デリシャスパーティプリキュア 第41話感想 笑顔に囲まれてひとりだけ笑えずにいる人へ。

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大切なものだから、フェンネルさんとマリちゃんで受け継いだんですね。

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「メリークリスマス! フェンネルの大切なもの」

Lead Character:がんばったひと

フェンネル

Major Happening:大きなできごと

 ブンドル団団長・ゴーダッツその人であるフェンネルはクッキングダムでクーデターを敢行。さらにジンジャーが隠したとされるほかほかハート蓄積装置を暴くため、おいしーなタウンに潜入した。
 そこで出会ったゆいたち家族の親子愛に自分とジンジャーとの関係を照らし見、もはや満たされることない思いの果てに憎しみを募らせる。

Sub Questions:小さなできごと

兄弟弟子

 ジンジャーの一番弟子はフェンネルで、しばらくしてシナモンが二番弟子として現れ、その後マリちゃんが弟子入りした。
 最初はフェンネルも弟弟子ができることを純粋に喜んでいた。しかし、才気煥発なシナモンは次第に頭角を現し、やがてジンジャーのスペシャルデリシャストーンを2個とも継承するよう内定する。ジンジャーを父親のように慕っていたフェンネルにとって、自分以外が彼の跡継ぎになることはどうしても受け入れがたいことだった。

 後、シナモンはレシピボン窃盗の容疑を着せられてクッキングダムを出奔。宙に浮いたスペシャルデリシャストーンの継承権はフェンネルとマリちゃんとで分譲されることになる。
 結局、どうあってもフェンネルはジンジャーの正統な跡継ぎにはなれなかった。

おむすび

 ゆいがお婆ちゃんから「ごはんは笑顔」を最初に教わった想い出の料理であり、さらに自らがお父さんのためにつくった最初の料理でもあった。

 ジンジャーもおむすびを好んでよく食べていたため、その弟子だったフェンネルにとっても想い出深い料理。シナモンと最初に出会ったとき自分が彼におむすびを手渡したことは今も覚えている。
 あのとき渡しさえしなければ、もしかしてジンジャーの愛情を自分だけが独占できていたのだろうか。後悔が刻まれたこの料理、フェンネルはレシピボンを埋める最後の1ピースとしてこの世界から独占する。

Battle Depiction:どんなバトルだったか

 おむすびのレシピッピを奪ったセクレトルーとの対決。
 このバトルのなか、ゆいはマリちゃんからもらったアドバイスによって新技・5000kcalパンチを編み出そうとするも、ウバウゾーとセクレトルーの苛烈な攻撃によって妨害されてしまう。
 一方のセクレトルーも「私の“完璧”を、積み上げてきたものを奪う気か」と吠えて必死の形相。手料理の象徴ともいえるこの簡素な料理がこの世にあるかぎり、どうしても料理だけがうまくできない彼女は完璧で理想の自分になることができなかった。

 それぞれ自分の目指すものを実現させるために、お互いの存在が障害になっていたバトルだといえる。

I’m curious !:気になるポイント

シナモンのデリシャストーン

 ジンジャーが未来に託したデリシャストーンは、マリちゃんのスペシャルデリシャストーン修理に使ってなお輝きを失うことなく、しかも己が使い手としてシナモンを選んだ。彼はこうなることまで予測していたのだろうか。
 なお、きわめて間が悪いことに、台座の形状はジンジャーが好んで使っていた猫のシンボルマークだった。真犯人の正体を知らなかったとはいえ、これでは改めてシナモンを自分の後継者として指名したようなもの。ゴーダッツのシンボルマークにわざわざ猫を使っているフェンネルにしてみれば完全な当てつけである。

 「レシピッピはお婆ちゃんとの大切な想い出。いつも笑っててほしい。だって、『ごはんは笑顔』だから!」(第1話)

 かくして物語は原点へと立ち返り、「おいしい笑顔」と想い出を巡る戦いへと収束します。

 ゆいはフェンネルの凶行の理由を知りません。セクレトルーの憎悪の意味もまだよくわかっていません。けれど知りたいと願います。だって、彼らにもおいしいごはんで笑顔になってほしいから。
 敵の事情を知りたいと思うようになった時点で、彼女はなんとなく、直観的に理解しはじめていました。「おいしい笑顔」の原点は想い出にあるんだってことを。
 幸せな感情。満たされた思い。それはその人の人格を組み上げてきた人生観に適うからこその充実感。ただ目の前においしいものがあるから笑顔になれるのではありません。むしろ、全人生的に積み上げてきた自分なりの幸福のありかたが、おいしいごはんを前にして蘇ってくるんだという言いかたのほうが適切かもしれません。

