魔法つかいプリキュア!第36話感想 思い出が育む絆、絆が育む奇跡の魔法。

きっとみらいがたーっくさんおしゃべりしてくれたから、モフルンもみらいに何か伝えたいと思うようになったモフ。

魔法つかいプリキュア! Blu-ray vol.4

(主観的)あらすじ

 敵のスパイのチクルンはひょんなことからみらいたちと仲良くなります。そうして知りえた情報をオルーバに報告すると、彼はモフルンに興味を持ち、連れてくるように指示を出します。
 ある日、モフルンはチクルンとふたりでコスモス畑に出かけます。しかしそこに待ち構えていたのはオルーバ。モフルンを追いかけてきたプリキュアとヨクバールとの戦いでコスモス畑はめちゃくちゃに荒らされてしまいます。
 モフルンは怒ります。このコスモス畑はみらいが初めて部屋の外に連れ出してくれた、思い出の場所だったのです。モフルンとプリキュアの怒りによってヨクバールは倒され、みらいとモフルンは思い出話に花を咲かせます。

 思い出回。河野さんの幼児作画はいいなあ。プリキュアという作品は基本的に幸せな記憶がたくさんある人ほど強くなれます。たくさんの思い出を積み重ねたお婆ちゃんなんてのはその最たるもの。例外はキュアムーンライトくらいじゃないでしょうか。現実も概ねその通りで、不幸な記憶ばかり思い出す人、思い出を振り返らない人ほど心を病みやすいものです。たまにはアルバムを引っ張り出して心の地盤を固めてみるのもいいかもしれませんね。
 ついに映画告知月間が始まりましたね。赤い魔法陣に刻まれている文字は魔法文字には見えませんでしたが、ダークマターの繰り出す魔法は魔法界のものとはまた別のものなのでしょうか。ところでどうでもいいことですが、私は映画に登場する「願いの石」をカーネリアンかインカローズかなと予想しています。そもそも具体的な石の名前なんて出てこないでしょうけれど。

オルーバの興味の先

 彼もまた根っからのムホーなんですね。プリキュアの力の正体に興味があるとはいっても、その源が人と人との繋がりにあることには気付きません。
 「初めてみらいと一緒に来た場所がこのお花畑モフ」 モフルンの日常賛歌をバカにせず、むしろ興味を持つのは、一見他の幹部とは違う態度です。しかし「決めた。あのぬいぐるみを連れて帰るよ」 これではまだまだなにも理解できていませんね。プリキュアの奇跡の魔法は手と手を繋ぐことではじめて力を発揮します。ひとりだけ引き離してみたところで何の力も観察できはしません。

 そもそもモフルンが「一味を繋ぐ重要な役割を持つ」 と見破ったのはチクルンでした。それも観察したのは変身や戦いぶりではなく、リコの選挙戦の打ち合わせ、ごく当たり前の日常の姿でした。彼にはそういう当たり前の人と人との繋がりを理解できる感受性があります。
 そんなチクルンの報告を受けてなお、モフルン個人にユニークな力があると解釈してしまうオルーバ。彼も他のムホー一味や闇の魔法つかいたちと同じで、個人が独り占めし、ひとりで振りかざせる力しか知らないのでしょう。

 「ワガママはオシャレじゃないね」 無法者がひとりで振りかざす力には限界があります。そこまではオルーバだって理解しているでしょう。ラブー負けたし。だからこそプリキュアの力の正体に興味を持つ。
 けれど、彼は気付けるでしょうか。プリキュアとムホーではものの見方が180度違っていることに。表面的なユニークさだけを追いかけたところで、その本質なんて理解できやしません。それで求める力が手に入るなら、リコなんかはじめから立派な魔法つかいになれていたはずです。
 大切なのは見方を変えること。強大なムホーの力とは根本的に違う、別の価値観、別の世界観、別のものの見方を受容できなければ、彼らがプリキュアの力を理解する日は来ないでしょう。
 だから勝てないんです、ムホーは。手を繋ごうとしないから。傍に仕えるチクルンすら名前で呼ぼうとしないから。

思い出が育むもの

 毎度毎度出てくるコスモスの花言葉は・・・たぶんこれだけ頻繁に出しているのは花言葉より伏線を意図してのことでしょうから、あんまり気にしない方がいいでしょうか。一応それっぽいものとして「愛や人生がもたらす喜び」というものもあります。
 はーちゃんの記憶の中のコスモス畑とどう繋がってくるんでしょうね。

 「モフルンはずーっとみらいとおしゃべりしたかったモフ!」 第2話でモフルンは、自分が動けるようになった理由をこう説明していました。今回の物語はそこにもう少しだけ踏み込むお話。
 モフルンはみらいが生まれたときからずっと一緒にいました。一緒に過ごす時間は、ただそれだけでふたりの距離を近くします。その関係が良いものになるか悪いものになるかは当人次第ですが、基本的には仲良くなるものと思っていいでしょう。
 観ている私としても、Aパートまではそういう話で終わるのかなと思ってしまいました。けれど実際はもう少し深く突っ込みます。

