トロピカル~ジュ!プリキュア 第28話感想 かつて日なたへ踏み出してみせたあなたへ。

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やってみると楽しいことがすごくいっぱいあるってよくわかったの。今日のメイクや、インタビューもすごく面白かった!

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「文化祭! 力あわせて、あおぞらメイク!」

活躍したひと

みのり

 みのり・ファンタジア。物語大好き、物語以外の本もたくさん読む生粋の文学少女。文学部で挫折を経験するまで自分が物語の主人公であるかのような全能感を抱いていたが、今はそうじゃなくなったのかというと別にそんなこともない。まなつやローラたちと出会い、ノンフィクションの自分にも可能性は案外多く眠っていたんだと気付くなかで、彼女の想像力は再び羽ばたきつつある。

トロピカってたもの

文化祭

 学校中のみんなが各々やりたいことを実現してみせるお祭り。トロピカる部はメイクをテーマに研究発表・ドレッサー製作・メイク実演の3本立てで挑んだ。
 昨今は保健衛生の観点から大半の学校で現地調理を伴う飲食物の販売が原則NGになっているはずだが、あおぞら中学校は教員や事務方がよほどがんばってくれたのだろう。

インタビュー

 放送委員会の出し物。校内イントラネット限定で文化祭準備中の取材動画を流したり、当日の生インタビューを配信したりしていたらしい。ということは動画配信システムを自前で用意したのか?
 トロピカる部からは珍しくメイクバッチリなみのりが出演した。かわいい。

うまくいかなかったこと

 文化祭中、ちょうど人手不足のタイミングで放送部の生放送インタビューが来た。手が空いているのがみのりしかおらず、辞退するしかないと思われた。

やりきれたワケ

 人前に出るのが好きではないと思われていたみのりが自分から立候補し、完璧にインタビューをこなした。本人は新しい挑戦ができることを楽しんでいたようだ。

 今朝は卵焼きをつくって食べました。
 味つけは白だしと砂糖。めんつゆは常備していないのでウチでつくるときはこれが一番お手軽。やや薄味に仕立てて、後から少し醤油を垂らすのが好みです。
 また、水溶き片栗粉を忘れずに加えます。ウチの台所には角形の卵焼き器が無いからです。丸形の普通のフライパンで焼くわけですが、これだと幅が広すぎて普通のフライ返しで巻こうとすると破れてしまうんです。だから生地に軽く粘りけをつけて、簡単には破れないようにしているんです。
 片栗粉を加えると水分が抜けにくくなり、ジューシーな焼き上がりになるのもポイントです。一人暮らしでまともに卵焼きなんかつくっても1度じゃなかなか食べきれないんですが、この水分が抜けにくい性質のおかげで次に食べるときも変わらずおいしく食べられます。

 「『描写もありがち。キャラも物語そのものもみんなどこかで読んだことのある借りもので、私自身の経験したことが何ひとつ入ってない、頭でっかちのお話だ』って」

 創作活動なんてどこにでもあります。そこに自分の経験を活かすなんてことも、誰もが当たり前にやっていることです。私だったら卵焼きひとつ取っても自分らしさをめいっぱい込めていると言い張ります。
 卵焼きに水溶き片栗粉を加えるアイディアはテレビで知ったものです。私が発見したものではありません。ですが、様々な工夫が考えられるなかから水溶き片栗粉を採用したのは私の意志ですし、私の台所まわりの事情を考慮したうえで最適を求めた結果です。
 他人のアイディアを借りていますが、この卵焼きこそ私の味だ、私だからこういう卵焼きになるんだと、私は胸を張って言うでしょう。(他人に食べさせる機会なんて無いですけどね)

 ま、朝ご飯づくりと小説書きが創作活動として同質のものだと考える人はそうそういないでしょうけどね。

 ちなみにあなたはどうしてそう思いますか?