 ゆいはおむすびが大好きです。だって、ゆいがおいしくて、泣きやんで、笑顔になったのを見て、お婆ちゃんも嬉しそうにしてくれたから。おむすびを食べるたびお婆ちゃんの笑顔が思いだされてきました。「お婆ちゃん言ってた!」 お婆ちゃんの言葉を思いだすたび顔がにやけてきました。
 だとするなら、おいしいごはんを前にして笑顔になれない人には、きっと何か事情があるのでしょう。思いだすたびついつい笑顔になってしまうような幸せな想い出ではなく、辛くなるような、泣きたくなるような、悲しい出来事が過去にあったのでしょう。
 ごはんを見るたび、幸せな気持ちではなく苦しい思いで胸がいっぱいになってしまうような、きっとそういう。

 だから笑顔になれないんだ。
 ゆいはそのことに気付きつつあります。

 さて、どうしましょう?
 言ってしまえば“そもそも最初からおいしい笑顔になる資格がなかった”とすらいえる彼らを、いったいどうすれば笑顔にしてあげられるでしょうか。

 『デリシャスパーティプリキュア』はごはんをつくる側ではなく、食べる側の物語です。ゆいたちの本領はごはんそのものをおいしくつくってあげることではありません。
 だから、別の角度からおいしい笑顔をつくるために。
 みんな笑顔で一緒においしいごはんを食べられるようになるための、最後の戦いが始まります。

自分だけが異物となる世界

 「――実においしい」

 今作のラスボスはけっしてごはんのおいしさそのものを解さない人物ではありません。残存する唯一の幹部であるセクレトルーもあくまで手料理を憎んでいるだけで、お店でプロが料理をつくることは認めています。(※ まあ、それはそれとして盗むのですが)
 彼らはごはんというものがおいしいことはわかったうえで、それでもおいしいごはんを憎んでいるんです。

 「ごちそうかあ。マグロも、それに今日のごはんも全部ごちそうだけど、一番のごちそうはやっぱりあれだな。ゆいが小さいころ、初めておむすびをつくってくれてね。小さい手が米粒だらけで――、あのおいしさは忘れられないなあ」

 ゆいのお父さんにとってのごちそう。
 おむすびなんてものは簡素も簡素、それそのものの味としては到底ごちそうと呼べるものではない、一番簡単な手料理です。まして小さい子どもが初めてつくった拙いもの。それでもゆいのお父さんにとっては、ゆいのおむすびこそが人生で一番おいしかった最高のごちそうでした。

 フェンネルもおむすびが好きでした。
 大好きなジンジャーの好物で、だから当然のようにフェンネルもおむすびのことが大好きでした。テーブルに置かれたおむすびをじっと見つめて、どこかに出かけたジンジャーが帰ってくるのを楽しみに、一緒におむすびを頬張るランチタイムを今か今かと待ち焦がれるほど。
 その日、ジンジャーは新しく弟弟子となるシナモンを連れてきました。着物を見るかぎりけっして裕福な生まれではない様子。けれどこれから兄弟になるのであればそんなの関係ないと思えました。フェンネルが差し出したおむすびを、彼はおいしそうに食べてくれました。それだけで充分。
 だからその日のランチはいつにも増しておいしくて、間違いなく幸せな時間でした。あのときは心からそう思っていました。今は・・・、違うけれど。

 ゆいのお父さんの嬉しそうな想い出語りを聞いて、対照的にフェンネルの表情はどんどん険しくなっていきます。居心地が悪く、そっとひとり席を外します。ここにはいられない。ここは自分の居場所じゃない。そう訴えるかのように。
 だって、ゆいやその家族、友達。みんな彼の話を聞いて幸せそうに笑うんですから。この瞬間、フェンネルは異物でしかありませんでした。同じ話を聞いて違った感想を持つ、ひとり隔絶された存在。
 そもそもごはんのおいしさそのものを周りと共有できなかったナルシストルーと違い、フェンネルはごはんをおいしく味わうことができたのに、それでも疎外感を感じてしまうのでした。

