私も・・・、追いかけてきてくれて本当はうれしくて・・・。
(主観的)あらすじ
このあいだ拗れてしまったあさぎとの関係。数日経っても自然に解決しそうな兆候はなく、けれど瞳美はこのままでいるのはイヤでした。
だから瞳美の方から勇気を出して声をかけてみれば、なんてことはない、本当はあさぎの方も仲直りしたがっていたのでした。
琥珀の発案で、文化祭向けに魔法で絵のなかに入るというイベントが企画されました。楽しそうです。絵のなかでなら瞳美もみんなと同じ色のある景色を眺めることができるでしょう。ちなみに肝心要の魔法は瞳美が使うという前提になっていました。
けれど自分も楽しみにしていることなら準備にもにも身が入るというもの。魔法を忌避していた以前の瞳美はどこへやら、一生懸命練習を重ね、ついに文化祭前に部活のみんなで絵のなかに入ってみるテストを行えるようになりました。
とても、とても楽しい時間でした。
絵のなかの世界を散策中、葵は不意に奇妙な暗がりへ迷い込んでしまいました。
そこは絵のなかではなく、瞳美が心のなかに秘めていた悲しい記憶。ひとりぼっちの部屋の中で、幼いころの瞳美は、お姫さまと女王さまの間が黒い川で引き裂かれている絵を何枚も何枚も描いていました。
葵は見かねて川を渡す船や空を飛ぶ鳥、虹の橋の絵を描いて差しだしてみました。けれど瞳美は「要らない」と拒否します。この川は彼女にとって絶対に渡れないものなのです。
川を渡る方法は拒否する瞳美でしたが、その一方で葵が隣で絵を描くこと自体は受け入れてくれるのでした。
現実の世界に戻って、葵は瞳美に事情を聞きました。
瞳美のお母さんは一族で唯一魔法を使うことができず、幼い我が子ですら魔法を使えるという事実を目の当たりにしたショックで家を出てしまったそうです。当時の瞳美はお母さんに喜んでほしい一心で一生懸命魔法の練習をしていました。それがまさか裏目に出てしまうなんて。
だから、魔法なんて大嫌い。
ずっと、自分を責めて生きてきました。
物語の最終目標が提示されました。
「ひとりでいたいだけなのに、私は何をしにここに来たんだろう」(第2話)
今の瞳美はひとりでいたいだなんて考えないでしょう。
「『私は大丈夫』『ひとりでも平気』。言いつづけているうちにだんだん本当になっていく。これも魔法のせいなのかもしれない。自分を守る、ささやかな魔法。――魔法なんて大嫌い」(第1話)
自分にかけた魔法はほとんど解けかかっています。
「私は大丈夫」――いいえ。
「ひとりでも平気」――いいえ。
気づけばいつの間にか、こんな呪いの言葉はつぶやかなくなっていました。
「いつからだろう、花火を楽しめなくなったのは。母と一緒に観た花火は、赤、青、黄、緑、オレンジ、全てが美しかったのに。私が大きくなって、大事な人は遠く離れて、いつの間にか、世界は色を失っていた」(第1話)
大切な友達ができて、みんなと同じ景色を眺められる喜びを思いだして、自分がどれほどのものを諦めてしまっていたのか気づくことができました。
「瞳美の写真、前とイメージ変わったよな。人物写真が増えたからかもだけど。はじめは『光なんて要らない』って思ってるような写真が多かった。でも、最近は光を感じる写真が増えた」(第8話)
「絵のなかに入る魔法は難しいんだよ。描いた人の心に触れる力が必要だともいわれてる。きっと瞳美はこれ系の魔法が得意なんだと思う」
「私も・・・、追いかけてきてくれて本当はうれしくて・・・」
取り戻さなければいけません。
自分が一番大切に思っているもののために。
小部屋
白いチューリップの花言葉は「失われた愛」。
「会えないの。・・・会えないの」
虚ろな声で、黒い川の色ばかり熱心に塗り込めます。
「会えない」というからには、本当は会いたい気持ちがあるんでしょう。
そう察して、葵は幼い瞳美に川を渡る手段を描いてみせました。
「渡れるよ。ほら。――あ」
「そっか。じゃあ、鳥に乗っていこう。――あ」
「虹の橋はどうかな。――あぁ」
けれど瞳美の思いはもう少し複雑です。
彼女は黒い川ばかり丹念に塗り込めています。お姫さまや女王さまではなく。彼女の関心は、今、ふたりを隔てる川そのものにあります。
「・・・要らない」
「どうして? 渡ってもいいのに」
