ひそねとまそたん 第11話感想 最後にその意志を問う。

弱気はーッ! 損気ーーッ!!

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(主観的)あらすじ

 ミタツ様が活動を開始し、いよいよ祀り事がはじまります。けれどそこにひそねの姿はありません。ひそねは実家で腐っていました。彼女は先日、自分の大好きな人たちのために自信満々胸を張って辞意を表明したのですが、その態度が柿保飛行班長の逆鱗に触れてしまいました。強烈な怒りを当てられたためにすっかり萎縮してしまっていました。
 急場しのぎとして代わりにまそたんに乗ったのは樋本教官。けれど彼女もまた、昔大切に思っていた人の夢を見て、祀り事のただなかで吻合を起こしてしまいます。暴走したまそたんが飛んでいくのは富山。偶然にも今まさにひそねがいるところでした。
 ひそねはひょんなことから自分の卒業アルバムを引っ張り出して、そこにテキトーに書いておいた上っ面の寄せ書きを見つけていました。「私は自衛官になって大切なものを守ります」 それがどれほど大切なことだったか、今のひそねなら理解できます。
 ひそねはもう一度柿保飛行班長と対決します。柿保飛行班長があげつらった自分の無責任ぶりを猛省したうえで、それでも今の自分の行動理念があくまで大好きな人たちのためであることを改めて訴えます。小此木や基地のみんなを好きでいながら、それでいてまそたんのことも心から大好きな自分であれば、再びまそたんとともに飛ぶこともできるだろうと。
 かくしてひそねは再び空に帰ります。Dパイや巫女たちと合流して、いよいよ祀り事は最終局面に移行します。

 大人が“大人”という模範的なイキモノではなく、それぞれ違った考えを持つ個別の人間として見えるようになったのはいつのことだったか。
 たぶん、私の場合は生まれて初めて本気で親子ゲンカをしたときだったんでしょうね。高校受験のときだったか、大学受験のときだったか、とにかく進路についての考え方で父親と意見が合わなくて。今にして思えば私の考え方は完全に甘ったれていて、明らかに父の意見の方が正論だったんですけど。ただ、彼が子どもを庇護する親の立場ではなく、他者としての私の自由意志を尊ぶ立場に立ってくれたことに、どうしても異質感が拭えなかったんですよね。お前のような無責任ヤローに人の親である資格があるか! なんて。
 ちなみにそれを見ていたウチの母親、遅れてきた反抗期が妙に嬉しかったらしくて。祖父母やら親戚やら職場の同僚やらご近所さんやら、会う人会う人に親子ゲンカの話を言いふらしまくったらしくて。もうね、ホント、あんな恥ずかしいことは他にそうそうなかった。

 ひそねを怒鳴りつけた柿保飛行班長に、その父親の姿を重ねて観ていました。こんな見かたをしている人が私の他にどのくらいいるかは知りませんけどね。

愛する

 「私は小此木さんのことが好きです。でも、まそたんのことも大好きなんです。以前の私には大切なものなんてなかったんです。両親と、ゴローと、あと、つくりかけのデアゴスティーニの『週刊世界の洋館』シリーズと、あ、新城選手のサインも・・・」
 「でも! 小此木さんだけじゃなく、名緒さん。絵留さん。ひとみん。リリコス。曽々田団司令も。柿保飛行班長も。とにかく大好きな人がいっぱいできまして。もし私が小此木さんにモヤモヤしているせいで大切な人たちに迷惑をかけるようなことがあれば耐えきれません」
 「でも! 私は小此木さんを好きって気持ちも捨てられません。そしてなにより、まそたんに辛い思いをさせられません」
 「大切なものを大切だって言いつづけていたいから、だから、私は自衛官を辞めます!!」

 ひそねの長広舌は脱線しまくるくせに要点が全体に散りがちなので抜粋しにくい。

 前回の感想文でも書いたとおり、ひそねはDパイという仕事に自己肯定感を依存する悪癖から解放されました。そうなるとすでに“自分にしかできない何か”ではなくなってしまってしまったDパイに固執する必要がなくなり、彼女は自分の別の可能性を模索できるようになります。
 「大好き」を芯とする自分の行動原理に照らしてみれば、大好きなみんなに迷惑をかけて、しかも改善の兆しも見えない現状はとりあえず自分らしくありません。せめて次の仕事か後任者を見つけてから辞表を提出すれば恰好もつくでしょうに、このバカときたらコミュ障らしく他人の都合を一切考慮に入れず、バカ正直に目の前の問題から順に片付けようとします。
 バカですが、言っていることにはいちおうスジが通っているんですよね。

