デリシャスパーティプリキュア 第42話感想 強くて歪つな言葉に呑まれ。

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力は相手をねじ伏せ、越えるために使うもの。そうだろう?

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「ゴーダッツのたくらみ プレシャスvs.ブラックペッパー」

Lead Character:がんばったひと

ゆい

Major Happening:大きなできごと

 シナモンの名誉を貶め、レシピッピたちを奪い、クッキングダムや世界に危機をもたらそうと暗躍していたゴーダッツの正体はフェンネルだった。
 その所業に怒りをたぎらせ、討ち果たそうとする拓海。ゆいはそんな彼を止めるべく懸命に説得する。しかし、ゆいのその優しさが仇となり、隙を突かれた拓海はゴーダッツの不意打ちを受けてしまうのだった。

Sub Questions:小さなできごと

拓海の激昂

 本来優しく穏やかな性格の拓海だが、卑怯な手で父親から多くのものを奪ったゴーダッツ相手には憎悪を隠そうともしなかった。
 ゆいはその思いに共感できない。拓海が初めて見せた激しい感情を前に、衝突することでしか彼を説得できなかった。

ゴーダッツの目的

 レシピボンを盗み、完成させ、世界征服を目論むゴーダッツだったが、彼がそれほどの大業を目論んだ背景に特に理由らしい理由はなかった。
 彼の行動原理はあくまでジンジャーの後継者にさせてくれなかった世界への復讐。世界征服は単に可能だったから実践したにすぎない。
 人の善性を信じるゆいの価値観は彼の悪意を前に深く傷つけられることとなった。

Battle Depiction:どんなバトルだったか

 プリキュアが力を合わせてウバウゾーを倒してもレシピッピを取り戻すことはできず、また、マリちゃんやシナモンが死力を尽くしてもゴーダッツの打倒には至らなかった。ゆいが決死の覚悟で拓海を説得したところで横からゴーダッツの悪意に晒される結果にしかならなかった。
 総じて、信じていたとおりの結果には結びつかない展開ばかり続くことになった。

I’m curious !:気になるポイント

捨てられたセクレトルー

 ゴーダッツが自分の願いを叶えてくれると信じてブンドル団の悪行に手を染めてきたセクレトルーだったが、レシピボン完成を目前に、まるでそうすることが当然であるかのようにゴーダッツに裏切られた。
 ゴーダッツの人間性は彼女が信じていたものともまた違っていた。

 次期作『ひろがるスカイ!プリキュア』はシリーズ初の異邦人が主人公の作品となるようです。『魔法つかいプリキュア!』の十六夜リコや『スタートゥインクルプリキュア』の羽衣ララのような、これまでなら主人公の相棒ポジションだった役どころですね。パーソナルカラーも青。
 主人公には視聴者の感情移入先としての役割も望まれがちなので冒険的といえば冒険的ですが、相棒に現地人のピンク(※ 白でもある)が配置されるようですし、まあ問題なく受け入れられることでしょう。『ドラえもん』の感情移入先が主人公たるドラえもんではなくのび太くんであるようなものです。
 ところで黄色が(※ 衣装は限りなくピンクなのに)いつもどおり黄色していてかわいい。「アゲてひろがるワンダホー!」

 それはさておき本題。

 今話ではゆいたちが期待を裏切られる展開に何度も直面していくわけですが、これはかつてフェンネルだったゴーダッツが経験してきたものに限りなく近い体験です。
 彼は望むものを手に入れられず、信じていた未来に何度も裏切られた結果、こうまで歪んでしまいました。師匠を依然敬愛していながらもあえて邪道にはしり、周りに甘い言葉をささやいては体よく利用し、そして望みを叶えさせる前に使い潰す。真っ当な努力では彼の願いは叶えられませんでした。だからまっすぐな人物をこそ彼は嘲ります。

 ゆいは自分の信念が望ましい未来を切り拓いてくれるものと信じていました。おいしいごはんはみんなを笑顔にしてくれる。同じ釜の飯を食べたらみんなが仲間。その輪に悪意を持ち込む人なんているわけがない。
 けれど信念は裏切られました。ゆいの信じる正しさは拓海と衝突し、しかも不本意に彼を傷つける結果につながってしまいました。ゴーダッツからは甘いと、愚かだと言われてしまいました。キレイゴトは卑怯者に踏みにじられるばかりでした。

