過去だけを見るんじゃなくて、未来へ進んでいきたい。あなたと一緒に。自分だけじゃなくて、私はみんなと一緒に、未来に行きたい!
(主観的)あらすじ
夢を見ていました。ひとりぼっちじゃなくなった日の夢。
アイワーンは孤児でした。行く当てもなく、頼れる人もいない彼女を、ノットレイダーだけが迎えてくれました。
彼らの役に立ちたくて一生懸命がんばりました。ノットレイのスーツ。ダークペン。改良探査レーダー。いくつもの発明で彼らに喜んでもらうことができました。いつしか自分のことを「超天才科学者」と褒めてくれる人まで現れるようになりました。自分にも居場所ができたんだなって、やっと実感することができました。
・・・今はまた、ひとりぼっちだけれど。
ひかるたちはウラナイン星というところに来ていました。この星には、以前行くあてを失っていたころのユニに道を示してくれた占星術師・ハッケニャーンが住んでいます。トゥインクルイマジネーションを探すあてが見つからない今、改めて彼に頼ってみようとユニが提案したのです。
けれど、ハッケニャーンは星占いをする必要はないとユニに言うのでした。
ユニが最初にハッケニャーンに占ってもらったときの結果はこうでした。
星が見えない。大切なもの、故郷の人たちみんなを失った悲しみで胸がいっぱい。宇宙のどこを探したって仲間がいるわけない。――そう思っているようだが、実際は違う。
星空界より遠く、どこか遠くの空に輝く運命の星がある。いつかその星に誘われ、ユニも一緒に輝けるだろう、と。
だから、ひかるたちを見つけて一緒に帰ってきたユニには、もう星占いの必要がありませんでした。
ひかるたちと出会ってわかったことがあります。
同じ星の仲間じゃなくても助けてくれる人がいること。自分のなかにもその人たちを守りたいって気持ちがあること。
あの日の惨劇によく似た石化ビームで襲いかかってくるアイワーン。
居場所を失ったときのどうしようもない悲しみまで含め、ユニとアイワーンは何から何までそっくりでした。
だからユニはアイワーンを許そうと思いました。
自分のために。自分と自分をとりまくみんなのために。
自分そっくりなアイワーンが憎しみの過去に留まりつづけるのを終わらせて、一緒に未来へ踏み出したいと思ったのでした。
その思いこそがトゥインクルイマジネーション。
ユニは、ひかるたちは、ついに探しものを見つけたのでした。
星が見えない
「私の星読みはね、目が見えぬ私に代わって依頼者に星を見てもらう。さて。何が見える?」
「え。・・・何も見えない」
ロールシャッハテストという有名な心理学検査があります。
特に意図もなくランダムに描かれた絵の具の染みを見て、さて自分にとってどんなふうに見えるかを答えるテストです。
ただの絵の具の染みなので国語のテストのような正解はありません。「何が見えたからこの人はこういう性格だ」というシステマティックな解釈も実はできません。同じ被験者であっても検査する医師ごとに結果が変わることがあります。きわめて曖昧な検査方式だとしばしば批判を受けています。
けれど、実際にたくさんの精神医療の現場で治療等に役立てられてきました。
ロールシャッハテストの本質はコミュニケーションにあるからです。
被験者が最終的にどんな回答をしたかだけを見るのではなく、どういうふうに課題に取り組んでいたか、どのくらい時間をかけて考えていたか、何にこだわっていたか、テストに協力的だったか、その日の気分はどんな様子だったか、テストに直接関係ないおしゃべりはどうだったか、被験者のあらゆる反応を医師の主観から総合的に評価します。だからこそ導き出される診断結果は個々のケースごとに揺らぎが大きく、診断ツールとしての普遍性に欠けるとされています。
それでも実際に検査を行う医者にとっては“自分が”“被験者を”知るためのツールとして非常に有用です。幅広く、総合的に被験者の反応をじっくり観察できるからこそ。
ある意味、曖昧な検査だからこそ。
ロールシャッハテストに対する回答の解釈は被験者ごと、医師ごとにある程度変わるものなので、一概にこういうものだと語れるものではありません。
それでもあえて平均的な解釈で読み解くならば――。
「・・・何も見えない」
目の前の夜空には数多の星々が広がっているはずなのに、それでも何も見えないと答える。
