これが私がやってきたこと・・・。私が得たもの・・・。私って、とんだ大バカ者ですね。
“NLAの聖女” ヒメリ・アランジ

※ 二人の技術者 のスクショは撮り忘れていたっぽいです。
金剛不壊之刀
「金剛不壊之刀を夢見て鋼を打ちつづけ――、これで一万本だぞ! 我が魂を込めた一万体もの鋼の亡骸を見てどうして心を静められよう! なあ、そこの地球人。仮にお主がワシのような目に合ったら正気を保っていることなどできまい!」
へ、変な人だー!!
「ワシはな、けっして折れぬ刀――、金剛不壊之刀をつくろうとこの40年鋼を打ちつづけてきた。そいつはたとえ溶岩のなかにあっても溶けず、流星が直撃しても砕けない、ワシの頭のなかだけにある名刀なのだ」
頭のなかかー。
「そんなものが現実に存在したらと思うと・・・、どうだ? 興奮せんか? するだろ?」
しないなー。
「まずはこの惑星ミラで最も硬き鋼とは何かを、ニィロブというマ・ノンの鍛冶師に聞いてきてくれ」
その人グロウスの兵器に脳を焼かれただけのテック系オタクー。

「暗黒辰砂とサギリン岩石を掛け合わせるとはなかなか考えおる。ふふ。たしかにこれならば何を切ろうとも折れぬ刀がつくれそうだな! よし、ではミルストレアよ、次はその材料を取ってきてくれ! ワシはその間に刀にかける思い――、我が半生を振りかえっておるわ」
その工程要るー?
「ワシはな――、刀は超カッコいいと思うのだ! 特に二刀流なんか最高と思わんか!? うむ。そうだな。いずれもう1本の金剛不壊之刀をつくり、二刀で超カッコいい必殺技を繰り出してやろうぞ!」
そっかー。

「何? どうでもいいから早く報酬をよこせと? ふぅー。たしかそんな約束もしたな。しかしな、ワシは無一文なのだ。なんせ刀に生涯を捧げてきて、まるで俗事にかまけていなかったからな」
そっかー。
「いや、もちろんお主を騙したわけではない! 金剛不壊之刀さえつくりだすことができればワシは無敵だ! 黒鋼の大陸の原生生物どもを狩り尽くして、すぐにお主に払う報酬くらい稼いでみせるわ!」
そっかー。
・・・いや待って! もう出発しちゃったの!?

「ははっ。無情なものだ。この天才の技も多勢の前にあっては何ひとつ役に立たんとはな・・・。どんなにやつらが撃とうが斬ろうが刀には傷ひとつつかんかった。ふふ。あれは確かにワシが夢見た伝説の名刀、金剛不壊之刀だ! だが、しかしな。刀を打ちつづけて40年。・・・よく考えてみればワシは刀を振るったことなどなかったのだ」
ご無事でホント何よりですー。
「――よし! お主。もしよかったら報酬代わりにこの刀を譲り受けてはくれんか? ワシはこうしてかたちにできただけでも満足だ。あとはこの名刀に相応しき勇ましき武者が振るうのが道理というもの。うむ。そのほうがカッコいいだろうしな!」
あいにく槍専門でしてー。
「なんと!? つまり、この刀をつくりし者は相応しき武者になる義務があるというのか! それもたしかに道理。わかった。では、金剛不壊之刀を携えて、これから修行に励むとしよう。ふっ。いささか歳だがワシは天才だ! すぐに剣技も身につけてくれる!」
ちなみにこの人、どうやら本当に剣の才能もあったらしくて、今日も元気に黒鋼の大陸で原生生物たちをしばいてまわっています。
こないだ会ったときなんか「ワシがこの黒鋼の大陸で最強の生物となるのだ! ふはははは!」とか息巻いていましたよ。
新しき道
メンテナンスセンターのシャリーさんから通報がありました。
ザインさんっていうラースの人が病棟から脱走したんだそうです。
ザインさんといえば――、先日のラース製ドール掃討作戦。あのとき、ガ・デルグ王太子殿下と側近のボウさんがグロウス勢力圏で孤立してしまったことを私に知らせてくれた人です。
その人自身も敵の奇襲で大ケガしていたので本部に救出ヘリを要請しておいたんですが、そのあと今日までずっとNLAで入院していたんですね。
「ちょっと・・・、やめてください――。いやあああ!」
「お、大声を出さないでもらいたい。私は頼みたいことがあるだけで――」
おっと。
先日のジングさんといい、ラース人が戦以外の話をするときは頭のネジを外さなきゃいけないっていう風習でもあるんでしょうか?
ザインさんは商業エリアで見つかりました。・・・ちょうど、路地裏で地球人女性の胸ぐらを掴んで壁にはりつけにしているところを。
このくらいじゃ逮捕案件にならないあたり、我ながらマヒしてるなあと思いつつ、とりあえず話を聞くことにしました。
「そこのかた! やはり先日戦場で世話になったブレイドのかたではありませんか! 通りがかったところをいきなりですまないが、何か――、手ごろな刀を手に入れてきてはくれませんか。そのほうが話が早いと」
いや、それはさすがに逮捕しますよ?