 「お前に何がわかる? お前はただ、自分が信じたいものを都合よく信じようとしたにすぎない。私は何も間違っていない。お前の自分勝手な想像を押しつけた結果が今だ。身の程を知れ!!」

 立場が変われば正しさも変わります。お婆ちゃんの言葉が必ずしも全ての人にとって適切ではなかったのと同じように、ゆいが正しいと思うことは、間違っていると感じることは、他の人からすると全く正反対である場合もある。当然です。

 だったらどうすればいいのでしょうか?
 ゴーダッツのように、あえて明らかに正しくない行いをすることが正解なのでしょうか? 自分の望みを叶えるためには、自分が信じるものを否定することも、ときには必要なのでしょうか?

 何のために?
 そうまでして得られるものはいったい何なのか、今のゴーダッツを見ていれば見えてくるのでしょうか。

ディストーション

 「考え直せ! 師匠は世界を支配するためにスペシャルデリシャストーンをつくったわけではない!」
 「では何のためだ!? 手を伸ばせば世界が手に入るのだ!」

 少なくとも世界征服のためじゃないことくらいはゴーダッツにもわかっているはずです。

 欲しいものは純粋に答え。
 ジンジャーはいったい何のためにスペシャルデリシャストーンをつくったのでしょうか。いったいどうしてシナモンに継承させようとしたのでしょうか。どうして自分を後継者に選んでくれなかったのでしょうか。
 わかりません。教えてほしい。答えがあるなら聞かせてほしい。
 だって、あまりにみじめじゃないですか。確かな理由もなく夢破れたのだと認めてしまうのは。あるいは、純粋な実力勝負で負けたのだと認めてしまうのは。

 「私なら全力で奪いに行く。力は相手をねじ伏せ、越えるために使うもの。そうだろう?」
 「違う! みんなを守り、幸せに暮らすために――!」
 「誰かにとっての幸せは、誰かにとっての不幸せだ。笑う者の影には常に泣く者がいる。それが理解できないのは、お前たちが常に恵まれ、奪いつづけてきたからだ!」

 自分を納得させてくれる理由づけが必要でした。
 真実ではなく。正論ではなく。慰めが必要でした。

 本当のところ、シナモンが常に恵まれてきたのだとは思いません。弟弟子だと紹介されたあの日、彼の身なりは粗末なものでした。恵まれて育ったのはむしろフェンネルのほうです。
 陰謀を仕掛けてクッキングダムから追い出しもしました。彼は約束されていたスペシャルデリシャストーンを受け取ることもできず、名誉だって未だ公には回復していません。
 勝ったのはフェンネルで、負けたのがシナモンです。明らかに。
 ・・・なのに、シナモンは今も涼しい顔で自分が正しいと思うことを行っている。

 理由づけが必要でした。
 勝者であるはずの自分が邪道を歩んでいることを正当化するための。
 敗者であるはずの彼が師匠に愛されていたことを非難するための。

 答えがあるなら、どうか教えてほしい。
 誰も答えないなら自ら証明してみせよう。今なら力比べに勝てる。誰にだって勝てる。
 師匠は世界征服すら可能とする大いなる力、スペシャルデリシャストーンをつくりあげ、それを最も優れた弟子に継承させようとした。ならば最も強い者こそが継承者として最もふさわしいはず。
 今の自分が勝つということは、自分が歩んできた道こそが正しかったということで、そんな自分をみじめな気持ちにさせた過去は全て間違いだったということになる。
 きっと、なる。

 「私よりはるかに劣りながら、私に勝てると勘違いしている。お前の父親もそうだった。自分が一番だと驕り高ぶり――」

 だって、そうじゃなかったとしたら、力を証すために道を外れた今の自分はいよいよみじめじゃないか。

 ゴーダッツが世界征服を目指す動機は驚くほど薄っぺらいもので、どこまでも身勝手で、そしてひどく切実でした。

 だから。

 「勝てなくていい! あなたを止められさえすれば!」

 「フェンネルさんだってきっと自分が間違ってたって気付いてくれるはず。だって、シナモンさんやマリちゃんたちと同じ釜のごはんを食べた仲間だもん!」

 マリちゃんやゆいの説く言葉は、だから、ゴーダッツの求める“答え”にはなりえませんでした。
 彼女たちの気高い主張はつまるところ、今のゴーダッツの姿を貶めるものでしかありませんから。