 料理にだってプロはいます。小説家と同じく料理でお金を稼いでいますし、たくさんの人に喜びと感動を与えていますし、アートとして評価される料理だって世界中にたくさんあります。
 そういったことを書き連ねてみたうえで、私は思います。
 朝ご飯と小説が同じもののわけがないだろ、と。こんなの詭弁だろ、と。

 私は思います。
 朝ご飯と小説の違いがどこにあるのかといえば、それは誰かに食べさせる(読ませる)ためにつくったものかどうかという点だろうと。

 「完成したときは『やった!』って思った。『傑作だ!』って。読んでもらったクラスの友達にも評判良くて。だから部の先輩に見せに行ったときも『すぐ賞に応募したほうがいい!』『きっとプロになれる!』って言われちゃうかも、なんて」

 何をどう言い繕ったところで、どんなにきれいにお為ごかしたって、結局のところ小説書きは誰かに読んでもらうためにそれを書きます。言葉というものはそもそも、誰かに何かを伝えるためにあるツールなんですから。それを使って表現活動を行おうと思う時点で、他人の目を、他人の感想を、他人からの賞賛を、あなたは求めています。

 ええ。断言します。そういった意味での創作活動は、自分ひとりのなかだけでは絶対に完結しない。

 そうじゃないと思うならチラシの裏にでも小説を1本書いてみるといいでしょう。この記事みたいなちょっとした感想文でもいいですよ。ものすっごくむなしい気分になりますから。絶対続きませんから。
 私なんかはアニメの感想なんてしょうもない文章までネットに上げています。ネットに上げている以上、私は「この記事を誰かに評価されるために書いているんじゃない」とは絶対に言いません。口が裂けてもそんなこと言えません。
 私はあなたにこれを読んでほしくて書いています。楽しんでほしくて書いています。何かを感じてほしいとも思っています。できることならもっとたくさんの人に読んでもらえたら嬉しいなとさえ思っています。たかが趣味のアニメ感想書きの分際で。

 みのりはどうですか?
 インタビュー、楽しかったんですよね?
 トロピカる部の活動、やりがいを感じているんですよね?
 仲間と一緒にいられて、毎日充実しているんですよね?

 だったら、小説。
 あの不名誉で図書室の奥に眠るばかりの1本きりで、あなたは本当に筆を折ることができますか?

日なたへ

 「わかった。私が出る。――大丈夫。少し待ってて」

 今この場でインタビューに出られるのは自分だけ。あすかや放送委員たちは自分がこういうのに出たがらない人間だと思っているだろうけど、本当はそこまでダメなわけじゃない。興味が全く無いわけじゃない。それに、みんなのためにもなる。

 裏方専門のつもりでメイクをせずにいたみのりは、まず、リップを塗ってみました。

 「自信が無いときはこれ! メイクで気合いを入れるの。みのりん先輩もやってみませんか。そしたら体の内側から『トロピカるぞー!』って、勇気が湧いてくるから」
 「メイクなんて、私には・・・」
 「まあまあ。やってみないとわからないですよ」
(第4話)

 あのとき日なたから日陰へ足を踏み込んでくれた子が持っていたアイテム。あのときもキラキラ輝いていました。
 あの子に言わせると、メイクは魔法なんだそうです。常夏の太陽みたいにキラキラ眩しい幸せな気持ちが胸の奥から湧きあがってくる。そうしたらなんだか一緒に勇気も湧いてくる。
 あの子はたしかに、毎日やたらに元気で、無闇に楽しそうで、いっつもトロピカ娘。

 太陽を、勇気を、今こそこの手に。

 「ええー!? このかわいいドレッサー、手づくりなんですか!」
 「はい。部員のみんなで協力してつくりました。とても楽しかったです」

 大丈夫。みのりはもうとっくに日なたにいます。みのりはまなつたちと一緒に毎日日なたを駆けまわっています。リップが似合わないわけがない。
 基本的に裏方志望で、ひとり部室に篭もって黙々作業することが多いけれど、それでもまなつたちとともに活動している部活仲間です。
 自分で勝手に線引きして、自分は主人公じゃないからと言い訳して、日なたへ飛び出すことを怖がっていた、あの頃のみのりはもういません。

 「――まなつは信じてる。あなたならプリキュアになれるって」(第4話)

