
なんでさっき食べたときガッカリしてたの? 肉じゃがを代表して聞きたい。ちゃんと教えてほしい!

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「らんらんって変・・・!? 肉じゃがとウソ」
Lead Character:がんばったひと
らん
Major Happening:大きなできごと
ごはんを食べてウッキウキ有頂天になってるところを高木くんに見られてしまったらん。変な噂を広めるのをやめてほしいとお願いしても、高木くんは変なものは変だと言って聞いてくれない。
そんな高木くんにも、実は普通より甘い肉じゃがが好きだという少し変わったところがあった。遠くの大学に行ってしまったお兄さんとの想い出の味。らんは持ち前の料理知識でそのレシピを割り出し、高木くんに感謝された。
Sub Questions:小さなできごと
らんのトラウマ
小さいころ大好きなごはんのことを語っているうち友達に引かれてしまったことがある。以来、らんは人前で大好きなことを語るのをやめ、代わりにキュアスタに投稿するようになった。
高木くんのウソ
高木くんはあることないこと混ぜこぜにして、なんでもかんでも友達に話してしまう少し困った子。実はそれも、お兄さんが高木くんの作り話を面白そうに聞いてくれていたことから身についた習慣だった。
元気を取り戻すために
らんが落ち込んでいることを知ったゆいたちは、彼女にラーメンづくりを教わることにした。高木くんに変だと言われてしまったらんの特別な個性を積極的に承認することで、自信を取り戻してもらおうと考えたわけだ。
Battle Depiction:どんなバトルだったか
ウバウゾーのビーム攻撃で地面に押さえつけられてしまったが、らんはバリバリカッターブレイズを自分の両腕に巻きつけて地面を叩き、くぼみをつくって拘束から脱するという変則的な戦いかたで対抗した。
I’m curious !:気になるポイント
飴色玉ねぎを使った肉じゃが
飴色玉ねぎのおいしさは主に糖とメイラード反応によるものなので、夢のない話をすると肉じゃがの場合は砂糖と濃口醤油を多めに入れるだけでほぼ同じ結果になる。私も高校生くらいのころは高木くんのお兄さんと同じことをやってた。ガス代がもったいないと叱られた。ああ夢がない。
一億総オタクの時代です。一昔前までアニメやゲームを愛好する人といえば嘲笑の対象でしたが、現在、むしろアニメやゲームなんてのは誰にとってもごく身近な存在となっています。そのうえで、私みたいに日曜朝から夕方までひたすらプリキュアだけ観ているような人は、さすがにやっぱり今でも少数派の変人ですけどね。
でも、今や一億総オタクの時代。アニメやゲームに限らず、みんなそれぞれ自分だけの少し変わった趣味があって当たり前になりました。ダンスや作曲、動画配信、筋トレマニア、パラパラチャーハン偏執狂に、ペペロンチーノ乳化教、鉱石収集、御朱印コレクター、バエる喫茶店巡りに、ダム巡り、廃工場ウォッチャー、架空の小説レビュアー、自分の陰毛観察日記。かつてはステータスの象徴だった高級腕時計や外車だって、今ではもの好きがひとりで楽しむために買うものともっぱらの評判です。
言い換えるなら多様性の時代です。多様性というと先天的な病理とか社会不適合とかのムツカシイ話になりがちですが、ああいうのが当たり前に受け入れられるようになったのだって、私たち自身にみんなそれぞれ違ったところがあるという自覚が身についたからこそです。私たちみんな普通じゃない。普通の人はひとり残らずみんな変。一見して自分と違うところがある人なんて、それこそ身のまわりあらゆるところいっそ全世界にありふれている。全身ユニクロ全然アリ、高級服なんて自己満足。でもファッション被りだけはクソダサよね。そんな雰囲気の時代。
つまるところ、らんの悩みなんてそのくらい悩むだけ損なものって話ですよ。そして、みんな同じことで悩んだ経験があるわけです。少なくとも今日この頃は。
らんの個性を笑っていた高木くんにすら、人に話すにはちょっと気恥ずかしい自分だけの味の好みがありました。
だけどもし、誰かに認めてもらえたならば。私たちはもっと自分の変なところに胸を張ってもいいのかもしれない。今話はそういうお話です。
「俺の身体は“うまい”肉じゃがで動くサイボーグ!」
なんならブラペみたいに誰に認められずとも自分で勝手に胸を張ったっていいんですよ。
あの子に喋らせたら話が終わっちゃうからか、今回デリシャスフィールドにすら現れませんでしたけども。
ひとつ先へ進む物語
「ねーえ。思ったんだけど、“変”ってステキなことじゃない?」