 「ゆいのお婆ちゃんの言葉、とてもいい言葉だと思う。でも、私は・・・」

 「よねさんはお料理を愛して、つくるのも楽しんでいたかただったから、お料理が苦手な人への言葉は残してないのかもね」(第39話)

 Not for me.
 たとえそれがどんなに正しいものであれ、どんなに優れたものであれ、自分のほうを向いてくれているのだと感じられないのであれば、なかなか心には響かないものです。

レゾナンス

 「待って! 落ち着いて。私と一緒にフェンネルさんに会おう」
 「落ち着いてなんかいられるか!! ・・・父さんは故郷のクッキングダムを本当に大切に思っていた。だから父さんは故郷を守るクックファイターの使命に誇りを持っていたんだ。なのに。ゴーダッツが父さんの大切なものを奪った! 俺はあいつを許せない!」

 ゆいの言葉は届きません。たとえそれがどんなに正論であったとしても。
 拓海は止まりません。明らかに冷静ではない様子で、なのに涙のように零れる言葉ひとつひとつが心に迫ってくるよう。ゆいの正しさはその迫力に遮られてしまいます。

 「悩みとは弱さ。弱さは弱点。それを見せれば最後、足を引っぱられ、つけ込まれ、築きあげたもの全てを失う。私の経験上、完璧でなければこの世界では生きていけません」(第39話)

 強い言葉とはどういうものか。ゆいは以前にもこのように心によく響く言葉を聞いたことがありました。
 あのときセクレトルーが言っていたことも、内容自体はゆいにとって相容れないものでありました。それなのに胸を打たれて、もっと相手のことを知りたくなって、どうにか助けになってあげられたらと思わずにいられませんでした。

 「この言葉はね、バトンなの。娘を産んだとき思ったんだけど、この子もいつか私が感じたような幸せを喜び、そして同じように苦労もするんだろうなって。だからね、次の世代が壁に突き当たっとき、乗り越えられるようにお手伝いができたら。そうしてバトンを渡していけばきっとステキな明日が来るんじゃないかと思ってね」(第38話)

 お婆ちゃんの言葉を好きなのも、きっと同じ理由。ひとつひとつの言葉にお婆ちゃんの愛情がたくさん詰まっていて、だから亡くなったあとでもゆいはお婆ちゃんの温もりを忘れず、元気に生きてこられました。お婆ちゃんと会ったことがない友達ですら「いい言葉だ」って、みんなが言ってくれて。

 「私、自分自身の言葉も見つけていきたい。みんなを笑顔にできるように」(第39話)

 自分もそういう言葉が言える人になりたいと、願っていたのに。

 「お前に何がわかる? お前はただ、自分が信じたいものを都合よく信じようとしたにすぎない。私は何も間違っていない。お前の自分勝手な想像を押しつけた結果が今だ。身の程を知れ!!」

 伝えようとした言葉は根底からことごとく否定されてしまいました。
 何もわかっていない。妄言だ。欺瞞だ。詭弁だと。「お前がジンジャーを語るな」と。

 ゆいがジンジャーと接した時間なんて半日もありません。何もわかっていないといわれたらその通り。
 それでも今のゴーダッツが語るジンジャー像が明らかにおかしいことくらいゆいにもわかります。あの人なら自分の弟子がこうなることを望むわけがないと。

 どちらの認識が正しいかといえば、もちろんゆいでしょう。それでもその正しさに価値はありません。
 今のゴーダッツの心はひどく歪んでいて、仮にゆいの訴える正しさを認めるとなったら自分がみじめな思いをしてしまうのだとわかっているからです。だから聞いてくれないんです。伝えたい相手に聞いてもらえない言葉なんかに価値など少しもありません。

 ゆいは自分自身の言葉を見つけていきたいと望みました。

 “みんなを笑顔にできるように”、です。

 はたして、今日のゆいの言葉は拓海を、あるいはゴーダッツを、笑顔にしてあげられるようなものだったでしょうか?

