
この程度、別にヘコむほどのことでもないでしょ。だって大した話じゃないもの。ただ顔が好きだった相手にフられただけで。

「好きなの?」
エピソードトラッカー
主人公:桜子
「こっち向くな。誰があんたの胸になんか縋るもんか。・・・バカ」
目標
乙矢くんを射止める。
課題
最も頼りになる相談相手が伊織だという異様な状況。
そもそも乙矢くんがこれまでの桜子の恋愛遍歴にいなかったタイプの純粋な子だし、それに合わせたいと思う桜子自身も今までと違って真剣に恋していた。前々からの付きあいがある友人であるほど今の桜子の気持ちを正しく理解してくれなかった。
結末
【失敗】
友人たちの「らしくない」という言葉に背中を押されて告白し、フられた。
結果、乙矢くんにも友人たちにも本音を吐き出すことができなくなり、伊織の背中を借りるという失態を犯してしまった。
心の変化
【ポジティブ】
本気の失恋ではあったが、伊織のおかげですっきり気持ちの整理はついた。
キーキャラクター
乙矢くん
すでに何人かから告白されたことがあるというのに特定の人と付きあっていない時点で、そもそもこの告白劇が成就する目はなかった。夏の時点で部長をやっている=高校3年生であり、今年は受験に集中しなければならないのだからなおさら。前話での諸々の言動からして、伊織への嫌がらせも察していたようだし。
桜子も、少なくとも今踏み込んだところで可能性がないことはわかっていただろう。
伊織
桜子側の視点では前話ですでに相談相手として信頼できる人という認識だった。今話では伊織のほうも、桜子の自分の好きなことに一生懸命なところを知って、前よりもさらに親身になってくれていた。
ピックアップ
殴られ耕平

桜子の命令なんかでここまでやる伊織どうなってんの。
「右側のおっぱいだけ好きだ」

たとえばブタなどは生まれてすぐ、兄弟間で母親の乳房の奪いあいをするそうだ。兄弟たちはこの最初の兄妹ゲンカで決まったひとりひとつの担当おっぱいを、乳離れするまで担当しつづける。
基本的には上のおっぱいのほうが母乳の出がいいため、上側のおっぱいを獲得できた個体と下側のおっぱいに追いやられた個体ではその後の発育にも違いが出るらしい。生存競争上の有利不利がかかった大事な問題であるため、兄弟間で後々おっぱいをかけた血みどろの争いを起こさないよう、早い段階でお互いの序列を決めておくわけだ。
まあ、このシーンとは1ミリも関係ない話なのだが。
ところで右利きの場合、右手で揉むのは普通左のおっぱいになると思う。伊織は本当に右側のおっぱいでいいのだろうか? 後悔しないだろうか? それとも後ろから揉みしだきたい派?
「ステキだと思います」

桜子は桜子で、ここの伊織以外の選択肢が梓,千紗(,原作では+耕平)なのがいかにも面食いらしさがある。
1分バー

わざわざ場所を移した意味ある?ってレベルでガッツリ省略されたバーでのシーン。原作ではもっといろいろコントみたいなやりとりがあった。
今話はこのバーのシーン以外にもカットされた会話が多数ある。なお、今回元になった原作のページ数は連載2話分およそ100ページ。これまでのエピソードと原作の量自体は変わらない。桜子失恋後のシーンにたっぷり叙情を含ませて描いたため、結果こういうペース配分になったのだと思われる。私はこういう大胆な取捨選択が大好き。
それにしてもアレだな。こういうところで改めてマンガとアニメのメデイアの違いを実感するな。マンガだとストーリー展開の密度が上がると自然とじっくり読むようになるから、ページ数と物語の体験時間が一致しなくなるんだな。
「近くで飲んでたんだけどさ」「動物園だったから抜けてきちゃった」

そういう学生スラングがあるらしい。そういえば1期でケバ子たちも言っていた。
スラングなだけあって、ググってみても具体的な意味ははっきりしない。どうやら合コンで相手グループが異性にがっつきすぎたり、見た目が個性的すぎたりして、これは無いわと思ったときに使う言葉らしい。まさしく1期第5話の合コンみたいなやつ。(お互いに)
もえメイド られこたん