「“変”がステキ・・・?」
「ええ。“変”っていうか、みんな好きなものが違うだけなのよね」
「私もいつもごはんのことばかり考えちゃう。“変”だね!」
「ふふ。好きなものを好きっていうのはとてもステキなことだし、どんどん言っていけばいいのよ。らんのごはんへのオニ盛りの情熱は才能よ。誰に何を言われようが、自信を持っていいってこと。だって“大好き”なんだから!」
もし今話の物語がここで終わるのであれば、これは『キラキラプリキュアアラモード』でもほとんど同じ話をやったことがありました。
「らんちゃんってなんか変だね」
「ブランコで遊ぼう」
「その話要るか? それより、昨日のテレビ見た?」
「見た見た! らんこちゃん歌うまかった! ひまりちゃんは見た? ――本当? ひまりちゃん変わってるね」(『キラキラプリキュアアラモード』第2話)
他の人にはなかなか興味を持たれない自分だけの趣味というのはどうしても存在します。そりゃまあ、自分が好きでやっていることなんですから、他の人もそれが好きとは限りませんしね。
でもそれは裏を返せば、他人にどう思われようとも自分さえ好きでいられるなら好きでいていいということ。趣味の話なのにいちいち他人の視線を気にしているところから間違っている。
この問題は『キラキラプリキュアアラモード』でも有栖川ひまり初変身回だけで早々に解決されていました。
なにせ『キラキラプリキュアアラモード』はスイーツをつくる側の物語。発信する側の物語。“他人に興味を持たれないオタク趣味があるとして、それでも多くの人に伝えたくてたまらない場合はどうすればいいんだろう?”というテーマこそが、有栖川ひまりが1年かけて紡いだ物語でした。
翻って、『デリシャスパーティプリキュア』はごはんを食べる側の物語です。
今話に出てきたらんの悩みは、スタート地点でこそひまりと共有できるものかもしれません。ですが、作品自体のテーマが異なるんですから、当然その先の物語も違った展開であらねばなりません。ましてひまりが1話で終わらせた話をらんが延々長引かせることも。
では、「好きなものを好きっていうのはとてもステキなこと」の先に『デリシャスパーティプリキュア』の華満らんが紡ぐべき物語はどういうものであるべきでしょうか?
「らんらん、なんか自信が湧いてきた! 高木くんのことはもう全然気にしない!」
それでは足りません。
「高木くん、さびしいのかも。お兄さんが大学に行って、急にひとりになったから」
これも違います。そっちは発言者である芙羽ことね、分けあうおいしさのプリキュアが受け持つべき視点です。
「なんでさっき食べたときガッカリしてたの? 肉じゃがを代表して聞きたい。ちゃんと教えてほしい!」
そう。それですよね。
華満らん。あなたは“おいしい”の独り占めを許さないプリキュアです。
独り占めしない / させない
「お前、なにサンドイッチと喋ってんだ? ははっ。華満って変なヤツ!」
「サンドイッチに話しかけるのは変じゃね? 変なヤツを変だって言って何が悪いんだよ、なあ」
有り体にいって、高木くんはイヤなヤツでした。
やめてほしいって訴えても聞かず、それどころか本当はやっていないことまで話を誇張して、いたずらにらんの名誉を傷つけようとする。
高木くんみたいな子は世のなかに案外たくさんいて、小さいころにも同じように傷つけられた経験を持つらんは、いつしか自分の趣味の話を友達に語らなくなりました。
たとえ友達でもわかってくれるとは限らない。ゆいたちのような出会いは本当に稀なもの。だから、趣味語りは広いネットの海に流して、世界中まばらに存在する同好の士にだけ伝わるようにしよう。
「一口食べただけでウチの隠し味がわかるなんて嬉しい! このスープはウチの家族の涙と汗の結晶なんだ。この味を完成させるまでにはね、ものすごく長い時間がかかって、あるときは荒れた海を乗りきり、またあるときは異国の地をさまよってようやく最高の食材と出会って生まれた、ウチ自慢の特製スープなんだ!」
「わあ。そうなんだ!」
「――はにゃ。食べてたとこごめんね。は、はは・・・」(第7話)
「らんらん、キュアスタやめたんだ。だって、らんらんのせいでお店が狙われたり、レシピッピが捕まっちゃったりするのイヤだから。もう書かないことにしたの」
「もしかして、ここのところ様子がおかしかったのってそのせい?」
「・・・えへへ。大丈夫、大丈夫。おいしいものを探す情熱がなくなるわけじゃないし」(第8話)
だけど、らんは“おいしい”の独り占めを許さないプリキュア。本当は変な遠慮なんてせずに、そのとき感じた感動はその場で思いっきり共有したい。
自分の心のなかに感動をそっと隠すなんてちっとも本意じゃありませんでした。