「・・・ダメ」
「どうして?」
「・・・わかんない」
渡れるかどうかなんて問題にしていません。
渡れないんです。すでに決まっているんです。だから、今さらおとぎ話みたいな都合のいい解決手段なんて求めていません。
幼い瞳美が今考えていることは、そういうことではなくて、“どうして渡れないのか?”。
「母は魔法が使えませんでした。代々続く月白家で初めてのことだって親戚の誰かが言っていた気がします。だけど私は使えて――。ある日突然、母は出ていきました。どうしていなくなったのか、なんで私を連れて行ってくれなかったのか、理由はわかりません。きっと罰なんだと思います。・・・魔法が使えた自分に浮かれて、母の気持ちに気付けなかったから」
黒い川はある日突然生まれました。理由はわかりません。瞳美にわかったことは、ただ、お母さんが自分から川の向こうへ去っていったことだけ。
幼いながらに一生懸命考えました。
お母さんのイヤなことって何だっただろう? ――魔法を使えないこと。
お母さんがいなくなる前に起きたことって何だっただろう? ――自分が魔法を使ったこと。
・・・ああ、つまりきっと、これは悪い子だった私への罰なんだ。
「そんなの、小さな子どもにはムリでしょ」
「違うよ。魔法のせいじゃない。瞳美のせいでもない。なのに、なのになんでそんなふうに責任を感じないといけないんだ」
「お母さんのこと好きだからって、瞳美が耐えなきゃいけないのは間違ってる」
「何があったのか知らない。知らないけど、瞳美のお母さんだって――」
お母さんは遠くに行ってしまいました。きっと自分のせいです。ううん、そうに決まっています。そうでなければいけません。
慰めなんて求めていません。別の考えかたなんて探していません。今さら自分にとって都合のいい解釈なんて。
「やめてください!」
黒い川は渡れないんです。
そういうことにしておいた方が気持ちはまだ楽。
だって、もしこの川が生まれたのがお母さんのせいだとしたら、そっちの方がよっぽど辛いじゃないですか。
「失われた愛」。
お母さんが、私のことを嫌いになっちゃったんだとしたら。
「『私は大丈夫』『ひとりでも平気』。言いつづけているうちにだんだん本当になっていく。これも魔法のせいなのかもしれない。自分を守る、ささやかな魔法。――魔法なんて大嫌い」(第1話)
小船。翼。あるいは虹のアーチ。
「私ね、好きだったんです。将くんのこと」(第9話)
友達のあさぎのことを傷つけてしまいました。
彼女の思い人を奪ったわけではありません。告白されたけれどきちんと断りました。
それでも彼女は傷つきます。自分は選ばれなかったんだと、突きつけられてしまったから。
・・・なんにせよ、あさぎは以前までのように優しく笑いかけてくれません。
そんなのイヤでした。
どうしても諦められないものが目の前にあるとき、瞳美はどうすればよかったでしょうか?
「あの絵は私にとって特別なんです。あの絵は私に忘れていた色を見せてくれました。灰色だった私の世界に、一瞬光が差したんです。お願いします。もう一度だけ――」(第2話)
「前に約束した星を出す魔法、星砂にしてみました。気分転換にどうぞ。――楽しみにしてます、次の絵」(第5話)
「もしかして、あの黒い人が邪魔をしているのかなと思って。そうだ。琥珀に相談してみたらどうですか? 夢占いみたいに何かヒントが見つかるかもしれませんし」(第6話)
これまで瞳美は求めてきました。まっすぐに。
あまりにも踏み込みすぎてかえって相手を傷つけてしまうこともしばしばでしたが、それでも内なる衝動に従って、素直な気持ちを一途にぶつけつづけてきました。葵の絵をもっと見たい、と。
「色が。たくさんの色が――」
「月白のおかげだ。魔法効いた。ありがとう」
「そんな・・・。また、見せてください」
「うん」(第7話)
結果、紆余曲折の末に瞳美は望むものを手にすることができたのでした。
今回も構図は同じです。
今、あさぎの心が瞳美から離れようとしています。
原因なんて大した問題ではありません。そんなものはどうであれ、ともかく瞳美はあさぎと仲違いしたくないんです。
絶対に諦められないものが今目の前にある。さあ、どうすればいい?