 そう。なれました。

 「もっと自分を信じたらどうなの。最初からできないなんて決めつけてないでやってみなさいよ! あなたがいないって決めつけてた人魚だって、ほら、ここにいるし! 自分でダメだって言ってた小説だって、まなつは言ってたでしょ、『面白い』って!」(第4話)

 現実には存在しないと決めつけていた人魚が本当はいて、あの出来の悪い小説を面白いって言ってくれる変わった子もいて、挑戦してみたら意外と自分が活躍できる場所もたくさんあって。
 “何もできない”“私には無理”“できない”“どうせ私なんか”――そういう思い込みこそがウソだとわかって。

 みのりの心にはいつの間にか――、常夏の太陽が輝いていました。

 「わあ! トロピカってたね、みのりん先輩!」
 「ホントよ。結構やるじゃない」

 カメラに向かって燦々と微笑みかけます。

 今日の主人公は間違いなくみのり。

空想と現実は――

 「――ねえ、みのり。なんで文芸部辞めたの?」

 ローラが本当に不思議そうな顔で問いかけてきます。

 何か含むところがある、といった雰囲気ではなさそうです。
 今日のみのりを見たら「トロピカる部に入ったのは気の迷い」「本当は文芸部でもう一回小説書きたいと思ってるかも」なんて思うことはないでしょう。それだけの愛着と喜びがあふれ出るインタビュー映像でした。

 でも、だからこそ不思議です。
 そんなみのりが、どうして今さらになって、小説に未練がありそうなそぶりを見せるのか。

 ――たぶん、その答えはみのりのなかでもまだうまく言語化できていないのでしょう。

 今話においてその思いが語られることはありませんでした。
 幸か不幸か、問われることもありませんでした。ローラから見て、少なくともみのりがトロピカる部に入ったことを後悔しているようには思えませんでしたから。ローラにとってはそれで充分で、逆をいうなら小説に未練があるかどうかが問題になってくるのはみのり本人だけですから。
 みのりに小説への未練があろうとなかろうと、どちらにせよみのりはトロピカる部を辞めたいとは思わないでしょう。ローラたちにしたって、みのりがトロピカる部を辞めない以上はやっぱり小説を書きたいとなったら協力するだけですし、そうじゃないならそっとしておくだけです。ちょうど、文芸部のブースの片付けをみんなで手伝ったように。

 だからローラにとってはそれがわかっただけで充分。ですが、みのりにとってはどうなんでしょうね。

 「私、小さいころからずっとね、物語を読むのが大好きで、いろんな空想するのも好きだった。だから中学では文芸部に入部して、文化祭に出す雑誌のために初めてちゃんとした小説を書いたの」

 それは過去のみのりの物語。

 「完成したときは『やった!』って思った。『傑作だ!』って。読んでもらったクラスの友達にも評判良くて。だから部の先輩に見せに行ったときも『すぐ賞に応募したほうがいい!』『きっとプロになれる!』って言われちゃうかも、なんて」

 それも過去のみのりの物語。

 「でも、『描写もありがち。キャラも物語そのものもみんなどこかで読んだことのある借りもので、私自身の経験したことが何ひとつ入ってない、頭でっかちのお話だ』って。・・・でも、書き上げた興奮が去って改めて読んでみると、先輩の言ってたことは全部そのとおり。『どうして自分で気付かなかったの?』って思うことばっかりで」

 それも過去のみのりの物語。

 「自信満々だったぶん、恥ずかしさで耳まで真っ赤になって。それでも足りなくて。私はその日から、もう1行もお話が書けなくなった。本を読むのは相変わらず楽しかったけど、それでも何か満たされないような、そんな毎日をずっと送ってた」

 それも過去のみのりの物語。

 「――でもね。そんな気持ちが、みんなに会って変わったの。プリキュアになって。トロピカる部に入って。そのとき大事だと思えることをどんどんやって」

 そしてそれは現在のみのりの物語。

 「これまで興味が無かったことでも、やってみると楽しいことがすごくいっぱいあるってよくわかったの。今日のメイクや、インタビューもすごく面白かった! 緊張して心臓が爆発しそうになったけど」

 それは現在のみのりの物語。

 「だから私、今本当にとても楽しいの。みんなのおかげ。ありがとう」

 それも現在のみのりの物語。

 じゃあ、未来のみのりはどんな物語を描きたい?

