三ツ星カラーズ 第12話感想 上野の平和を守るため斎藤は今日も上野の平和を守らなければならない。

あー。平和だ。

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 かくして物語はクソガキたちの天使の寝顔でひとまずの幕を降ろします。
 平和な上野の平和を守るため、事件を解決したりしなかったり忘れたりしながら、これからもクソガキたちは上野の街を平和にしていくことでしょう。

 ほんと、黙っていれば文句なしにかわいいのにね。

カラーズと街とひとびと

 オヤジ、編集したうえで便秘のくだりとか交番の電話取っちゃうとことか割とセキララな部分まで全世界に向けて発信しちゃったわけですが・・・大丈夫? 怒られない?
 いや、さすがにアップロードはしてないのかな?
 オヤジは根っからのカラーズの味方で、可能な限りあの子たちの希望に応えようとしてくれます。ああいう悪ふざけ満点な出来映えはいかにもさっちゃんが好みそうな塩梅。
 ですが、それでいてオヤジはカラーズの味方です。自分がマズいことになるだけならともかく、カラーズの立場まで悪くなりそうなことはしないか。

 あれ編集しているとき超面白かったでしょうね。編集後ですらあんななのに、生データではいったいどれくらいのグダグダがあったことやら。
 時系列とかどんなだったんだろ。撮影者:さっちゃん→琴葉→結衣→さっちゃん→結衣。それから3人が画面に登場する順番とか回数とか、よく見ると結構気を使って編集されているんですよね。琴葉とかあんまり目立ちたがらない子だからバランス取るの大変だったでしょうに。不忍池前でのシーンを冒頭と結びに分けて凝った編集もしていますし。
 ののかもすごい。素人動画で(しかも見た感じ一発取りで)あの長回しをちゃんと成立させるなんてどんなディレクションの才能だよと。あの子は良くも悪くも自分の真の実力というものをわかっていませんね。パン屋なんてやってる場合じゃねえ。オヤジは一刻も早くあの子をユーチューバーとしてプロデュースしてやるべき。
 それにしてもオヤジ、感性が若いなあ。この手のホームビデオといえば要所要所でしょーもない特殊効果を入れて、かえってダサい絵面にしてしまいがちなのに。OP/EDと注意喚起以外は薄ーくBGMを乗っけるだけのシンプル加工。場面転換すらただのカットインアウトですもんね。地方テレビ局製作のローカル番組すらもはるかに上回るハイセンスな編集なんですが、つくづくこの人何者なの?

 「カラーズと街とひとびと」
 「この動画は、カラーズ(結衣、さっちゃん、琴葉)の3人がいつも守っている街や、その人々を紹介する動画です」

 オヤジのカラーズ愛と郷土愛がよく伝わってくるフレーズですね。
 カラーズの平和を守る活動はしょせん虚構のものです。実際にはあの子たちは本当に平和を脅かす事件と対決したことなどなくて、自主的なヒーローごっこや、オヤジたちの仕込みが入ったゲーム、あるいはちょっとしたお手伝いなどをして過ごしてきました。
 ですが、それでもオヤジはカラーズの活動に意義を見出しています。この子たちと上野の街との関係性が真実ステキなものであることを、街の一員として感謝しています。彼の編集した動画を見れば一目瞭然。

 カラーズがいかに上野の街を愛しているか。
 上野の人々がいかにカラーズを愛しているか。

 動画のなかで描かれるものはたくさんの人の笑顔、笑顔、笑顔。ときどきドタバタ。そして笑顔。
 たとえ解決すべき事件などなくとも、カラーズと上野の街との関わりあいは確かに大切なものを育んでいました。

春が来た!

 「どうしたらみんなを守れるかな」
 「ちょっと待って。相談するよ」

 今どき子どもの手を借りなければ解決できない事件なんてそうそうありません。
 アニメやゲームのなかの修羅った世界じゃあるまいし。
 何のために斎藤のような警察官がそこかしこに立っていると思っているんですか。

 「大人って忙しい」
 「任せられない」
 「そうだ! この街のことはカラーズぱわーでなんとかしよう!」

 けれど、ヒーロー志望の子どもたちはそれでも上野の街を守りたいと望みました。
 やりたいから。ただ、自分がそういうことをやってみたいから。
 そして子どもたちは見つけました。
 次々と見つけました。
 大人たちがやっていないこと。子どもにでもできること。平和な上野の平和を守る方法。