 もし、そうじゃなかったとしたら。
 心折られる前に、ゆいにはできることがまだ残っているはずです。
 伝えるべき言葉は、まだ、語り尽くされていないはずです。

 「言葉だからね。忘れられることも、役に立たないこともある。でも、ちょっとだけでもいいの。もしも何かの力になれれば、私がいなくなっても大切な子たちを支えられるかもしれないでしょう?」(第38話)

 ゴーダッツはひどく歪んでいるものの、強い相手です。
 今の自分は誰よりも強いのだと豪語しています。
 正しさを振りかざすばかりの半可な言葉など到底通用しないでしょう。
 ただでさえゆいは気持ちの優しい子ですから、強い言葉を浴びせられて気圧されてしまうのも無理ないこと。

 それでもゆいなら絶対に大丈夫。

 だって、お婆ちゃん言ってた。

 「ゆいは強い子だね。仔猫がこんなに元気になって。ゆいのおかげだよ」
 「ゆい、強いの? どうして?」
 「この世で一番強いのは、誰かのためにがんばる心なんだ」
(第2話)

 その言葉を私は信じてる。
 だから、絶対できるって信じてる。

 どんなときでも絶対に諦めないゆいですから、ゴーダッツも含めたみんなのおいしい笑顔を守ってくれることでしょう。

コメント

  1. 亀ちゃん より:

    今日は最終決戦に入っての第1話でした
    今日も私のお母様はウバウゾー系が浄化される際、
    オナカイッパイ
    というセリフに面白いと言いました
    で、笑う人の陰で泣く人もいる
    これは甲子園に限らず学生スポーツでは良くあることですね
    特に高校生の大会だとなおさらそうです
    全国大会に出てからも勝利を目指すチームは、初戦敗退に終わると、なおさらそれを喜ぶチームや個人の陰で、悔しさを感じるものですから!!
    で、プリキュアシリーズではラスボスに忠実だった敵幹部が裏切られるのは初めてじゃないでしょうかね
    ヒーリングっどプリキュアではシンドイーネがキングビョーゲン・ネオキングビョーゲンに裏切られませんでしたから
    で、次回はトーナメントで言えば近頃のプリキュアでは準決勝も同然の2回戦ですね
    和実 ゆいは元気を喪失しますが、やっぱりいとこのお姉さんの次女も、プリキュアファンである女の子も全員プリキュアを信じ抜いて欲しいです
    一方、ひろがるスカイプリキュアではシリーズ初となる異邦人が主人公
    2人一組じゃないと変身出来ないかどうかはまだわからなかったですね

    • 疲ぃ より:

      > 笑う者の影には常に泣く者がいる。

       これ大事なセリフですよね。みんなでおいしいごはんを食べる物語のなかで何言っちゃってるのよと。
       ナルシストルーやセクレトルーもそうでしたが、基本今作の悪役って別に勝負ごとでもない場面で、勝手に周りと自分を比較して勝手に傷ついて勝手に誰かを憎んでいるんです。向こうには勝ち負けが発生しているという認識すらないでしょうに。
       だからゆいには理解できないんですよね、彼らの気持ち。最初からみんなでごはんを食べて、みんなで笑顔になりたいと思っている子ですから。

  2. ピンク より:

    ひろプリはとりあえず『テーマはヒーロー』というのが気になってます。
    プリキュアって、それ自体が多かれ少なかれヒーローでは……?

    それはさておき目の前の最終決戦ですが、やっぱり今年もラスボスの例に漏れず一筋縄ではいかないですね。
    ゴーダッツは行動理念が割と分かりやすい人のはずなんですけど、だからって彼の闇を解決してあげる人が現状プリキュア側にいないという状況。こんな一悶着の作り方があったとは。
    仮にジンジャーさんの幽霊(実はご存命だったらごめんなさい)を連れてきて弁解させても、あの調子だと無意味っぽいですし。

    あそこまで強く言われたキュアプレシャスが落ち込むのは無理ないでしょうけど、少なくとも今回ブラぺの冷静さは取り戻せました。
    ここねたちも、おばあちゃんの格言やゆいの前向きさに今までたくさん助けられてきました。
    最近だと、食卓について少し違う事情を抱えたわかなの心を動かすことができました。

    だからまあ……ゴーダッツの説得が如何にハードモードだろうと、そもそも今まで積み上げたもの自体をもそんなに卑下することはないはずですよね。

    • 疲ぃ より:

       ヒーロー観を問うお話は『ハピネスチャージプリキュア!』の愛乃めぐみと白雪ひめでもやっていたので、まあそこらへんはいくらでも・・・? もともとプリキュアシリーズのヒーロー観ってちょっと特殊(・・・だったのが今の時代だとむしろド王道になってるか)でしたしね。

