あんた、そういう顔するんだね。いいよ。その顔。次は私もそんな顔、できるようになるのかな・・・。
諦めない権利すら不確かな シャナイア

第5話 蝕 ~ 第6話 選択
Lead Character:がんばったひと
セナ
Major Happening:大きなできごと
裏切り
真のアグヌスの女王の居場所を知るというゴンドウを救出するため、ノアたちはウロボロス候補生たちとともにアグヌスキャッスルの収監施設に潜入した。ところが脱出作戦の詳細はメビウスたちに全て筒抜け。実はウロボロス候補生のひとり、シャナイアが敵に通じていたのだった。
シャナイアはメビウスたちと取引して自らケヴェスの命の火時計を宿し、生まれ変わるために自死した。
Sub Questions:小さなできごと
ゴンドウとの出会い
ゴンドウはウロボロス候補生筆頭の優秀な戦士であり、名門ヴァンダム氏族にしてシティーの現長老モニカの一人娘。親子仲は芳しくない様子。持ち前の腕っ節とカリスマ、家格を活かして監房内の同胞たちをよくまとめていた。
潜入するだけしといて脱出はノープランだったノアたちを初対面で戦力評価し、強力な援軍として使い倒すことで、やや荒っぽいところが目立つものの脱出作戦を組みあげてみせた。
シャナイアの鬱屈
名門リイド氏族ながら生まれたときにはすでに没落寸前であったため、ウロボロス候補生となって功績を積み上げることを過剰に期待されて育った。ウロボロス候補生としての評価も順風満帆とはいかず、力を求めて最優秀のゴンドウを慕うも、「マネばかりせず自分らしくやれ」と言われて複雑な感情を抱く。
周りに認められたくて努力していたのに何の評価ももらえない自分と、評価してくれないシティー内の世界とを憎み、生まれ変わりが確約されているメビウス支配下の兵士になることを望んだ。
セナの氷解
力を求めて訓練に明け暮れていたこと、ミオという憧れの人がいたところまではシャナイアと同じ。ただし、彼女の場合はシャナイアと違って周りからの評価を求めていたわけではない。
セナの本質は純粋な克己心。その自覚がないまま格上のミオに「自分らしくしていい」と言われて長らく混乱していた。いつも堂々としているようにみえたランツすら内心ではセナ同様いつも不安を感じていることを知り、昔から自分を追い立てていた不安感の正体がただの向上心であったことを理解する。
似ていて、違う
「ねえ。認められるための努力して、楽しい?」
シャナイアからセナに向けられた言葉がピンと来ませんでした。
これまで私が見てきたセナはそういうタイプではなかったからです。むしろ正反対。彼女はどこまでもマイペースでした。周りからどう見られるかだなんて気にしていないとすら思えるくらいに。
「夕べ、ずっと考えてたの。ランツたちばっかりズルい。だってそうでしょ? インタリンクしても主導権はあっちだよ? 私、見てるだけだもん」
「ああ、そういう“ズルい”ね。――主導権、握りたいの?」
「・・・もっとがんばりたいの。みんなの役に、立ちたい」
「ふふ。セナらしいね」(第3話)
たとえばインタリンクで主導権を取りたい理由が「もっとがんばりたい」だったんです。「自分ならもっとうまくやれる」とかじゃなくて。自分や仲間の命がかかっている状況で、なにをのんきな。
第5話冒頭の過去回想で少し意外な一面も見られましたが、あれにしたってハンマーにこだわる合理的理由は一切出てこなかったんです。むしろ合理性を考えるなら拳銃だと言われてガン無視。聞く耳持たずの頑固者。そりゃ孤立もする。
そんな子が、↑のシャナイアの言葉を受けてそれなりにショックを受けている様子なんです。
え? なんで?
