オッドタクシー 第1話感想 陰キャ高校生みたいなオッサンを想う。

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なあ、小戸川。俺は何に見える?

「変わり者の運転手」

気になったポイント

押し入れの住人

 小戸川さんこれで意外とマメな性格らしく、布団をきれいに畳んであります。男やもめにありがちな万年床派じゃないようです。なのに布団の置き場所は畳の上。しかも動線ぶった切って部屋のど真ん中。
 ・・・ということは、長期間続けている生活習慣じゃなさそうですね。押し入れを使えなくなったのはごく最近。いちいち押し入れ以外の布団の置き場所を検討するほど日常化した状況じゃない。少なくとも小戸川はこの状況が短期間のうちに解決すると考えているんでしょう。
 母親の白骨死体でも隠しているのかとちょっと疑いましたが、どうやらそういうわけではなさそうです。最近地縛霊が出るようになったとかならまあまあありそう。普通に家出中の女子高生でもいいけど。

どんらく消しゴム

 明らかに何らかの意図があって押しつけられた謎の消しゴム。白川さん、ドブと会ってましたしね。発信器なのか、盗聴器なのか、それとも後々因縁をつけるための仕込みとかそんななのか。それにしても今どき立体造形の消しゴムとか、これ用意したやつ何十年前のセンスしてるんだ。キン消しじゃねーか。なあ、ドブさんよ。
 そういえば笑風亭呑楽師匠、お昼のワイドショーに映ってましたね。

向精神薬窃盗事件

 合計6000錠ほどということはだいたい12瓶ですね。犯行を隠す気ゼロ。そんな派手に盗んだら即バレるに決まってます。むしろ劇中の薬剤師?看護師長?さんの管理が甘すぎるくらい。
 こんな小遣い稼ぎのために看護婦の職を投げ捨てるというのは、ちょっとリスクとリターンが釣りあっていない感じですね。よりにもよって向精神薬なので、もし警察に通報されたら5年以下の懲役刑もつきます。お金のためというより勤め先への怨恨の線を疑ったほうがまだ納得できる話ですね。

証拠品押収

 ところでそのSDカード逆向きに入ってましたけど、ちゃんと映ってましたか?
 今ひとつ解せないのは、ドブが写っている写真はすでにtwitterで拡散済みだってことですね。ドブと大門兄もtwitterを見て小戸川にたどり着いたんでしょうし。今さらドライブレコーダーのデータなんか回収したところで大した意味はないはずです。それとも動画であることに意味がある? 写真の前後でうっかり見せちゃいけないものを出しちゃったとか?

 で、コイツら本当に動物なの?

 これに尽きます。
 結局のところ一番気になるのはここです。

 主人公・小戸川は典型的な信用できない語り手。不眠症を患っており強めの向精神薬を処方されている。天涯孤独の偏屈者として知られていて、胡乱な発言をしてもテキトーに流されてしまう。ついでに視聴者にも明かされない秘密を複数抱えている。
 おそらく私たちは小戸川と同じ世界観を共有しています。登場人物がみんな動物に見えています。ですが、小戸川以外が自分たちを動物だと認識しているのかはちょっと怪しいところ。ほどよく、いい感じに明言することを躱されています。
 そのうえで、小戸川に見えているものがありのままの現実の姿なのかが全く信用ならないわけですよ。確信できないわけですよ。この世界はあやふやで、不安定で、不気味で、幽婉で、儚げ。

 きっと誰もが冒頭2分で思ったはずです。
 このビジュアルでほのぼの癒やし系コメディじゃねーのかよ!
 もしくは、ほどよくヌルめな人情ものじゃねーのかよ!
 何のためにファンシーなビジュアルにしたんだよ!
 まさかこんな地味でしみったれたサスペンス作品だったとは。

 ほんと、何でさ?

 この時点ですでに思考を誘導されています。このアニメ自体を疑えと指図されているかのようです。
 「何のために登場人物を動物にした?」 そういう当然の疑問に対して、ちょうどよく信用できない語り手が主人公として配置されています。「登場人物たちが動物なのは、実は小戸川の見ている幻覚」 ついついそういう裏読みで納得したくなってしまいます。
 そういうことなら雑にファンシーなビジュアルしているこのアニメの作風に説明がつく。イチ視聴者として納得できる。だけど、そう解釈して納得しようとしている自分の思考自体、誰かの手のひらの上な気がしてちょっぴり不愉快。

 で、コイツら本当に動物なの? やっぱり人間だったりするの?
 もしかして裏の裏をかいてマジで動物でしたっていうパターン?