       ゴーダッツの言い分、私だったら「甘えんな」としか思わないんですが、ゆいはそういう見限りかたができない子なので難しい相手になっていますね。あの子、みんなでおいしい笑顔になることを目標にしているので。本人が日頃あまりネガティブな感情を持たないせいでゴーダッツに全然共感できていないのが難しさに拍車を掛けてもいますね。
       ゴーダッツの立ち位置は『ヒーリングっどプリキュア』のダルイゼンとほとんど同じだと考えています。全面的に自業自得ではあるのだけれど、主人公の目標を考えると手を差し伸べることも考えなければならない相手。ダルイゼンの場合は視聴者から見ても共感できない悪党だったので(※ 物語の整合性を無視すれば)見限るのもアリだったわけですが、ゴーダッツの場合は視聴者にその気持ちが理解できる。それだけの違いですね。

  3. 与方藤士朗 より:

    いやあ、久々に、情報量の多い30分を味わいました。
    その前には、裏番組のOH砲。私の少年期のスーパースターのおじさんたち。
    正月期間も仕事しまくって、その締めが、これかぁ・・・(号泣)。

    さて、私自身の50年少々の人生を振り返って、ゴーダッツ提督(なんか、Uボートの指揮官みたいなイメージね。そんでもって、以下「提督」)のおっしゃるところ、もう、自分自身としか思えんのです。
    それは、提督だけじゃない。オネエな言動をするマリちゃんも、たくみ少年も、間違いなく、いつかの私自身です。
    たくみ少年の今回の活躍は、まさに、大検から大学を目指していた私の感覚と、まったくと言っていいほど一緒や。

    それだけにね、ゆい君の言動には、イラっとさせられました。
    私もセーラームーン以来何十年もこの手のアニメを観てきて、初めての経験です。

    男社会の論理と思想と思考と何とやらで生きてきた私としましては、ゆい君のようなことを「ほざく」相手には、心底、虫唾が走りますねん。
    「同じ釜のご飯」なんて、言われてみなさいよ。もう、溜飲が急上昇ですわな。
    喝!だの、月に代わっておしおきよ、程度じゃすまない怒りが沸き上がったのは、私がやはり、昭和を引きずったおっさんだから、でしょうね。
    提督の弁のほうが、私には、しっくりくるのですよ。

    正直なところね、南海の杉浦忠さんが、奥さんがこっそり球場に見に来ているのを確認して、関係者を通して、今すぐ帰れとメモを渡した心境、今さらながら、よくわかりました。
    いいも悪いもない。
    私はそういう人間だということを、再認識させてくれました。

    「あんたを救うのは、宗教レベルしかない。並のアドバイスは通用しない」
    そこまで、勤めていた学習塾の上司に言わせたほどの人間ですから、まあ、それも当然の帰結でしょう。
    ~あ、でも、セクレトルーのメガネおねえさまを見捨てたのは、ひげだるま提督に、喝だ!

    さて、そこに来て、ゆい君の今回の言動について総括を。
    男社会の論理や思考に、彼女の思いや思考は、どこまで通用するのか。
    それが、これから残りの3話で、どう描かれるかを、プリキュア御意見番にして二代目喝御大の私としては、大いに、期待しております。

    へびのあし
    ひろがるスカイプリキュア
    ひろプリとか略されておるようですが、何? 国鉄広島鉄道管理局のプリキュアかと一瞬思ってしまいました。
    かと言って、「すかぷり」では、南海ホークスのスタンカ選手を「すかたん!」なんてヤジっていた阪急ファンの鉄道作家・田中正恭さん(何度かお会いしています)と一緒や・・・。
    以上、40年ほど前の「(ブルートレイン)ブームに乗った低次な鉄道少年」のなれの果てでした(苦笑)。

    • 与方藤士朗 より:

      へびのあしの追加

      メガネおねえさまを見捨てたゴーダッツ提督の弁護をするなら、こんなところかと。

      ここから先は、勝ち負けを問わず、自分自身がやらねばならんことである。
      よって、セクレトルーはもうこれ以上自分に付き合わなくてもよい。
      男の戦いは、男だけで決着をつける!
      言葉は悪いが、「女子どもの出る幕じゃ、ねえ!」ってところかな。
      さすがに、プリキュアでそんな表現はできんでしょうけど。まして今どき、ね。