渡したけど。
・・・話によると、ザインさんはNLAで生まれて初めて食べたケーキに感動して、自分でもつくれるようになりたいと女性に教えを請うていたつもりだったそう。
人付きあいが荒っぽすぎです。忘却の渓谷にあるラース人の本拠地でも、さすがにここまで修羅修羅な感じの人はいませんでしたよ?
よく見ると女性のほうはモビーストリートにあるザインカフェでパティシエをしているメグさん。
建物の右側面、ラテアヴェニューに面している側ではなぜか左隣の競合店ブルーポケットカフェの看板を出していて不思議だったので、一度話を聞きに行ったことがありました。なお、うまいことはぐらかされました。
「“ケイク”などの食物が人を鼓舞し、心の糧となって生きる気力を与えるなら――、この刀を包丁とし、私は人を斬るのではなく生かす剣の道を見つけたいと思う! 私の剣はこれまで一度に100人を斬るのが限界でしたが、“ケイク”を生み出すことが叶えば300人を救うこともできるはず!」
ザインさんあまりにも真面目くさって熱心に語るので、私もメグさんもうっかり感動しちゃって、ついつい真剣に相談に乗る気になってしまいました。
どうやら戦場で仲間たちにふるまいたいという話だったようなので、とりあえず持ち運びに適さない生ケーキは無しということに。
マドレーヌとかフロランタン、フルーツケーキなんかの焼き菓子だったらいいのでは?と私から提案してみましたが、メグさん的にはそれもNG。焼き菓子だと携帯糧食と見た目あんまり変わらないので、ザインさんの感動が仲間に伝わらないんじゃないかとの判断です。
ここはお菓子という視点から一旦離れたほうがいいということになって、NLAの他の住人からレシピを募ってみようということになりました。
「カレーに、北京ダックに、・・・闇鍋!? なあにこれ! 一体どこを回ったらこんな怪しげなレシピを見つけてこられるの?」
メグさん、レシピを聞くのは「地球人限定で!」と釘を刺して安心していたようですが、この手のことでの私のセンスのなさを侮っていたようです。
メグさんの私を見る目が、みるみるザインさんを見るときと同じ色になっていきます。
メニュー自体は無難にカレーをつくろうということでまとまりました。
ザインさん、ケーキひとつであれだけ感動できるだけあって繊細な舌を持っていたらしく、試作したカレーはこれまで食べたことがないくらいおいしいものでした。

