俺は英雄なんかじゃない。ただ、怖かったんだ。幼いころに国を失ったように、また居場所がなくなってしまうことを恐れてた。――俺は白鯨を守りたかった。アレスは道連れにされただけに過ぎない。
英雄 アロイス・ブルノルト

第13章前編 因果
セントラルライフでの決戦から1週間。
NLAの人たちは希望に沸き立っていました。
特に地球人の場合、早くB.B.から生身の身体に戻りたい人、ライフに眠る家族や知人に会いたい人、ミラの開拓中に命を落とした仲間を蘇らせたい人。いろいろな思いがありますから。
でも、喜んでいるのは地球人だけじゃないです。異星人のなかにも地球人の慶事を祝福してくれている人は多いですし、あるいは便乗して盛り上がりたいだけの人、それから実は地球人と愛しあうようになった人も何組かいまして。
そんな感じで、NLAは今ちょっとしたお祭りムードなんです。
でも、当の私はそんな喧噪を尻目に、ブレイド本部に呼び出されていました。
「正体不明の消失現象がこのミラのあちこちで発生しているらしい。各地で同時多発的に発生したこの現象はあらゆるものを飲み込みながら領域を拡大している。飲み込まれたあとには物質はおろか電磁波ひとつ残されず、まさに消えたと表現するほかない」

なんか思っていた30倍はシリアスな任務。
グロウスの指導者をやっつけても、物騒なことはまだ続くんですね・・・。
消失現象? 喩えるなら地上に突然ブラックホールができた、みたいな感じなんでしょうか?
でも、ブラックホールと違って電磁波は観測されていない。消失領域の周囲には広範囲の破壊も起きていない。つまり、超高質量による引力で光すらも飲み込むブラックホールとは、そもそも原理から異なるということ。
私たちが現地で調査してみると、消失領域のなかから謎の群体がおびただしい数飛び出し、襲いかかってきました。「ゴースト!」 エルマさんの息をのむ声が聞こえました。
ゴースト? それってたしか・・・、太陽系宙域でグロウスと交戦していたという謎の勢力のことだったはず。地球消滅の原因。地球を脱出してきた白鯨のことも執拗に追いかけてきて、英雄と呼ばれる人の命を奪ったっていう。
グロウスにとっても、それからおそらく地球人にとっても、敵対勢力。
「そんな簡単な話じゃないわ。ゴーストの出現は崩壊の予兆なのよ。私たちがゴーストとグロウスの衝突を実際に目にしたとき。あのとき何が起こった?」
クリュー星系にあったエルマさんの故郷の星も、あのゴーストに滅ぼされたんだといいます。
最初にグロウスの襲撃があり、それを追いかけるようにしてゴーストも現れ、大地が侵食され、人が死に、最後には星ごと――。

ラオさんが言っていました。グロウスが地球人を執拗に攻撃してくるのは、地球人の肉体に彼らの創造主であるサマール人のDNAが刻まれているから。人造生命体の末裔である彼らは、創造主の血を引く私たちが滅べと望んだら、その願いに抵抗することができないとされている。
クリュー星系にも地球と同じくサマールの血が受け継がれていたそうで、グロウスはそれを恐れて奇襲攻撃で絶滅させようとしたわけです。
「私はアレスの技術を地球人に伝え、グロウスに対抗しうる科学の進歩を促した。でも、結局地球を救うことはできずアレスと英雄を失った――」
目を伏したエルマさんに、だけど私はここで生きていると伝えました。
最初の生き残りは1人。だけど今度は20万人もの命が地球を脱出できています。エルマさんは白鯨を守りきったという人と同じくらい、私たちにとっての英雄だと思います。
エルマさんは小さく笑って、だけどすぐ何か苦いものを噛みつぶしたような顔になってしまいました。
うーん。なかなか重傷っぽい。
と。
フロンティアネットに反応。
今日はつくづく目まぐるしい日で、今度はドール同士の交戦が観測されたとのこと。機体はブレイドのデータベースで照合することができました。
反応は、グロウス総帥って人と一緒にセントラルライフの原形質プールに沈んだはずのウィータと、白鯨を守ってロストしたという英雄の機体、アレスでした。
「あの人が英雄アロイス・ブルノルト――、なんですか? 政府広報で見たイメージとずいぶん違って、なんというか、・・・軽いッスね」
私たちが現地に急行したときにはすでに決着が付いていたようで、ウィータがアレスから何かを抜き取っているところを目撃しました。その後、ウィータはゴーストに追い立てられて撤退。
生還した英雄さんの話によると、コアという大事なものを奪われたんだそうです。

