わんだふるぷりきゅあ! 第23話感想 つまり大きな声は全てを解決する。

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だって、ひとりでさびしいの、嫌だから・・・。

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「願い事はワォ~~~~~ン」

大きな出来事

メインキャラクター:こむぎ

目標

 「みんななかよしわぉ~ん!」

課題

 お昼寝していたこむぎは夢を見た。鏡石がキラキラ輝いていたずっと昔の大昔、遠くの山奥からさびしげな遠吠えが聞こえてくる夢。
 今日は七夕祭りだ。「いろはと一緒に毎日遊びたい!」とか「いろはとお話ししたい!」とか、こむぎの個人的な夢はすでに叶えられている。何か別の願いごとを考えなければならない。

解決

 いろはの願いごとはいつもどおり「世界中の動物と友達になれますように」だ。
 いろはの願いごとが叶えばこむぎも嬉しい。それもいつもと変わらない。

 だから、こむぎは七夕の夜に願う。
 みんな仲よしになれますように。あのさびしげな遠吠えの主も含め、このお祭りを楽しんでいる人も、何かの事情でここに来れない人も、みんなが仲よく友達になれますように、と。

バトル

苦戦

 季節外れの白鳥のガルガルが相手。さびしそうに泣いているような鳴き声を上げる。だが、抱きしめてあげようと近づくこむぎには容赦なく攻撃を仕掛けてきた。

勝利

 少し前までガルガルに攻撃的だったユキが先頭に立って捕まえてくれた。ユキが叶えたいと思うまゆの願いごとは「困っている動物たちを助けられますように」である。

ピックアップ

鏡石神社

 鏡石がラウンドアバウトのド真ん中に置いてあるため、てっきりちゃんとした宗教施設は存在しないものと思っていたが、どうやらすぐ近くに神社があったようだ。御神体を神域の外に出しているとはずいぶんフレンドリーな神様もいたものだ。
 ちなみに鏡石を地上に遣わしたこの神様、第16話で明かされた伝説によるとどうもニコ様のことらしい。この人柄ならメエメエがあれだけ懐いているのにも納得。

七夕祭りのルーツ

 七夕の日に願いごとを書いた短冊を飾る文化の由来は主に2つある。

 ひとつは中国から伝わってきた有名な七夕伝説。
 もともと働き者同士だったものの、夫婦になってからはイチャイチャするばかりで仕事をしなくなってしまった織姫(織女)と彦星(牽牛)。この夫婦の仲を取り持った天の神様は落胆し、苦渋の決断ながら彼らを天の川の東と西とに引き離した。年に一度、7月7日にだけ逢瀬を許して。
 伝説にある天の神様の慈悲、それから機織りの名手である織姫への信仰から、中国では7月7日に機織りの他、詩歌や書道など技芸全般の上達を願う風習が生まれた。

 もうひとつは日本土着の祭事。
 「たなばた」とは本来「棚」と「機(はたおりの”はた”)」のこと。八百万の神の一柱に天棚機姫命(あまたなばたひめのみこと)という神様がいて、天照大神が天岩戸に隠れた事件の際は美しい衣服を披露するなどしていた。
 この伝説に由来し、古代日本では女性が機織りした反物を精霊棚に掲げ、天の神様へ捧げるという祭事があった。天棚機姫命だけでなく、天照大神含む八百万の神全体への捧げ物なのだから、技芸上達に限らず五穀豊穣など幅広いご利益を期待されていたのだという。これが日本における「たなばた(棚機)」。

 このふたつの伝説が習合し、ひとつの文化として合流したものが現代の七夕祭りのルーツ。
 たまに七夕に技芸向上以外の願いごとをするのは間違っていると言う人もいるが、以上のことから、少なくとも日本ではどんな願いごとをするのも自由である。