 まあ、今のところどっちでもいいことではあるのですが。
 なのになんとなく気になるっていう。

 地味でしみったれたサスペンスストーリーを妙なところから妙なフックで牽引していくアニメです。
 こうして率直な感想を書いてみるといかにもつまらなそうに見えるでしょうが、騙されるがまま試しにひと噛みしてみると、これが案外スルメ味。豊潤なのかは知らんが滋味。思いのほかイケてる味わい。そういうアニメ。
 あなたも騙されろ。面白いかどうかは保障してあげない。

タクシーという舞台装置

 「運転手さん。最近なんか面白いことありました?」
 「面白いこと。・・・ええと」

 コントでは定番のシチュエーションのひとつですね。
 演劇においても短めの朗読劇やエチュードで定番になっています。

 対話を引き出す舞台装置として優秀なんですよ、タクシーって。
 芝居の世界では“セミパブリックな空間”が一番対話を引き出しやすいといわれているんです。

 完全なプライベート空間、つまり自宅の居間なんかに気心知れた友人が集まっているような状況だと、会話が盛り上がりはしますが、登場人物たちがお互いの前提情報を知りつくしているので、観客にとって必要な情報が話題に上がりにくくなってしまいます。
 反対に完全なパブリック空間、そこらの道路とか駅のなかだと、登場人物それぞれが別々の目的を持って動いているので、そもそも会話が生まれません。こういう場所でいちいち赤の他人とお喋りしようとするのは相当な変人だけです。まして自分の私的な情報をひけらかしたいと思う人なんて。誰が聞き耳立てているのかもわからないのに。

 「なんで面白いこと聞きたいんだ?」
 「バズりたいんですよ」
 「バズりたい?」
 「要するに、SNSでたくさん拡散されたいんです」
 「なんで?」
 「なんでって、友達とかバズってるし」
 「ホントにしょうもないことに時間かけてんだな」
 「しょうもなくはない。大事なことなんですよ。いいねやフォロワーの数がそいつの値段といっていいぐらい、就活でも判断基準にされてるくらいにね」
 「ふうん」

 だから、その中間のセミパブリックな空間が芝居の舞台装置として優秀になるんです。
 確実に他人がいて、なのにある程度リラックスできて、腰を据えておしゃべりできる空間。他人と対話することを自然と促されるシチュエーション。そういう場所と関係性。
 話を聞かせる相手が他人なので、話したいことの前提となる自分の境遇や価値観など、プライベートな情報をひとつひとつ説明しながら対話することになります。
 それでいて会話が弾む空間であればなお良し。家族など自分に親身に向きあってくれる熱い人でも、そこらの通行人Aのようにそもそも話を聞く気がない冷たい人でもない、自分にそこまで興味はないけれど一応話を聞いてくれる、ほどよい距離感にいてくれるヌルい加減の人にしか話せないこと、きっと誰もが抱えているはずです。話の弾みでぽろっと悩みや将来の夢を打ち明けたくなる瞬間がやって来るのも、セミパブリックな空間ならではのこと。
 そこに人間ドラマが生まれます。

 「捏造するわけにはいかないしな」
 「捏造でいいんですよ。これも捏造だろうし」
 「捏造でいいのかよ」
 「あっ! いいこと思いついた! 運転手さんが自撮りで俺とツーショット撮ってくださいよ」
 「それバズるのか?」
 「いいからいいから」

 「うーわー! 今の写真撮っとけばよかったなあ! ドラマで見るようなシーンじゃん!」
 「嫌なやつなんだ、あいつ。重箱の隅をつつくような違反の取りかたするんだ」
 「ちゃんと免許あるんでしょ?」
 「ああ。視力検査は勘で当てたけどな」
 「重箱ド真ん中じゃん。単純に怖ええし」
 「大丈夫だよ。鳥目だし」
 「なおさらじゃねーか!」

 その点、タクシーというのはちょうどいい塩梅にセミパブリックな空間なんですよね。
 確実に運転手とお客さんという他人同士の関係性があって、なのにそれなりに会話が弾んで、なおかつ一定のプライバシーも保たれている。ほどよく居心地がよくて、だからといって完全に気を許せるわけでもない。人間ドラマが生まれやすいシチュエーションが整っている。
 もっとも、1シーンに登場できる人物数に限界がありますし、動きに制約があるせいで見た目ひたすら地味なことになるのもあって、規模の大きな物語になるとなかなか採用しづらい側面もあるんですけどね。

 「勤務終わりにタクシー乗るって、ナースって儲かるんだな」
 「私のこと覚えてるんだ」
 「この辺でアルパカはあんたしかいない」
 「ふふふ」
 「何がおかしい。愛想笑いか? ホント若いやつって何考えているかわからない」
 「『ジェネレーションギャップアピール要らねえんだよ』。ふふふ」

 必要なら知人同士の関係性を簡単にセッティングできるのもタクシーの良いところ。
 タクシーって、なんのかのいっていつも同じエリアに常駐していますからね。知り合いの運転手を捕まえようと思えば簡単に捕まえることができます。小戸川は個人タクシーなのでなおさら、車体を見るだけで判別できますし。