誰よりもまず、自分が“おいしい”を独り占めする子になんてなりたくはありませんでした。
「らんらん、なんか自信が湧いてきた! 高木くんのことはもう全然気にしない!」
だからこの言葉では足りないんです。
たとえ高木くんがどんなにイヤなヤツだったとしても、感動を分かちあえる相手が少なくなるなんてこと、らんにとって幸せなはずがありませんから。
「あのときの高木くん――。肉じゃがに何か大切な想い出があるんだよ。そんな想い出を、絶対に奪わせない! 絶対に!」
むしろ知りたいとすら思うのでした。
あんなにイヤなことを言われたのに。イヤなヤツなのに。
それがイヤなヤツのものでも、そこにおいしい想い出があるというなら、どうか共有させてほしい。独り占めしないでほしい。
だって、らんはそのためにプリキュアになったんですから。
自分にも、他人にも、独り占めなんてさせないために。
「ナルシストルー! レシピッピを返して!」
「ふん。ひとつくらいいいだろう」
「あなたにとってはただのひとつでも、それがかけがえのない人もいる!」
ただひとりのかけがえのない想い出も、きっとみんなで分かちあえる“おいしい”になれるから。
私とあなた、双方がお互いを拒絶しないかぎり。
変人たち
「あ、あんまり甘くなかったんだよ、この肉じゃが。兄ちゃんがつくってくれる肉じゃが、いつも甘くてさ。それが食べたくて来たんだけど。おいしいけど、甘さがなんか足りないっていうか」
「ふむふむ。それは、玉ねぎ! きっとお兄さんは玉ねぎを飴色になるまでじっくりと時間をかけて炒めて、それを肉じゃがに入れたんじゃない? それが、お兄さんの肉じゃがの甘さの秘密。はにゃー! 謎は解けた!」
ただ自分は自分、他人は他人という話で終わらず、“おいしい”の独り占めが起きないように一歩踏み込んだ先。
らんと高木くん、それぞれの知りうることを持ち寄って、お兄さんの肉じゃがのおいしさは無事ふたりの間で共有されることになりました。
飴色玉ねぎの一手間はともかく、まず味つけ自体がお店の肉じゃがより甘めということなので、おそらくは万人受けするわけではない、多少好みが分かれる味なのだと推察されます。
「うわしゃあー! 甘くてうめえ!」
「なんか、マジうまそうだなあ」
「俺の身体はうまい肉じゃがで動くサイボーグ!」
「マジか」
あんまり真に受けてはいけません。あくまでこの味は高木くんの味覚にドンピシャというだけであって、他の人が食べても同じくらいおいしく感じられるとは限りません。想い出の味なんてものは概してそんなもんです。
とはいえ、高木くんがあんまりにもおいしそうに食べるものだから、友達ふたりにもこれはよっぽどおいしい肉じゃがなんだろうというのが伝わってくるわけです。
この瞬間、高木くんの想い出の味のおいしさは、らんだけでなく、今度はふたりの友達にまで伝播したわけですね。
これこそがらんが“おいしい”の独り占めを許さない理由。
「ちゅるりんのキュアスタを見てると、『このおいしさを知ってほしい!』って気持ちが伝わってきて腹ペコってきちゃうもん」(第8話)
らんが共有しようとしているのは純粋な味のレビューではなく、食べたときの感動です。
『デリシャスパーティプリキュア』は食べる側の物語です。おいしいごはんを食べる側として、どんな人に対して、どんな働きかけができるのかを考えるストーリーになっています。そこが、つくる側の立場からスイーツにどれだけの思いを込められるのかを考える『キラキラプリキュアアラモード』とは視点の異なるところ。
彼女たちはつくる側ではなくあくまで食べる側なので、ごはんの味そのものに直接働きかけることはできません。あくまでも他の部分、たとえば笑顔を見せることだったり、友達と分けあう楽しさだったり、感動を独り占めしないことだったりを通して、付加価値的にさらなるおいしさを引き上げていくことになります。
そのくらい、ごはんのおいしさというものの本質は純粋な味だけに拠らない、食事体験全体を通して得られる複合的な幸福感なのだという話にもつながっていくわけですね。
だからこそ、たったひとりにとっての思い出、ただひとりの個人的な味の好みでしかない話であっても、独り占めせず共有することに確かな価値が生じます。
味覚は人それぞれ違うかもしれませんが、感動ならみんな我がことのように同じく味わえるはずですから。
華満らん / キュアヤムヤムとは、つまりそういうプリキュアです。
多様性の時代。全ての人がひとりとして全く同じではないことを認める価値観に支配された、この現代。