 今話のみのりの独白にはその視点がありません。聞かれてないから仕方ないんですけどね。でも、当初ローラが気になっていたのって、本当はそっちだったんですよね。
 だって、みのりが小説に未練を残しているのはたぶん本当なんです。図書室の一幕がまさにそうですし、バトル中も部誌を踏みにじられて激昂していました。それでもみのりがトロピカる部を止めることはないと確信できたからローラは深く追求しませんでしたが、本来、本題はこっちなんです。

 みのりは根っからの文学少女で、なおかつ創作家です。
 しょっちゅうハズしているあの迷推理を見ているだけでも痛いほど伝わってきます。あの推理は理詰めではなく、空想と物語知識によって紡ぎ出されています。あれは推理というより物語です。ノンフィクションの皮を被ったフィクション、リアルを土台としたファンタジーです。だからハズす。

 「プリキュアなんて、私には――」
 「きっと大丈夫だと思います」
 「そうそう。人魚が大好きで、あんなステキな物語を書けるなら!」
 「私には無理。できない。空想と現実は違う。私はファンタジー小説の主人公じゃないもの」
(第4話)

 過去のみのりは言いました。自分はファンタジー小説の主人公じゃないから何もできないんだと。
 事実、彼女が最初に書いた小説は不出来でした。自分でも大した作品にできなかったと認めるほどでした。

 だけど、それは過去のみのりです。
 現在のみのりは違う。

 “何もできない”“私には無理”“できない”“どうせ私なんか”――かつてのネガティブな自分を全部ひっくり返して、
 “どんどんやる”“私が出る”“やってみると楽しい”“みんなに会って変わった”――何も恥じることない、何も怖れることない、心に常夏の太陽を抱き、堂々日なたの大地に立つ、ステキな女の子に変わりました。
 今日の物語の主人公は間違いなくみのりでした。

 あなたはもう、なんでもできる、なんでもなれる。
 だって、あなたの憧れた主人公というのは元来そういうものだったはずじゃないですか。
 リアルとファンタジーは違う、――とも限らない。あなたはもう知っているはずです。今のあなたの日常はそういったものに彩られています。

 「で、もう一度聞くけど――。尾ひれに触る?」
 「・・・あっ。すごくリアル!」
(第4話)

 今こそ、もう一度リアルとファンタジーとの境界を飛び越えてみませんか。
 もちろん、あなたがそれを今もまだ望んでいるのならば、ですが。

コメント

  1. ピンク より:

    文芸部部長さん、あなた本当に中学生ですか……そんな漫画の編集さんみたいなことを。

    みのりが件の小説に、自分にしかない何かを全く込めてなかったとは思いません。
    しかし、「なんとなくだけど大事なものを取りこぼしたような、言語化できない違和感がある」とは薄々感じてました。
    血の通った人々のリアルな心。私は違和感の要因を、そうだと捉えます。

    まあ文芸部の話はこのくらいで置いといて、食品系の出し物の制限は大人になってから見るとつい気になっちゃいますね。
    ちなみに私の場合は専門学校(※調理全く関係ない、イラストとかデザイン分野)の学園祭だと普通にお肉焼いてたので、勝手に変なカルチャーショックを受けたものです。

    • 疲ぃ より:

       部活は校内活動なのマジメな子ほど真剣に取り組もうとし、プロと同等の志を持とうとする子が多いですから。大人から見て実力が伴っているかは関係なく。

       私は「広く大勢に読ませたいと思っていたんだという自覚」が足りなかったんだと思いましたね。創作活動は表現行為ですから。「自分は何を伝えたいのか」の観点が曖昧だとオリジナリティが出ませんし、「誰に伝えたいのか」の観点が曖昧でも読んだ人の胸を打つアピールポイントを描ききれません。
       友達に読んでもらう分には事前知識として作者の人となりを理解してもらえているのでまだ伝わるんです。あるいはまなつのようにたまたま同じ価値観を持ってくれていた読者になら。でも、それで賞に応募できるような非凡な作品になるかというと、それは違う。
       創作活動もまた、窮極的にはコミュニケーションの一環だと私は考えています。自分にしかないものなんて、自分で筆を執った時点で自然と宿るものです。それが相手に伝わるかたちになっていたかどうかとは別の話だというだけで。