ニホンオオカミの絶滅

 日本人とオオカミとの大まかな関係性の変遷は第7話の感想文にも書いた。

 オオカミは田畑を荒らす小型草食(雑食)動物を駆逐してくれるため、古くから農耕が盛んだった日本では益獣として大切にされていた。山奥にオオカミの石像があるということはアニマルタウン周辺でもオオカミ信仰があったということだろう。オオカミは人間に飼われているわけではないので、基本的には神域も山奥に置かれる。
 第16話で語られた鏡石の伝説においても、最初に人間と言葉を交わすことを願ったのはオオカミだった。

 悟の言う「伝染病」は江戸時代中期の海外交易によって侵入してきた狂犬病のことであり、「住む場所が少なくなった」というのは明治時代の山林開発ブームのこと。ニホンオオカミが絶滅に至った原因はこの2つの影響が特に大きい。

帯結び

 まゆのお母さんが結んでくれたのはネコ耳結びと呼ばれるものがモデル。帯をV字に折ってネコ耳をつくるため、本来なら結び目自体も四角ではなく下ぶくれの五角形になる。これがまたネコの顔のように見えてかわいい。
 どうやら2020年に少し流行ったようで、検索すると動画がたくさん上がっている。

 こむぎといろはもお揃いの帯結びにしてきたようだ。こちらは蝶結びだろう。

「この顔つき、ただのウサギじゃない」

 今の時期にいきなりこんなことを言いだしたということは、9月中旬の恒例行事に向けた伏線だろうか。それで映画の予告でも悟がいないシーンに(ひとりだけ変身せずに)登場しているのか。

地蔵

 本来は弥勒菩薩の仏像。
 弥勒菩薩とは気の遠くなるほどの未来に現れ、仏教の開祖である釈迦の次の世代を担うとされる人物。その立ち位置から、現世に不満がある者からはしばしば世直しの象徴として解釈されてきた。
 民間信仰でお地蔵様が”子どもの守り神”として扱われるのも、俗世にたくさんの衆生を取りこぼした釈迦より幅広く、未来の衆生全てを救済してくれることを期待してのことだと考えられる。
 市井にごく身近に親しまれており、アニマルタウンに限らず日本各地で昔から様々な変わり種のお地蔵様がつくられてきた。

白鳥

 日本では冬の風物詩。
 渡り鳥で、夏の間はシベリアのあたりに暮らし、寒くなってから北日本各地に飛来する。当然、今の季節に日本に現れても仲間なんていない。

 何気に体重がワシやフクロウを越えており、空を飛ぶ鳥のなかでは最重量級。そのおかげで2000km以上に及ぶ超長距離の渡りを実現できているわけだが、一方、この体重のせいで羽ばたいてもただちに高度を上げることができないという弱点を持つ。ジェット機に助走が必要なように、最初の数メートルは水面を滑るようにして飛び立たなければならない。
 このように空を飛ぶのにも一苦労する体つきのため、エサは休耕中の田畑に残った穀物や草の根、水中の藻などが主であり、大型動物を狙った狩りなどは行わない。白鳥の群れにはガンやらカモやら、ちょくちょく別の種の水鳥が勝手に混ざって暮らしていることも多いのだが、これは白鳥が温和な性格だからというわけではない。気軽に襲いかかれないだけだ。

 なお、俗に「優雅に泳ぐ白鳥も水面下では激しく足を動かしている」といわれるが、これは全く根拠のないデタラメ。白鳥は普通に羽毛と皮脂の浮力で泳いでおり、水面下も(見かけは)優雅である。

きらきら

 「ガルガルしないで一緒に遊ぼ! 楽しいこと、嬉しいことがいっぱい! 『世界はステキにワンダフルー!』なんだから!」(第1話)

 一番最初にヒツジのガルガルを助けたとき以来、今もこむぎの思いはそう大きく変わっていません。

 この世界は嬉しいことと楽しいことに満ちあふれてる。だからみんなで仲よく遊べたらもっと楽しい。いろはが「ワンダフルー!」って言っているんだから、それで絶対に間違いない。

 第1話、必ずしも能天気に幸せばかりを満喫していたわけじゃなかったこむぎが、そんなふうに思うのです。
 いろはが学校に出かけてしまうと楽しくない。いろはとお喋りしたいのに言葉が通じない。いつかいろはが自分を置いて遠くに行ってしまうかもしれないと思うと不安で仕方ない。
 ・・・そういった個人的な感情を度外視して、こむぎは思うのです。

