色づく世界の明日から 第9話感想 モノクロ世界には無かった。

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いいよ。覚悟できてるから。

(主観的)あらすじ

 最近ますます写真に意欲が湧いていた瞳美は、山吹とマンツーマンであちこちの撮影スポットを教えてもらえることになりました。瞳美はそういうつもりではありませんでしたが、有り体にいってデートでした。
 山吹の方は自分の恋心を自覚していました。それでいて、葵も瞳美のことを気にしていることを察してもいました。元来奥手の親友を裏切るようで少々気が咎めましたが、自分の気持ちも真剣なもの、意を決してデートの終わり際に瞳美に告白することにしました。

 瞳美はひどく混乱しました。こういうことは自分とはまったく無縁だと思っていました。始終心ここにあらず、部活も休み、日が落ちてからもひとりでひたすら悩みつづけました。
 これからどうするべきか、それ自体は琥珀やあさぎが教えてくれていました。山吹に返事を返さなければいけません。それはわかっているのですが、それでも自分の気持ちを飲み下すまで少々時間を必要としました。

 悩み抜いた末に、瞳美は山吹に正直な気持ちを打ち明けました。うまく言葉を整理できなくてとりとめない言いかたになりながらも、山吹がじっくり話を聞いてくれることに助けられて、ちゃんと最後まで思いを伝えることができました。
 他に気になる人がいる。
 それで、ふたりの間でこの件は解決しました。

 ただ、それとは別に心を騒がせている人がいました。あさぎです。
 彼女は山吹のことが昔から好きで、いつも彼のことを見つめていました。だから山吹が瞳美に心惹かれていく様子にももちろん気づいていました。けれどいざ山吹が瞳美に告白し、彼の心が自分に向いていない事実を改めて突きつけられてしまうと、・・・やっぱりショックでした。
 瞳美に当てつけのようなことを言い捨ててしまう自分の醜さを情けなく思いながら、あさぎの心はひとりさまよいます。

 私は基本的に引きこもり気質なので、こうして物語の中心が人間関係にシフトしていくとどうしても語りにくさを感じてしまいます。根本的に経験が足りていないことを痛感します。一応まったくゼロというわけではありませんし、物語を後付けで解釈する分にはある程度想像力で補うこともできるんですけどね。
 でもまあ、自分だったら瞳美みたいに誠実に返答できたかなあと考えると、正直ちょっと自信なかったりします。よくがんばりました。お疲れ様です、瞳美。

 どっちかというとあれこれ悩んでいるときの瞳美やあさぎの様子にこそ共感を覚えてしまいます。
 悩むよねえ。たとえやらなきゃいけないことはわかりきっていたとしても。こういうときって、心も体も動かなくなってしまいますよね。
 そういうところからちゃんと自分の足で踏み出せるようになる人って、本当にすごいと思います。

痛い

 テレビの向こう側で誰かが傷ついていても私たちが同じ痛みを感じることはありません。
 テレビの向こう側で誰かが悲しんでいても私たちが同じ悲しみを感じることはありません。
 それは違う。私は共感する。――と、思う人はいるかもしれません。
 きっとあなたは先んじて経験しているんでしょうね。同じ痛み、同じ悲しみを。

 「瞳美ちゃんはその人のことどう思ってるんですか?」
 「わからない。そういうの、考えたことないから。私には好きになってもらう資格も、好きになる資格もないから」

 ほんの少し前まで瞳美はひとりぼっちでした。
 物理的に周りに誰もいなかったというわけではありません。ただ、彼女は他のみんなと違う世界に生きていました。
 みんなの知っている世界はカラフルで、瞳美の目の前にある世界だけがモノクロ。
 ずっと、感動を共有することができずにいました。みんなが笑ったり泣いたりしている様を他人事のように遠巻きに眺めて、自分はまるで人形のように感情を錆びつかせて生きてきました。
 「ひとりでいたいだけなのに、私は何をしにここに来たんだろう」(第2話)
 瞳美はみんなの知っているカラフルな世界を知らなくて、だから、ずっとひとりぼっちでした。

 「モノクロ、ですか?」
 「それなら月白さんにもできるんじゃない?」
 「――入部させてください!」
(第3話)

 「この子はどんな色してるの?」
 「白と黒ですよ。瞳美ちゃんが見てるのと同じです。こっちの子は下のクチバシと耳のあたりと胸元が黄色っぽいオレンジ色をしてます」
 「そうなんだ」
(第8話)

 「俺、描くから! 今描いてる絵、できあがったら月白に見てほしい!」(第6話)