       みのりはトロピカる部の活動を通して自分のやりたいことをする喜び、他人と楽しみを共有できたときのやりがいを学んでいきました。
       今なら結構いい作品が書けるんじゃないかと私は思うんですよね。

  2. 東堂伊豆守 より:

    今回のエピソードでは踏み込まずに終わった「一之瀬みのりは今後、文学創作の世界に回帰して行くのか、否か?」という問題。
    どうにも、ここまでの展開の延長線上で考えると、文学への回帰は無いままに終わりそう……に見えてしまうんですよね。なにぶん、これまで劇中でフィーチャーされてきたみのりの表現活動が「探偵ロールプレイ」だの「生中継プロモーション」だのと、オーディエンスとのフェイストゥフェイスでライブなスタイル(ルー語か)に偏っていて、「作家」よりも「俳優」とか「タレント」との親和性が高そうな印象を受けてしまう。
    もし強いて文学路線にみのりを進ませるなら――――小説家より脚本家·構成作家の方が合っているように思えます。“終着点”“完成品”“自己完結型”の文学ではなく、“出発点”“叩き台”“参加型”の文学の方が。
    まあ、まだストーリーは折り返し点を通過したばかりで、今後みのりの主役回も複数回用意されるはずなので、小説家回帰ルートに持ち込むことも十分に可能だとは思いますが……はてさて。

    • 疲ぃ より:

       『キラキラプリキュアアラモード』に有栖川ひまりって子がいたじゃないですか。友達と大好きなスイーツについて語りあいたかっただけのオタクが、何故か気がついたらタレント路線に進んでいた子。
       あれは彼女の願いの本質が「自分の『大好き』をみんなに知ってもらいたい」だったからなわけですよ。だから、みのりのやりたいことがもしそういうものだったらタレントとかイベンター志向でもいいんだと思います。

       でも、みのりのやりたいことは違います。彼女が憧れているものはファンタジーです。物語の主人公です。だから小説に挫折しても相変わらず物語読解的な推理を展開したり、探偵ごっこをやりたがったりするんです。
       その意味で、彼女を最終的に満足させられるものは結局小説しかないだろうと私は思うんですよね。
       そもそもピンク様宛ての返信でも書いたとおり、私は小説書きを自己完結型でできるものではないと思っていますし。

  3. 亀ちゃん より:

    昨日はパラリンピック明けのトロピカル~ジュプリキュアでした!!
    まなつがローラ・アポロドロース・ヒューギヌス・ラメールに「ローラ。こっち、こっちー」と言ったのはシックリ着ましたね!!☆☆♬
    プリキュア的に感慨深さが続きました!!☆☆♬
    次回はまたまなつがやる気パワーを新型のヤラネーダに奪われてしまう話
    ドレッサーはCMでネタバレ公開されたので、最終的?な必殺技のデビューは予想通りなのです!!☆☆♬

    >で、アリオ倉敷には9月25日(土)と26日(日)にあるけど
    結局は9月最後の土曜にワクチンの接種が変更になったので、アリオ倉敷に行けるかどうかわからなくなりましたね!!(汗)
    アリオ倉敷ではプリキュアの店miniもあって欲しいところなんですが…

    • 疲ぃ より:

       おもちゃサイトだとだいぶ前から発表されていましたね。まさかタップダンスからのゾウさんドロップキックで来るとは思いませんでしたが。
       まなつのやる気は失われてもまた湧きあがってくることがすでに証明済みなので、いつかその意味をあとまわしの魔女にもわかってほしいところですね。別に誰かから奪わなくたっていいはずなんです。

  4. さや より:

    はじめまして!
    初めてコメントさせていただきましたが、
    いつも感想、すっごく楽しみにしてます…!