「ご婦人。あなたのおかげです。料理というものの神髄の、その一端に私は触れたような気がします。刀を振るうことでは殿下に敵わなかった私ですが・・・、このカレーを生みだすことのできる包丁さばきでは! 私は殿下に劣ることなどないでしょう! わたしはついに殿下と同じ土俵に立つことができた・・・! 初めて、殿下に誇ることのできる己が道を見つけることができました・・・!」
よかったねえ、よかったねえと、私とメグさんも手を合わせて喜びました。
目の前にいるこの人が病棟を抜け出した重傷患者だということはもう完全に頭のなかからすっぽ抜けていました。
なお、後日。
「ニ・ザインさんをメンテナンスセンターに連れて帰ろうと思ってこのお店に来たら、そのままここのカレーに大ハマりしちゃって! 今や朝昼晩とエンドレスにカレーを食べてる日々なんですよう!」
当初私に通報してきたシャリーさんもまんまとカレーの罠にハマってしまったようでした。
二人の技術者
「兵器開発!? 指令! そういうことなら私にもお手伝いさせてください!」
「ああそうか。お前さん、こういう類いの話に興味が――」
「しんしん! です!!」
耳ざとくヴァンダム指令から兵器開発プロジェクトの情報を聞きつけたリンさんに連れられて、今日はアームズの仕事の手伝いです。
リンさん自身、アームズの所属なのでこういう仕事は飽きるくらいしていそうなものですが、やはり新兵器の開発となるとなかなか関われる機会は少ないんでしょうか。そういえば製品テスト要員のアクセナさんもドールマニアなのに歩兵用装備ばかりまわされててグチってましたっけ。
「これ、バックパックと一体化したビーム砲ですか? うわー、こんな大出力の荷電粒子キャパシタ積んでるし!」
「すげえだろ。こいつがありゃ無補給で1ヶ月は戦えるぜ」
もうウッキウキです。リンさんは自分のところの仕事をしているときが一番かわいい。
でも今、ヴァンダム指令が変なことを言いました。
キャパシタということはエネルギーを短期的に蓄える装置のことだと思います。一般的にこれは保存容量が少なすぎて長期的なエネルギー保存に向きません。つまり、この場合のキャパシタとは発射直前の荷電粒子を大量にチャージするためにある装置であり、普通に考えたら単発威力の大きさに直結するものです。
エネルギーを溜めておくストレージは普通これとは別に用意されます。ドール用兵装の場合はドール本体から直接エネルギーを引き出すこともできるので専用ストレージを持たない場合もあるのですが、この兵器はバックパック型の大型兵装ですし、指令も「無補給で1ヶ月戦える」と言っていますから相当な容量があるのでしょう。
ですが、リンさんの目を一番に惹いたのはキャパシタ出力なんです。ストレージではなく。おそらくはそこがこの兵器一番の個性。しかし、1発あたりの威力を上げたら比例して消費エネルギー量も上がるはず。現役技術者を驚かせるほどのキャパシタ出力を備えているなら、いくら大容量ストレージを備えていたとしても、それはそもそも長期戦を目的とした設計ではないはずです。
「ええー! そんな使いかた、もったいなくないですか?」
「ふむ。お前さんだったらどう使う?」
「射撃回数を増やすより攻撃力を上げたほうがいいと思います」
「おいおい。これ以上威力を上げてどうすんだ?」
「あと800ギガ上げればグロウスが使ってるビームコーティング層も撃ち抜けます!」
リンさんの指摘はごもっとも。
打てば響く、という言葉を地で行くリンさんを相手に、ヴァンダム指令は妙に楽しそうに議論しています。
これは・・・。
「そんなもん、熱放射がとんでもないことになるだろうが」
「バレルジャケットの伝導体の材質を変更することでなんとかなりませんか?」
「バレルジャケットの伝導体か。なるほどな」**
「よし、やってみろ! 問題点は俺の見たところ2つある。ここの技術者たち――、そうだな。アランとブレナの2人に相談してみろ。いい解決策が出てくるかもしれん」
さては最初っからリンさんの知恵を借りるつもりでわざと零しましたね!?
もともと高出力のレーザー兵器として開発していたところ、出力と熱放射のバランスがどうしてもうまく取れなくて迷走、せっかくのキャパシティ出力を台無しにするマラソン型の兵器として製品化されそうだった、というのが大方のところでしょう。