 笑い声。
 笑い声。
 笑い声。

 なのに自分だけが笑っていない。笑えない。

 「蓄積装置はさておき――。決めた。最後はあの料理にしよう」

 おむすびさえなければ。
 今となっては辛い過去でしかない、あの料理さえ無くなってくれれば。
 自分と同じくみんなも笑えなくなってくれれば。

 ・・・自分はもっと心穏やかに生きられるのに。

大切なものはすでに引き裂かれたあと

 「あ、その石――」
 「ああ。スペシャルデリシャストーンだ。ジンジャーが残してくれた」
 「大切なものだから、フェンネルさんとマリちゃんで受け継いだんですね」
 「・・・ああ。だが、本来はふたつともひとりが受け継ぐべきなんだ」

 フェンネルが受け継ぐべき後継者の座を脅かしたシナモンは消えて、無事フェンネルはジンジャーのスペシャルデリシャストーンを継承することができました。
 ・・・無事?
 いいえ。シナモンが消えてなお、フェンネルは自分がずっと欲しかったものを完全なかたちで手に入れることができませんでした。
 ジンジャーは、シナモンになら2個とも一緒に継承させようとしていたスペシャルデリシャストーンを、フェンネルには半分だけしか譲ってくれませんでした。
 シナモンがいなくなったところで、フェンネルの劣等感、師弟愛に係る飢餓感は解消されることがありませんでした。むしろますます強まったかもしれません。ここに及んでシナモンとフェンネルの差は決定的なものになってしまったわけですから。

 「これ、うちのおむすびです。フェンネルさんに食べてほしくて」
 「私に?」
 「ジンジャーさんも大好きだったんです」
 「・・・ああ。そうだろうな」

 師匠であるジンジャーのことが大好きでした。父親のように慕っていました。だから彼の好物であるおむすびは、自然とフェンネルにとっても特別に好きな料理になっていました。

 ・・・今は、どうでしょうか。
 おむすびなんて消えてしまえばいい。そう思ってしまう自分は果たして、今でもジンジャーのことを慕っているのでしょうか。
 一度猜疑したことで、愛というものがどんどん疑わしくなっていきます。“ジンジャーの”ではなく、今度は“自分の”愛が。

 だって、彼が好きだった料理を、今の自分はどうしても好きになることができない。

 「てゆーか、勝ってこそ完璧だっつーの! おのれキュアプレシャス、私の邪魔をするな! ――私の“完璧”を、積み上げてきたものを奪う気か!!」

 髪振り乱し、絶叫します。
 今この瞬間こそがセクレトルーにとって最終防衛ライン。

 完璧であろうと努めてきました。
 そして幸いにして、彼女は実際に完璧になれる人物でした。
 ――唯一、手料理の腕を除いては。
 けっして努力してこなかったわけではありませんでした。一生懸命がんばって、試行錯誤して、散々苦労しつくして、それでもどうしてもうまくなることができませんでした。

 自炊という概念があるこの世界をセクレトルーは憎みます。
 その概念があるかぎり、彼女はいくら努力を積み重ねてみても己が目指す“完璧”には辿りつけないから。
 きっと誰にとってもおむすびなんて簡単につくれてしまう手料理なのでしょう。それこそ幼児ですらちょっとがんばればつくれてしまう程度の料理。それが簡単に思えないのは、もしかしたらこの世で唯一、セクレトルーくらいのものかもしれません。

 彼女のプライドは、たかが料理の腕ごときで木っ端に引き裂かれてしまいました。
 きっと誰も彼女の気持ちを理解してはくれないでしょう。
 きっと誰も彼女を完璧だとは認めてくれないでしょう。
 誰にでもできることを、世界で唯一彼女だけができないわけですから。

 手料理を憎悪します。そして、料理がうまくなろうとする努力までも憎悪します。
 料理なんてものは全てその道のプロに任せてしまうべきだ。そう、心から信じ込むようになります。みじめにムダな努力をしてきた過去の自分を消してしまうために。
 最後に勝利を掴んでこその“完璧”。

 せっかく努力できる人が、その努力の価値を否定しています。
 努力の価値を否定するためにこそ、彼女は今、必死に戦っています。

笑顔はどこから来るの?