どこで手に入れたのか謎な“ららこたん”のパチモン。水樹カヤという名前しか手がかりがないのに、わざわざ出演作まで調べて詫びの品を買ってきたらしい。
チケットを折ったり汚したりせず保管してあった点も含め、意外と細やかな性格をしているあたりがいかにも恋愛強者。そこまで気遣えるのにどうしてやってしまうのか。
ところでこんなもん預けられても、耕平にどう説明しろと。
恋愛弱者たちの反応
「じゃあ、伊織のことが・・・?」
「なんて言いますか、興味があるというか」
乙矢くんに本当にそのケがある可能性も否定しきれませんが、基本的には前話からの文脈ありきの発言です。
あくまで伊織に対して強いリスペクトがあるからこういうことを言っているだけなんですが、直前に交際相手がいるかどうかを聞いていることが誤解を助長しています。どうして聞いたのかについては前話の感想文参照。その話の流れは伊織じゃなきゃわからんて。
さておき、そんなわけで千紗は盛大に混乱しました。自分が告白されるみたいな雰囲気からのハシゴ外しがあったのも拍車をかけています。展開が斜め上。
そして乙矢くんの意外すぎるカミングアウトを聞いた千紗が、まず真っ先に気になったのは、果たして伊織にそのケはあるのか?という点でした。
「伊織は本当におっぱいが好きなの?」
「(そもそも私が聞きたいのは異性に対する興味なのにどうしてこのバカは)訳のわからないことばかり――!」

異性愛者であることは同性愛者であることと別に排他の関係じゃないんじゃねーかな、というツッコミどころもありますが、まずツッコむべきところはそこではありません。
なんで伊織の性的嗜好が気になってんのよ。
同性愛者の疑いがかかっているのは乙矢くんです。伊織ではありません。
そして、もしそうであるにしても乙矢くんの片想いです。伊織に疑いがかかる合理的な理由はありません。
もちろんこの流れで千紗の関心が伊織に向く理由はあります。
いくら話が合うといっても、千紗と乙矢くんはこの日が初対面です。
また、千紗には特段乙矢くんに対する恋愛感情がありません。
同性愛者に対する偏見や特殊な好奇心があるわけでもありません。
だから、もし乙矢くんが同性愛者だったとしてもそれ自体は別に構わないんです。
問題は伊織が異性愛者ではなかった場合。
千紗は、遠回しに聞くにしても「陰茎に興味があるのか?」ではなく「おっぱいに本当に興味があるのか?」と質問しています。千紗の関心の焦点は、伊織が同性愛者である可能性を越えて、異性愛者ではない可能性にこそ向いているわけです。
なんでそれが気になるのかって話ですよね。
伊織に女性への興味がなかったら何か困るのか?っていう。
「もういい。栞ちゃんに聞くから」
本人との話で諦めがつかない関心ってよっぽどじゃないかな。

「千紗と乙矢くんがですか?」
「そう。くっついちゃうかもよ」
「乙矢くんは草食系だとばかり・・・」
「よっぽどビビっときたのかな? あるいは背中を押してくれた何かがあったとか?」
今回梓は伊織にターゲットを絞って観察していましたが、あるいは本当に面白いことになっていたのは千紗のほうだったのかもしれません。
「で、どう? ショック?」
「ショックはショックですが――。ああ、感覚だとあれに近いかもしれません。『妹が告白された』みたいな」
なにせ伊織のほうは、現時点だとまだまだ千紗のことを異性として見ていないようですから。
恋愛強者の撃沈
「ほれ。飲みたいかと思ってな」
「何これ? ・・・知ってるんだ」
「ホールにいりゃ嫌でも聞こえる」
「あっそ。で、まさか慰めてるつもり?」
「まあ、一応な」

桜子がファミレスの裏手から出ようとしたところ、そこで伊織が待っていました。
バイト上がりにバーに行ったときもそうでしたが、桜子と伊織は就業時間が被ることが多いようです。まあ、そうじゃなきゃ教育係なんて任せられないでしょうしね。
ただ、桜子は着替えに時間がかかるタイプの女性のようです。アニメでは省略されていましたが、原作ではバーに行くため伊織が待たされる描写がありました。
おそらくはその時間を使って、伊織は近くのコンビニかどこかで酒を買い、わざわざ戻ってきたんでしょう。その意外な心遣いが桜子の胸を打ちました。
「私が泣いてあんたの胸にすがりつくと思っちゃった? 期待しちゃった?」
「お前なあ!」
「そもそもね、女子慰めるのにビールっておかしいでしょ」
「悪かったな」
おそらくは普段の手癖、あるいは単なる自分の好みでビールを選んでしまったのでしょう。
桜子が耕平のチケットをわざわざビニールケースに入れて保管していたように、モテようとする意識が高い人なら、普段から周りの人の細かいところにまで気を使う習慣が身についているものです。どこで何をきっかけにして関係が進むかわかりませんから。
でも、桜子が知るかぎり伊織はそういうキャラじゃありません。優しいには優しいですし、下心もあるにはある人ですが、こういうときの定石を知りません。誘い慣れていません。しょせんは童貞です。
だから、これってつまり、(不器用な童貞なりに)自分なりに考えた真心からの行動だということは確かなわけで――。

