今までほんとに楽しかったわ。ありがとう、ヒイロ。たまにでいいから遊びに来てよね。
商人マソホ
冒険の書11
商人マソホ記す。
アープの塔があった大陸をぐるっと一周調査してみようという話になり、陸に沿って船を動かしていると、南端に人家の明かりが見えた。近くの入り江にはイカダを組んだだけの簡素な港があって、年季の入ったガレオン船が一隻停泊していた。掲げている旗は黒地。
たぶん、海賊の拠点だ。
港から見て裏手側は森になっていたから、私たちは船を隠すようにして裏の岸辺に留め、小舟で陸に降りた。
・・・まあ、当然向こうも見張りくらい立てていたからバレバレだったんだけどね。
海賊たちは拍子抜けなくらいフレンドリーだった。
どうやら私たちがアリアハンの勇者一行だということまで把握されていたらしく、それで気を許しているんだそうだ。海賊たちは自分たちを義賊としている。悪党からしか盗んでいないんだから、噂に名高い正義の味方なら自分たちを攻撃することもないはずだ、という理屈だ。
それはどうだろう?
見たところ、海賊たちは盗品を換金するのに難儀しているみたいだ。つまりどこかの国で公式に私掠船として認められているわけじゃない。略奪相手が正義か悪かは自分たちで決めているんだと思う。
もっとも、私たちとしてもこの海賊が無実の人を襲ったという話を聞いたわけじゃないから、そこは別にはっきりさせなくてもいいんだけど。
困っているなら実家の紹介に口利きしてみる? アリアハンには遠洋航海できる船自体が無いから、少なくともこれまで彼らに攻撃されたことはないはずだし。反対に、この人たちは大きい港がないところでも荷下ろしできるみたいだし。
・・・でも、この人たちを本当に信用していいかどうかがわからないか。
私たちは海賊のお頭だって人のところに通された。
女の人だった。そして開口一番「女が海賊のお頭なんておかしいかい?」と聞いてきた。
変なことを言う。それなら勇者であるヒイロも、ついでに私も女だというのに。ただ、こちらを値踏みするような目で見てくるあたり、何か狙いがありそうだった。
ヒイロが何か言いかけるのを遮って、私は「おかしい」と鼻で笑ってみせた。
たぶん、この人は言葉のとおり私たちがどう思うかを聞きたいんじゃなくて、ただ度胸を見たがっているんだ。だから「お前の意図なんてバレバレだ」という意味まで込めて、わざとらしく笑ってやった。
どうやらお気に召してもらえたみたいだ。いくつか情報交換して、私たちがオーブを集めているという話を聞くと、いつからか倉庫に転がっていたというレッドオーブも融通してくれた。魔王を倒したらもう一度寄ってほしいというのだから、相当気に入ってもらえたらしい。
私はといえば、正直複雑な気分だった。
自分では気にしていないくせに、男とか女とかの体面で相手を揺さぶろうとする。
巷の噂をそのまま信じて、度胸があるというだけで信用して、今日会ったばかりの私たちに簡単に気を許す。
誰かに認められているわけでもなく自分たちで義賊を名乗って、そのせいで何かと損を被る。
それってなんだか中途半端だ。
だけど、それを中途半端だと感じること自体、私の中途半端さの表れなんだろうな。
たぶん私、自分で思っている以上に、自分が周りにどう見られているのか気にしちゃっているんだと思う。
私、ヒイロみたいになれない。
冒険の書12
魔法使いソーリョク記す。
大陸東岸沿いに北上していると、数軒の大型ティーピー(移動式住居)を見つけた。
どうやら彼らは夢追い人のようだ。
代表者だという老人に聞いた話を総合すると、彼らはここに新しい村を開拓しようとしているらしい。ただし、元いた村の農地が足りなくなっただとか、あちらの住民との関係が悪くなっただとかのやむをえない事情で故郷を離れたわけではなく、むしろいつでも支援してもらえる状況とのこと。単に一から村をつくってみたいという熱意だけでこのようなことをしているようだ。
