URAHARA 第12話感想 さよなら、ネバーランド。

夢を見ないと何も始まらないから。―― URAHARAsick

URAHARA Vol.1 (豪華版)[Blu-ray]

 子どもはいつか必ず大人になるものです。いつまでも子どものままではいられません。
 だとしたら、毎晩読み聞かせてもらっていたあのおとぎ話は何のためにあったんでしょうか。
 あんなもの大人は読みません。大人はしかめっ面して活字まみれの新聞を読むものです。
 だとしたら、子どもだって最初から新聞を読めばいいのに。どうせ大人になるんだから。

 なんて。
 私はおとぎ話を愛しています。大人になっても。もうめったに読まなくなってしまっても。
 私にとって大切なものなんだと、今でも信じています。

 「私、またネコ描いてるって思って」

クリエイターズ

 「さっきからいくらやってもビーズしかつくれないんですナ。お姉さんたちは最初からアマツマラを使いこなしてたんですナ。それに比べてみさは・・・」
 それを言ってしまえば、りとはまりのように最新の流行に詳しくありませんし、まりはことこのようにディープな探究心を持ちあわせていませんし、ことこはりとのように自分の頭のなかにあるイメージをうまく表現できません。誰しも得意なことと不得意なことがあります。ましてみさのようなチャレンジ一年生ならなおさら。

 誰しも得意なことと不得意なことがあります。大事なことなので2度言いました。
 「たくさんのビーズ、いいかも! 私たちと一緒にクリエイティブしよ」

 「大きなエビと戦えるキャラといえば・・・。エビだし、ネコなんてどう?」
 アイディア出しはまりにお任せ。
 「六角形をたくさん繋げる構造にすれば早くつくれるし、強度もバッチリ!」
 実現するための理論組みはことこの独壇場。
 「うん、ビーズのネコね。わかった。――できた!」
 みんなのイメージをまとめるのはもちろんりと。
 さて、みさの得意なことは?

 「わあ。キラキラしててとってもカワイイんですナ」
 「初めて行く星はいつもドキドキがいっぱいで、キラキラして見えたんですナ」
 「みさ、ビーズ大好きなんですナ! たくさんあると嬉しいんですナ!」

 みさの興味はキラキラしたカワイイものに向いています。だから、
 「みさちゃん。このネコにつけるカワイイアクセサリ考えて」
 「あ! キラキラのお星様がいいんですナ!」

 彼女はキラキラしたものを考えているときが一番輝いています。

 れっつごー! スーパービーズネコちゃん!!
 ああっ! ビーズの粒々で編み上げられたネコちゃんがビシバシ動く絵面を見てみたかった!(本音)

 もはやエビフリャーとの戦いは何かを奪ったり何かを守ったりする闘争ではありません。
 これはただの合同発表会。あるいは期間限定出張PARK・歩道橋前支店。お客さん役はエビフリャー。喝采の代わりにパンチでノされ、お買い上げの代わりに金歯(白歯)がもげる。不憫な。
 りとたちはバブルのなかの原宿でずっと3人でクリエイティブしてきました。彼女たちの知るその楽しさに、今度はみさも巻き込みます。
 つくって、遊んで、笑顔になって、小さな宇宙人をクリエイターの卵に仕立てるべく、その心を絵筆で侵略していきます。

 「ダメだよ。自分のつくったものを、スーパービーズネコちゃんを信じて」
 「そうよ。みんなでつくったんだから絶対勝つわよ」
 「うん!」

 誰しも得意なことと不得意なことがありますが、その程度のことで彼女たちの自信は揺らぎません。自信に根拠なんて必要ありませんし、たとえ不得意を突きつけられたってクリエイター仲間がフォローしてくれます。しょんぼりなんてしなくていい。

 だから。
 オマエモくりえいたーニナルノダー。ぱーくヨイトコイチドハオイデー。

アンチテーゼ・エスケイプ

 「――ねえ。壊そっか、あれ」
 モラトリアム最後の砦は少女たちの笑顔によって壊されます。

 都合の良い夢はもう要らない。
 どうして? だってバブルのなかには褒めてくれる他人がいないから。
 どうして? だって自分の手で新しいものをつくってみたくなったから。
 どうして? だって現実がイヤじゃなくなって、むしろ好きになったんだから!