 やがてモノクロ世界はカラフルな世界と少しずつ混ざりあっていって、今の瞳美はひとりぼっちではなくなっていました。
 「あいつ、最近よく笑うようになった」
 「ああ。クラスでもちょっと話題になってるってあさぎが言ってた。最初は人形かってくらい静かだったのにな」
 「今の方が瞳美っぽいのかもね、本当は」

 相変わらず目に映る世界はモノクロのままですが、それでも瞳美はカラフル世界の住人たちと感動を共有できるようになっていました。モノクロに見えようがカラフルに見えようが実際は同じ世界。目に見えるかどうかなんて、本当は絶対的な隔たりなんかではなかったのでした。
 それに気がついた今、瞳美はひとりぼっちではなくなっていました。

 だからこそ。
 「伝えていないこと、まだあった――」
 ひとりぼっちではなくなったからこそ、悩むことがあります。
 他人事ではなくなったからこそ、傷ついてしまうことがあります。
 痛みは、悲しみは、自分で経験してみるまで本当の感触を知ることができません。

 「ねえ、瞳美。部活休んだからって答えが出るわけじゃないよ」
 「うん――」

 悩む瞳美が石垣の間に見つけた小さな花はカタバミ。この花は葉にシュウ酸を蓄えているため、真鍮の鏡が普及していた昔はこの葉をすりつぶして磨き剤に使っていたそうです。
 そこから取られて、カタバミの花言葉は「輝く心」。
 この悩みは瞳美の心が輝きを取り戻したからこそ発生した必然、いわば成長痛です。本人からしたらとてつもない苦痛でしょうが、こういう日が訪れたこと自体は大変喜ばしいことといえるでしょう。

 「でも大丈夫。たぶん、瞳美にとって大事なことだから」

先頭を歩む人

 「友達は将くんだけでした。幼馴染みの私を、将くんはいつも引っぱってくれたんです。昔から面倒見がいいんですよね、将くんって」(第5話)
 山吹は鈍感な人物です。あれだけ露骨なあさぎの恋心に気づくそぶりすらありません。
 コイツがどうして鈍感になってしまうのかって、それは、だって、バカみたいに前ばかり見つづける人だから。

 「初めて買えたんだって。面白いよな、あの子」(第5話)
 どんどん新しいことに挑戦していく瞳美の勇気に惹かれました。
 「その気持ちわかる。誰かが俺の写真見て喜んでくれたら、やる気になる」(第5話)
 一見引っ込み思案に見えていた瞳美の意外に努力家な一面を知って、ますます共感を覚えました。

 「そっちは? 受験で作品を提出しなきゃいけないんだろ」
 「まだ。それまでにはもっとうまくなってるだろうし」
(第7話)
 だって山吹自身が基本いつも前向きに生きているからです。明日の自分は今日よりもっと成長していると一途に信じて、未来のための挑戦、自己研鑚のための投資を、迷わずひとりでズンドコ積み重ねていける人物だからです。
 だからすぐ傍にいるあさぎの気持ちにすら気づきません。後ろをふり返らないから。前しか見ようとしないから。

 「瞳美も、初めて見たときは心細そうにしてて、なんか昔のあさぎ見てるみたいで、放っておけない子だなって思った。けど、色々抱えてて、なのに泣き言も言わないで、今日も全然めげなくてさ。瞳美のそういうとこ、いいと思う」
 要するにこのバカ、瞳美のことを何もわかっていなかったんですよね。
 今の今まで瞳美のことを自分の同類であるかのように考えていました。新しい挑戦のためまっすぐ進んでいく人間なんだと。ひとりでいくらでも道を切り開いていける人間なんだと。

 けれど、ちょっと違うんですよね。
 「私――、そうやって言ってもらえるのは琥珀や先輩たちのおかげです。私は何もできなくて、先輩が声をかけてくれたからみんなと知り合えて、琥珀が背中を押してくれたから・・・。ひとりだったらずっと変わらなかった」
 瞳美が努力家なのは確かです。新しい挑戦に邁進していけることも。けれど、それはあくまで新しくできた友達みんなと一緒にいる目的があってこそです。モノクロ世界で人形になっていたことからもわかるとおり、実のところ瞳美はひとりでは何もできなくなってしまう人間です。

 「俺、まだ答えもらってなかったんだ・・・。てっきりあそこでフラれたんだと思ってたんだけど」

 瞳美は山吹とは違います。
 どちらかといえば・・・そう、むしろあさぎに近い。

選ばれなかった

 「・・・写真ってさ、同じものは撮れないんだよ。夜景も、いろんな人が生活してて、昨日まで点いてた明かりが今日は消えてて。気づいたらもう二度と見られない景色に変わってて」
 その一言だけで、何かただならぬことがあったんだと察しました。
 その言葉はまったくもって彼“らしく”ありませんでした。

