多田くんは恋をしない 第9話感想 その唇は世界で一番遠い。

やっぱり私、止められない・・・。ごめんなさい。

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(主観的)あらすじ

 「日本ではこれまでと違ういろんなことを経験するでしょう」 留学を決めたとき、乳母のレイチェルはそう言っていました。まさかその「いろんなこと」に恋が含まれるだなんて。テレサは自分の決意が揺らいでいることを自覚します。ラルセンブルクの女王になること、それと同じくらいに、多田との楽しい日々を大切にしたがっている自分がいます。
 多田が風邪で倒れてしまいました。いつものテレサなら彼の家を手伝いたいと考えるでしょう。
 多田の撮った写真を見つけました。彼が見ている世界にはいつもテレサがいました。
 階下に戻ると多田の友達がおしゃべりしていました。彼とテレサがいつも見てきた光景です。
 「やっぱり私、止められない・・・」 決意を揺るがすその恋に、後悔の念ばかりが染み出します。

 最後の自由。最後のワガママ。最後の自分らしさ。テレサがテレサでいられる時間は限られています。彼女はそのつかの間の休日を、これまでよく見知ってきた母国とは違う、遠い憧れの地で過ごすことに決めました。たぶん、出会ったのが多田でなければ恋をせずに済んだということはなかったでしょう。彼女は「これまでと違ういろんなこと」そのものに恋してしまったのですから。
 だからこそ、そんな彼女を救ってあげられるのは多田しかいないんじゃないかと思います。テレサは片翼の鳥だから。後悔によって自ら自由の翼を捨ててしまった子なのだから。同じく片翼であり、その後悔を理解してやれる多田にしか、彼女を自由に飛び立たせてやることはできないんじゃないかと思います。
 テレサが恋した相手が多田でよかったと、そう思える日が訪れますように。

そして、後悔

 「戻れたらいいけど、戻れないからな」
 「一度後悔したことは二度と繰り返さないようにすればいいんじゃないかな」
 「それが、後悔した意味なんだと思う」
(第8話)

 「やっぱり私、止められない・・・。ごめんなさい」
 もし、繰り返してしまうなら。
 後悔によって自らを律してなお、後悔することがわかっているものを愛おしく思ってしまうのなら。
 それでも後悔に意味はあるのでしょうか。
 私はいつまで弱いままなのでしょうか。

 「お話があります。テレサ様。あなたはラルセンブルクに帰ってシャルル様と結婚する、そして女王になる――その決意に変わりはありませんか?」
 「・・・あなたは、やはり、多田光良のことを好きになってしまったのですね」

 大好きなアレクの瞳から涙が散ります。
 これを繰り返したくなかったからこそあのとき後悔して、強くなろうと胸に誓ったのに。彼女の喜ぶ立派な女王になろうと決めたはずなのに。
 もう何度繰り返してしまっただろう。何度後悔すれば強くなれるのだろう。

 「――だとしても、私は女王になります」
 「大丈夫です。アレク。心配かけてごめんなさい」

 後悔に後悔を重ねて、二度あらば三度、三度目があれば四度だって。
 テレサはずっとそうしてきました。
 もしテレサがアレクに笑ってほしいと願うのならば、そのときはまずテレサが笑わならなければなりません。
 だけど。

 「光良くん心配ね。子どものころから見てきたけど、風邪ひくなんて珍しいから。ねえ」
 「ああ。いつもがんばってて偉い子だ」

 どうやら私はあの人と違って強くなれないらしい。
 昨日だってあの人に傘を譲ってもらって、そのせいで風邪をひかせてしまった。
 思えばあの人にはいつも助けられてばかりいた気がする。

 「やっぱり私、止められない・・・。ごめんなさい」
 あの人が、遠い。
 その唇はこんなにも近くにあるのに、あの人の心がいないときにしか、私には触れられない。
 今が楽しかったくらいで後悔を忘れてしまう愚かな私は。
 今が楽しかったくらいで決意を鈍らせてしまう弱い私は。
 強いあなたから、遠い。

 結局、後悔したことに意味などあったのでしょうか。

 だから。
 「多田くん。お願いがあります」
 どうか、この恋が楽しい想い出のまま、終わってくれますように。
 もうこれ以上後悔せず生きられますように。

 「今はこれといって・・・。笑顔で生きていければ」(第8話)

その笑顔に仕えて

 「私はテレサ様をお守りする立派なニンジャになりたいです!」
 ・・・まさかこの人。
 「すげえ・・・。なに今の素早さ。忍者っスか!?」
 「姉さん何者!? すっげー! ついていきまっす!」
(第2話)
 有言実行したんですか。

 「お話があります」
 彼女はどうしてあのときあんな質問をしたのでしょうか。
 「あなたはラルセンブルクに帰ってシャルル様と結婚する、そして女王になる――その決意に変わりはありませんか?」
 彼女にとって、テレサが女王になることはそんなにも大切なことだったでしょうか。

