仲良くなったのかも。絶望と。
―― 終末のかたち
いやあ・・・スタッフ・キャストともにベテランをフル起用して全力で絶望させに来ましたね!
いつもは原作マンガの流れに限りなく忠実だった脚本も今回は時系列をシャッフルして、視聴者が最高にハラハラするようイヤらしーく再構成していましたし。過去語りを序盤にまとめて、飛行機製作過程以降はひたすら未来にだけ目を向けさせようと仕向けてくるので、なんというか、ヌルめのお風呂をじわじわとトロ火で温められた心地なんですよね。気がついたら心の芯までじっくりコトコト煮込まれていました。
飛んだ! やった! と思ったところで儚く崩れ落ちる飛行機、この落差。ベタだけれど良い。ああ、騙された。望んで騙された。
原作で展開を知っていてもあれだけ盛り上げられるとクるものがありましたよ。そこから描き出される奇妙に穏やかなムードも。
絶望と、なかよく。
あと最初の方のアレも良かったですよね。
「ちーちゃんあれ見て、あれ!」
「あれ?」
「飛行機ってやつ?」
「あ、ねえユーあれ、人がいる!」「ねえ、だから空に飛行機が」
「え?」「え?」
「空?」「人?」「どこ?」
「あ、ホントだ。空に何か」
「見て! 人が!」
「だから今言ったろ」
「あ」「あ」
このわちゃわちゃ感よ。これだけ姦しいシーンなのにキャストはたった2人という。
アホウドリの末裔
終わった世界のただなかでひとり黙々と飛行機づくりに暮れる女性・イシイ。
試作機の成功を目の当たりにして、はしゃぐでもなく泣くでもなく、うっつらと船を漕ぐ。そのくせやたら真剣にテストデータを収集する。身なりには大して頓着していない様子なのに、そのくせなんだかこざっぱりしている。凜としたハリのある声でありながら、妙に疲れているような、乾燥した響きをしている。
不思議な女性です。気だるさと情熱が混じりあわずに同居しています。この人はいったいどうしてこんな大きな事業を志したんでしょうか。
「なんで飛行機なんてつくろうと思ったの? いくら設備があったからって、ひとりでつくろうなんて普通思わないよね」
その理由を、彼女はこう説明します。
「ここの設備もそうだが――一番の理由は、そうだなあ、やっぱりあれかな。記録があったんだ」
そうと言われるまでちーちゃんたちは全く気づきませんでした。自分たちの目の前に貼られている紙切れがそこまでステキなものとは。
いいえ、それどころか、言われてもまだ得心した様子がありません。ちなみにあなたは「記録」とだけ言われてピンときましたか? さっきから背景にチラチラ映っていた図面の数々に。
イシイは気づきました。イシイだけはピンときました。元々そういう素養があったんでしょうね。ちーちゃんにとって大切な本がユーには紙束でしかないように。ユーがいつも背負っている銃をちーちゃんは必要だと思わないように。感性というものは経験によって培われるものです。
「飛行機の図面だよ。基地中の倉庫に散らばっていたものを集めたんだ」
とはいえ、これらの図面は当初一ヶ所にまとまって置いてあったわけではないそうです。イシイが基地中を歩き回って探しだしました。基地がどのくらい広いのかは知りませんが、この時点で結構な情熱。
どうしてでしょうね。最初から飛行機をつくろうと思っていたなら図面を複数集めることに価値を見出すのもわかりますが、イシイはそういうわけでもなく、たまたま最初の1枚(ないし数枚)を見つけただけだというのに。
この人は、いったいどうして。
その答えはきっと、続く言葉に。
「人類がつくった最も古い型のものから、我々には理解できない技術のものまである。この基地はそういった技術の記録を保管する役目も兼ねていたのかもしれない。まさに飛行機技術発展の歴史だ」
この基地にはイシイの他にも飛行機技術に情熱を燃やした人がいたんです。イシイも顔を知らない遠い昔に生きた誰かが。
イシイは・・・きっとアテられちゃったんでしょうね。ちょっとした歴史資料になるくらいの資料を集積してみせた、顔も知らないその誰かの情熱に。
そして放っておけなかったんでしょうね。彼の生きた証が誰にも顧みられることなく静かに失われていくのを。
あえて大げさにいうなら、恋しちゃったと表現してみてもいいかもしれません。遠く遠く、果てしなく遠く離れた時間に隔てられた、そして性愛ではなく敬愛によって熱せられた、遠距離恋愛。
ちーちゃんとユーがいつもしていることとちょっぴり似ています。
もう誰にも顧みられることのない古い営みの残滓を破壊し、あるいは記録し、その終末を見届ける。
正しく終末させることで、その魂を悠久の孤独から解放してあげる。
ただ、イシイはふたりと違ってずいぶんと入れ込んじゃったんでしょうね。壊してしまうことも、残すだけに留めることもできずに、自分もその末席に加わりたいと願ってしまいました。
人類最後の飛行者は生まれついての飛行者ではありませんでした。
彼女はその役目を、遠い昔の誰かから継承したんです。
出立の直前、彼女は自分が書いた図面を貼りだします。
それはもう誇らしげに、あらゆる歴史のド真ん中に!