指令はそこでちゃぶ台をひっくり返したかったんです。だからリンさんを連れてきたんです。言葉巧みに、直接的な命令はせず。指令っていっつもこうだ!
リンさんはさすが。望ましい具体的な出力を一瞬で算出しましたし、熱放射の方法も実物の大きさを見てバレルジャケットの容積を利用すればいいとあっという間に方向性を定めてしまいました。
たぶん、このアイディア自体は工廠にいるサクラバ重工のエンジニアさんたちもすでに考えついていたんでしょう。ですが、これがベストだと判断できなかったせいで、他のアイディアに埋もれてそれぞれ練りこみきれていなかった。指令が指名した2人はまさしくサクラバ側の発案者だったんでしょうね。
アランさんとブレナさんでしたっけ?
この2人ってたしか、アランさんは革新派でブレナさんが保守派。お互い基本的な考えかたが違うせいで普段からあんまり仲がよくなかったはずです。それで、プロジェクトチーム内でも2人のアイディアを組み合わせようって発想が出てこなかったんでしょうね。誰か両方とそれぞれ議論を深めて1つの設計にまとめあげる人材が必要だった、と。
・・・って、私を巻きこむことまで計算に入れてませんか、指令!?
「ここから定常出力を800ギガも!? 理論上は可能かもしれませんが、出力を上げればそれだけ運動量の大きいプラズマを保持しなければならないわけで、そのためにはもっと効率のよい磁場トラップが必要になります。いずれは実現してみたいと思いますが、今の地球の技術力では・・・」
「いい設計ね。たしかにこれなら問題は解決できる。ただ、仕様を満たせるような伝導体はNLAの中央配電システムに最優先で供給されてしまっているわ。新兵器のために都市機能を低下させるわけにはいかないでしょう」
案の定、2人ともあらかじめ考えてあったとしか思えない流暢さで、出力と熱放散それぞれの技術的課題を挙げてくれました。
課題さえ明確になってしまえば、ここにいるのは(私以外)NLA最高峰の技術者集団です。私やエルマさんがミラ各地で集めた多様な素材サンプルをすぐに用意できたこともあって、本当にあっという間に、新兵器は本来あるべきだったかたちでロールアウトされる運びとなりました。
ヴァンダム指令ご満悦。
リンさんほくほく顔。
打ち上げの夜はみんなやりきったーって顔をしていました。
いや、リンさんが楽しそうだったから別にいいんですけど、ただの付き添いのつもりがまんまと働かされた私のもやもやはどこに向けたらいいんでしょうか・・・?
ヒメリへのプレゼント
ここのところヒメリさんの元気がありません。
数週間前、ヒメリさんの助手を務めていたオルネラさんの背信行為が発覚しました。
当時まだフォルトゥンさんの支配下にあったデフィニア人と結託し、街の人みんなに頼られているヒメリさんの信用を利用して、密かにNLA住民を誘拐していたんです。
全ては金のためだった。金儲けのためにヒメリさんに取り入ったのにタダ働きばかりで我慢ならなかった、と。
母親みたいに慕っていたオルネラさんに裏切られ、そのうえ目の前で自殺までされてしまいました。
ヒメリさんが自分の殻に閉じこもらず、その後も街の人の悩みを聞いてくれていることがすでに奇跡のようなものです。
ただ、つくりものの笑顔というものは簡単にバレてしまうもの。
特にヒメリさんに相談しに来る人は精神的に苦しんでいる人が多くて、そういう人ってよく周りの人の顔を観察しているものですから、みんな気付いてしまうんですね。
私のほうにもヒメリさんを助けてあげてほしいって相談が毎日何人もから来ていました。
「ねえ。もしよかったらそのあたりのこと聞き出してくれない? もしかしたら私たちにも何か、彼女にしてあげられることあるかもしれないしさ」
私は――、ヒメリさんみたいに悩んでいる人の傍にそっと寄りそってあげるみたいなことはできません。
だから単刀直入に聞きます。別に構わないでしょう。ヒメリさんだって、今の自分がみんなに心配をかけてしまっていることくらい、気付いているはずですから。
あの人はそういう人です。誰よりも繊細で、だからこそ傷ついた人の気持ちを一番に考えて、傷ついた人のための最善を望む人。