何はともあれ戦闘は一旦終了。
英雄さんはしばらくエルマさんにリンさん、それからダグさんといった、地球時代からの友人と旧交を温めていたんですが、不意にこちらに目を向けてきました。
「よう。調子はどうだ?」
・・・?
とりあえず、いつもの私らしく何も考えてなさそうなノリでまあまあと答えておきました。

私、この人と面識があったんでしょうか? 思いだせません。自分の記憶喪失に関しては正直もうどうでもよくなっているんですが、はて、この人にはどう説明したものか――。
「初めて会ったやつに何求めているんだよ」
悩む前にダグさんがツッコミを入れていました。
なーんだ。
どうやら第一印象に輪をかけて軽い人みたいです。
そのあとは英雄さんと一緒に本部に帰ってミーティング。
会議。会議。会議。リンさんのごはんが食べたい。
英雄さんが持ち帰った情報はこれまで私たちが知らなかった、エルマさんですら知らなかった驚愕の新事実もたくさんあったんですが、書くときりがないので一旦ここでは割愛。今後必要になったらそのときにまた書こうと思います。
とりあえず今は、この世界には実はたくさんの平行世界が存在していること、消失現象から逃れるためには惑星ミラを捨てて別の世界に脱出しなければいけないこと、世界間を移動するためにはウィータに奪われたアレスのコアを取り戻さなければならないこと。この3つだけ押さえておけばよさそうです。

というか、それ以上の話なんて今は無理。
・・・せっかく、この星で生きていこうって、みんなで誓いあったばかりだったのに。
「第六の御使いラッパを吹きしに――」
どういう話の脈絡なのか、エルマさんが新約聖書の一節を暗唱していました。
『ヨハネの黙示録』ですね。
第1のラッパがどこからか聞こえてくると異常気象で地上が焼き払われ、第2のラッパとともに隕石が落ちて海の生物が死に絶え、第3のラッパで水が毒に変わり、第4のラッパで太陽や月の光が失われ、第5のラッパでイナゴの群れが人々に襲いかかる。エルマさんが諳んじた第6のラッパでは4人の殺戮の天使が解き放たれる。そして第7のラッパとともに神の軍勢が異教徒たちを滅ぼす最終戦争が始まる。
私は不信心者で、こんなのよくある終末思想としか思っていなかったのですが、エルマさんはこれが大昔に起きた事実を伝える記録であると考えたみたいです。
それにしても――。今日見た消失現象は第4のラッパ、ゴーストの群れは第5のラッパのほうがぴったりだと思うんですが、エルマさんは何を思って第6のラッパを・・・?
それとも何か、私の知らないことがまだあるんでしょうか?
と、思った矢先。もう。今日は本当に次から次へと。
どこに隠していたのか、空を覆い尽くさんばかりの超巨大な空中要塞がいきなり現れて、一緒に出現した先ほどのウィータが私たちに宣戦布告してきました。
ウィータに乗っているのはヴォイドという人なんだそうです。
古代から生きつづけ、グロウスたちの創造主でもある存在。・・・ということは、サマール人。私たちのご先祖様でもあるっていうことですね。エルマさんが言うにはアレスの制作者でもあるということです。
彼の呼びかけに応え、せっかく散り散りになりかけていたグロウス残党も再び統制を取り戻してしまうことになりそうです。
そういえばサマール人はどこか別の宇宙からやってきた存在だって聞きました。
ということは、このヴォイドという人はまさしく英雄さんが行っていたとおり、消失現象から逃れるための世界間移動を実践しているということ。
「私は生き残りをかけた闘争を始める。敗者はこの星とともに消えるのみ。それは私がこれまで何度も見てきた光景だ。今度も勝つのは私だ。私は世界を調律する」