それは、“何も考えられない状態にある”と診断される回答です。
「全てを失ったか。大切な人々を失ったお前の激しい怒り、憎しみが、私には見える」
「――許せないニャン。みんなを石にした、あいつだけは・・・!」
「・・・深い悲しみに囚われているな」
運命の星
「見て。いっぱい星座描いちゃった! この星空、キラやばー!だよ」
人の目に見えるものは、たとえ同じ対象であっても見る人ごとに全く異なります。
世界のありかたにたったひとつの回答はありません。客観的な視点は唯一絶対の正解などではありません。世界というのは本来、それぞれの主観ごとに全然違う姿を見せる、多面的で、重層的なものです。
星が見える人もいれば、見えない人もいる。
だからこそ、ときに誰かに道を尋ねてみることは大切なことです。
「星読みは奥の手と言っていましたが――」
「あまり乗り気じゃない感じ?」
「まあね。心のなかを見透かされるようで苦手ニャン」
口では何のかの言っていますが、ハッケニャーンはユニにとって信頼に足る人物だということですね。星占いの結果を実感しないまま、それでももう一度頼ってみようと思えるほどに。
ハッケニャーンの目には今の自分の探しものがどういうふうに見えるのか、知りたくて。
「よいか。お前はすでに運命の星を見つけている。お前の探しものは運命の星が誘う。見つけた星と共にある」
そのハッケニャーンは、今のユニに占いは必要はないと判断しました。
「一口だけフワ!」
「ダメだよー!」
「じゃあ二口フワ!」
「増えてるでプルンス!」
「ちょっとペロッとするだけフワ!」
「フワ!!」
笑っていたからです。
友達と一緒になって楽しそうにはしゃぐ声が、占い小屋のなかにまで聞こえてきたからです。
「あ・・・。違った・・・」
「レインボー星人ではなくて残念だったか?」
「『故郷の仲間と似た者がいる』その噂を頼りにここへ来た。そうだね?」
「仲間がいるわけ、ないよね・・・」
あのころ、あんなに寂しそうに泣いていた、ひとりぼっちだった女の子が。
今のユニが何を探しているのかはわかりません。
トゥインクルイマジネーションとやらは故郷を救うために必要なものらしいですが、今の彼女がそれを自力で見つけられないとはとても思えません。
だって、目の前にある星すらも見つけられずにいたあの女の子は、変われたんですから。
あのころ道を見失ってひとりで泣いていたあの子が、今では友達と一緒にひとつの道を歩み、笑っています。歩むべき道をちゃんと持っています。
「みなを戻す方法はある。星読みはウソをつかない。お前の運命の星を見つけるのだ」
占星術師は占いを手がかりに、迷える人々の進むべき道を示してやるのが仕事。ハッケニャーンの為すべき仕事はすでに果たされていました。
「この星空界よりもずっとずっと、はるか遠くの空に輝く星。その星がお前を誘い、ともに光り輝くであろう」
ユニは運命の星を見つけて帰ってきました。見るからに光り輝く笑顔とともに。
今さら別の道を探してやる必要なんかありません。今の彼女とその友達とでなら、きっとたくさんのものを自力で見つけられるでしょう。占星術師として今の彼女にしてやるべきことはひとつもありません。
「では、お代の代わりにその目で見てきておくれ。宇宙を。私の代わりに」
背中を押してやる必要すらもありません。
だから、今の彼女のためハッケニャーンにしてやれることがあるとすれば、せいぜいひとりの知人として、彼女と彼女の友達の幸福を慈しんでやることくらい。
「この野草で淹れる茶は格別でね。みんなにふるまおう」
君たちはその道を歩むといい。
みなしごの夢
一方、アイワーンは夢を見ていました。
「ふふ。ここは行く当てのない者たちの集まる地」
「居場所がないならば、ここで生きよ」
ひとりぼっちの自分を受け入れてくれる誰かが現れる夢。
「ほう。なかなかだ」
「使えそうね」
ひとりぼっちの自分が誰かに必要としてもらえる夢。
「お噂は聞いています。私の力、超天才科学者のあなた様のお役に立てるかと」
ひとりぼっちの自分がひとりぼっちじゃなくなる夢。
全部夢でした。夢から醒めてしまえば、現実の私は今も昔もひとりぼっち。
「お前だけ、なぜ!」
アイワーンがユニをつけ狙うことに理由なんてありません。