世のなか拗ねてるアピール要らねえんだよ

 「俺は質問されると選択肢が5つくらい出てきて、そのなかからどれがベストか、そして誰も傷つけてないのかを考えるから時間がかかるんだ。あんたは思いついたことを何も考えずにパッと答えるから早いだろうけど」

 「気持ち悪い。スタバで原稿っていう謎のクリエイターアピールも余計だし、面白い現場を見たのみならず、それをこんな端的に伝えちゃう私マジセンスの塊っしょっていう隠しきれない自惚れ感も気持ち悪い」

 「いやいやいや。俺らだって触ったことねえけど蓄音機とか昔の磁石式電話機とか知識として知ってただろ。映画とか見てたら出てくるだろ。ジェネレーションギャップアピール要らねえんだよ」

 四十路にもなって、陰キャ気取りの高校生ばりに幼稚なひねくれ者アピールをかます小戸川がこのアニメの主人公です。
 「ジェネレーションギャップアピール要らねえんだよ」をオウム返しして反撃にかかる白川じゃありませんが、私から見てもこのオッサンの言うこと、どれもこれもしょうもないと思います。本人もしょうもないこと自覚しているっぽいフシがあるのが余計にタチが悪い。

 ただ、不快じゃないんですよね。
 むしろこのオッサンのこと好きになっちゃったんですよね。

 幼稚だからこそです。
 それなりに社会に揉まれてきたでしょうに、それでスレることなく適応することもなく、いつまでも拗らせたままの人間性。無邪気さ。無垢さ。純真さ。誰もがくだらないと自覚して胸のうちに留めている本音を空気も読まずにぶちまける正直さ。
 そういったところに、なんというか、我ながらひねくれた憧憬を抱いてしまいます。ある種、プリキュアへ向ける敬意に近いものがあるのかもしれません。
 けっして理想型ではないけれど、自分もこうなりたいとはカケラも思わないけれど、生き辛そうだなと憐れみすら感じてしまうけれど、それでも見ていて気持ちがいい。応援したくなる。

 「タイムオーバーだわ」

 お客さんのカバが2回目に言ったこのセリフ。呆れながら、それでいて親しみも込められている、このときの彼の声色にしっくりと共感します。私も同じ気持ち。私も小戸川に対して彼と同じ感情を抱いています。
 なんだかんだで嫌いじゃない。言いたいことは山ほどあるけど、でも、友達になりたい。
 こいつ、ヤなやつだけど、いいやつだ。

 「・・・小戸川。早いとこ結婚したらどうだ」

 たぶんそのとおり。この小戸川って人間は危うい。
 だって、スレてないもん。社会に適応できてないもん。そのうえ自由な天涯孤独の身。家庭というアンカーでも打ちこまれてなきゃ、そのうちふらっとどこかへ消えてしまいそうな儚さがあります。
 しゃぼん玉飛んだ。屋根まで飛んだ。屋根まで飛んで、壊れて消えた。
 そういうふうになってほしくない。願わくば誰かに縛られていてほしい。この世に未練を持っていてほしい。まだ、行かないでほしい。

 「・・・お前、幸せなのか? 別にいつ逃げてもいいんだぜ。閉じこめてるわけでも縛っているわけでもない、お前が勝手にここに居ついたんだ。なんで俺んち来たんだっけなあ。・・・ああ、腹減ったか?」

 幸いなことに、小戸川はまだこの世界に留まっています。
 何が彼をここに縛ってくれているんでしょう?
 まだはっきりとはわかりませんし、たぶん、彼自身もよくわかっていないんだと思います。なんとなく、特段生きる目的も為しとげたい目標もなく、ただダラダラと惰性で生きているだけのつもりでいるように見えます。
 幸いなことに。

 「別に、いつ逃げたっていいんだぜ」

 自分でもわかっているくせに、逃げられない。
 彼は。
 小戸川は。

 私たちにとっては、幸いなことに。
 彼のことが嫌いじゃない全ての人たちにとって、幸いなことに。

 「あんたらからも説得してくれないか。小戸川に。大きい病院行けって」
 「あら。どこか悪いの?」
 「変だと思わないか」
 「昔から変だよあいつは。他人が嫌いで皮肉屋で、両親に捨てられたんだ。そりゃ歪むよ」
 「違うんだ。なんかこう、もっと根本的な――」

 むしろ、彼がまだこの世に留まってくれていることのほうが、きっと奇跡なんです。
 今の彼は天涯孤独です。自由です。どこにでも行くことができますし、いつでも逃げることができます。なんとなく今はまだそうしていないだけで。
 何が彼を縛ってくれているのかよくわかりません。だけど、その束縛はきっと永遠のものじゃないはず。
 だから、このわずかな猶予が残されているうちに、どうか。誰か、何か、どんなものでもいいから、どうか――。

 私たちが彼を好きでいるのと同じくらい、彼もこの世界の何かしらを好きになれますように。

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