 カラーズは上野の街を広く使って遊びまわりました。
 クソガキらしくたくさんの人を容赦なく巻き込んで。
 上野公園。不忍池。アメ横商店街。さんさ踊り。上野動物園。西郷隆盛像。摺鉢山古墳。国立科学博物館。東京都美術館裏。徳大寺。上野駅。
 「え、行列? 雑誌とかに載ってるの?」
 「あ、このあいだの子」
 「今日はバナナじゃないんだ」
 「ゾンビの子だー」
 「ほう、今日はイチゴを売ってんのか」
 「お菓子持ってく?」
 「キュピーン(ハゲが光り輝く擬音)」
 「お嬢ちゃん、あんまウンコウンコ言っちゃダメだぞ」
 「結衣ちゃん何してるの?」
 「お、行列のイチゴ?」
 「君たち働き者だねえ」
 「バイトっすかー」
 「コーシーもいいけどイチゴもいいねえ」

 たくさんの人と知り合いました。たくさんの人と遊びました。たくさんの人と笑顔を交わしました。

 平和って何でしょうね。そもそもどういうものなんでしょうね。
 それはきっと、毎日がのびやかで、楽しくて、いろんな人が笑顔でいられる――とりあえずそんな感じのひとときだというのは間違いないでしょう。
 平和を守るために具体的に何が必要なのかはよくわかりませんが、とりあえず今の上野の街みたいなのが平和ってことなんだというのはわかります。
 大人たちはそういうことができる世界を守ってくれました。
 そのおかげで子どもたちは毎日何の心配もなく遊んで暮らせています。

 けれど。
 もっと。
 平和な街をもっともっと平和にしちゃうことだってできるんじゃないか。
 もっとのびやかで、もっと楽しくて、もっと笑顔いっぱいの毎日にすることは、まだまだできるんじゃないか。
 毎日楽しく遊んでいる子どもにはわかります。
 大人ってば、子どもほど毎日楽しそうにしていない。

 「はあ・・・」
 だから、大人の守ってくれた平和なんて知ったこっちゃない。
 子どもはもっとすごい平和を守れるんだってこと、見せてあげる。
 「うまくいかないときってあるよね、仕事とか」
 「そう、仕事とか」
 「うんうん」

 オメーのことじゃねえよ、カラーズのミッションの話だよ。酔っ払いの大人にイチゴを売りつけてベビーカステラを買ってみんなで美味しく食べたいんだよ。
 「そうだ。とにかく食え。今なら特典付きだぞ」
 「食べないと特典はじめられないぞ」
 「早く食え」

 大人の守ってくれた平和なんてまだまだだ。
 子どもはもっとすごい平和を守れるんだってこと、見せてあげる。

 「それではオープンです!」
 「春が来たー!」

 それは別にしょぼくれた大人を元気づけてやろうという慈愛の精神ではありません。
 この子たちはクソガキです。そんなこまっしゃくれた、大人に都合のいいばかりの良い子ではありません。
 単に自分たちが楽しくなれるよう、そこらの大人を巻き込んで遊んでいるだけです。

 それでも、この子たちのいるところには大人が知っているよりももっとずっと平和な世界がありました。
 そしてこの子たちはそういうステキな世界に大人を巻き込んで、垣間見せてくれる子たちでした。

 オヤジが、上野の人々が、そして私たち視聴者がカラーズを好きになったのは、きっとそういうところですよね。
 この子たちは私たちよりもステキな世界を知っている。
 この子たちならきっと私たちの守った世界よりもっとステキな世界をつくってくれる。
 そういう期待と、私たちの世界がこの子たちを育んでやれたという喜びが、きっと今あなたの胸を暖めているものの正体です。

 上野の街はたしかに平和かもしれません。
 けれど、カラーズのいるところはもっと平和です。

この街の平和のために!

 「おおーい、カラーズ! この街は好きかー?」
 「全然だな!」

 ああ、確かに。

 この子たちは上野の街が平和であることを知っています。
 けれど、もっと平和な世界があることも知っています。

 私たちは上野の街が平和であることを知っています。
 けれど、この子たちが街中を元気に遊びまわるほどに、もっと平和な世界があることを知ります。

 どんなクソガキも黙っていれば天使の寝顔。

 ですが私たちがカラーズに期待することはそんな見てくれのかわいらしさばかりではありません。
 平和な上野にもっと平和を撒き散らす、元気いっぱいなクソガキだからこそ好きになったんです。

 「あー。平和だ」
 斎藤め。オトナコドモのくせに、こういうときばかりカッコイイこと言いやがって。

 どうか、この子たちがいつまでも胸いっぱいに平和を描き続けられますように。
 そのためにも私たちは今日も明日もこれからも、私たちなりの平和を守りつづけましょう。
 この街の平和のために。
 子どもが大人になるたびにもっとステキになっていく、この平和な世界のために。

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