これはただの八つ当たり。
自分は夢から醒めてしまったのに、隣で夢みたいな現実を享受しているヤツがいるものだから、ただ八つ当たりをしているだけです。
アイワーンにやりたいことはありません。それがあったのは夢のなかだけの話です。
アイワーンにやるべきことはありません。それは夢と一緒に消えてしまいました。
たとえユニを殺してみたところで、それでアイワーンが得られるものは何ひとつありません。そもそも目的あっての行動ではないからです。必然あっての目標ではないからです。
それが終わったあとのことに目をつぶって、ただ衝動に身を任せているだけの思考停止。
「ホント勢いだけだっつーの! 実は想像力ないっつーの!」(第11話)
「そんなことないルン!」(第11話)
かつて彼女が思考停止に追い込んだひかるは、ララたちの言葉によって立ち直っていました。
「違う!」(第27話)
かつて彼女が思考停止まで追い詰めたユニは、ひかるたちの助けによって自分を取り戻していました。
「ララ。いえ、羽衣ララ。信頼できるパートナー」(第30話)
かつて彼女が裏切りを演出して絶望させたララは、想い出を取り戻したAIによって救われていました。
たとえどんなに心を傷つけようと、どんなに考えることの怖さを刻みつけようと、いつも決まって他の誰かがその企みを邪魔してきました。止まりかけた思考は、いつも決まって誰かの言葉で回転を取り戻していました。
だったら、アイワーンを思考停止状態から引き上げてくれる誰かは?
どこにもいません。
アイワーンは今、ひとりぼっちなんですから。
「私には想像力がないって言ってたけど、今、目の前にいるあなたが、どんなに苦しんでいるかはわかるよ!」(第21話)
・・・本当にいなかった?
トゥインクルイマジネーション
「仲間がいるわけ、ないよね・・・」
か細い可能性を信じつづけたところで、必ずしも奇跡が起きるとは限りません。
「超天才科学者のあたいは・・・、負けないっつーの!」
幸せだった夢に縋ってみたところで、現実が都合よく甘えさせてくれることはありません。
惑星レインボーの外に仲間が残っているというウワサはウソでした。
仲間だと信じていたバケニャーンは裏切り者でした。
「――許せないニャン。みんなを石にした、あいつだけは・・・!」
「・・・許せない。許せないっつーの。あたいの居場所をなくしたお前だけは絶対許さないっつーの!」
胸いっぱいの怒りと悲しみが思考を過去に縛りつけます。
けれど。
「みなを戻す方法はある。星読みはウソをつかない。お前の運命の星を見つけるのだ」
「知らないからだよ。知らないから、もっと知りたい。私も会って話してみたい。この星の人たちと。・・・だってさ、“キラやばー!”だよ! なんでも好きな姿に変われるなんて! だから私は、守りたい!」(第20話)
ユニは、誰かの優しさに触れたことで、プリキュアになれるほどに大きく変わりました。
奇跡は起こるときは意外と起きるし、現実も優しいときは案外優しい。・・・いったいどうして?
「姫ノ城さんは、相手が上級生であっても、廊下を走っていたら注意できる人なんだよ。ステキじゃない! それに、いつも校内のことに気を配ってて、この学校を良くしようと次々いろんなことを考えてくれてるんだ。姫ノ城さんが生徒会長になったら、とってもキラやばー!なことになると思います!」(第35話)
生徒会長選挙のときもそうでした。
生徒の誰も桜子のことを理解せず、桜子も桜子でひかるの気持ちをわかろうとしてくれない。そんな不幸な状況が重なり閉塞しかけていたあの日。
状況を全部まとめて打開したのは、ひかるの桜子へのとある思いを込めたスピーチでした。
それこそがトゥインクルイマジネーション。
人の思いによって、誰も想像できなかった奇跡を呼び起こしうる力。
もっと相手のことを知りたい!
もっと自分のことを知ってほしい!
そのために今自分が何をするべきか考える前向きな想像力が、奇跡を起こします。
「アイワーン! 私、決めたニャン。私、私――あなたを許す!」
別にユニがアイワーンを許さなければならない理由は無いように思えます。
ただ、ちょっと不思議に思うだけ。あの子はどうしてこんなに私を憎むんだろう?
同時に考えます。私はあの子にどうしてほしいんだろう?