 「セクレトルー。どうしてそんなに苦しそうな顔をしているの?」

 説明されたところでゆいには理解できないかもしれません。

 だって、ゆいは幸せに育ってきました。一番大切なものが永遠に手に入らないと知った思い、みんなと一緒にいるのに孤独を感じる思いなど、きっと経験したことはないでしょう。
 お婆ちゃんを亡くしました。けれど、彼女の思いは言葉となって今もゆいの心に刻まれています。ゆいは今でもひとりではありません。おそらくはこれからもずっと。

 共感することは困難でしょう。
 それだけゆいとフェンネルやセクレトルーの人生で積み重ねてきたものは異なります。生来盲目の人物に雪景色を語っても純白の美しさが伝わらないようなものです。

 けれどゆいは無知というわけではありません。
 ゆいにはゆいだけが知っている真実があります。ゆいにだけ語れる言葉があります。

 「みんなの大切なものを奪うことじゃ笑顔になんてなれない!」

 キレイゴトです。
 すでに大切なものを奪われた身であるフェンネルやセクレトルーには陳腐に聞こえることでしょう。彼らの心を動かすためにはまだいくつも言葉が足りません。

 けれど、真実です。

 「お婆ちゃんがよく言ってたんだ。『ごはんは笑顔』だって!」(第1話)

 「『この世で一番強いのは、誰かのためにがんばる心』・・・」
 「その言葉を私は信じてる! だから、絶対できるって信じてる! マリちゃん! 私、諦めないよ!!」
(第2話)

 ゆいが今大切にしている思いの多くはお婆ちゃんから受け取ったものです。
 きっとお婆ちゃんがいなければ、あるいはお婆ちゃんがその思いを大事にしていなければ、お婆ちゃんが伝えようとしてくれなければ、今ごろゆいはこの思いを抱いていなかったでしょう。もしもお婆ちゃんがいなければ、ゆいという人物は今こうしているのとは全く違う人柄だったかもしれません。

 だからこそ、今のゆいは確信します。
 自分にとって大切なものと同じくらい、周りのみんなにとっての大切なものも、きっと“自分にとって”同じように大切なんだと。

 ゆいにフェンネルやセクレトルーの思いを理解することはおそらく不可能でしょう。
 けれどそれは、彼らのためにゆいができることはない、という意味にはなりません。

 彼らは自分の大切なものを失っています。失った結果、その心の空隙を埋めるものがなくて辛さを感じています。だから笑顔になれなくて、だから周りが持っている同じものを消し去ることで自分がすでに失っていることそのものを忘れようとしています。
 いつかまた、誰かから大切なものを分けてもらえるという可能性を考えないまま。

 「この言葉はね、バトンなの。娘を産んだとき思ったんだけど、この子もいつか私が感じたような幸せを喜び、そして同じように苦労もするんだろうなって。だからね、次の世代が壁に突き当たっとき、乗り越えられるようにお手伝いができたら。そうしてバトンを渡していけばきっとステキな明日が来るんじゃないかと思ってね」(第38話)

 たとえばナルシストルーがそうでした。偏食が激しく、食わず嫌いだらけ。だけどひょんな出来事がきっかけで人に教えてもらえたりんご飴が存外おいしくて、今日の彼は生のりんごを囓っています。少しずつ、少しずつ、彼の好きな食べものは広がりを見せています。
 どこに身を置いていてもひたすらにマイノリティだった彼の世界は、今、変わりつつあります。

 ゆいには今、大切にしている思いがあります。
 「ごはんは笑顔」。昔から信じていたほどこの言葉は普遍的というわけじゃありませんでした。それでもやっぱり、この言葉が好きだという気持ちは変わりませんでした。ごはんで笑顔になれない人も確かにいたけれど、この言葉を素敵だと言ってくれる人もまた、たくさんいたからです。
 ゆいが大切にしているものは、今、ゆいだけの大切なものではありません。

 ここねや、らん、あまねにもそれぞれ大切にしている思いがあります。それぞれ別の思いです。
 それらはゆいが大切にしている「ごはんは笑顔」と少し違うけれど、ゆいにとっても同じくらい大好きで、やはりステキな思いです。
 たくさんの人と知りあえば知りあうほど、ゆいのなかでどんどんステキな思いが増えていきます。もしもフェンネルやセクレトルーとも仲よくなれたなら、そのときはまたいったいどんなステキが増えるのでしょうか。