「結局誰も本当の私なんてわかってくれないんだ」「自分以外の人間はどこまでいっても他人でしかないんだ」 そういう漠然とした不安感と孤独感が根づき、だからこそ“多様性”を訴えながら、実際には排他的な同調圧力が高まってもいるのが今の世のなかだと思います。
そんな一億総孤独の時代のなかで、それでも、確かに周りの誰かと共有できる何かを探し求めよう。私たちがひとりぼっちではないことを証明しよう――。今年のプリキュアにはそういう意気込みが篭もっているように、実は私、最近そういうふうに受け取っていたりします。
まあ、私自身はひとりで暮らしていてもさびしいとか感じないタチなので、今のところこの方面めっちゃ他人事なんですけどね。
コメント
今日はらんらんが変な女子生徒と扱われながらも逆転した話でした!!☆☆♬
変な奴を変だって言って何が悪いは、7時から始まって9時までに終わるニチアサのアニメ的に感慨深いですね!!☆☆♬
日曜の朝7時からテレビ朝日系で放映された恐竜キングでは、女子児童主要メンバーが、若い女の敵幹部に対して
「オバさんにオバさんって言って何が悪いのよ!!!?」と聞き求めつける話がありました
さらにキュアアイドルギャンブラーが実質第2話にデビューしたギャンブラーズプリキュアでも、反省会でテンジョウのこと
「もう、おばさんのことおばさんって言って何が悪いのよ!!?」
と反論し付けます
だからプリキュア的にも感慨深いモジったセリフでしたね!!☆☆♬
それからマリちゃんの「誰に何を」というセリフもシックリ着ました!!☆☆♬
余談ですが犯罪を犯して警察に捕まった時、ウソ発見器で他の犯罪内容との関連性を調べるにせよ、余罪を調べるにせよ、その話に犯人が乗れば絶対に警察からすると良いことだけは言えています!!
でもって犯人がウソ発見器での検査で「いいえ」と答えて陽性反応が出た場合は、誰が何を言おうと結果がすべてというものですね!!
もしウソ発見器での検査で「いいえ」と答えたのが陽性反応が出ても、それがウソから出た誠である場合は、必ずと言っていいほどテレビで放映されるものですよ!!
で、話をプリキュア本編に戻していとこのお姉さんの次女には
きょうもおたがいさいごまでみてよかったね
といとこのお姉さんのスマホにLINEで感想を送れる内容でした!!☆☆♬
で、次回は4人目のプリキュアが現れるかもしれない話ですね
もし4人目のデビューが次回予告通りならエンディングも新しくなります!!
作詞担当者が入れ替わらず歌唱担当者が入れ替わるのは女児向けプリキュア史上初です!!
私は今でも半信半疑ですが、その反面より見逃せない話でもありますね!!
>今週の木曜に家族を伴う外食で昼にお邪魔した広島県現府中市上下町の完全予約制のプラシャンティーでは
お父様の親友とも言った時は、美味くなっていたメニューの数が多かったのに、その直後は旨味を感じるメニューの数がたった1つになっていて淋しかったですね!!
だから次回に行った時は2回ぶりに初めて旨味を感じるナンも、旨味が復活したプラシャンティーの料理をたくさん食べたいものです!!☆☆♬
私のお母様には何回食べに行っても毎回毎回美味いと言い切れるのでなおさらです!!(厳→咲→輝)
追伸
今日の高校野球では函館商には試合後の整列時に審判団にも一礼するカッコいい選手が何人もいましたよ!!☆☆♬
それから沖縄県ではウェルネス沖縄にも具志川商にもお互いに試合後の整列時には審判団にも一礼するカッコ良い選手がいました!!☆☆♬
ウソ発見器は発汗とか脈拍とかから心理的動揺を検知するシロモノなので、「いいえ」で反応する≠「はい」なところは要注意です。あくまで“「いいえ」ではない”というだけです。
それに、聞かれていることと関係なく「あ、家の鍵閉め忘れてた!」とか不意に思い出しただけでも反応しますしね。思考と関係なく身体が反射反応することもありますし。
時期的にはたしかに追加戦士の季節なんですが、今年CMバレ以外であんまりアピールしてこないので、変身お披露目は来週じゃなくもうちょっと先かも・・・? と、思っていたら案の定今週になって情報を出してきましたね。正直思ってたよりは早かった。
とりあえず、ゆいのまっすぐさは永遠のものであってほしいと思います。
というか食べ物あんま関係ない場面で、あんなふうに男子を叱れる子だったとは意外でした。
肉じゃがの玉ねぎを炒めるときは時間をかけろと母から教わりましたが、別に甘くなかったですね。
まあ高木のお兄さんは若い男性なので、そこら辺の主婦よりめちゃくちゃ長く炒め続けても体力的に問題なかったのかもしれません。
そういや今回特にツッコまれなかったですけど、実家の味を他人(店)に求める時点で結構行儀が悪いのでは……?