 りとたちのモラトリアムは終わりました。
 ひとりぼっちの学校。理解してくれない両親。期限つきの楽園。好きじゃなかった現実のアレコレが彼女たちを待っていることでしょう。
 それでも、もう居心地の悪い現実から逃げたくない。
 「決めた、アンチテーゼ・エスケイプ。ズルい涙は武器じゃない。URAHARAsick、最高つらぬけ!」
 だって彼女たちが一番大好きなクリエイティブは、夢ではなく現実でしか楽しめないんですから。

 果たしてバブルの外に待ち受けているのは甘やかな花園か、はたまた乾いた荒野か。
 いいえ。どちらでもありません。
 「はい。そこのなかよしさんたちもどうぞ。がんばろうね」
 バブルの外に待ち受けていたのは、他人でした。

 いつかりとが描くだろう新しいイラストを見て、きっと喜んでくれるであろう未来のギャラリー。
 いつかりとたちのPARKを訪れて、たくさんのアイテムをやっぱり喜んでくれるであろう未来のお客さん。
 少し前までのりとたちなら煩わしく思うこともあったかもしれないけれど、クリエイターになった今となってはとても大切な、かけがえのない人たち。

 彼らと出会えるのなら、都合のいい夢なんてもう要らない。

こどものころのゆめ

 「私たち、夢見たり想像したり妄想したり、現実じゃない世界で過ごしてきたのかもしれないけど、でもやっぱりそんななかにも本当のことはあったんだよ」
 「何かを本当に大切に思う気持ちってことね」
 「じゃあ、夢見たり想像したり妄想したっていいってことだよね!」

 夢は現実を変えられません。けれど、現実を変える力をくれるのは夢だけです。
 いくらバブルのなかで原宿の支配者になれたところで、りとたちはバブルの外側にある現実までは変えられませんでした。
 柔らかい自分の心を切り開き、ぐちゃぐちゃにかきまわして、そこまでして唯一できたことといえば、ただ、自分の一番大切な気持ちと向き合えたことだけ。
 けれど、これによって得られるものこそが、ただの人間の身で現実を塗り替えてしまえる唯一の力。
 自己肯定感。“私は私”という絶対的な確信。根拠不要の自信。世界で一番確かなもの。
 クリエイターの傲慢を許すただひとつの心性。

 りとは孤独を愛する少女です。
 友達を大切に思っていても、クリエイターとして他人の存在を希求するようになっても、結局彼女の根っこは孤独に発しています。
 「私、またネコ描いてるって思って。初めて上手くネコが描けたとき、誰も見てくれなかったけど嬉しかった。そういうことが“好き”ってことなのかな」
 「最初は何かのイラストのマネだったけど、でもマネしたり模写したりしていくうちにだんだんアイディアが湧いてきて、それが嬉しくて、ずっと描き続けてる」

 子どもの頃からずうっと続けてきた孤独な作業。クリエイターのくせに他人を必要としない、他人を気にしない、ストイックな感性。
 それはまりやことこと出会うことで育まれた友達思いの気質や、他人を必要とするクリエイターの性質とは矛盾するようですが、しかし今の彼女はこれらを器用に両立させています。むしろ孤独と友達の両方を大切にするからこそまっすぐ自分と向き合うことができた感じ。

 「夢を見ないと何も始まらないから。クリエイティブはつくりたいものをイメージすることから始まるから」
 人は子どもとして生まれ、アイデンティティの崩壊を経験して大人へと生まれ変わります。
 どうせ大人になるなら子どもとして生まれる意味ないじゃん、とも思うのですが、あえて子どもとして生まれたからには私たちの子ども時代には何か意味があったのでしょう。
 子どもならではの性質といえば、たとえば何かの夢や憧れに夢中になれるところとか?

 心の奥の奥の奥に隠された自分の一番大切な気持ち。
 それをつくった、いわば自分の本質のさらなる起源って、いったい何なんでしょうね。
 私の場合、今私が自己認識できている限りでは・・・たぶん子どもの頃に読んだ童話集だったんじゃないかなあと思います。引っ越しのときにどっか行っちゃったんだけれど。内容ところどころ曖昧なんだけれど。
 あのとき胸の内に描いたいくつもの夢、いくつもの憧れが、今の私の私らしさを形づくっているような気がします。
 それは新聞から得られる知識のように生活に役立つものではないけれど、それでも私はそういうものを大切にしたいと思う、今の自分が大好きです。
 夢は現実を変えられません。けれど、現実を変える力をくれるのは夢だけです。きっと。

 ・・・いかん。眠い。深夜テンション混じってる。この記事だけは今後二度と読み返さないようにしなければー。

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