 「私にだって、都合も考えもあるんです! 私は、私は・・・。ジョアは! イチゴ味よりオレンジ味の方が好きなんです!」(第1話)
 とりあえずグチからぶちまけたあげく自分のなかに論理がないことに気づいて逃げた、あの第1話の無様っぷりがウソのよう。本当によく成長しました。

 こんなムチャクチャなことを言っているくせにひそねの瞳は自信に満ちています。自分が間違っているとはカケラも思っていない、キラッキラしたまっすぐな瞳で、「おお! よくぞみんなのために身を引いてくれた! なんて献身的な若者なんだ!」とかなんとか感動してもらえることを、今か今かと待ち構えています。

 「黙れクズ!!」
 そりゃヘコむわな。
 理想と現実のあまりの落差に。

 「あれじゃ私がワルモノ――いや、どこからどう見てもワルモノだよね、私」
 「ゴロー。悪を独りにすると何をしでかすかわからないよー」

 それでいてひそねさん、あれだけ怒鳴られてもまだ自分の過ちが内在論理の問題ではなく社会悪に抵触したからと解釈していらっしゃいます。自分が間違っていたと本音では思っていません。マジレッサーには慣れっこの、自分は正論を言ったはずなのに周囲の感情を逆なでしたせいでうまくいかなかったってパターン。
 自分が間違っていないと思っているからこそ、それが他人から根こそぎ否定されてしまうと次にどうすればいいのかわからなくなってしまうわけですよ。
 ・・・いや、キミの普段のマジレス、キミが思うほど正論になっていなかったからね? 8割方感情論で、道理もへったくれもなくて、筋道散漫とっ散らかってて、あの独特の勢いがなければとても他人を説得できるような語りじゃなかったと思いますよ。

 今回はちゃんと正論してたけど。

守る

 「荷物をまとめなさい! あなたは何も感じてこなかったの!? ここでの訓練を、仲間との生活を!」
 「黙れクズ!! その答えが自衛官を辞めるという結論になるのなら、あなたみたいなクズはここに要らない!」
 「出て行きなさい! 今すぐ! あなたの顔は見たくない!」

 柿保飛行班長を激昂させていることはただひとつ。口で「大切」と言いながら、自らその大切な人たちに背を向けようとするワケのわからなさ。

 彼女はそういう人をもうひとり知っています。
 フォレスト。まそたん(オスカー)のことが大好きなくせに、他の男を好きになり、しかも吻合を起こしてなおまそたんのことを好きでいつづける友人。
 「未だに引きずっているのかもしれません。Dパイに選ばれなかった、その悔しさを、私は」
 ああいうハンパな人がDパイになれて、どうして自分は選ばれなかったのか。

 「それでも、これからの自衛官人生をDパイ育成のために捧げようと決めた。――そう言えば聞こえはいいけれど。自分の宙ぶらりんになった夢を、私は甘粕二曹に押しつけていたのかもしれません」
 彼女はひそねが主張しようとしたこと自体は否定しませんでした。否定できませんでした。
 そもそもひそねと同じDパイの樋本教官ですら見えているものが違うんです。柿保飛行班長とひそねは初めから違う人間。世界中のあらゆる人々と同様、それぞれ異なる世界観を持っています。どちらが正しいとか正しくないとか以前の問題です。
 私やひそねのようなコミュ障は特に勘違いしがちなんですけどね。親、教師、上官。尊敬すべき目上の人だからって、そのすべての発言が必ずしも教育や指導を目的としてくれているとは限らないわけですよ。叱るだけじゃなくて怒ることだってある。立場に縛られず個人として語ることもある。彼らだって人間なんですから。うん、当たり前のことすぎて書いてる自分が今ちょっとバカらしくなってきたんですけどね。でも、そうなんですよ。

 ひそねは、上官にちょっと怒鳴りつけられたくらいであんな盛大に自己卑下する必要なんてなかったんです。少なくとも今回に限っては。だって、自分の主張自体はどこも否定されていなかったんですから。理解してもらえなかっただけなんですから。
 そういうところはまだまだコミュ障。というかたぶんこの調子だと一生モノだろうけれど。
 本当はまだ考えることを止めてはいけませんでした。柿保飛行班長から逃げてはいけませんでした。「大好き」を諦めてはいけませんでした。

 彼女の逆鱗に触れてしまったのは特にどのあたりだったでしょうか。
 自分の考えかたに痂皮は残っていなかったでしょうか。
 どういう視点を取り入れればお互いわかりあうことができるでしょうか。
 そして、これからどうすれば自分の信条を“自分にしかできない何か”につなげていくことができるでしょうか。