 「友達は将くんだけでした。幼馴染みの私を、将くんはいつも引っぱってくれたんです。昔から面倒見がいいんですよね、将くんって」(第5話)
 山吹はいつもあさぎをリードしてくれていました。
 山吹はあさぎが歩いたことのない新しい道に、先に足跡を刻んでくれました。
 「そっちは? 受験で作品を提出しなきゃいけないんだろ」
 「まだ。それまでにはもっとうまくなってるだろうし」
(第7話)
 いつも彼が先頭を歩いているところばかりを見てきました。
 新しい道を歩くことに不安の色はなく、いつも楽天的に笑っているところを見てきました。

 「・・・写真ってさ、同じものは撮れないんだよ」
 いつもの山吹なら変化はどんなものであれ歓迎していたでしょう。変化は成長、変化は進歩。あさぎにもことあるごとに変わることを推奨してきて、それを息苦しいと思ったこともありました。
 そんな彼が、変化を語りながら苦い顔を見せてきたのです。

 「・・・将くん?」

 事情はすぐにわかりました。
 どうやら山吹は瞳美に告白をしたようです。
 瞳美はまだ返事に迷っているようでしたが、山吹の落ち込んだ様子を見るかぎり、少なくとも彼の方は見込み薄と捉えているようです。

 ――でも、そんなの関係ない。
 あさぎにとって重要なのは、山吹が瞳美を選んだという事実です。
 「・・・いますよ。ずっと前から好きな人です。いつもその人のことばかり考えています。『今何してるんだろう』とか、『この場所あの人好きそうだな』とか、考えている間に一日が終わっちゃったり。向こうは全然こっちの気持ちなんて気づいてないですし、怖くて告白なんてできないけど――ずっと好きなんです」
 結局告白できませんでしたが、告白する意味なんてそもそもありませんでした。
 山吹は瞳美が好きなんだそうです。あさぎではなく。告白する前に彼の気持ちを知ってしまいました。
 これから山吹が瞳美と付き合うことになるかどうかはわかりませんが、どちらにしてももはやあさぎには関係ありません。どちらにしろ彼があさぎを好きでいる可能性はありません。彼が好きなのは瞳美なんですから。

 「ダメですよ、考えなきゃ。・・・その人がかわいそうだから」
 かわいそうなのは自分。山吹が自分のことをどう思ってくれていたのか知ることができず、ただ、少なくとも好きではないらしいという一番残酷な部分だけ突きつけられてしまった自分。
 けれどそれは仕方ありません。自分のせいです。いつまでも告白する勇気を持てなかった自分に罰が下っただけの話です。恨み節を言う権利なんてできません。
 だから、本当にかわいそうなのはきっと山吹。だって彼は自分と違ってちゃんと告白したのだから。告白したのなら、自分と違って相手の気持ちを正しく知る権利があります。

 全部自分が告白しなかったのが悪いんだって自覚があって、けれどそもそも告白したところでいい返事はもらえなかっただろうという事実もあって。
 それらを飲み込みきれなくて、つい瞳美に八つ当たりしてしまいました。
 「私ね、好きだったんです。将くんのこと」
 今さらこんなこと言ったって何の意味もないのに。ただ相手を傷つけるだけなのに。
 どうしようもない自分の醜悪さに悲しくなります。
 「ごめんね・・・」

 ・・・と、まあ、あさぎ視点ではそういう感じなんでしょうけれど。
 彼女はひとつ、大切なことを見逃しているように思いますよ。

 人は時間とともに変わるものです。
 たとえば瞳美がよく笑うようになったように。たとえばあさぎがポストカードづくりを始めたように。
 たとえば、山吹が変わることの悲しい側面に気がついたように。

 山吹が瞳美に告白する少し前、彼は瞳美が自分の思っていた人物とは少し違っていたことを知りました。
 思っていた人物とは違っていたにも関わらず、彼は瞳美に付きあってほしいと望んだんです。

 「私は何もできなくて、先輩が声をかけてくれたからみんなと知り合えて、琥珀が背中を押してくれたから・・・。ひとりだったらずっと変わらなかった」
 瞳美はひとりでは何もできませんでした。みんなと一緒にいるためにこそたくさんのことに挑戦することができました。
 「将くん。私、ウサギのポストカードつくってみようかな。・・・将くんも手伝ってくれる?」(第5話)
 それって、実はあさぎのスタンスとよく似ているんですよね。というかあさぎが瞳美の影響を受けてそういうふうに変わった結果なんですが。
 あさぎは山吹と一緒にいるためなら新しいことに挑戦することができます。

 あさぎはまだ山吹の自分への気持ちを聞いていません。まだ瞳美に惹かれていることを知っただけです。
 なのに、どうして諦めちゃうんですか。

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