プリキュアはなぜ変身するのか? 『魔法つかいプリキュア!』の場合。

ふたりの奇跡! キュアミラクル!
ふたりの魔法! キュアマジカル!
あまねく生命に祝福を! キュアフェリーチェ!
モフモフモフルン! キュアモフルン!

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※ このブログは基本的にネタバレに配慮しません。

 ひとつ明らかにおかしい口上がありますが深く考えてはいけません。黄色です。

 『魔法つかいプリキュア!』は、祝福された子どもたちのための物語でした。
 本作は“手をつなぐ”ことを主軸として展開されました。これがまた前作『Go!プリンセスプリキュア』とは真逆の方向に徹底されていまして、本作のプリキュアは独力では何も為すことができません。設定的には神様と同等の力を持った子もいるのですが、それでなお自分の身の振りかたひとつ自分勝手に決めることは認められません。基本的に彼女たちはプリキュアになれるだけの無力な子どもとして描かれていました。
 前作からの振れ幅が大きすぎて放送当時はエラく困惑されていましたね。

 これもまた“ヒーローでは救ってあげられない人たちに何をしてあげられるか?”という問いに対する答えのひとつ。
 本作において救いを必要としていたのは、みらいたちでした。世界を越えて運命的な出会いを果たした彼女たちは、本来生きる世界が異なるゆえに、常に“悲しいお別れ”が訪れる危機に付きまとわれていました。しかし、当初の彼女たちは本当にただの無力な子どもであり、自分の力ではとてもその危機に抗うことができません。
 そんな彼女たちに手を貸してくれたのが、世界の祝福でした。具体的には大人たちの優しい配慮であったり、超自然的な奇跡であったりです。
 普通のヒーローものとは構図が逆なんですね。ひとりの強い力を持ったヒーローが無力な人々を助けるのではなく、世界中みんなで力を合わせて幼い子どもたちを助けてくれる。プリキュアでありながら、むしろみらいたちの方が守られる側なんです。

 ちょっとズルいと思われるかもしれませんが、しかし私たちの生きる現実には確かにこういう側面もあるものです。
 基本的に私たちはお互い助けあおうとしているものです。わざわざ自分から不幸になりたがる人はそうそういません。だから、そういう善性によるつながりによって私たちは協力しあい、なるべく世界を平穏に保とうとしています。ね。違いますか?
 『魔法つかいプリキュア!』は、そういった元々世界にある優しさを信頼することによって、みんなで幸せを掴んでいく物語です。みらいたちは最初ただそこにいるだけで祝福を享受できる子どもとして描かれ、やがて自分から助けを求めたり幸せをみんなで共有したりすることができるようになり、最後には自分も世界の祝福を担う一員として、自分の力で“悲しいお別れ”を打破できるまでに成長していきます。

 この世界は優しい。だから個人的な問題に起因する不幸からもギリギリまで守ってもらえる。最後は自分の力で乗り越えなければいけないというのは変わらないけれど、強くなれるまでの猶予は充分に与えられるから安心して今を生きてくれていい。・・・と、まあ、そんな感じの理屈ですね。

朝日奈みらい / キュアミラクル
十六夜リコ / キュアマジカル

「キュアップ・ラパパ! 怪物よ、あっちへ行きなさい!」
「キュアップ・ラパパ! 怪物よ、あっちへ行きなさい!」
「キュアップ・・・ラパパ!!」
(第1話)

 みらいとリコはプリキュアに変身しようとして変身したわけではありません。怪物から身を守りたいというふたりの願いに呼応して、世界がそのための力を授けてくれたかたちです。魔法陣は地球の上に現れました。
 この本人の意志との関連性が薄いスタイルは『フレッシュプリキュア!』以来と見るか、もっと遡って『ふたりはプリキュア』以来と見るか。たぶん、そのどちらよりもプリキュアになるための心構えは乏しかったのではないでしょうか。

 本作のプリキュアは最後まで敵の組織と戦う理由を持ちませんでした。あくまで自分たちの日常を守るために、襲いかかる怪物たちを追い払っていただけでした。
 彼女たちは世界を守るための存在ではないからです。その役目は本来、周りの大人たちが担うべきものだからです。本作の大人たちは怪物を倒すことまではできませんでしたが、自分より明らかに強いプリキュアであっても当然のように守ろうとしていました。

花海ことは / キュアフェリーチェ

「ちょっとだけ思い出した。あのときスマホンが私に語りかけてくれたの。『エメラルドの力、私の思うかたちに・・・? 私は――』 私は、力になりたい! みらい、リコ、モフルン。私を大切にしてくれた、守ってくれたみんなの力になりたい。だから! 決めたの。私も、プリキュアになる!」(第23話)

 ことはの立ち位置も基本的にはみらいたちと同様です。世界の祝福に守られる子どもたちのひとりです。
 ただ、彼女の場合はみらいたち以上に愛されてきたことの自覚が強く、その分だけ与えられた愛に報いたいという気持ちがより強い子でした。
 彼女は自分を愛してくれたすべてのものを祝福するためにプリキュアに変身します。

 元々小さな妖精だった彼女にはお母さんが3人もいました。みらいと、リコと、モフルンと。たくさんの愛に包まれて、彼女はすくすくと天真爛漫に育っていきました。
 大きく育ったことはは、周りのみんなを笑顔にするためなら力を尽くすことを一切ためらいませんでした。だって、3人のお母さんたちも自分のためにいっぱいそうしてくれていたからです。子どもは親の鏡ですね。

モフルン / キュアモフルン

「私、気づいたんだ。あのときモフルンは『私たちが楽しいのが嬉しい』って言ってくれたけど・・・。私が楽しいときはいつもモフルンが一緒だった。モフルンがいてくれるから、私は嬉しいし、楽しいんだよ。――だから! モフルン! 私は、モフルンと!」
「モフルンも、本当はみらいと!」
「一緒に――!!」
(奇跡の変身!キュアモフルン!)

 キュアモフルンは秋映画の中心となって活躍するプリキュアなので、『魔法つかいプリキュア!』の物語全体を総括するようなキャラクター付けとなっています。
 モフルンは元々みらいに祝福を与える側として物語に登場しました。たとえばみらいとリコが出会うきっかけをつくってくれたりとか。けれど、ではどうしてモフルンはみらいのためにいろんなことをしてくれるのかといえば、それはみらいが幼いころからモフルンとたくさん遊んでくれていたからでした。モフルンが嬉しいと感じて、みらいのことを好きになっていたからでした。

 みらいとリコがそうなったように、ことはもそうなったように、誰もがみんな誰かの祝福を受けながら、自分からも誰かを祝福しているわけです。祝福を受けるためだけではなく、祝福を与えるためだけでもなく、その両方、その幸せな円環を守るためにモフルンは変身します。
 そして、キュアモフルンは円環から漏れてひとりぼっちになっていた子にまで、つなぐ手を差しのべることになります。

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