 鏡石が願いごとを叶えてくれて、プリキュアになったあとも、必ずしも楽しいことばかりではありませんでした。
 恐ろしいガルガルはいっぱいいました。大好きなはずのいろはと何度もケンカしてしまいました。まゆと仲よくしてユキに嫌われたり、いろはに撫でてもらえるヨソの犬に嫉妬したり、色々なことがありました。
 ・・・それはともかくとして、やっぱりこむぎは思うのです。

 世界はステキにワンダフルー!

 世界に悲しみも怒りも不安も恐怖もたくさんあるのを全部知ったうえで、それでもこむぎがその思いを疑うことはありませんでした。
 だって、いろはが言ったことだから。

 「きらきらー!」

 今日はお祭りの日。
 周りじゅう全部きらきらしていて、いつにも増して楽しいことばかりで、おいしいものもたくさん食べられて、なにより、目に映る人みんなが楽しそうに笑っているのが印象的でした。
 「ワンダフルー!」ってこういうことをいうんだなって改めて実感して、思わずいろはに抱きついちゃいました。
 いいなあって。嬉しいなあって。すごいなあって。改めて思います。

 いろはの言っていたこと、たくさん色々なものを見て、たくさん色々な体験をしてみて、それで改めて本当だったんだなあって実感するのです。

 必ずしも楽しいことばかりではありません。辛いことがありました。悲しいことがありました。怖い思いもたくさんしました。泣きたい気持ちにもなりました。
 だけどそれは、「みんな仲よし」じゃなかったせい。ガルガルの心がささくれ立っていたり、反対に自分自身がひとりぼっちになってしまっていたり。そのせいで世界がワンダフルであるという事実を一時的に実感できなくなっていただけ。
 だから、もしもみんなが仲よくなれたら、そういう不幸せな思いはどこかに消えていっちゃうんだって、素直なこむぎはそういうふうに思うのです。

 辛いことも、悲しいことも世界にはたくさん存在すると知ったうえでなお、そういうふうに信じているのです。

 「ガルガルー!」

 悲しそうなガルガルの鳴き声が夜空に響きわたります。

 とても美しい夜空でした。
 きらきら輝く満天の星空。それが湖に反射して、空を見上げても湖を見下ろしても賑やかな星々がひしめいていて、胸がいっぱいになるくらいきらきらした光景でした。

 そんななかでガルガルはひとり、泣くのです。

 「泣かないでー!!」

 この世界の悲しみをひとりで背負ったように泣く孤独なガルガルに、なのに、みんなと仲よくなりたいこむぎの思いはどうしてか届かないのでした。

短冊

 これ見よがしに暗喩を詰め込んで桃色の短冊が飛んでいきます。

 「上手だね、悟くん」
 「大したことないよ。ほら、でき――、た」

 ついに明言された悟の恋心。甘酸っぱさ全開の世界に吹きこむ爽やかな風。

 「悟くん、ありがとう」
 「・・・全然。いつでも呼んで」

 それだけなら本当に爽やかなだけの小粋な1カットなんですが、後に水面に落ちた幻影やこむぎが書いた短冊との対照を考えると、必ずしも幸福感ばかりを表現したポジティブな演出ではなさそうです。
 友達の恋愛模様より楽しいものはないときゅんきゅんしているまゆには大変申し訳ないのですが、その隣で悲しげに目を伏せる大福の表情こそがここの演出意図に正しく対応しているのでしょう。

 今話で語られた悟の恋愛観は以下のようなものです。

 「――このこと、内緒にしておいてもらえるかな」
 「うん・・・。どうして? ふたり仲いいし、いろはちゃんだって兎山くんのことすごく信頼してると思うけど」
 「・・・それは”友達として”であって。犬飼さんは僕のことそういうふうに意識してるわけじゃないから」
 「たしかに、いろはちゃんって男の子も女の子も動物もみんな平等に”友達”って感じだね」
 「だから――、内緒にしてて。困らせたくないんだ。それに気まずくなるのも嫌だから」