      言うなら、沖縄特攻に向かう戦艦大和の有賀幸作艦長が、若い士官候補生らを出撃前に退艦させたような、そんなイメージです。
      こちらはどちらも男ですが、将来ある若者を巻き込むわけにはいかないという、有賀大佐(戦死後中将)の意思によるもの。
      ~これは、山岡荘八氏の文章を小学生の頃読んで知った話です。

    • 疲ぃ より:

       ゆいの言っていることはがっつりキレイゴトですからねー。
       お婆ちゃんが亡くなり、お父さんは遠洋漁業で一年の大半を留守に、お母さんは食堂の仕事でなかなかごはん時に一緒にいられない。ひととおりの調理技術を身につけている程度には自炊慣れしているのがゆいという子です。それでもごはんが好きだと彼女は言います。お婆ちゃんが教えてくれたことだから。苦労で人は変わるといいますが、世の中には凛として変わらないことを選ぶ人もいるものです。
       だからこそ、彼女には人生において苦労に重要な意味を見出した人の気持ちがわかりません。彼らに響かない言葉しか持ちあわせません。

       それでもこの子はゴーダッツに自分の言葉を伝えなきゃいけないんです。
       他でもない彼女自身が、みんなで「ごはんは笑顔」になりたいと願っているから。

  4. 東堂伊豆守 より:

    スペシャルデリシャストーンだのほかほかハート蓄積装置だのを産み出した天才発明家で、デリシャストーンの遣い手としても卓越した技量を有し、「ごはんは笑顔」という理想の実現に精魂込めて尽力する情熱家、クックファイターグランデ・ジンジャー。
    しかし彼はスペシャルデリシャストーンの継承者を(たぶん“彼なりの”判断で)二番弟子・シナモンに急遽変更したうえ、継承権を剥奪された一番弟子・フェンネルには何の説明もフォローアップもしない、いささか独善的で、才なき者・落ちこぼれた者への思いやりに欠ける人物でもあった――――そういう側面もまた、クッキングダムの英雄・ジンジャーのもう一つの“実像”であったわけで。
    また、憎まれ口を叩く時ですら優しさや思いやりを失わない男の子、と和実ゆいに思われていた品田拓海にも――――父を罠にはめて地位も名誉も生き甲斐も奪った仇を目の前にして激昂し、復讐に取り憑かれた修羅と化す――――そんなもう一つの“実像”があったわけで……。
    さて、それでは、師匠への恨み・弟弟子への嫉妬から反逆者への道を邁進したフェンネル/ゴーダッツの――――「国王夫妻から非常に厚い信任を得て、長年に渡りその信任に応えてきた近衛隊長」「落ちこぼれクックファイター見習い・セルフィーユを気にかけ、彼女にデリシャストーンを授けた師匠」「コンプレックス・トラウマから世を拗ねて生きていたセクレトルーやナルシストルーに居場所と仕事と生き甲斐をあたえたブンドル団団長」という姿は、あくまで恨みや嫉妬・どす黒い野心を隠蔽し、復讐を成功させるための“(完璧な)演技”であって、彼の“実像”ではなかった、のでしょうか……?
    いや……これもまた、フェンネル/ゴーダッツという人間の紛れもない“実像”――――他ならぬフェンネル自身が気づいていなかった(あるいは黙殺した)、彼のもう一つの“実像”だったのでは?
    また……
    フェンネル/ゴーダッツが才なき者・落ちこぼれた者を安易に切り捨てることなく、拾い上げ活かすことが出来ていた――――という事実は、デリシャストーンの遣い手としてはともかく、管理職・教育者としては、彼は既に師匠ジンジャーを越え、弟弟子シナモンを凌駕する人物となっていたことを示す証なのでは……?

    • 疲ぃ より:

       たぶん、そもそもジンジャーは弟子に序列をつけたつもりじゃなかったとかそういうところなんでしょうね。単にデリシャストーンのメンテナンスを得意分野にしていたのがシナモンだったから彼に管理を任せただけで、他の分野だと(あるいは総合的な実力だと)普通にフェンネルのほうが高く評価されていたとか、そういうよくあるやつ。
       あそこで嫉妬とか劣等感とかを抱かず我がことのように喜んでいたマリちゃんみたいな反応を、フェンネルにも期待していたんじゃないですかね。
       思いやりに欠けているといえばそれまでのことでもあります。

       実際ね。あえて憎んだり怒ったりしなければみんなで笑いあえる世界をつくることは簡単にできるはずなんですよ。(むずかしいことをいう)

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