憎まれているのは私がバケニャーンとしてあの子を裏切ったから。けれど、私がそういうことをしたのは、こちらもあの子に対して憎しみを抱いていたから。だから仕方ない――とは思わない!
私はあの子に自分がどんな思いでいるかを知ってほしい。それさえ知ってもらえたなら、あの子だってきっと私のしたことの理由をわかってくれるはず。でもあの子は私のことを憎んでいる。こちらの気持ちを伝えたところで素直に受け取ってくれるわけがない。だから仕方ない――とは思わない!
どうしたらわかってもらえるか考えるんだ。あの子は私を憎んでいる。それがこちらの思いを伝える障害になっている。まずはそこを解きほぐさないと。
だったら、まずは私があの子を許せばいいんだ。こちらにもわだかまる思いはあるけれど、それに固執していては何も変えられない。あの子に思いを伝えることさえできれば、あの子にわかってもらえれば、きっと私のほうの悲しみも癒やされる。今はこだわっているときじゃない。
だから許そう。普通に考えたら順序が逆かもしれないけれど、私はあの子に自分の思いを知ってほしいし、そのためにあの子の思いも受け止めたい。
実現するのは難しいことかもしれないけれど、きっとそれが、私にとってもあの子にとっても、一番いい結果につながるはず。考えるんだ。もしこれがうまくいったなら、いったいどんなにステキな未来を描けることか!!
・・・だいぶ私流に脚色していますが、ユニがアイワーンを許そうと思った理由はこんなところでしょう。
ものすごく実現性の低い理想を打ち立てています。もしアイワーンが歩み寄ってくれなかったらユニが一方的にみじめな思いをするだけで終わるでしょう。だから、普通は誰もこんなことしようとは思いません。こんなことをする人がいたら、それはこの世の奇跡とでも呼ぶべきことです。
ですが、最善です。考えうるかぎりユニが一番幸せになれる筋書きです。
だから起こすんです。奇跡を。普通の人は誰も起こそうと思わない、けれど確かに人の手で起こせるはずの奇跡を。
「なんで・・・、なんでそんなこと言うんだっつーの!」
「過去だけを見るんじゃなくて、未来へ進んでいきたい。あなたと一緒に。自分だけじゃなくて、私はみんなと一緒に、未来に行きたい!」
最大限の理想主義。全部うまくいくこと前提の前のめり。
けれどユニは知っています。これはそこまで勝算の低い話ではないと。
だってユニがこれまで出会ってきた人たちはみんな思っていた以上にお人好しな人ばかりで、いつもユニの予想外の善意をぶつけてくるんですから。レインボー星人同士じゃなくても親切にしてくれて、友達になってくれて、新しい世界をいくつも見せてくれて。ひとりぼっちじゃなくしてくれて。
だから、ユニにだってみんなみたいに奇跡が起こせるんだと信じます。
みんなと同じ道を歩む、今まさに自分が歩んでいる道の正しいことを信じます。
「イマジネーションの輝き! なりたい自分に! 思いを重ねて!プリキュア・スタートゥインクルイマジネーション!!」
コメント
ユニが他人を宇宙一とか言って褒めるの、初めて見た気がします。
レインボー星人を悪く言わない(目が不自由なら言いようがない……)のがポイントでしょうか。
罪を抜きに仇のこと考えるって、とても難しいですし勇気が要ることでしょう。
私は正直自信ないです。
ニュースで取り上げられる凶悪事件の犯人とか「なんて酷いことを! 徹底的にやってしまえ!」ってつい初手から考えてしまいますし。
男性視聴者だと結論部分を疑問に感じる方も多かったみたいですね。
とりあえず2週間も猶予があるんですから、精一杯イマジネーションしてみてもいいんじゃないかな? と思いました。
どっちかというと心の奥に踏み込んでもらえたのが大きいんだと思います。ハッケニャーンがしてくれたことって、ひかるの「グイグイ来る」と同じものですから。
ユニにとってハッケニャーンは同族ではありません。オフィーリオと違って甘えていい相手ではありません。だから、人恋しい気持ちのときもユニからは距離を詰めることができません。遠慮してしまいます。ハッケニャーンだけでなく周りじゅうみんなそう。辛い思い、悲しい思い、ユニは全部ひとりで飲み下さないといけません。