ヤタガラスの視座
「ぜっつぼーぉ、ぜっつぼーぉ、ぜ、つ、ぼ、ぉー。ぜつぼぉはっ、ぜつぼぉでっ、ぜつぼぉだーかーらー・・・」
雨音で音楽を学習してからの順応早すぎでしょ、ユーリさん。
イシイの飛行は失敗しました。
この終わってしまった世界は今さら新しい歴史を許すほど若くありません。
では、彼女のその飛行は無意味だったのでしょうか。
まさか!
だって彼女は穏やかに笑っていたじゃないですか。
「あっけないものだな。長い間ひとりで、ひとりでがんばってきたが・・・。でもまあ、失敗してみれば気楽なものだな」
そもそもが彼女は行きたい場所があって飛行機をつくったわけではありませんでした。
一応の目的地こそありましたが、それはあくまでついで。
イシイの目的の中心はあくまで飛行機技術の歴史を継ぐことにありました。
「だが、どこにも行けなければそれこそ絶望だろう? この都市とともに死んでいくだけだ」
何も成さないままに死にたくなかったんです。
せめて、顔も知らない遠い誰かのように、この世界に何かを刻みたかったんです。
誰も使わないだろう地図を書くカナザワのように。
誰も読まないだろう日誌を記すちーちゃんのように。
酷薄なほどに何を残すことも許してくれない終わった世界で、それでも何かを残したかった。
生きた証を。遠い昔の人々と同じに。
ちーちゃんとユーが通りがかったのは本当に幸せなことでした。
「君たちに会えて本当に良かったよ。作業のことだけじゃないさ。この瞬間を誰かに見てもらうことが何より重要なんだ。誰かが見ていれば――それはきっと、歴史になる」
飛行機で飛ぶのも偉大なことでしょう。自分が書いた図面を残すのも。
・・・けれど、この終わった世界ではそこまでしても歴史に残るかどうかはわからないんです。何故って、もう人間がいないから。
隣の都市に行っても生きている人が存在するかはわかりません。図面を残しても今後旅人が立ち寄ってくれるかはわかりません。イシイがどれだけあがこうとも、彼女の生きた証は誰の記憶にも残らず、世界とともに失われていくだけだったかもしれません。
けれど、ちーちゃんとユーが見届けてくれました。
この世界では何より得がたい、ありがたいことです。
イシイの物語はここに終末しました。
彼女の愛した飛行機技術の歴史とともに。
「仲良くなったのかも。絶望と」
イシイの物語は終末しました。
彼女のこの後の人生は誰にも観測されることなく、何も残さず、ひっそりと終わっていくことでしょう。
それでいいんです。
彼女は生きる目的の全てを成し遂げました。残すべきものを世界に刻みつけました。それで満足です。
もうこれ以上は、この都市とともに緩やかに死んでいってもかまいません。
幸いなことにこの世界は美しい。しかも一度終末してみれば、そこらじゅう自分と同じ、とっくに終末を迎えたモノばかり。もうひとりでも、寂しくすらありません。
望みを絶たれるのも、そう悪いことじゃない。
私たちは自分で自分の死を観測することができません。
いつか私が死んだことを確認してくれるのは、きっと私以外の誰かでしょう。
誰にも看取られないことほど悲しいことはありません。
死ねないというのは、この世界に何も残せず、孤独に消えてしまうのと同じことなんですから。
アレだ。
できることなら生きる希望は生きているうちに全部満足するまでやりきって、死ぬときにはちゃんと絶望しきってから死にたいものですね。
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