 ・・・いかにも男の子って感じ!
 当たり前のように恋愛より大事なことがあるっていう前提を踏まえているあたり特に。恋愛と”やりたいこと”が排他の関係にあると認識しているところも含めて。

 悟は自分の気持ちをいろはに伝えるべきではないと考えています。
 なぜなら、いろはは”みんなのいろは”になりたがっているから。
 もしも悟が告白して、いろはがそれを受け入れたとしたら、いろはは悟ひとりのものになってしまうでしょう。
 それでは嫌だから。悟はいろはを自分のものにしたい気持ちより前に、いろはにあるがままでいてほしいと願うから。だからこそ、自分の気持ちを隠します。

 恋愛観は人によって様々。もちろん違う考えかたの人はたくさんいるはずです。私だって悟の恋愛観には同意しかねます。両想いになったからってお互いの1から10まで自動的に縛られると思っていたら大間違いだぞ! 恋愛は契約じゃないんだ! なあ、ユキ!! ・・・ですが、悟のなかではなんかそういうことになっているのです。

 要するにまあ、このシーンで問題になっているのは”誰かひとりを深く愛するか””みんなを平等に愛するか”の葛藤なんです。
 そして(悟の恋愛観においては)悟のいろはに向ける思いは前者。その思いを乗せた短冊が風に飛ばされていきます。
 今回のお祭りは「鏡石が姿を映したものの願いを叶えてくれる」という前提で、そのために短冊を鏡石のすぐ傍に飾っているわけなので、鏡石に映る前に飛ばされてしまったこの短冊の願いごとは叶わないということになります。
 悟自身、自分の恋は実らないと思っているので心情と描写がリンクしていますね。

 だからこの短冊は後のシーンで、本来なら全然関係ないはずのこむぎの短冊と重ねて描かれるんです。

 では、そのシーンを見てみましょう。

 風に吹かれて飛んでいった短冊が再び登場するのはガルガルの救出が成功したあとのシーン。

 星空を反射してキラキラと輝く湖の水面に、この世のものとは思えない、半透明になった桃色の短冊が着水します。そこに重なるようにして流れ星。

 ところ変わって、七夕祭りの会場にも同じく桃色の短冊が落ちています。こちらは実体あり。こむぎが書いたもので、少し前ガルガルが風を起こしたときに地面に落ちてしまいました。名も知れないひとりの女の子がそれを拾います。拾って、笹に結び直してくれます。書かれている文章は「みんななかよしわぉ~ん」

 こむぎが短冊に書いた願いごとは、”誰かひとりを深く愛するか””みんなを平等に愛するか”のどちらかでいうと、もちろん後者です。
 ですが、こむぎの短冊も笹から外れて地面に落ちています。風に飛ばされていった悟の短冊同様、きっとこのままでは彼女の願いごとも叶わないでしょう。

 ちなみにこむぎのこの博愛は、直前までやっていたガルガルとのバトルで実を結ぶことがありませんでした。ひとりぼっちのガルガルを抱きしめようとして拒絶されました。
 ガルガルを救ってあげられたのはこむぎではなく、ユキです。

 悟の恋心も、こむぎの博愛も、どちらも現実でうまくいったとはいえず、だからそれを象徴するそれぞれの短冊も風に飛ばされてしまいました。

 ところが。
 悟の短冊には流れ星の祝福があり、こむぎの短冊は女の子が拾って飾り直してくれるという幸運が訪れるのです。願いはきっと叶うだろうと予感させる吉兆。
 さて。このシーンでこむぎたちが何を語りあっていたかといえば。

 「『困ってる動物たちを助けられますように』。まゆが短冊に書いた願い、叶ったんじゃない?」
 「そうだね。叶っちゃった!」
 「やったね! 悟くん」
 「・・・うん。僕も願いごと、叶っちゃった」
 「こむぎの願いごとはどうだった?」
 「叶ったよ、ばっちり! あのね。私のお願い事は――、『みんななかよしわぉ~ん』!! 」