    なんだか、いつもコメントで伝えよう伝えようとしていても、なかなか書けなかったのですが、今回の、「読んでほしくて書いてる」というお言葉で、やっぱり言葉にしようと思い立つことができました。

    いつも、その週のプリキュアに関して深く考察されていて、歴代プリキュアでの「こんなことあったな…」も余すことなく語られていたり、一見関連のない話題でも、「なるほど!」と思えるお話しになっていたりして、本当に面白く、読んだあと毎回毎回元気をいただいております!

    プリキュアを見終わったあと、この感想ブログさんを読んで、初めて「今週もプリキュア見た!」と実感できるほどです…!

    私も思ったことをしっかり伝えることのできる語彙力を身につけたいと思っております…!

    プリキュアに関するお考えが、本当に素敵ですので、個人的には公式スタッフ様にもぜひこのブログを読んでいただきたいです…。

    これからも楽しみにしております。
    長文失礼しました!

    • 亀ちゃん より:

      初めましてさやさん。
      いとこのお姉さんの長女にはプリキュアのお兄ちゃんというニックネームを付けてもらえた亀ちゃんです!!
      私はプリキュアファンであると同時に、アイドルアニメファン・高校野球ファン。そしてプロ野球では名古屋の(中日)ドラゴンズファンも兼用しています!!
      プリキュアファンだと1番のメインである女の子はほとんどが高校野球には興味がなく、お兄ちゃんや両親が高校野球ファンだと甲子園に行くのに付き合わされるのも良くあるパターンですね
      逆に高校野球ファンだと、男性なら大人や男の子なので、元プリキュアファンでない人も多いんですよね
      そんなこんなで何卒よろしくお願いします

      追伸
      1番早くて今年の10月にはお父様の親友がハンドルを握る車で広島県府中市上下町の完全予約制のインド料理・プラシャンティ―に行きます
      その際、私が相当久しぶりに口にすると、普通以上に美味くなっていると感じられるインド料理(ナンも含む)を食べたいですね!!(厳→咲→輝)

    • 疲ぃ より:

       基本、リアクションを返してくれることを喜ばない感想ブログは無いと思いますよ。それが不快だったら手間暇かけてネットに上げずにチラシの裏にでも書いていると思いますので。諸々の事情で素直に喜ぶことが難しい人ならいるかもですが。
       ・・・お返事が毎回めっちゃ遅れる私が言うのもアレですね。

       こういう読み物が好きな人に読んでほしいと思って書いているので、楽しんでいただけているのならとても嬉しいです。自分なりに趣向を凝らしてみたりもしています。謙遜せず認めちゃいます。
       私自身、他の感想ブログ様にハマって我慢できずに自分でも書きはじめたクチなので、さや様もよろしければいつかどうぞ。

       公式スタッフさんの一部にならすでに読んでいただけているかもしれませんよ。たぶん。こちらも別に隠そうとしていないので普通にエゴサしていたら普通に目に入るはずです。
       ウチのブログ、「公式がどういうつもりであっても私がどう捉えるかには関係ない」くらいの相当傲慢なスタンスでやっているので、気に入っていただけるかまではわかりませんが。

  5. 与方藤士朗 より:

    はじめまして。
    一応小説家をしております、与方藤士朗と申します。
    この数年来、日曜朝のプリキュアは「皆勤」で視聴しております。
    ~サンデーモーニングから「亡命」している、というキャラにしておりますねん。

    さてさて、この度のトロピカル-ジュプリキュアのキュアパパイアの一之瀬みのりさん。
    まあその、なんだか、私の中学生あたりの頃に、よく似ていましてねぇ・・・。
    もっとも私の場合は、物語を読んでいたわけでも、まして書こうと思っていたわけでもなく、ひたすら、趣味の鉄道漬けの毎日でしたけど。
    なぜか、小学5年のとき大学祭で鉄道研究会にスカウトされて大学に毎週末例会に通い、その合間に、岡山の鉄道管理局に行っては曲の職員さんにいろいろ資料をもらっていたり、本は、図書館やら何やらで借りたり、古本を買ったりして読んでいました。
    まあその、高校時代からは、思うところあってプロ野球関連の本をかなり読むようになり、それで人生観を作ってきたというのもあります。
    そのおかげで、当時脚光を浴びていた大検を利用して大学に現役合格できました。