「話を聞いてほしいって思ってるとき、あなたはいつもそんなふうに尋ねてくれますね。――そうですね。こんなんじゃ私、あなたにまで迷惑をかけてしまいそうです。・・・私、オルネラさんに言われたことが気になっているんです。迷いが生じてしまったというか。自分のやってきたことが正しいか不安に思えてきて」
こんなとき、お父様の日記があれば――。ヒメリさんはそうこぼしました。
ヒメリさんの父親ってたしか神父をしていたという話でしたね。その影響を受けて、ヒメリさんも無私の活動を続けているって。
日記か――。地球から文献のデータベースを運んでいたライフ、グロウスのイカみたいな人に破壊されちゃったんですよね。あのなかに含まれていなければいいけど。
とはいえ、このあいだ別の任務で医療関係のデータベースが入ったライフを発見したばかりですし、同じ書物といっても全部ひとつのライフに収められていたわけではないみたい。可能性はまだ残されているはず。
私はテスタメントであるエルマさんに相談して、そういう私的な文書が収められたライフみたいなものがあったりしないか、聞いてみました。
幸い、プライベートデータが収められたライフはこのあいだのものと別に分けられていて、優先度が低いからテスタメントでもまだ本格的に捜索できていないとのことでした。
ライフの落着位置の特定作業は一部民間企業にも委託されているという話も聞きました。フロンティアネットが全大陸に広がった今なら、テスタメントにもまだ報告が上がっていない情報をそちらで掴んでいる可能性はあると。
「それらしいデータベースを積んだ白鯨の残骸がある場所、だいたい特定できましたよ。どうやら捜索もかなり後回しにされていたようですね。いやあ、寝ずにフロンティアネットの情報を探しまわったかいがありましたよ!」
伺ってみると、そちらにもヒメリさんにお世話になった人――、というかファンの人がいて、熱心に協力してくれました。