 やはり、みんなの願いごとが叶ったんだという明るい話をしていたんですね。

 では、次に考えるべきはどうして両方ともの願いごとに「叶う」という吉兆が表れたか、ですね。
 ”誰かひとりを深く愛するか””みんなを平等に愛するか”。2つの願いごとは正反対で、しかも最初はどちらも叶いそうになかったわけですから。

遠吠え

 「遠吠えって?」

 悟の解説によると、遠吠えというのはオオカミが遠くにいる自分の仲間に何かを伝えたいときに出す声だそうです。

 こむぎは夢のなかでその遠吠えを聞きました。

 現在のアニマルタウンではない、広い草原に鎮座した鏡石。
 美しい黄金色に輝き、すぐそこにいるこむぎの姿をありありと映し出します。
 大きいワンダフルパクトみたいで、見ているだけでなんだかワクワク。

 そこに聞こえてくる遠吠え。
 どこから聞こえてくるのか、誰の声なのかはよくわかりません。
 ただ、どうしようもなく悲しそうなことだけがこむぎの心に伝わってきます。
 こむぎは明るくてワクワクするところにいるのに、声が聞こえてくる方角にあるのは真っ暗な山だけ。

 「ねえ、こっちにおいでよ! 一緒に遊ぼうよ! 何かお願い事があるなら鏡石にお願いしなよ! おーい! おーい!!」

 声の主の悲しみをどうにかしてあげたくて叫ぶこむぎ。だけど、こむぎの声はきっとそんなに遠くまでは届かなくて。

 「・・・絶滅? ・・・いない? 誰もいなくなっちゃったの? 一緒に遊ぶ子も?」

 きっとあの遠吠えの主はオオカミだったのでしょう。
 絶滅?っていうのをしてしまって、友達がいなくなっちゃったんだそうです。きっと、だからあんなに悲しそうだったのでしょう。

 山のほうを見上げます。真っ暗。
 さっきまでこむぎたちがいた賑やかなお祭り会場と対照的に、真っ暗。

 仲間を探して遠吠えを上げているのなら。
 友達がほしいのなら。
 ――こっちに来てくれればいいのに。

 こむぎには簡単なことのように思えるそれが、声の主には、もしかしたらものすごく難しいことなのかもしれません。

 「きれいだねえ、こむぎ。――みんなの願いが叶いますように」

 ここに来てくれさえすれば、こむぎがいるのに。
 いろはだって、他のみんなだって、たくさんいるのに。お祭り楽しいのに。
 きっとみんな、あなたをひとりぼっちになんかしないのに。

 夢のなかではたぶん、こむぎの声は向こうに届いていませんでした。
 だってこむぎは仔犬です。こむぎひとりではちっぽけで、こむぎひとりでできることはあんまりなくて、あの遠吠えほど大きな声なんて全然出せなくて。

 だから。妙案を思いつきます。

 「お願いごと、思いついた! 短冊に書いてくる!」

 こむぎひとりの力で足りないなら、鏡石の力を借りればいいんだ! みんななかよしわぉ~ん!!

 さて。
 これでこむぎがガルガルを抱きしめようとしてうまくいかなかった理由がわかりますね。

 ひとりでやろうとしたからです。
 空を飛ぶ鳥のなかでも最大の大きさを誇る白鳥に対し、ただでさえちっちゃなパピヨン犬がひとりで声を上げたところでたかが知れています。
 こむぎとしては短冊にお願いごとを書いたから勝算はあるものと思っていたようですが・・・。

 今回のバトルを制したのはユキ。
 つい最近までひとりで戦おうとしていた彼女ですが、今回は違っていました。積極的にまゆとのチームワークを生かそうとしていました。
 何より――。

 「『困ってる動物たちを助けられますように』。まゆが短冊に書いた願い、叶ったんじゃない?」
 「そうだね。叶っちゃった!」

 今回のユキにはガルガルを救うべき明確な理由がありました。
 もちろん、まゆのためです。まゆが七夕祭りでお願いした夢を叶えるため。
 だから、今日のユキは物理的にも精神的にも、ひとりで戦ってはいなかったのでした。