ああ、第7のラッパだ。
もしエルマさんの想像どおり、『ヨハネの黙示録』がこの事態を予言していたのだとしたら、これこそが最終戦争。
それも、ヴォイドが造物主だというのなら私たちは滅ぼされる側の異教徒です。
デフィニア殲滅
ヴォイドとの生存競争が始まるといっても、そんなすぐに始まるものではありません。
消失現象が不可避のものである以上、最終的にはこのミラとお別れすることになるかもしれないのですが、それはそれ。私たちには今日も明日も営むべき日常があるのです。
と。久しぶりにスリエラさんに会うことができました。
「ラーラ・ナーラにな、自由にしてやるからお前ともう一度話してみろと言われてな。こうしてきたんだ。・・・なあ、お前ならわかるのか? グロウスを裏切ったあとに私が何をするべきか。いったいどうしたらいいか――、わかるか?」

ラーラさん、悪いようにはしないってたしかに言っていましたけど、まさか本当だったなんて。
今は変身を解いて、エリオっていう本来の名前で名乗っているそうです。でもなんとなくしっくり来ないので、本当のスリエラさんには申し訳ないんですが、私はスリエラさんで通させてもらうことにしました。
スリエラさんが言うには、デフィニア人には古代から君臨しつづけている女王のような存在がいて、生まれた瞬間から死ぬときまで彼女の命令に従いつづけてきたんだとか。たぶん、グロウスにとってのヴォイドみたいなものなんでしょうね。
グロウスに与しているのも彼女の意向。だから逆をいえば、その女王さえ押さえてしまえばNLAはデフィニア人ともう戦わずに済むかもしれないんだそうです。
スリエラさん、保護監察役を買って出てくれたラーラさんに深く感謝しているそうで、彼の信頼に応えるためにも与えられた自由を恩返しのために使いたいと考えているみたいです。
気負いすぎじゃないかなとも思ったんですが、これはデフィニア人のためでもあるとのこと。考えてみればこの人、仲間を裏切ることになったあのときも、どうにかわかってもらおうと必死に説得を試みていましたっけ。
「パスコードが知りたい? 教えてもいいですが、ひとつ条件があります。そこの裏切り者を殺して私を娘たちのもとへ連れて行きなさい。そうすれば丁重に教えてさしあげますよ」

実際に会った(というか私がデフィニア人部隊から誘拐してきた)女王フォルトゥンは聞きしに勝る悪辣な性格で、敵地のただなかにいるというのに傲岸不遜な態度を崩しませんでした。
スリエラさんの話を聞いた感じ、どうもこの人、私たちに解析できる通信技術のほか、デフィニア人の脳に直接単方向でメッセージを送る力も持っているみたいです。私たちがそちらを遮断できていないから余裕でいられるんでしょうね。
あまりにも会話が成立しないので、自称未来人の技術者ドクターBに依頼して、人格を改変してもらうことにしました。

「私ははるか古の時代より銀河の知を司りしデフィニアの王フォルトゥン様ですよ! えーい! 愚か者どもめ、ひれ伏しなさい! ――な、なにをする!! やめろ! くすぐったいではないですか! あははははは! わか、わかりました! パスコードを教えるのですぐにその暴力的行為をやめなさい!」
・・・相手が球体コンピュータに搭載された人工知能だからって、我ながらちょっと人道に反することをやっちゃった気がします。
一応この人を母と慕っていた時期もあるスリエラさん、隣でなんとも複雑そうな顔をしていました。
ま、まあ、とにかくフォルトゥンさんから洗いざらい情報を聞きだし、デフィニア人基地のバリアを突破した私たちは、意外にも女王の唐突なキャラ変に動じていなかった高級幹部たちをひととおり撃破。デフィニア人にこれ以上組織的な軍事行動をできなくしてやりました。
これでデフィニア人はもう誰かの言いなりになることなく、スリエラさんと同じ、自由な意志のもと自分なりに考えながら生きていくことになるでしょう。
改めて考えてみると、これ・・・、今回私がやったことって一から十までどこを取っても外道でしたね。まいっか。ジュネーブ条約は地球と一緒に爆散しました。