特定された座標は黒鋼の大陸北方。あちらの大陸にはいっつもはるばる呼びつけてはヒメリさんにタダ働きさせようとするドロンゴ・キャラバンのノポンたちがいたはずです。
ためしに彼らに相談してみたら、ふたつ返事で捜索への協力を申し出てくれました。報酬は要らないとまで言うんですからよっぽどのことです。

ずいぶんたくさんの人たちの力を借りて、私はついに探していたデータベースを発見しました。
・・・ライフポイントの単独捜索、それもコンパニオンが、なんてさすがにあとでヴァンダム指令に怒られてしまうかもしれませんね。
「他人を恐れていた自分は、善意を押しつけ、好意を持ってもらうことでその不安を消し去ろうとしていただけではないか」
「実に身勝手な動機。だから結局、私は誰も救えなかったんじゃないだろうか」
ヒメリさんに贈った日記には、父親のそういう生々しい悔恨の思いが記されていたそうです。
それを読んで、ヒメリさんかえって不安な気持ちが強くなってしまったみたいで。

なるほど。どうやらヒメリさん、父親を尊敬しすぎて肝心の事実が見えなくなっているようですね。
私は黙ってヒメリさんの手を引いて、住宅エリアのセイブパークに連れていきました。
「わかったろ。私は地獄に落ちるべきなんだ。さあ、さっさと殺しておくれよ! ――私はヒメリの父親を殺した連中と同じなんだ。いや、それ以上かもね・・・」
あの日、オルネラさんはヒメリさんが自分を憎んでくれないことを悟って、そんな呪詛を残して自殺しました。
どうして自殺した人が、人殺しよりも残酷だといえるんでしょうか?
あの人、本当はわかっていたんです。ヒメリさんのお父さんが何に苦しんでいたのか。自分が死ぬことでヒメリさんがどれほど苦しむことになるのか。
全部わかったうえで、それでも彼女は憎いはずのヒメリさんを生かしたんです。
「たしかに、私が報酬を受け取らなければ依頼人のかたは『ブレイドのかたはタダでお仕事をしてくれる』と勘違いをなさるかもしれません。でも、報酬の支払いを渋られるようになったという話はまだ聞かないじゃないですか。――あなたの言う事は一理あります。NLAの人々からブレイドのみなさんへの敬意が失われていくようでしたら、私が相応のケジメをつけます」
一度、私とヒメリさんで口論になったことがあります。ヒメリさんは無報酬でいいかもしれないけど、それでかえって困ってしまう人が他に出てしまうかもしれないって。
本当は私、そういう建前でヒメリさんにちゃんと正当な報酬を受け取ってほしかっただけなんですけどね。オルネラさんも生前は似たようなことを言っていたみたいです。
でも、ヒメリさんは譲りませんでした。いつもの柔らかな雰囲気がウソみたいに、頑なに考えかたを改めようとしませんでした。

「だから俺も手伝うって! 彼女には返しきれないくらいの借りがあるんだ」
「何言ってんの! 私が全部調べてくるからあんたは引っ込んでなさい!」
「あの子にはNLAに来てからずっと面倒を見てもらいっぱなしなんだ!」
「ちょっとちょっと! いくらなんでも人数オーバーだって! ――あ、お帰り。もしかして例のアレ、見つかっちゃった?」
公園には大勢の市民が集まっていました。ブレイドが動かないなら自分たちでライフポイントを探そうという、民間人によるライフ捜索隊の決起集会でした。・・・まあ、私がさっさと発起人の人に報告しなかったからこんなことになっちゃってるんですけどね。
ちょうどいいからヒメリさんに見てもらおうと思ったわけです。ヒメリさんのために集まってくれた人たちのことを。(いけしゃあしゃあと)
ヒメリさんの父親は「私は誰も救えなかった」と書き残していました。
でも、それって違うんです。絶対間違ってるんです。
だって、少なくともヒメリさんはその人のおかげで救われたんですから。
あのオルネラさんですら、彼の行いは正しかったと確信していたくらいなんですから。
先日、ニールさんが「自分のことを絶対に裏切らないのは自分自身」だって言っていましたが、私はやっぱり違うと思うんですよね。
自己評価は必ずしも現実を示しているとは限りません。私が嫌いな私は、世間一般から見て謝ったことをしているとは限りません。いっそ死んでしまいたいと思う私も、他の誰かにしてみればかけがえのない大切な人である場合もあります。
自分の心だけが、自分自身を不幸にしようと動いてしまうことって、あるんです。身勝手なことに。
「『私なんか』なんて言ったら、あんたに協力してくれた人みんなに失礼だよ。ヒメリ。みんなあんたが必要なんだよ。お願いだからそれだけは疑わないで」
誰もがヒメリさんに気付いてほしいと願っていました。
私も、それからきっと、オルネラさんも。
誰もが、いつかヒメリさんの行いが報われる日を夢見ていました。
「私、もっと強くならなきゃですね。みなさんの役に立つだけじゃなくて、もっともっとみなさんのことを理解しないと。――あの。ふつつか者ですが、これからも末永くよろしくお願いしますね」
そう言って、我慢しきれず泣きだしたヒメリさんの涙には、集まったみんなの顔が写っていました。

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