ずいぶんと平和な話だ。
より詳しい話を聞いていたマソホの見立てによると、この開拓はおそらく成功するだろうとのこと。土地は肥沃で、森林資源にも事欠かず、人手が足りなければ元の村から応援をよこしてもらえる。港を整備するには骨が折れそうだが海にも面している。何より、開拓中の飢餓を心配する必要がないというところが非常に大きい。
これほど呑気な開拓村はなかなかお目にかかれないだろう。
マソホを囲んで話し込んでいる男たちから歓声が上がった。
何があったのかマソホに聞いてみれば、ただ村を早く発展させるための思いつきを2つ3つ話してみただけとのこと。曲がりなりにもアリアハン最大の紹介の娘だ。マソホには大したことのないアイディアであっても、何もかも手探りな彼らにとっては目から鱗だったのだろう。
雲行きが怪しくなってきた。
男たちは我々から少し離れたところで額を付き合わせると、次に村の長老を手招きした。その長老がひとつうなずき、我々のところに戻ってくると、案の定、彼はマソホが欲しいと言いだした。
マソホが協力してくれたらこの村はただの村で終わらず、大陸一、いや世界一の街にも発展するに違いない! まるで子どものように目をきらきら輝かせて、そんな荒唐無稽な夢物語を熱っぽく語ってくるのだ。
私は当然、マソホならこんな話は断るだろうと思っていた。彼女は自分の全てを賭けてヒイロの旅を支えようとしている。だが――。
「やらせてほしい」
彼女は旅の仲間3人の目を順に見つめたうえで、そう言った。
彼女が言うには、自分はもう力不足だとのこと。戦いではもう役に立てそうにない。シュアン殿も私も、ヒイロに足りないところを埋める、その人にしかできない役割をちゃんと持っている。自分だけが何もできていない。もう何も、ヒイロを助けてあげられない。
探しているオーブは残り4つ。そのなかにはまだ手がかりがまったく見つかっていないものもある。今ヒイロに必要なものは情報だ。この村を大きくできれば、今までなかった情報も集まるはず。たくさんの船が集まる貿易都市をつくってみせる。大丈夫。考えがある。安心してほしい。
ヒイロはこんなところで足踏みしている場合ではない。ヒイロは4年間待った。ヒイロの大事な時間を貰ってしまった。それなのに今のままじゃダメだ。中途半端だ。自分なんかのせいでこれ以上遅くなっちゃダメだ。ヒイロに勇者の使命を果たしてもらうためにも、自分も自分にしかできない役割を見つけなきゃダメなんだ!
一言話すたびどんどん早口になっていき、最後のほうはほとんど絶叫だった。
誰もこんなところで感情を爆発させるとは予想していなかった。その場にいた全員が戸惑っていた。
彼女の自己評価が低いことは私もなんとなく察していた。だが、まさかここまで暗い感情を溜めこんでいたとは。
なにせ、私の知るかぎり彼女はこれまで本当によく働いていたのだ。誰よりも慎重で、誰よりも視野広く、手数多く、誰よりも遠くを見据えて、私たちの旅路をひとりで支えてくれていた。
私の知っているマソホと、彼女が見ているマソホの姿は、あまりにも違いすぎる――。
幼馴染みからしても彼女のこんな表情は初めて見るのだろう。
あのヒイロが、驚きを隠しきれないまま問いかけた。
「ここでお別れなの?」
彼女らしくない、縋るような、か細い声だった。
マソホは今さらいつもの調子を装った笑顔で答えた。
「商売のためだよ」
それで、私たちはこれ以上引き留めることができなくなった。
老人1人でどうやって街をつくると!?
商人が1人増えたところで何が変わると!!?????
そんな話のために大事な旅の仲間を渡せるか!!!!!!!!!!!!!!!
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