B.B.をデザインした人って何を考えてたんでしょう。だって、こんないっぱい涙流せるようにしなくてもいいのに。恥ずかしいよ。
リンリー・クー

NLAパトロール記録
アーミーピザ
「ごめんなさい。ちょっと今混乱してて・・・。お店のことを話せる感じじゃないんだ。――ごめんね」
アーミーピザでアルバイトしているシャロットさん。
最近店長のパウエルさんが元気なさそうなので、それとなく事情を聞きたかったのですが、どうもシャロットさんまで気落ちしてしまっているようでした。
私が一番気になっているのはカミラさんなのですが・・・、あの人はデリバリーで忙しいのでお店に行ってもなかなか会えないんですよね。
ヒトリノ夜
「やっぱマ・ノン人サイズだから俺たちのデカさじゃ完全に1人用になってな。家族と一緒に住めないのがコマリモノなんダ。昔住んでたテントじゃ妹のリアナと、姉ちゃんのデュナ、それに他のたくさんの兄弟と輪になって眠っていたからな。ひとりで眠ってるとたまにとってもさびしくなって、泣きたくなるゾ」
こちらはバイアス人のネマドさん。
バイアスの人って女性は地球人と同じくらいの体格なんですが、男性は2まわりくらい大きいんですよね。私も地球人のなかではかなり背が高いほうですが、それでも顔を見上げて話すことになるのでちょっと“おお”って感じになります。
第一印象がどうしてもそういう感じになってしまうので、ネマドさんみたいな性格のかただと落差にちょっとびっくりするというか、かわいい人だなあって思っちゃいます。失礼かもしれませんが。
マ・ノンのカプセルポッドってたしか、ほとんど寝るためにしか使われない、家具家電もせいぜいピザ用の冷蔵庫くらいしか置かない最低限の居住スペースって聞いていましたから、そりゃあバイアス人男性だと狭いでしょうねえ。
・・・逆に、よく住めているなあ。
インテリジェンス
「俺は兵法のひとつに暗殺という戦術があることを学んだんダ! 指揮系統のトップにいる人間を殺せば、その軍隊組織は一気に崩れていき、大軍を率いずとも落とせるというのダ! そこでだな。このNLAを指揮するナギ・ケンタロウという者をお前に暗殺してきてもらいたいのダ!」
「・・・お前もバカだゾ。そんなことしたら一番困るのは地球人なのに、なんでそんなことをするんダ?」
『孫子』など地球の兵法にハマっているというサジフさんと、その友人のビオさん。
ちなみにこのときちょうど、ナギ長官が視察だとか言って私の仕事について来ていました。
とりあえず、「よっしゃあ! やるかあ!」って明らかに冗談だとわかるように私も乗っておいたので誤解はされずに済んだと思いますが――。
それにしてもあのときの長官の笑顔、すっごくすっごく怖かったなあ・・・。
秘密の届けもの
「ももっ・・・。この、長老のイヌが・・・! ぐもももももも・・・! もっ・・・、も・・・!!」
お金大好きボダボダさん。
裏商人のザザザンさんと結託してNLAに危険な薬物を持ち込もうとしていたので、容赦なく通報しておきました。

