多田くんは恋をしない 第10話感想 虹色のシンデレラへ。

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「あなたの淹れてくれたコーヒーだけが心残りだった」と、レイチェルが話していました。

(主観的)あらすじ

 デートです。待ち合わせ場所はふたりがはじめて出会った城郭公園。先に来ていたテレサのはじける笑顔は、多田の目にもはっとして映るほどに、美しすぎました。目当ての場所よりも少し離れたここから今日一日が始まります。
 多田とテレサはれいん坊将軍展を見てまわります。展示。射的。舞台。楽しい時間でした。このあいだの不自然な態度がウソみたいにテレサの笑顔は輝いていて、いつも以上に何でも楽しそうにしていて、なんだか見ている多田の方まで笑顔になってしまいます。
 この勢いに乗って、多田はスタータワーの展望台へ上ることに挑戦してみます。飛行機にトラウマがある多田にとって苦手な場所。けれどテレサが興味深そうにしていた場所。意を決して上ってみたのですが、そこから見える景色はあいにくのにわか雨でした。
 ふと、多田の脳裏に子どものころの後悔の記憶が蘇ります。あのときもこんな雨でした。もしあのとき自分が違う選択を取れていたら――。けれど、テレサは言うのです。一度後悔したことは、二度と繰り返さないようにすればいい。それはいつか多田がテレサのために言ってやった言葉でした。雨は上がり、空には虹が架かります。
 楽しい時間の終わり。どこか名残惜しい多田は最後にコーヒー一杯分のひとときをテレサに提案しますが、彼女は首を振って辞退します。・・・それが、多田が見たテレサの最後の姿でした。

 『ローマの休日』は、しばしば童話の『シンデレラ』に喩えられます。というか、まあ、劇中でもちょこちょこそういうイメージを想起させる演出が施されていますからね。
 息詰まる生活を強いられていた王女。みじめに虐げられていた灰被り。そのつかの間の息抜きとして与えられた魔法のような時間。やがて魔法が解けるのはわかっているのだけれど。
 ――けれど、ふたつの物語は魔法が解けたあとも続きます。宮殿へ帰ってからも。12時の鐘が鳴ってからも。彼女たちにかけられた魔法は一時の息抜きで終わることを良しとせず、元の生活へ帰ったヒロインたちのその後に“ハッピーエンド”を贈ります。

 「コーヒー、飲んでくか?」
 テレサにかけられた魔法はまだ終わっていません。

シンデレラ・マジック

 「ここでしたね――」
 懐かしむのは、多田とはじめて出会った場所。
 今日を最後に諦めると決めたこの恋の、そのはじまりといえば。

 ふり返ってみれば、きっかけらしいきっかけなんてありませんでした。
 ふたりきりで雨宿りしたり、彼の後悔の在処を知ったり、逆に後悔を聞いてもらったり――それらしいイベントはいくつかありました。でもそのいずれもきっかけと呼べるほどのものではなく、そしてそのどれもが恋した理由だったように思えます。
 いいな。ステキだな。楽しいな。――そう思っているうちに、ときどきさらにカッコイイところを見れたり、救われるようなことを言ってもらえたり、一緒に笑いあえたり。思えばいつもワクワクしていました。いつもドキドキしていました。
 そのうちに、いつの間にか、いつの間にか、いつの間にか。
 テレサの恋は、輝かしい平凡な日常のなかで、ゆっくりと育まれていきました。

 「すみません。写真を撮っていただけませんか」
 「・・・アイキャントスピークイングリッシュ」
 「え? 私の日本語、間違っていましたか?」
 「え、ああ。ノウ、イエス。オーケー」
(第1話)

 「ごめんなさい。これじゃダメですね。・・・お邪魔しました」
 「――じゃあ、メモリーカード」
 「え?」
 「俺のカメラで撮って、渡せば」
 「わ、いいんですか!?」
(第1話)

 だから、この恋のはじまりを辿ろうとするのなら、きっとあのときまで遡ってしまいます。
 本当になんてことない出会いでした。その後の濃密な数ヶ月に比べたらほんの些細な出来事。まさかこの人に恋するなんて思いもしませんでした。
 でも、恋したきっかけといえば、やっぱりあのときでした。
 テレサは、多田と、そして多田をとりまくすべての日々に、恋していました。

 「写真はもう大丈夫ですか?」
 「あ、ごめん。つい」
 「ううん。いつもの多田くんでいてください!」

 だから、どうか今日だけは。
 願わくば、私がいなくなってからもずっと。
 この魔法のような時間がいつまでも続きますように。

 もう後悔しないで済むように。
 この愛しい日々のすみずみまで一片の後悔も残さず、ただひたすら美しいばかりの想い出として、永遠に胸の内に残せるように。

 「では参りましょう。『いつも心は虹色に』!」
 美しすぎた人よ。

シンデレラ・ワルツ

 「あっ。あれは! 多田くん。ありましたよ、将軍の使っている隠し井戸! 本物です!」
 「40周年限定のれいん坊ドロップ!」
 「多田くんは何が欲しいですか?」
 「やった! 当たりました! やったやったー!」
 「多田くん、逃げますよ! あはははは!」
 「はじめて見ました。多田くんの『虹色に』!」
 「わあ、お土産コーナーですよ! へへ。どうですか?」
 「おいしいです! さすがれいん坊将軍の虹色パワーです! ものすごーく元気が出ます!」

 楽しい時間ばかりが続きます。
 楽しい想い出ばかりで埋まっていきます。
 さすがれいん坊将軍の虹色パワーです! いつも心は虹色に!