 翻って、これで悟の思いの行方を暗喩した短冊が風に飛ばされてしまった理由もわかります。

 やはり、ひとりで解決しようとしたからです。
 ”誰かひとりを深く愛するか””みんなを平等に愛するか”とか、私が勝手に命題を出しておいてアレですが、結局あんまり関係ありません。そのスタンスの違いで何か問題が起こるならユキがもっと派手にトラブってます。
 恋愛するならするで、一度ちゃんといろはと話しあってみたらいいのに。悟自身にそもそもいろはを束縛しようという気持ちがないんだから、恋愛といろはの夢の実現、両立させることもそう難しくないと思うんですけどね。
 勝手にひとりで悩んで、勝手にひとりで自己完結したりするから変な具合になるんです。

 だいたい、”誰かひとりを深く愛するか””みんなを平等に愛するか”、この2つのスタンスだって両立しうる話です。
 ユキがそうじゃないですか。ユキ自身はとにかくまゆのことが好きなだけで、そのまゆがたくさんの動物たちを救いたいと思っているから、結果的にユキも動物たちに優しくしているだけ。それの何が悪い?
 それを言ったらこむぎが広く動物たちを助けようと思うようになったのだっていろはの影響ですしね。

 誰のことが好きか、なんてそこまで大きな問題じゃない。誰かのためにがんばれるというだけで充分にステキなこと。
 そんなことより何より、ひとりで取り組もうとする姿勢がNGです。なにせこの物語はプリキュアですから。
 それだけ。
 たったそれだけの話。

 「あのね。私のお願い事は――、『みんななかよしわぉ~ん』!!」

 小さなこむぎの遠吠えはまだ、山奥にいるであろうオオカミのところに届きません。だけどいつかは届くようになるでしょう。
 夢のなかの鏡石はこむぎの願いごとに呼応しました。いろはやユキ、まゆ、悟といった協力者もいます。いつか彼らと力を合わせることができたら、こむぎの無闇に明るくて楽しげな遠吠えは、どんな遠くの山にだって響きわたるようになることでしょう。

 小型犬の遠吠えと聞いて今日1日ずっと「遠吠きゃん」というフレーズが脳内にちらついていてしょうがない。何でもないです。

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    コメント

    1. ピンク より:

      言わないだけで、悟は本当にいろはを独り占めしたいと考えてたり……なんて。

      恋バナに食いつくまゆでだいぶ笑いました。そういうタイプだったのか、てかむしろ数ヶ月越しに今更ツッコむのかあの子www
      まあ色恋沙汰ってのは相手ありき、コミュニケーションの問題が絡むものですし、本作でわざわざピックアップされるのも(そもそも女性向け作品の超定番ネタという事情があるにせよ)必然ってもんでしょう。

      知事選当日かつ七夕という放送日でしたが、告白も含め『自分の気持ちを、言葉や行動に表して伝えることの大切さ』を少なからず考えさせる日だったのかな、と思います。

    2. 亀ちゃん より:

      前週のわんだふるぷりきゅあは七夕デーとガッチャンすることを記念した話でした
      私は今日も仕事で(っていうか金曜はほぼ確実に仕事)昼休憩になると、TVerを再生して、いろはが「ダメだよ。それじゃあ(人間姿の)こむぎが裸足になっちゃう!(汗)」というセリフには改めて聴いてシックリ着ました!!☆☆♬
      最年少のいとこの姪っ子にはむろん、いとこのお姉さんの娘が小1までの段階でも、彼女達の誕生日からして、いとこのお姉さんの長女はまだ幼くて、いとこのお姉さんの次女も年齢的にはまだまだ幼いと言えるタイミングで
      「キュアフレンディが(くぎをさすように)キュアワンダフルに対して、シックリきたセリフをいいはなったよ」
      としか言えませんが、私個人としてはキュアアイドルギャンブラーがキュアアイドルギャンブラーの登場する原作の漫画で思わず口にしたセリフのモジったセリフなので、キュアアイドルギャンブラーも登場する私の好きな二次元作品的に感慨深さがシックリ着た度合いより強くあるセリフですね!!☆☆♬
      それから悟が戦闘の後、「みんな大丈夫?」と気遣ったのもシックリ着たセリフでした!!☆☆♬
      これは最年少のいとこの姪っ子にはむろん、いとこのお姉さんの娘が小1の時までのタイミングでも、そっくりそのままセリフもメールやLINEに入力しながらシックリきたよと言い切れるセリフですし、プリキュア的な感慨深さが、新しいジャンクションに好い方向にも向かった感じですね
      次回はキラリンアニマルがひとまず9体勢揃いしたことで、ニコガーデンにお邪魔する話ですね
      結末は読めませんが、最年少のいとこの姪っ子にも
      おたがいたのしみだよね
      と途中までは絶対に言い切れる話なのは間違いありません

      >で、プリキュアとは完全に無関係なことで言いたい雑談は昨日の高校野球で
      キュアベースボールギャンブラーが監督として甲子園デビューを遂げてから2年目となる夏の公式戦において、昨日の東東京大会の2回戦では、二松学舎大付が3点差を一気に追いついては、延長11回にてサヨナラ勝ちを遂げるドラマがありました!!(私個人としては今年の東東京大会で優勝しちゃうと1年半ぶりとなる甲子園になっちゃうので汗)
      相手は2003年の東東京大会の決勝では直接対決にて、5点差の無失点勝利を遂げさせてもらえて甲子園初出場を遂げた都立雪谷(ユキガヤ)でした
      相手がラッキーシックスである6回の表は都立雪谷の攻撃で、3点を二松学舎大付の先発ピッチャーか2番手のピッチャーが勝ち越されると、市原監督は
      「もう(今日は)負けだよ。自由にしろ」
      と3点を勝ち越された直後の攻撃に向けて、言い放ち切ると、だったら二松学舎大付の選手は全員
      「逆転勝ちしてやろう」
      と言わんばかりに、すごく気合いが入って一気に3点差を追いつくことに成功しました
      もちろん二松学舎大付の3番手のピッチャーもまた勝ち越しを許すもんかと言わんばかりに味方の援護を待っては呼び込むピッチングを繰り出し、延長11回になるとサヨナラ勝ちを遂げました
      私はこれが今夏の公式戦で東東京大会にて優勝を遂げることで、甲子園に出るきっかけが二松学舎大付には(ほぼ)確実に出来たと過言ではないと思えてしまいます!!(汗)
      だから高校野球も含めてスポーツファンである私の現職の先輩・後輩のチーフ・上司(係長・マネージャーそしてグループ長にセンター長・副センター長も含む)に「今年の東東京大会は(その)二松学舎大付が優勝してしまう予感がする」と公言出来て止まなかったですね
      というワケで、もし二松学舎大付が優勝して1年半ぶりとなる甲子園に出る以上は、キュアベースボールギャンブラーが登場する私の自作小説の中の高校野球では、キュアベースボールギャンブラーが在勤中の都立蒲田(かまた)が都立勢最後のトリデとなって、そのトリデを打破した東東京私学がこの二松学舎大付という設定を組むことを約束しました
      もちろんキュアベースボールギャンブラーも前年の東東京大会の3回戦では逆転勝ちした挙句に寄り切りで勝った試合のリベンジを丸1年越しにされることにもなります
      だからキュアベースボールギャンブラーがチャンピオンの漫画の中に実在する男女共学のお坊ちゃま・お嬢様のスーパーエリート学園の女子マネの時以来となる2年連続との甲子園に監督としては初采配出来るかどうかは都立勢が甲子園に出られるかどうかが今年の東東京大会ではすべてですね
      もちろん東東京の都立勢もメチャクチャ高くて分厚い東京私学のカベを打破出来るよう生き残っている全校はこれまで通り勝利を目指して頑張って下さい

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