長老さん、正直私から見てもたいがい俗な人だと思うんですが、その場合でもイヌっていうんですね。NLAのノポンコミュニティの秩序を守っているのはむしろロマさんとンゴゴさんって印象です。
オーヴァの正体
「そう・・・。これは恐怖という感情なのだろう。君たちならそうした表現をするだろう。だが私たちオルフェ人は感情を抑制し、合理的な行動を取る生命体なのだ」
クラゲみたいな原生生物のナルキーが異常繁殖しているということで、生物学に詳しいハンボイトンさんに相談してみました。
するとハンボイトンさん、顔を真っ青にして、ナルキーの細胞からオーヴァが検出されたと言いました。オーヴァというのは物理的には一種のウイルスで、これまでオルフェ人にしか寄生しないと考えられていたそうです。
というのも、オーヴァはオルフェ人にとって文化的――、というか宗教的に、とても重要な存在だからです。
オルフェ人が分裂して新しい世代を残せるのも、その新世代に知識と意志が継承されていくのも、全部オーヴァのおかげ。オルフェ人は体内にオーヴァがあることに種族としての誇りと安らぎを感じているみたいなんですよね。
高次生命体であると自負しているオルフェ人にとって、だからナルキーのような原始的な生物がオーヴァに適合したという事実は「人間は神の子ではない」くらいに受け入れがたいことだったようです。
「これはオーヴァの活動を停止させる機能を付加した兵器だ。これを使ってバイオ・ナルキーを倒してきてほしい。――この兵器で倒せば、もう分裂増殖を起こさないはずだ」
・・・その割に、そんなにも神聖視しているオーヴァを殲滅する技術を“事前に”開発しているあたり、やっぱりオルフェ人と地球人とでは感性がちょっと違うんだなあって感じがします。
「感情を抑制し、合理的な行動を取る」って本当なんだなあって。
血も涙もある
「しかしなぜ、中途半端に調査活動の妨げになる感情的な機能まで残したのですか? グロウスにも体を機械化するような者はいましたが、あなたがたのように涙を流す機能をつけている者などひとりもいませんでしたよ。それは――、何かのジョークなのでしょうか?」
ザルボッガ人のホスケランさん。
なんかものすごくアイロニカルなことを言われちゃっていますが、そもそもザルボッガ人でこんなにも異星人の事情に興味を持っている人というのが珍しいです。それこそホスケランさんくらいじゃないでしょうか。
別に理解しがたいというのはいいと思うんです。私はね。私も、オルフェ人のオーヴァへの信仰心とか、マ・ノン人がピザを初めて食べたときの感動とか、正直まだピンと来ていないところが多いですし。種族の違いを抜きにしても、そもそも私たちそれぞれ違う人間ですしね。
興味がないというのもまあ、いいんじゃないかな。私だったら必要以上にグイグイ来ない人のほうがむしろ気が楽ですし。別に一線を引いたままでもみんな仲よくできますしね。
ただ、ホスケランさんみたいにちゃんと興味を持ってくれる人。
こういう人もまた、きっと私たちには必要なんだと思います。世界中みんな私みたいな人だらけだったら、きっといつまでもお互いを知っていくことなんてできないでしょうし。
ときどき、そんなことを思うことがあるんです。エルマさんやリンさんと一緒にいられて、あれこれ聞いてくれて、ことあるごと気にかけてもらえて、救われてるなあって思うことが。
MELTING POT
かつてニューヨークは人種のるつぼと呼ばれていたことがあります。ニューヨークには様々な人種や文化が集まっていたからです。
るつぼ。2つ以上の金属を溶かして合金をつくるときに使う耐熱容器のことですね。
それが、あるときから人種のサラダボウルと呼び変えられるようになりました。
一部には人種のパッチワークと称する人もいたようです。
いろんな人たちが同じ街に集まってはいましたが、実際のところ彼らはそれぞれのコミュニティごとに別れて暮らしていて、意外と交じりあったり新しい文化が生まれたりという機会が少なかったからです。
むしろ反対に、伝統的な暮らしや習俗をお互い堅持するべきだと主張する人もいました。
NLAでも同じことが起きています。
異星人たちがNLAにもたらした恩恵はとてつもなく大きいです。それが無ければ今ごろ地球人は誰ひとりこのミラの大地に生存できていなかったんじゃないかと思うほどに。
けれど同時に、トラブルも日常茶飯事です。コンパニオンはみんな毎日大忙し。異星人でブレイド隊に志願してくれた人たち、大半はコンパニオンに所属してくれているんですが、それでも全然足りないくらい。私にまわって来る任務も日に日に増える一方。
地球人とマ・ノンやバイアスのカップルもちらほら見かけるようになりつつあります。今はまだ地球人に生殖能力が無いので“そういうこと”になっていませんが、いずれライフが見つかったら、そのときは、もしかしたら――。
「バイアス人がケンカを始めれば、ノポン人はそれを仕切って賭けを始めるし、そうかと思えばオルフェ人たちは端っこで草を食べながらブツブツ言ってる――。なんていうか、カオスよね。私、今の刺激的なNLAはかなり好きよ」
商業エリアで働いているジーナさんはいつ会っても楽しそう。
積極的にひとつの民族として融和していくか、それとも良き隣人の間までありつづけるか。
どちらが正しいのか私にはわかりません。正直、あんまり興味もありません。
なるようになればいいし、なったらなったときに考えたらいいと思います。私、そういうメンドクサイことにこだわる趣味はないので、なんとなくテキトーにうまくやっていける気がしています。
ただ、そうですね。
私、NLAのことが結構好きになってきたのかもしれません。
第9章 ラースの武人
ラオさんが私たちを裏切っている可能性はほぼ決定的になりました。
パスファインダーから発見報告が入った新たなライフポイント。
その座標にライフはありませんでした。代わりに、グロウスの大部隊が包囲陣形で待ち構えていました。
先行してラオさんのチームが偵察していたはずでした。実際、近くにベースキャンプを張っていたランドバンクの人たちがラオさんの姿を見ています。ひとりで逃げてきたって。
ラオさんはグロウスに襲撃されてチームは全滅したと証言しました。ひどいケガでした。