「姿は変われども私はこの街のどこかにいるよ。またどこかで会おう。これっきりなんて、イヤだからな。――よし。それじゃ行くぞ、母さん!」
「いたっ! 乱雑に扱うものではありません。私は宇宙を司りし――って! くぅ。こんなの人権侵害ですよ! なんて非道な女でしょうか。まったく。親の顔が見てみたいですね」
スリエラさんとフォルトゥンさんはNLAの一市民になりました。
明日からのパトロールに楽しみがまたひとつ増えました。
ミーアの最後

「おーい・・・。あのー・・・。もしもーし・・・。すみませーん。あのー、誰でもいいんですけどー。いや、どっちかっていうろいい人がいいんですけどー。誰かいませんかー。助けてくださーい。――あれ? あれれれれー!? なんだか足音が小さくなる! 気配が遠ざかっていくよー!?」
そういえば、デフィニア人基地での作戦行動中、聞き覚えのある賑やかな声に出くわしたんでした。
ミーアさん。惑星ミラを冒険したくて、ブレイド隊の入隊試験に落ちたにもかかわらず無断でNLAの外に飛び出しちゃった人です。以来、あちこちの旅先で私も彼女の起こすトラブルにたびたび巻きこまれてきました。
今回はデフィニア人に捕まってしまったみたいです。本人が言うには「口に出すのも恐ろしかったり恥ずかしかったりする実験を繰り返された」とのことで、・・・この子タフよね。一見ただの能天気のように見えて、会うたび底知れなさが更新されつづけている気がします。
地球で冒険家をしていたというご両親の影響なんでしょうか。いや、それにしても・・・。

とにかく、私はデフィニア人組織を瓦解させたあと、もしかしたら異星人よりも異質かもしれないこの自称後輩を保護してNLAに連れ帰りました。
一旦私のブレイドホームに寄ってシャワーでも浴びてもらおうと思ったんですが、ミーアさんが先にウォルターって人に会いたいと言うのでそうすることにしました。
「教官――。何よりもまず報告しておかなければならないことがあります。私が捕らえられていたのはグロウスのなかでも特にスパイ活動などを行う異星人の根城で、彼らは特殊な技術によって他種族の外見をコピーし、また性格や口調など具体的なパーソナリティをも写し取ります。ただ、外見のコピーはあくまで工学的なカモフラージュのようなもので、たとえば直接体に触れたりすると、本体自体は変形などしていないので、すぐにそれが仮の姿だということがバレます。また、性格などについてのコピーもパターンをシステマティックに再現するだけのもので、つまりは性格や口調、生活習慣など、入手した情報が多ければ多いほどその再現性は高まりますが、他人への印象など非常に多岐に渡る情報は全てを入手することは事実上不可能で、そこは得られた情報の範囲で類推し、その仮につくりあげられた人格の判断で不足した情報を補填しているようです。つまり彼らのいわゆる変身能力は驚異ですが、直接的な接触や仮初めの人格の看破など、見破る方法は多いと推測されます。・・・私も、私のことをよく知ってくれている人たちのおかげで偽物に取って代わられることを阻止できました」


待って。
待って待って待って。
「そうか。いい友人を持ったのだな、ミーア」
「友人じゃありませんよ! センパイです!」
「ふ・・・。なんにせよお手柄だったな。お前がもたらした情報は他のブレイドたちが持ち帰ることのできなかった情報だ。NLAの防衛にも役立つ。きわめて有益な情報だ。誇っていい」
なんでこの空間で動揺しているの私だけなんですかね。
ウォルターさん――。ミーアさんが入隊試験を受けたときの教官なんですって? いったい何の訓練を施したんですか、この人。
思わず発作的に所属を確認しましたが、ウォルター教官、コレペディアンだそうです。まあミーアさんもNLAを飛び出す前はドールの整備をやっていたといいますから、そういうこともあるのでしょう。
・・・ちなみに地球ではどういうお仕事を?
恐くて聞けませんでした。
今回の功績でミーアさん正式にブレイドに入隊できたそうで、毎日共同任務のお誘いが来ています。ウォルター教官からは・・・、無茶をせず、死なないようにとだけ言われました。

はい。
ところで次は彼女をどこに送ってあげたらいいでしょうか?
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