    それはともあれ、私のサイトでは、「娘(=隠し子)のみのりん」ということにしてしまいました~全国のみのりんファンの皆さん、申し訳ない(苦笑)。
    でも、彼女の絵をお見せしたところ、何人かからは、ネット内外を問わず「似ている」という評価をいただきました~汗汗)。

    ところで、私が小説を書こうと思ったのは3年前でして、現在小説は2冊出版しております。

    本来はノンフィクションや鉄道紀行、評論などを書きたかったのですけど、さすがに取材のための金と時間が取れないことやいざというときの責任問題など、さまざまな障壁を考えたとき、小説ならそこからある程度自由に書け、なおかつ世界を構築していくことが自前でできる、ということがその大きな理由でした。
    ~何だか、プロ入りするときのノムさんこと野村克也氏のような理由付けですな(苦笑)。

    その点においては、好きで小説を書き始めたみのりんとは逆方向からのアプローチで今に至っておるわけですけど、そんな私から見ても、彼女がこれまで不足してきたのは、人とのつながりを作っていくことではないかと。その不足を今彼女は、トロピカる部の子たちによって急速に「チャージ」されているのではないかと思われます。

    まあでも、彼女の小説の本文を読んだ立場ではないから何とも言えませんが(苦笑)、おそらく、技術面においてはもうそれなりの基礎が出来上がっているのではないかな、と思われます。ただし、絶対的な「書く体力」が不足している感は否めませんが。
    「ドリームキラー」の文芸部の先輩がどこまで厳しい批評を加えたのかは現段階では分からないが、今みのりんにとって大事なのは、言語化できる出来ないにかかわらず、自らの表現活動の基礎となる「身体経験」なのだと、私はみております。

    • 疲ぃ より:

       ちょっと検索させていただきましたが、紙の本で2冊(※ 実際には3冊)も出していらっしゃるんですね。すごい。私は1冊最後までマラソンしきれた例しがないので、書き上げたことと流通に乗せられたこと両面を尊敬します。

       「身体経験」という話ですと、市民演劇の世界での話になりますが、これまで一度も演劇というものに触れたことのなかったお爺さんお婆さんを試しに舞台に立たせてみると、すごく堂に入った、心に染みる芝居を見せてくれるケースがちょくちょくあるんですよ。自分で見て聞いて触って知った経験ってそれだけで優れた表現力を引き出す、本当に大事なものなんだなって思います。ただ、同じ年齢でもやっぱり素人らしい棒演技のかたも当然ながらいらっしゃって。
       その違いって何なのかなあって考えたときに、私は“誰かに伝えようと思う貪欲さ”の違いだと思ったんですよね。誰かに今の自分の思いを伝えたいと思うから、伝えなきゃならないと追い立てられるから、表現を工夫する。自分が持っている引き出しをフル活用する。その結果として創作物に身体経験その他自分の全人生が自然と織り込まれていく。本人が望むと望まぬとに関わらず、その表現力は作者のパーソナリティに重なっていく。きっとそういうものなんじゃないかと考えているんです。

       みのりが今また小説への未練を湧きあがらせつつあるのなら、それはトロピカる部の活動を通して学んだ、様々な人たちと交流する喜び、自分の人となりを知ってもらえる感動が着火剤の役割を果たしたんじゃないかなと。
       もしそうだとしたら、今度こそ彼女は書けるようになると思います。自分の経験を言語化して小説に盛り込めないのなら、盛り込めるまで試行錯誤すればいいんです。みのりの年齢でだって14年分もの人生経験を蓄積しているわけですからね。不可能なわけじゃありません。さすがに大人と比べると引き出しの数は少ないですが、本来「借りものの言葉でしか語れない」なんてことはないはずなんです。

       現実の子どもにそこまでの要求水準を求められるかというと、まあ、うん。って感じではありますが。

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