けれど、私たちを待ち構えていたのはグロウスのラース人傭兵部隊でした。彼らは圧倒的な戦力差をちらつかせつつ、よく統率された兵たちで油断なく取り囲み、私たちを捕虜にしようとしました。・・・同じ状況下で斥候部隊が交戦を選ぶはずがありません。
そもそも、彼らは私たちが来るまで伏せていました。ここで交戦し、情報を握っているはずのラオさんを、つい先ほど取り逃がしたばかりだというのに。
私たちが生きて帰れたのは幸運だったからにすぎません。
ラース人にたまたま武人らしい正々堂々とした気風があったのと、彼らがちょうどグロウスからの離反を考えていたおかげ。
――もう、誰の目にも明らかでした。
「私はラオに疑念を抱いている。残念だけど、それはかなり核心に近づいているわ」
言わなければならないことは全てエルマさんが言葉にしてくれました。
私はそれに甘えて、見苦しくも、まだラオさんを信じていたいと言ってしまいました。
たとえその可能性がごくわずかであったとしても、それは――、ゼロじゃないから。
「・・・そうか。そいつはありがてえ。あいつは異星人を憎んでいる。地球人を売るようなやつじゃない。――信じてやってくれ」
きっと一番辛くて、一番現実を受け止めなきゃいけないはずのダグさんが、子どもを慰めるような声で同意してくれました。
みんな。私も含めてその場にいた全員が、それはありえないことだって確信していたはずなのに。

第10章 ズ・ハッグの脅威
地平線の向こうに、ありえないものの姿が現れました。
全長数百メートルはあろうかという巨大な構造体。
それが、自壊することなく宙に浮かび、悠然とこちらに近づいてくるのです。
つまりは反重力機構でしょうか。マ・ノンもオルフェも実用化できていない最先端テクノロジーです。
私たちのほうはといえば、つい先日ドール用の小型フライトユニットを開発したばかり。複雑な形状と複雑な挙動を持つドールを飛行させるための新兵装。それを揚力だけで制御するためにリンさんがどれほど苦労していたことか。
おそらくはグロウスにとっても最新兵器。
それも、戦略級の機動要塞。
NLAの3つや4つ簡単に殲滅できる程度の兵装はバカスカ積んできていることでしょう。
もしこれが先の大攻勢に使用されていたなら、私たちは抵抗することさえできなかったと思います。
そんな代物が、白樹の大陸のド真ん中を、単独で飛行しているのです。
航空兵力はせいぜい十数機ほどの艦載機だけ。
歩兵部隊も随伴せず。
戦略級の巨大兵器が、無防備・無警戒のまま、ゆっくりとした速度でこちらに近づいてくるのです。
私たちはたまたま作戦行動中だったので肉眼で目撃しましたが、今ごろNLAでもフロンティアネットを通じて観測されていることでしょう。
“ありえない”光景でした。
私たちは本部に連絡した後、この場で迎撃することにしました。
弾薬に多少不安はありますが、まあ、勝てるでしょう。
「アハハハハ! アイツら健気だねえ。必死の決意ってやつ?」

違います。必勝です。
声なんて聞こえるわけがないのですが、なんとなく向こうの艦橋でオトボケ部隊長様が私たちを嘲り笑っている気がしました。
私たちは乗ってきたフレスベルグを山陰に隠し、オーバークロックギアを起動のうえ各自散開して敵に向かって走りだしました。
敵のFCSはどうせ使い物にならないでしょう。でたらめに撃ってくるビーム兵器くらいならB.B.の反応速度で対処可能です。兵士は走るのが仕事だといいます。走って避けましょう。
NLAまでの距離もまだ充分にあります。時間をかけていいのなら、防衛対象を背にして戦うより、延々とゲリラ戦を仕掛けつづけたほうがよっぽど勝率も生存確率も上がるというものです。
「クッ! アイツらちょこまかと逃げまわりやがって!」

当たり前です。そもそもあのサイズの兵器が、まさか対歩兵戦闘なんて想定しているわけがないのです。
そういうのは随伴歩兵の仕事。前回の攻勢のときはちゃんと歩兵を先行させていたはずですよ。
・・・というか、彼ら進路を変えて本格的にこちらを殲滅する構えみたいですね。正気ですか?
唯一の懸念は射程だけでしたが、無我夢中で戦っている間、どういうわけか数回ほどフラッシュカウントで敵の装甲を貫いた感触が手に残っています。人間、やればできるものですね。
――そんなわけで、私たちはまたひとつ大金星を飾ってしまったのでした。
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