 もちろんです。
 彼女は今、ラルセンブルク王女の従者としてここにいます。
 テレサが王位に就くことは彼女にとっても職責であり、栄誉です。
 王配となるシャルルも善良かつ優秀な男性で、テレサのことを心から愛してくれています。
 なにより――
 「留学が終われば国に戻り、私はシャルルと結婚して女王になります」(第6話)
 なにより、テレサ自身がそれを望んでくれています。
 ならばそれが己の本懐であることは疑う余地がありません。

 彼女はかつて後悔しました。
 「テレサ様! もっと、ご自身の立場を考えて・・・行動してください!」(第3話)
 大切な友達を危険にさらしてしまった己の不甲斐なさを。
 以来、彼女は次期女王の従者としてふさわしい人間になるべく、自分を鍛えてきました。
 あの日以来、彼女の人生は大切な友達を守るためにありました。

 テレサが女王になることは彼女の本懐です。
 だって、それはきっとテレサにとって幸せなことだから。
 恵まれた生活、傑出した配偶者。敬愛される立場。きっと祝福に満ちた日々が待っています。
 「留学が終われば国に戻り、私はシャルルと結婚して女王になります。その覚悟は・・・日本に来るときからできています」(第6話)
 たとえそれが、“覚悟”を必要とする道だとしても。

 「あなたはラルセンブルクに帰ってシャルル様と結婚する、そして女王になる――その決意に変わりはありませんか?」
 彼女はどうしてあのときあんな質問をしたのでしょうか。
 「・・・あなたは、やはり、多田光良のことを好きになってしまったのですね」
 彼女はどうして涙をこぼしたのでしょうか。
 彼女にとって、テレサが女王になることはそんなにも大切なことだったでしょうか。

 いいえ。
 彼女にとって最も大切なものは、テレサでした。
 彼女は大切な友達の幸せを守るためにこそ人生を捧げてきました。
 テレサを女王にすることはそのための手段でしかありませんでした。

 なのに、それが逆にテレサを苦しめてしまうだなんて。

もうひとつの後悔

 「そうですね。たしかに私も、7歳のとき『早く大人にならなきゃいけない』と自覚したのかもしれません。自分の行動が誰かを傷つけてしまうと知って。とても大切な人を――、泣かせてしまいました」(第8話)
 アレクのあの日の後悔が、テレサを悲しませていました。

 「テレサをもう少し信用してあげなよ。これが最後なんだし。テレサも僕も、そう簡単に自分の道を外れて生きることはできないんだよ」(第8話)
 アレクがテレサのためになると信じていた道に課せられる“覚悟”は、途方もなく重たいものでした。

 別にアレクが何かしたとしてもテレサの運命を変えられたわけではありません。
 仮にできることがあったとしても今さら過去を変えられるわけでもありません。
 けれど、それでも、自分が背中を押してしまったんです。
 テレサはアレクのためを思ったからこそ自分の道を受け入れてしまったんです。

 「アレク。最近テレサずっと変だけど、大丈夫?」
 「大丈夫です。いつものテレサに“戻った”だけですから」

 日本に来て、女王になることからひととき解放されたテレサは毎日楽しそうでした。毎日本当によく笑っていました。
 ・・・ラルセンブルクにいたときよりも、きっと、ずっと。

 だからといってアレクにはどうすることもできないのですが。
 テレサの恋を叶えてあげることはどうしてもできないのですが。
 多田がどんなに親切であったとしてもこればかりは助けを期待できないのですが。

 「――その決意に変わりはありませんか?」
 それでも、せめて友達として、弱音くらいは受け止めてあげたかった。

 「だとしても、私は女王になります。大丈夫です。アレク。心配かけてごめんなさい」
 残念ながらテレサは強い子で、そういう弱音は全部自分の内に飲み込んでしまうのだけれど。
 彼女にそういう強さを培わせてしまったのは、他でもない。アレクでした。

 後悔ばかりが渦巻きます。
 自分が強くなれなかったことに。
 大切な人を強くあらせてしまったことに。
 はじめから何もかも決まっていたことに対して本当に何もできなかった無力な自分が、悲しい。

 かつてこれら後悔を霧散させることができたのは、世界中でもただひとりだけ。
 それは後悔を自身の胸にも抱き、ゆえに理解し、ゆえに意味を与えられた人。
 それは満天の星空の下で軽やかに強さを謳いあげてくれた人。
 「戻れたらいいけど、戻れないからな」
 「一度後悔したことは二度と繰り返さないようにすればいいんじゃないかな」
 「それが、後悔した意味なんだと思う」
(第8話)
 それこそがあなたなんですよ。多田光良。

 どうか、彼女たちの後悔が報われますように。

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