「――うらやましい。ランツも、ミオちゃんも、ノアも、みんな自信に溢れてて」
「自信なんてねえよ。あんなもんハッタリだ。ノアやミオはどうだか知らんが、本当の俺はもっと弱い」
「え?」
「まやかしなんだよ。弱い自分を奮い立たせるためのな。――お前と、一緒だ」
「・・・!」
「けどよ、それでいいんじゃねえかな。弱いから強くなれる。だろ?」
もう少しストーリーを進めてやっと理解しました。
セナは、自分のことを誤解していたんですね。“いつも周りの目を気にしてきた。だからミオに憧れたし、見習いたかった”、そんなふうに。
逆です。“彼女の関心はあくまで自分が強くなることにあった。その手本として近くにミオがいた” 実際はただそれだけだったのに。
「セナってとっても自分に厳しいよね。だから今の自分に満足できなくて、足りないって思っちゃう。でもね、私にとっては充分だった。たぶん、みんなにとっても」
比較対象を設定していなかったら、そりゃあね。どんなに努力していても満足できる日は来ないわ。さすがにゴールくらいは決めとこうよ。
無自覚なままそんなストイックを何年も続けてこられたんですから、この子は強い。
どうりでどんな命がけの状況下でもマイペースを貫けるわけですよ。
細く頼りない綱の上で
「あんたはいいよね、ゴンドウ。英雄ゲルニカを祖父に持ち、母親はシティーの長老モニカ。で、あんた自身はウロボロス候補筆頭。・・・私の望みなんかあんたにわかるわけないだろ」
今だからわかります。ランツやミオ、あるいはシティー。エセルとカムナビ。いくつものコロニーでの出会い。
異なるたくさんの価値観に触れてきた今なら、セナとシャナイア、ふたりがどう違うのかが確かにわかります。
「なんでセスタス使った。てめえの得意は違うだろうが」
「だって――。ゴンドウと同じにすれば、手数が増えてそのぶん有利かなって」
「その名前で呼ぶんじゃねえ。つか、また言い訳か? そのグラブもだ。なんで私のマネばかりする。バカかてめえは」
似ているようで、セナが魚料理を食べていたのとはまた少し意味合いが違っていました。
シャナイアがゴンドウのマネをしていたのは、勝つためでした。評価されるためでした。強くなるためではなく。
生まれてこのかたプレッシャーばかりかけられ、成功体験に乏しかったシャナイアは自分なりの方法論というものを信じきれず、代わりに、最優秀のウロボロス候補生であるゴンドウの方法論に縋ったわけです。
なのに、それすらうまくいかず。
もはや唯一の希望であるゴンドウその人にもなじられてしまう始末。
「変わるのはこれから。私も、世界も」
「変えさせない。変えられてたまるか」
「変えないと、同じことの繰り返しなんだよ!?」
「同じなんかじゃない!」
シャナイアが持っていたのは数多ある失敗の経験だけでした。
未だ成功には行き着いていない、試行錯誤の過程だけでした。
勝手に世界のありかたを変えられてたまるか。
そんなことをされたら、この失敗の数々すら無意味なものになってしまう。いよいよ自分の手には何も残らなくなってしまう。
もしかしたら。
もしかしたら。
幾万幾億の繰り返しの先に、こんな自分でも、いつかやっと成功を掴める可能性があるかもしれないのに。
繰り返しであることにこそ意味があるのに。
――もっとも。シャナイアが置かれている今の立場では、リイド家に見限られた時点で繰り返しを試行する権利すら剥奪されてしまうのですが。
「だから、自然な命って? 一回こっきりの命なのに? 明日いきなり『はい、あんたの人生ここで終わり』って言われたら?」
「そうなるって限らないよ」
「限るんだよ! 理不尽なんだよ、この世界は! だったらさ、やり直せるこっちのほうがマシなんだよ。次は。次こそは、そいつを越えられるかもしれないんだよ!!」
切ないほどの願い。
自分のこれまでをムダにしたくない。
だけど、今の自分をいつまで続けられるかわからない。
どうせ誰も理解してくれない。失敗まみれの無様な自分が、両手いっぱいガラクタをかき集めて、それでどうにか成功に辿り着きたいと祈っているだなんて。こんな非合理。こんな不効率。どうせ誰も理解してくれない。自分と同じ、選択肢が限られている人でもなければ。
「どっちみち戦わないと生きていけないじゃない。おかしい? 私、おかしなこと言ってる? 違うよね。 ねえ、違うよね!?」
いっそこの諦めの悪さすら誰かに否定してもらえたなら、少しは楽になれるのに。
シャナイアの欲しい言葉をくれる人は誰もいません。どうせ。だって、自分はみんなと違って何も持っていない人間なんだから。
本当は――。
「今度はだんまりか? あーっ、まったくイライラする。てめえはてめえがないのかよ。だから負けんだよ。だから選ばれねえんだよ」
本当は、今のシャナイアは間違っているとはっきり言ってくれる理解者が、傍にいたはずなのに。
「その目だよ、その目! ずっと私を見てたその目! なんでこうなんだよ。なんでいつも、私はこっちにいる――!」
なまじ求めていたものが自己否定だっただけに、シャナイアの目にはそれと“見放されてしまった”という勘違いとの区別がつきませんでした。
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