 「かわいい彼女さんですね」
 「海外で暮らすなんて俺には想像できないな」

 不意に現実の陰りが顔を覗かせるけれど。
 「勇気。・・・そんなに深く考えていなかったから、来られたのかもしれません」
 今は考えない。この楽しかった日々を、後悔のない想い出として残すために。

 「来て良かった?」
 心から。今は心からそう思います。
 「はい!」

 「・・・せっかくだし、行ってみるか」
 嬉しい日には嬉しいことが続きます。
 自分だけでなく、多田くんまで心残りを残さないようにがんばってくれます。
 この人はいつもこうして、ふとしたときに幸せな気持ちをくれる人でした。

 「え・・・。雨・・・」
 だから、不意の陰りには負けません。
 「もし自分が素直に話せていたら。少しでも出発を遅らせることができていたら。――親父たちは事故には遭わなかったかもしれない」
 だから、不意の陰りなんかには負けません。

 「多田くんのご両親が事故に遭われたのは多田くんのせいじゃないと思います。絶対、違います」
 今のテレサは陰る気持ちに抗う手段を知っています。
 「だけど、素直に気持ちを伝えられなかったと多田くんが後悔しているのなら――」
 「これからはきちんと伝えるようにする。それでいいんじゃないですか」

 一度後悔したことは、二度と繰り返さないようにすればいい。これも多田くんが教えてくれたことでした。

 だから、雨は晴れます。
 多田くんの表情も晴れます。
 いつか想い出になる今日は守られました。
 いつか後悔するかもしれない心残りはすべてなくなりました。
 そうなるようにテレサががんばりました。
 そうできる強さを多田くんが教えてくれました。
 今日までの日々を忘れません。自分を救ってくれたすべてを、この恋を、一生忘れません。

 この想い出さえ胸に抱いていれば、きっとどんな辛い毎日も笑って過ごせることでしょう。
 だから、テレサはこれでもう満足です。
 悲しい後悔は、もう二度と繰り返しません。

 「『いつも心は虹色に』!」

シンデレラ・スリッパー

 想い出すべてを後悔のない美しいものばかりで彩って、まるで魔法みたいだった時間は終わりのときを告げます。
 12時の鐘が鳴り、おとぎ話のヒロインは元いた現実へと帰らなければなりません。

 さて、『シンデレラ』の童話では、このとき王子様は何をしたでしょうか。
 シンデレラを追いかけました。
 まるで逃げるように王宮の階段を駆け下りるシンデレラを、必死の思いで呼び止めようとしました。
 彼女とのダンスが楽しかったから。
 彼女にこれからも傍にいてほしいと思ったから。
 必死に追いかけて、必死に呼び止めて、そして――。

 「コーヒー、飲んでくか?」
 そして、辛うじてガラスの靴だけでも拾いあげることができました。

 「あなたの淹れてくれたコーヒーだけが心残りだった」
 テレサの敬愛する乳母・レイチェルは、自ら掴んだ幸せのなかで、それでもたったひとつだけ後悔を残していました。
 いかなる理由によるものか、その後悔を解消することなく、今日までずっと胸に抱きつづけていました。
 後悔を抱いたまま、彼女はいつも穏やかでした。
 後悔を抱いたまま、彼女はテレサにたくさんのステキなことを教えてくれました。

 後悔って、そんなにしちゃいけないものなのでしょうか?

 多田は後悔しました。だから強くなろうとしました。強くなりました。
 テレサも後悔しました。そのために強くなろうとしました。強い子になりました。
 後悔を残すことはそんなにもいけないことなのでしょうか?
 後悔を二度と繰り返さないようにとあらゆる心残りを取りはらうことは、そんなにも幸せなことなのでしょうか?
 後悔こそが多田を強くしたのに。
 後悔こそがテレサを強くしたのに。
 後悔することは、はたして本当に不幸せなばかりだったでしょうか?

 レイチェルはテレサに人生の標を授けてくれました。
 「どんなときでも、どこにいても、道に迷ったときは星の光が導いてくれる」(第6話)
 まるで、迷うことが当たり前のことであるかのように。
 まるで、迷いと希望とが共存するものであるかのように。

 多田はテレサに救いの言葉を教えてくれました。
 「一度後悔したことは二度と繰り返さないようにすればいいんじゃないかな」(第8話)
 まだ続きがあります。
 「それが、後悔した意味なんだと思う」(第8話)
 後悔には、意味があるのだと。

 後悔を胸に抱きつづけた多田の人生は、そんなにも不幸せなものだったでしょうか。
 後悔を胸に抱きつづけたテレサの人生は、そんなにも不幸せなものだったでしょうか。
 伊集院がいて、アレクがいて、たくさんの出会いに恵まれて。
 強くなれて、いつからかまた笑えるようにもなって、尊敬できる強さを持ったお互いに出会えて。
 あなたのこれまでは、それでも、そんなにも不幸せなものだったでしょうか?

 いいえ。
 他ならぬあなたが証明しています。
 あなたが想い出に変えようとしている、今日までのその輝かしい日々こそが、あなたのこれまでが幸せであったことを証明してくれています。
 後悔したっていいじゃないですか。
 どんなに胸を締めつけられようとも、それでも、その後悔こそがあなたを幸せな日々へと導いてくれたんですから。

 後悔して、だから強くなろうとしたあなた。
 もう二度と後悔しないあなたは、では、これからどうなろうというのですか?

 「コーヒー、飲んでくか?」
 どうか、最後に手向けられた彼の言葉が、あなたの心にしこりを残してくれますように。
 強くなりたいと、幸せになりたいと願えるステキなあなたでありつづけられますように。
 美しすぎた人よ。あなたにかけられた魔法が、つかの間の息抜きで終わりませんように。

 多田め。最後の最後によくぞやってくれた。本当に、よかった。

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