ときは来たれり。今こそ目覚めるとき。大空はお前のもの。舞い上がれ、空高く!
レイアムランドの巫女
冒険の書17
盗賊カナリア記す。
どうか世界が平和になりますように。
マソホ様から最後のオーブを受け取った俺たちはレイアムランドで不死鳥ラーミアを復活させ、そのままマソホバークへとんぼ返りすることになった。
「ラーミアは闇を払う希望の光。きっとあなたを導いてくれるでしょう。さあ、お行きなさい。成すべきことを成すために・・・!」
巫女たちがそんな言葉で俺たちを送り出したとき、おそらく誰かさんが魔王討伐以外のことを頭に思い浮かべたのだろう。
ラーミアはその思いに応え、俺たちを魔王城ではなくマソホバークへ運んだのだ。「成すべきことを成すために」。
男3人困惑した顔を見合わせている隣で、突然ヒイロがケタケタと笑いだした。彼女が声をあげて笑う姿を初めて見たかもしれない。
「迎えに行ってくる!」
若き勇者の脚力で、そこらの悪ガキみたいな全力疾走。
俺たちがやっと追いついたときにはすでにマソホ様は牢屋の外に出されていた。
周りを囲っている人々の話を聞くに、どうも俺たちが着く前から釈放する方針で話がまとまっていたらしい。
この街は若い。行政に携わっている者のほとんどが、ここがまだただの原っぱだったころからマソホ様の働きぶりを見ている。商人としての辣腕も、あきれるほど細やかな気配りも、誰も気にしないような小さな失敗でいちいち落ちこむ姿までも。
本来なら汚職は汚職として切り分けて裁くべきだろうが、彼らからしてみれば、マソホ様が稼いだ金をマソホ様が使ったという話でしかないのだ。
ヒイロに抱きしめられたマソホ様が潰れたカエルのような情けない声で何やら訴えている。
見れば、目の周りが真っ赤に腫れている。ついさっきまでひとりで泣いていたのだろう。
俺の知る限り、あそこにいる勇者様は人の当たり前の気持ちを解する人ではない。彼女自身年若い少女のはずなのだが、泣き明かしてボロボロになった顔を衆人の目に晒されたくない、という少女らしい恥じらいには気がつきもしないだろう。
図太い印象しかなかった雇い主の困り顔をもう少し見物していたい気持ちも無いではなかったが、後が恐い。俺から声をかけて場所を変えさせた。
明日からまた忙しくなりそうだ。
俺はマソホ様の代わりにこの街に残り、新町長への細かな引き継ぎだとか、アリアハン商会への顔つなぎだとかの雑務に明け暮れることになるだろう。
端書き
賢者マソホ記す。
・・・賢者、なんて気恥ずかしい。
もう二度と冒険の旅に出ることはないだろうと思っていたけれど、わからないものだ。
イエローオーブを手に入れた時点で一生分の仕事をやり遂げたつもりだった。でも、珍しくヒイロからお願いされたんだから、まあ、しかたない。
私を連れていったって、もう役に立てることなんてない。
そのことは以前お別れしたときにも伝えたし、今度も改めて伝えた。だけどヒイロは反対に私が間違っていると言ってきた。ソーリョクさんや、シュアン先生、カナリアまで口を揃えてきた。
いけない。乗せられそうだ。
私は中途半端だ。
剣の才能はヒイロやシュアン先生と比べものにならないし、ソーリョクさんみたいに呪文を使うこともできない。本当は修行できればよかったんだけど、呪文を一から学んでいたらヒイロの旅立ちに間に合わなさそうだったから諦めた。そもそも、旅することを考えはじめるのが遅すぎた。
商人としても未熟なんてものじゃない。兄さんから教わったのはほんのさわりだけ。そんなだから、街づくりでもあんなバカみたいな失敗をしてしまうんだ。
そのあたり、改めてヒイロに全部話した。
ヒイロにはまったく響かなかったようだ。
さっき、なんか見たこともないキラキラした目をしていたから頭でも打ったかと疑ったけれど、どうやら朴念仁は前までと変わらないらしい。
・・・いや、いくらヒイロがそのままでいいと言っても、このままじゃ私が困るんだけど。
噛み合わない話しあいを続けていると、ふとソーリョクさんが思い出したように言った。
「悟りの書は使わないのか?」
――考えなかったわけではない。
悟りの書を使えば、攻撃と癒やし、両方の呪文が身につくらしい。
どこかでソーリョクさんの気が変わったときのために手に入れたものだけど、本当は自分が使えたら、という気持ちも正直あった。
ヒイロが勇者として旅立つなら、一番必要なのは癒やしの呪文の使い手だろうと最初から見当がついていた。どうしてもいい使い手が見つからなかっただけで。もし充分な時間さえあったら私がそうなりたかったくらいだ。
いくら伝説の賢者の力が手に入るからといって、今さら新しく修業を始めるのはどうだろう?
不死鳥ラーミアはすでに蘇っていて、もう今すぐにでも魔王の城に突入しようという今のタイミングで? それこそ中途半端にしかならないんじゃ?
私はそう思うんだけど、みんなはそれでいいだろうって言う。
マソホならうまくやるだろうって。
だから、さっきからその私に対する謎の信頼は何なのか。褒め殺しにして私を堕落させるのが目的か。
・・・まあ、ねえ。
中途半端でいるのには慣れている。中途半端な自覚があるまま、それでもこれまでどうにかこうにかやりすごしてきた。やれといわれたら、そりゃあまあ、なんとかやってみせるけれど。
経験上、何をやらせても中途半端な私みたいな人間の場合は、使える手が多ければ多いほど助かるというのも実際ある。
商人を本職にしたまま戦士のまねごとを続けるよりは、現状手が足りていないのがわかっている治療役を手伝うほうがまだマシかもしれない。
・・・。まあ、ねえ。
ヒイロたちに押しきられるかたちで、私はダーマ神殿に行くことになった。
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