それだけが瞳美の直面している問題です。
だったら瞳美のするべきことは決まっています。
「あさぎちゃん! ――あの、ごめん。声かけていいのかわからないけど、なんかこのままじゃいけないって。自分勝手なのはわかってる。でも、あさぎちゃんと話したい。・・・あさぎちゃんはこっちに来て初めてできた、大切な友達だから」
まっすぐ求めるんです。いつものように。
「私も・・・、追いかけてきてくれて本当はうれしくて・・・」
案外、向こうも同じ気持ちでいるかもしれません。
変われる強さ、変わらぬ思い
「あら、それは残念ね。手紙には『強い力を持ってる』って書いてあったのに」(第2話)
「あなたは秘めた力を持ってると思う。でも、今、瞳美の魔法は少し迷子になってるみたいね」(第4話)
「絵のなかに入る魔法は難しいんだよ。描いた人の心に触れる力が必要だともいわれてる。きっと瞳美はこれ系の魔法が得意なんだと思う」
長らく秘められていた瞳美の魔法の力は、描かれた絵に干渉するもの。もっというなら絵を描いた人の心に触れるものでした。
「私、はじめてみんなと同じ色を見られたんだって思うと、嬉しくて。なんだか心がザワザワしてます」
同じ景色をみんなで見て、同じ感動をみんなで共有すること。そんな当たり前のことにずっと憧れてきました。
色が見えないこと自体はそこまで生活に不便があるわけでもありませんでした。隠そうとすれば隠し通せる程度には。
ただ、みんなが感動している美しい花火や夕日に、自分ひとりだけ感動できずにいることが、どうにもさびしく感じられていました。
瞳美は、ずっと誰かの心に触れたいと願いつづけてきました。
「・・・描いていいの? ――じゃあ、一緒に描こうか」
知らない男の人が黒い川を渡る手段を提案してくるのは余計なおせっかいでしかありませんでした。
けれど、この人が隣で一緒に絵を描いてくれること自体は、イヤじゃありませんでした。
白いチューリップの花言葉は「失われた愛」。
けれど、色を問わないチューリップ全般の花言葉は「思いやり」となります。
「何があったのか知らない。知らないけど、瞳美のお母さんだって――」
「やめてください!」
子どものころに起きたことをお母さんのせいにしようとする葵の言葉がイヤでした。
だって、それを認めてしまえば、お母さんが自分を嫌っていたということになってしまうんですから。
瞳美はお母さんのことが好きでした。嫌われたくないと思っていました。
だから、全部自分が悪いんだってことにしてしまいました。
黒い川ができたのはお母さんが自分を嫌っているからじゃなくて、自分が悪い子だから罰を受けているんだ、と。
「いつからだろう、花火を楽しめなくなったのは。母と一緒に観た花火は、赤、青、黄、緑、オレンジ、全てが美しかったのに。私が大きくなって、大事な人は遠く離れて、いつの間にか、世界は色を失っていた」(第1話)
全部自分が魔法を使ってしまったせい。
だから、魔法なんて大嫌い。
・・・でも、違いました。
「いいよ。瞳美はもっと怒っていい」
お母さんが自分をどう思っているか、本当のところは今でもわかりません。そこは問題ではありません。
ただ、そのことに対する子どものころの自分の対応は、今思えば間違っていました。
「俺、描くから! 今描いてる絵、できあがったら月白に見てほしい!」(第6話)
「私も・・・、追いかけてきてくれて本当はうれしくて・・・」
瞳美が自分の望むものを手にすることができたのは、いつだって、まっすぐ相手に求めたときでした。
「私、がんばったんです。お母さんに喜んでほしくて。でも間違ってて。お母さんはそれがイヤで。ひとりで苦しんで、ひとりで決めて、ひとりで出ていって」
葵に絵を描いてもらおうとしたときも、たくさん彼のことを傷つけてしまいました。
「追いかければいいのに、できなくて。『お母さんのバカ』って言えばよかった! 私のバカ! 私の、バカ・・・!」
それでも、失敗しても、傷つけてしまっても、諦めちゃいけませんでした。葵を応援して、彼にまた絵を描いてもらうためには、まっすぐ求めつづけることを諦めてはいけませんでした。
たとえどんな事情があったとしても、途中で諦めて、ひとりで塞ぎ込んでしまっていては、周りの状況は何ひとつ変わりませんでした。
お母さんに嫌われたくなかったのなら、お母さんの心に触れる機会を失いたくなかったのなら、きっと同じようにするべきだったのでしょう。
絶対に失いたくない大切なもののためなら、絶対に諦めずに、まっすぐ自分の思いを伝えるべきでした。
「魔法なんて大嫌い。お母さんを奪ったものだと思ったから。ずっとずっと嫌いだった。――でも」
魔法で2018年のこの世界にやって来て、瞳美はたくさんの大切なものを手に入れました。
魔法は瞳美に一番大切なものを思いださせてくれました。
「魔法は人をちょっとだけ幸せにするために使うものだからね」(第4話)
瞳美の魔法は、誰かの心に触れる力。
お婆ちゃんがこの時代に送ってくれた意味。お婆ちゃんが楽しんで来なさいと言ってくれた意味。
やっと見つかった気がしました。
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