中学生くらいならギリギリでしょうか。
高木はらんらんに聞かれるまで文句言うつもりはなかったみたいですし、思うだけならまあ自由でしょう。
等身大の女の子らしくて逆にプリキュアだと珍しい描写だったかもしれませんね。基本、ものすごくクレバーか幼児並の精神年齢かの両極端ですし。もっというと身内以外をたしなめる描写自体珍しいですし。
肉じゃが、私と母の結論はいずれも玉ねぎは油を絡ませる程度でいい、でしたねえ。結局形の残った玉ねぎが甘い汁を含んでいるのが好きなもので。飴色玉ねぎやってたときは2時間かけてました。
肉じゃがって普通につくっても4人前で大さじ4杯とか砂糖を入れるので、飴色玉ねぎを入れるにしてもいくらでも砂糖を減らして調整できるんですよね。高木くんのお兄さんは純粋に甘めの味付けが好きだったんだと思います。
普段から自炊する人と自分で料理しない人とでは外食に求めるものが結構違うみたいなので、そのあたりの感覚はあんまり外野からああだこうだ言えない話かなあと。
行儀がよくないのはわかるんですが、しかしお店で希望の味が食べられなかったらもう他のどこでも食べられない・・・、みたいな絶望感があるとしたらなかなかキツいかもなあと思う次第です。
私が若い頃、セーラームーンのファンということで塾の生徒にも知れ渡り、すさまじいことになっておりました。で、私は、自称・タキシード仮面(苦笑)。
しかも、横浜銀蝿とセーラームーンは矛盾するかとか、世にもわけのわからん命題を立てて、生徒から、「矛盾する」の嵐を受けておりました。とある生徒の母上からは、「矛盾するから、どちらかにしなさい」とまで言われたとか、何とか。
その、セーラームーン以前にその手のアニメを見ていた先輩を非難していた鉄道研究会の急先鋒だったのが、あの頃からなぜか、ミイラ取りがミイラになったような(それも特大~苦笑)。
しかし、父方の祖母より長生きしている私、プリキュアを観ていることを公言しても、もはや、何も言われなくなりました。
しまいには、キュアパパイアのみのりんの父親とまで言い出しまして、それが近く出版される小説の登場人物(私がモデル)にまで出ておるという次第、であります(7月1日よりアマゾンで発売~汗)。
総合的に見て、我ながら「手遅れ」であろうと思われます(汗汗)。
そんなわけで、高木少年を笑えるわけもないのですが、彼もそのうち、らんらんに胃袋を篭絡されて、ミイラ取りがミイラになる日が来るのかな、とも(ちょっとうらやましい?~苦笑)。
私の周りだとセーラームーンを観ている男の子はイジメられてました。
今よりジェンダー差別が強かったせいもありますし、それに、あのアニメちょっとセクシーでしたから。“男が少女アニメを観て面白いわけがない!”→“ということはエロ目的だ! オナニーするんだ!”・・・というロジックですね。そういうレベルで短絡思考しないと理解が追いつかないくらい、当時の子どもにとって男女の性差は絶対的なものでした。
そう考えると、予備校の先生が率先してセーラームーンファンを公言してくれる環境というのはきっと、その地域の男の子にとって居心地よかったことでしょうね。まさかいい年した大人がエロ目的でアニメを観ているなんて公言するはずもなし。
まあ、さすがにそれだけでジェンダー意識が正されるなんてことはなかったでしょうけども。風よけくらいのものでしょうか。「横浜銀蝿とセーラームーンは矛盾する」が支持されるあたりからも根の深さが伝わってきます。今の感覚だとほんと意味わからん命題だな!