バイトを始める人もいたりして、部活で大きな大会に出る人もいたりして、就職のことも真剣に考えなきゃいけなかったりして、きっとずっともっと、元中学生には想像もつかないくらい大変な生活が待ち受けています。

 どうして、わざわざ帰らなきゃいけないんですか?
 不老不死と超能力で永遠に守られた「この世界」じゃいけないんですか?
 あちらにはもう一人の自分が生きていて、そもそも自分たちの居場所自体用意されていないはずなのに。

 「私が死んだままって可能性もあるんだ」
 「・・・そうだね」

 計画を完成させた長良ですら迷うような話でした。
 意味を見出すことがきわめて難しいプロジェクトでした。
 最初から乗り気だったのは何も深いことを考えていなさそうな希と、個人的に向こうでやりたいことができたらしい瑞穂だけ。

 「ねえ。帰れたらさ、一番に何がしたい?」
 「・・・そんなこと考えてない」
 「何で? 楽しいじゃん!」
 「だってさ、覚えてないかもしれないんだし。そんなの考えてもしょうがないだろ」
 「え。じゃあいっぱい考えてる私、バカみたいってこと?」
 「どうせ大したことじゃないんだ」
 「ふふん。あのね、ソレイユのオムライス食べて、GRACEの苺いっぱい乗ってるやつ食べて、それから初音のタンメンをお腹いっぱい――!」
 「ほらな、やっぱり。・・・くだらないじゃないか」

 長良は希ほどパッパラパーにはなれませんでした。瑞穂のようにやりたいことがあるわけでもありませんでした。そうなると、どうしても自分のやろうとしていることへの疑問が頭をもたげてきます。

 どうして、わざわざ帰らなきゃいけないんですか?

 「――それから、職員室の隅でしみったれた顔をした男の子を見つけたら、首根っこひっ捕まえて質問するの」
 「・・・何て?」
 「『もうもう一回私と友達になってくれる?』って。そうしたらそいつ、なんて答えるかなあ」

 長良がこんなにも真剣に悩んでいるのに、パッパラパーの少女は実にくだらないことを、いかにも面白いこと考えた!って顔して話すんです。
 そんなの、別に「この世界」でだってできることなのに。むしろ「この世界」のほうがずっと友達でいつづけやすいのに。・・・そもそも、この子は元の世界で本当に生きられるかどうかすらもまだわからないのに。

 どうして?
 どうして、わざわざ帰らなきゃいけないんですか?

 「君と僕が友達だったことが無かったことになるんだ。君はまた教科書を破ってるだろうし、僕はまた鳥を見捨てるんだ!」
 「・・・そんなことない。私たちはちゃんと進んでいるはずだよ」
 「ここで起きたようなことが向こうでも起こっているかはわからない!」

 手慰みにひとりで始めた棒倒し。苛立ちに任せて思いっきり砂を掻き取ります。
 長良には目の前にいるパッパラパーの言っていることがさっぱり理解できません。
 ・・・だけど。それでも。

 「でも、ここでは確かに起きたんだ」

 この日も、希は長良にとっての【コンパス】でした。
 彼女はいつもどおりまっすぐ前を見つめていました。誰にも見えない、長良にすら見えない希望を、彼女だけは見つけているように思えました。
 砂浜に差した棒きれは、けっして長良の苛立ちに屈しませんでした。

 「じゃあこうしよう! 覚えていたほうが言うことにしよう。『もう一回友達になろう』って。ね。約束。絶対に断らないって」

 彼女が差しのべてくれた手のひらの向こうに、光が見えました。

 希は死んでしまいました。
 だけど今、希の【コンパス】は、長良とともにあります。

 いつものように。

アンサー

 「長く生きてみてわかったよ。いろんな経験や何やらが積み重なっていくとどんどんいびつな何かができあがっていく。それが大きくなっていくと、ひとつひとつの意味が薄くなって、――均一化されてくっていうのかなあ。自分が偏っていくのにどんどん無感動になっていくのがわかるんだ。最後にそれは、ぽっかりといびつな穴になる。僕も時間に干されて、いつかは希みたいにただのカタチになる。でもこれは静止に追い込まれたひとつの状態にすぎない。それを“死”というのなら――」
 「元の世界の死と変わらない」
 「ああ。魂なんてものはなくて、意識は何の意味もなく生まれて、ただ消えていく。人生は果てしない徒労だ」

 どうして、わざわざ帰らなきゃいけないんですか?

 決まっています。
 「この世界」が静止しているからです。
 「この世界」が不老不死と超能力とで守られているからです。
 他の誰がどうであろうと関係なしに、自分で自分自身の居場所を見つけたいと思えたからです。

 未来が、欲しかったからです。

 希が教えてくれました。
 いかなパッパラパーな未来予想図であろうと、はずんだ声で聞かせてくれるそれはいかにも楽しそうで、不思議と愛おしい日々のようで、眩しくて、きっと叶えたいって、できることなら叶えたいって、叶えるためにがんばってみたいって、そう思えるほどのものだということを。
 聞く人によってはまだくだらないことのように聞こえるかもしれません。事実、ラジダニはあえて「この世界」に留まることを選びました。
 けれど、長良にとってはくだらなくなんかありませんでした。

 【コンパス】は宇宙の彼方、天上はるか遠くを指し示しています。
 だったら長良は、そこを目指したくってしかたありません。

 「――でも。まったくの無意味だからこそ、生きているこの瞬間、その輝きは尊いと思うんだ。それはそのときその人だけのものだからね」

 たとえ本当は希にも光なんか全然見えていなかったのだとしても。
 構うもんか。今度は長良が光を見つける番です。

 【観測者】長良は【コンパス】希の意志とともに旅立ちます。

 果たして「元の世界」には希がいてくれるでしょうか。
 彼女はまた、もう一度、長良と友達になってくれるでしょうか。

 「そんなことない。私たちはちゃんと進んでいるはずだよ」

 「でも、ここでは確かに起きたんだ」

 可能性の箱は、実際に開けて中を覗いてみるまで何が入っているのかわかりません。

よろしければ感想を聞かせてください

    記事の長さはどうでしたか?

    文章は読みやすかったですか?

    当てはまるものを選んでください。

    コメント

    スポンサーリンク
    タイトルとURLをコピーしました