 チクルンにハチミツ取りに誘われたモフルンは、行き先に先日アルバムで見た思い出のコスモス畑を提案します。モフルンにとってそこは、みらいと初めて一緒に出かけた大切な思い出の場所でした。
 アルバムを見たとき、モフルンはその思い出を誰にも聞かせていません。出かけるときも置き手紙こそ残しましたが、みらいに読める文字で書いたわけではありません。たぶん自分の意志で出かけたというニュアンスさえ伝われば充分だと思ったのでしょうね。
 特に大きな理由もなく、なんとなく伝えそびれていたわけですが、それでもみらいはちゃんとわかって、ちゃんと迎えに来てくれます。だってこの思い出はモフルンだけのものではないのですから。

 「モフルン、私も覚えてるよ。だからここだってすぐわかったんだよ」 モフルンにとって大切な思い出は、みらいにとっても大切な思い出です。だってずっと一緒に過ごしてきたんですから。
 いつしかモフルンはみらいとおしゃべりしたいと願うようになります。その願いすらモフルンだけのものではありません。第1話、みらいが魔法つかいリコと初めて出会った日、彼女がお願いしたのは「モフルンとお話しできないかな?」というものでした。
 「みらいと話したいってずーっと思ってたら話せるようになったモフ」「私も小さい頃からモフルンとおしゃべりしたいなあって思ってたんだ」 思い出も願い事も、モフルンとみらいはなにもかもを共有していて、双方向にお互いのことを思い合っていました。

 サファイアは人の内面の強さを象徴するパワーストーンです。悩みやトラウマに向き合う勇気を与え、大切な思い出を呼び起こして自信をもたらし、心を地盤から強くしてくれるパワーを持ちます。そうして鍛え上げられた内面の強さはやがて訪れる新たな挑戦にもきっと打ち勝つことでしょう。
 人の心は過去・現在・未来と連続しています。

 「きっとみらいがたーっくさんおしゃべりしてくれたから、モフルンもみらいに何か伝えたいと思うようになったモフ」 実際はどうなのかまだわかりませんが、少なくともモフルンは自分の身に訪れた幸福をそう解釈しました。
 プリキュアの力、奇跡の魔法は繋いだ手と手の間から生まれます。ひとりきりの願いからは何も生まれません。双方向に気持ちを通じ合わせ、願いを重ね合わせてはじめて強い力となるのです。だからひとりぼっちのムホーなんかよりもずっと強い。

奇跡も魔法も現実にある

 ぬいぐるみがおしゃべりしたいと願うこと自体が小さな奇跡です。現実には喋るぬいぐるみがいないので誰にも観測のしようがありませんから。ぬいぐるみが自分から転げ落ちるのも小さな奇跡です。普通は床がちょっと揺れたからとかそういう解釈がなされます。
 けれど、ぬいぐるみが意志を持っているとか、動きたがっているとか、現実としてそういう世界観を持っている人はけっこういます。客観的に観測されるものではないにも関わらず。むしろ観測されていないからこそ、目の前にいる大好きなぬいぐるみが喋りたがっている、動きたがっているということを否定することもできません。ひとりひとりの世界の見方が違っているだけです。
 また、現実世界には私たちがまだ知らない小さな魔法がたくさんあります。例えばただの新聞紙で窓ガラスをピカピカに磨く魔法。例えばお手伝いをして汗を流すだけでミルクが何倍も美味しくなる魔法。私たちが知っている常識は、私たちが思っているほど頑固なものではありません。

 モフルンが喋って歩くのは、そうした現実にありうる小さな奇跡、小さな魔法の延長でしかありません。奇跡の魔法は現実に存在します。アニメに出てくるようなとびきり派手なものを見た人はそうそういないでしょうけれど、ちょっとした奇跡、ちょっとした魔法は誰もが日々体験しているはずです。
 だから、大好きなぬいぐるみはいつか喋るかもしれません。うれしさのあまりあなたに飛びついてくるかもしれません。そんな奇跡を、魔法を、誰も否定することはできません。

 それと同じこと。手と手を繋げば強くなれるのです。奇跡の魔法は現実に存在します。手を繋ぎあいましょう。心を通わせあいましょう。奇跡も魔法もアニメだけのものではありません。
 私たちの手で、奇跡の魔法を起こしましょう。

今週の来週の魔法文字

エスカーゴの立て看板:「REITOU MIKAN URIKIREDESU」
「冷凍ミカン売り切れです」
 いいかげんコンビニとかで売ってる冷凍ミカンとコラボしましょうよ。

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