「てかさ、らしくないよね。だって桜子はさ、さっと行ってぱくっといただいちゃうタイプじゃない?」
自分のキャラじゃないことはわかっていました。
「イケメンが嫌いなタイプは?」
「重い女!」
「その点、桜子なら余裕でイケるって」
「重くないし、スタイルいいし、顔もいいし」
乙矢くんが自分の恋愛遍歴にいなかったタイプの子だということも自覚していました。
友人たちは知りません。桜子が珍しく、本当に乙女入っちゃっていたことを。
友人たちは知りません。桜子が狙っているというイケメンが、実は遊び慣れているタイプの男じゃなかったことを。(友人の片方がショタコンなので自分がものにするまで会わせたくなかったという事情もある)
「なあ。まさかとは思うが、乙矢くんを狙ってんのか?」
「は? 悪い?」
「悪いというか・・・、深刻な心の貧富格差が。やめとけ。分不相応にもほどがある」(第8話)
伊織も「分不相応」だと言っていました。友人たちのこの反応はつまり、そういうことなんでしょう。

でも好きでした。
本気で、好きになっていました。

「でもさ、すっきりしたでしょ」
「だって顔が好きなだけならさ、探せば次なんてすぐ見つかるじゃない」
「――ま、それはそうなんだけどね!」
未練がましい恋でした。
相手はそもそも恋愛になんか興味なさそうな子で、自分の好きなことに一生懸命で、桜子のことも眼中に入っていなさそうでした。
告白したところで受けてもらえる見込みなんてなくて、でも離れたくなくて、いつか好きになってくれたらって淡い希望に縋ってしまっていて、つかず離れず。だけどそのもどかしい時間すらもなんだか心地よくて。
「そもそも気に入った理由が理由だもんね」
「本気になれなかったんじゃない?」
「本気出せばイケたんだけどね」
「本気じゃなかった桜子が悪い」
「その言いかたはひどくない?」
相手に合わせられるものなら合わせてあげたいと思っていました。それで振り向いてもらえるなら、何だってやってみせるつもりでした。
だけど、ようやく乙矢くんを射止める手がかりを見つけられたと思ったら、それは男。しかも性欲丸出しなくせになるべくしてなった童貞で、つまり何考えているんだかわからないウルトラバカ。一応普通の人間である桜子にとって、人類のエラー品みたいなあのバカのふるまいは、マネしたくてもしきれるものではありませんでした。
本気だったし、次なんてすぐには見つからない。すっきりなんて全然していない。
だけど、そんな自分はいくらなんでも毒島桜子らしくありませんでした。
どうせいつかは撃沈することが目に見えていた程度の、本気の恋でした。
「この程度、別にヘコむほどのことでもないでしょ。だって大した話じゃないもの。ただ顔が好きだった相手にフられただけで」

そう。重いのとか私のキャラじゃないし。
この恋愛は失敗でした。自分も、乙矢くんも、誰も幸せにならない。不毛なだけ。
世の恋愛強者はもっとライトに、手堅く、後腐れなく、お互い楽しい時間だけを過ごせる恋を楽しむもの。
「でもお前、言ってただろう。本気で好きだって。本気で顔が好きで何が悪い」

だというのに。
恋愛弱者のバカは、いかにも童貞らしいところに突っかかってくるのです。
「北原さんって不思議な包容力がある気がします。隠しごとをしなくていいというか、ありのままの自分を認めてくれるような」
アイツは自分でもバカにしている他人のオタク趣味のために本気で怒る人。
アイツは我ながらしょうもないと思う他人の面食いにすら本気で寄り添う人。
「さっきムカついたから盗ったんだけど、結果的によかったよねー。いいかげん卒業しなきゃでしょ、ああいうの。これで少しは懲りてくれるんじゃない?」
「あいつはあれでいいんだよ」(第6話)
このバカは周りのバカをちっとも正そうとしないから、バカはいつまでもバカのまま、際限なくバカばっかしつづける。

あいにく桜子はバカじゃありません。
バカじゃないから、男たちに気を使ってすっきり別れるようにしているし、友達に気を使ってメンドクサイところを見せないようにしているし、乙矢くんに気を使ってだらだら執着したくなる気持ちを切り捨てました。
だけど――。
「こっち向くな。誰があんたの胸になんか縋るもんか。・・・バカ」
もし。もし、もっとずっとコイツの近くにいられたなら、自分もバカなままでいられたんだろうか。
自分のことだけ考えて。意地汚く、脇目も振らず、ガラでもないことにいちいちこだわって。諦めることを知らないで。自然体のままで。

「これ、耕平くんに渡しといて」
「なんだこれ。前のアレの詫びか? 自分で渡せよな」
「それは無理。キモいし」
「素直じゃねえなあ」
初めて、あのとき伊織が怒った理由がわかった気がしました。


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