そういうとき、あえて一線を越えて踏み込んできてくれる人の存在はどんなにありがたいことか。思いをひとりで飲み下すことを許されず、ほとんど強制的にぶちまけさせられる機会のいかに貴重なことか。
ぶっちゃけウザいです。なにせこっちの想定していた距離感を守ってくれません。話していてイラッとすることもしばしば。自分とはまるっきりタイプの異なる人物です。
だからこそ、ユニひとりでは絶対にできないことを、させてくれます。
「許せないニャン。みんなを石にしたあいつだけは・・・!」
こういう最悪に醜い(普通に考えて誰をも不愉快な気分にさせてしまうであろう)言葉を吐き出させてくれた。ムリヤリ心の距離を詰められた。
ユニにとって、ハッケニャーンはそういう人なんだと思います。
アイワーンに対する視聴者の反応については・・・、罪の重さと罰の重さをセットで考える前に、一度“罰”という概念が誰のために存在しているのか考えてみてほしいな、とだけ。
ウラナイン星を旅立つユニを送り出したハッケニャーン師は当然、ユニが犯罪に手を染め復讐に突き進んでいくことをわかっていた筈……というよりワザとユニのやりたいようにやらせて「罪を犯し他者を傷つけ、結局自分も仇と同じ凡愚だと気付くことで、仇を理解し赦すことが本当に為すべきことだと悟る」ように仕向けた……感じなんですよね。つまり「並外れた苦悩に苛まれた者が悟りを得て救われる為ならば、罪を犯すことも構わん」と言ってるようなもので……。
さらに、宇宙マフィア・ドン・オクトー氏がオリーフィオの指輪を返してくれたのも、ユニが泥棒稼業に手を染めてまで故郷復活に賭けてきたことを知って「故あって罪を犯さざるを得なかった者同士の共感」を覚えたからであって、もしユニが堅気の衆だったなら「ヘイ!ガール。マフィアをからかっちゃいけないよ」と相手にされなかった可能性がありそうで……。
なんとも……ユニに泥棒稼業から足を洗うよう説得してきたひかる達”遵法精神旺盛な堅気の衆”がマヌケに見えてしまうんですよね。「法秩序の庇護を運良く受けられてぬくぬくと生きてこられた」堅気の衆に「法秩序に見棄てられた」極道を救ってやることなど出来ず、極道の苦悩は極道同士が極道の流儀で救うしか途は無いーーーーーーと示されてしまった格好になっているのがなんとも……。
あるいはーーーーーー宇宙社会を律する宇宙法(とその執行者たる星空連合)が本当に救いを必要としている人々の多くを救えず(救わず?)、見棄てられた者は”自力救済”に打って出る(宇宙テロ組織・ノットレイダーやパトリオット怪盗ブルーキャットなど)か法に従って泣き寝入りする(惑星レインボーに引きこもる、ってそういうことだよね)しかない現状を”改革”し、宇宙社会の法秩序への信頼を取り戻すことが、ひかる達”堅気”プリキュアが挑むべき最終ミッションとなるーーーーーーということなのかもしれませんが、はてさて。
ハッケニャーンからしたら、当時のユニがこれから何をするかわかったもんじゃないというのは当然予想できていたでしょう。ですが、彼はそれを正すのは自分のするべきことじゃないと考えたんだと思いますよ。
ただの他人でしかない彼は自分でユニを立ち直らせるの理由を持ちません。持てません。他人がそれを行うには、たとえば「友達になりたい」みたいな、ある意味で他人に自分の思いを押しつけていく動機が必要です。占星術師として相手の心をうかがい知るだけじゃ、人を変えるのには足りないんです。彼はユニの心を救う役目を「運命の星」に委ねました。
だから、ひかるたちが真っ当な道徳観念でユニのすることに干渉するのはハッケニャーンにとって本意なんだと思います。
ユニに泥棒をしてほしくないと思うのはひかるたちの都合。ひかるたちの気持ちの問題。けれど、彼女らがそれをユニに押しつけようとするからこそ、(そしてユニにとっても気持ちを受け入れたい相手であればこそ、)ユニのありかたを変えられる。
ひかるたちの最終ミッションがノットレイダー含むたくさんの人の心への干渉になるのは間違いないと思います。なにせ宇宙全体に対して「好き」という気持ちを持つ子たちですから。どんどん自分の気持ちを押しつけていけ。