 「私は自衛官になって大切なものを守ります」
 やっと見つけた答えは上っ面のキレイゴト。

ひそねの意志で

 もう一度戦わなければなりません。柿保飛行班長と。
 話しあって、わかりあわなければなりません。大好きな人のひとりなんですから。

 「私は自衛官になって大切なものを守ります」
 そんなのキレイゴトです。
 「大切なものを大切だって言いつづけていたい」
 そんなのキレイゴトです。
 ――行動を伴わなければ。
 頭のなかの理想を、現実を変えるための行動に変えていかなければ。誰にも伝わりませんし、何も為せません。
 なのに、もしあなたがそれでもキレイゴトに感銘を受けたのならば、それはそのキレイゴトに今のあなたの理想が篭もっているということですよ。

 「わかってなかったんです! 大切なもの慣れしてなくって、それをどうしたらいいか。大切なものを大切って言いつづけたいって。でも、そんなの、それだけじゃダメだったんです。大切なものはちゃんと守らなきゃダメだって!」
 大好きなみんなに迷惑をかけている。しかも改善の兆しも見えない。だから仕事を辞める。――バカバカしい。そんなやり方で何が変わるものか。
 大好きだと思っているのは自分です。大好きな人の現状を良くしたいと思っているのも自分です。だったら、自分でやらないと。

 「言いたいことは終わった? 冷静に考えてみてください。OTFに搭乗できない者に関わっている余裕はありません」
 まだ理解してくれない人は会話を打ち切ろうとします。
 でも、ひそねは諦めるわけにはいきません。目の前の人とわかりあいたいと考えているのは自分です。だったら、自分で食い下がらないといけません。

 「柿保飛行班長も冷静に考えてみてください!」
 この人はまだわかっていない。一番理解してほしいことをまだ理解してくれていない。
 「私の大切な人たちって、小此木さんも含めてみんな、まそたんと出会ったから出会えた人たちなんです。つまり! そのきっかけをつくってくれたまそたんが一番大切ってことだから! その気持ちがまそたんに届けば、私はきっとまそたんに乗れると思うんです!」
 ひそねは行動すると言っているんです。理論も見込みも持ち合わせていないけれど、そこにいるのは自分の大好きな人たちなのだから守ると言っているんです。自分の信条に従って。できるできないではなく、やると言っているんです。
 「お願いします! 私をまそたんに乗せてください!」
 やるんです。やるからには必ずできるんです。そう信じているんです。大好きな人たちを守るためなら、ひそねは何でもやらなければならないし、何でもやらなければならない以上は絶対にできるんです。
 ひそねとはそういう人間なんだと、ひそね自身が信頼しているんです。

 こういう力まかせの脳筋思考、納得できる人と納得できない人がいるでしょうが、こと柿保飛行班長においては間違いなく前者です。
 「あなたは何も感じてこなかったの!? ここでの訓練を、仲間との生活を!」
 「その答えが自衛官を辞めるという結論になるのなら、あなたみたいなクズはここに要らない!」

 この人はひそねを誹るとき、ひそねの意志に論点を置いて話していました。
 みんなが大好きだというならどうして共に生活してきた日々を捨てられる。辞めることに未練はないのか。もし未練がないならどうして大好きだと言える。
 この人はひそねのそういう言動不一致なところに納得がいかなくて、冒頭のひそねの主張に納得することができずにいました。

 「あなたの言葉にウソはない」
 彼女の世界観にそぐわず、理解を阻んでいたのは、唯一そこだけだったのですから。
 だから、ひそねが主張に見合う行動をするというのなら、それならは納得することができます。
 うん、まあ、そうね。要するに、ぶっちゃけこの人も――バカなんです。
 甘粕ひそねに好かれるだけのことはあるということです。
 「・・・やらせてやるよ。全部やらせてやる。さっさと行って乗ってこい! 甘粕二曹!」
 滾る。

 「まそたん。柿保飛行班長が認めてくれたよ。まそたん。――行っくよーッ! まそたーんッ!」
 「弱気はーッ! 損気ーーッ!!」

 たくさんの人と出会えて、たくさんの人と出会えていた自分に気付いて、たくさんの人を好きになって。
 おかげでひそねはそんなことのできる自分のことまで好きになれました。
 誰にも依存せず、自分で自分自身を信じられるようになりました。

 そして、そんな大切な人たちを守りたいと思うようにもなりました。
 自分がやるから実現できることもあるんだと、大切な人たちに教えてもらえたんです。
 “自分にしかできない何か”
 やっと、見つかりました。

 あとは、その信条に従えば甘粕ひそねがどこまでやれるのか、試すだけです。

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