 「これ、うちのおむすびです。フェンネルさんに食べてほしくて。ジンジャーさんも大好きだったんです」

 だから、伝えたいと願います。つながってほしいと願います。
 周りと自分。あるいは、周りと周り。それぞれの大切な思いを分けあって、みんなのステキな思いを共有してほしいと願います。

 もしもおいしい笑顔が過去の想い出に根ざしたもので、だから辛い過去で胸がいっぱいな人だと笑顔になれないんだとしたら、みんなの力を借りてほしい。貸してあげたい。
 みんなが笑顔のなかひとりだけ笑えないんじゃなくて、みんなが笑顔だから自分も笑顔になれる、そういうことが起きてほしい。

 それが、ごはんをつくる立場ではなく、ごはんを食べる立場から働きかけられる「ごはんは笑顔」のありかた。

 「おいしそうに食べるねえ。見てるこっちも笑顔になっちゃう」(第1話)

 お婆ちゃんはどちらかというとごはんをつくる側の人でした。
 ゆいはそうじゃありません。
 その違いが、同じ言葉を大切にしていながらも、お婆ちゃんもやっていなかったことをゆいにやらせてくれます。お婆ちゃんを越えていきます。ゆいだけの言葉をつくっていきます。
 ゆいの優しい願いを、敵である人たちにまで届かせていきます。

 「大切なものだから、フェンネルさんとマリちゃんで受け継いだんですね」

 本来あるべきかたちを変えて、2つに分けて継承されることになったスペシャルデリシャストーン。
 ジンジャーがあえてそうしたその意図も、ゆいなら、もしかしたら――。

コメント

  1. ピンク より:

    『食べるHappyと 作る温もり
    大好きなあなたと さぁ「いただきます」』

    ブンドル団の大人たちはみんな、これらが欠けてしまったんですね。
    そんでもって全部持っていた少女を無理矢理仲間にしたり、あるいは持つことも許されないロボットを開発したり。改めて色々やってくれたものです。

    しかしまあ、ここに来てとんでもない独り占めを宣言されて面食らいました。
    一方でずっとフワフワしてたゴーダッツの行動目的が作品テーマに肉薄してきて、ちょっとワクワクもしてます。

    • 疲ぃ より:

       まあ、メイン視聴者層が幼児だと思えばお父さんへの独占欲は身につまされる話の範疇なので・・・。
       お婆ちゃんが亡くなっても「離れていても、離れはしない」やってるゆいと、ジンジャーの死で真意を確認できなくなったフェンネルというのもなかなかの好対照ですよね。あとはプリキュアの涙さえあれば死んだあの男に会うことができる。(ヒヒヒヒーン!)

       ついでにごはんへの思い入れが強すぎて逆にごはんを世界征服の道具にしちゃった拗らせケットシーさんも仲間に加えちゃいましょう。

  2. 与方藤士朗 より:

    フェンネル氏の名前を見聞きしていつも思っておりました。
    いつ寝る、ってことか。まあ、仕事人間の象徴ではないかな、とも。
    あるいは、一人で飯食わざるを得ない人たちとか、ね。
    よねばあさんは、そういう人たちの存在に意識が向いていなかったとは、思いたくない。
    だが彼女の弁は、それを教条主義に走らせる要素があったことは、どうやら間違いなさそうだ。

    集団で食事をすれば、みんながいて楽しい。
    そのようなプロパガンダの出来損ないを押し付けていたのが、昭和のヘッポコ福祉(教育もですな)です。
    ~これは経験則上、ゴーダッツ越えの問答無用で言わせていただきたい話です。
    そこに目をつぶってほいほいとやっていると、そのひずみはいつか、必ず、ツケとして回って来るのに、ね。

    そういう意味では、私はフェンネル氏を一概に責めたくはない。
    私と同じような要素を持っている気がして、ならんのです。
    ただ、明らかに違うところは、あります。
    私なら、彼のようにゴーダッツとして云々という行動には、出ないでしょう。
    朝日新聞に抗議して、その抗議に行った先で自決した野村秋介氏や、かの市ヶ谷演説の上切腹をして果てた三島由紀夫市のようになるのではないかとも、思われてならんのです。
    実は、食べることをテーマにすると、そういうレベルの話まで至る可能性が出てくるのです。
    食べることは、実は、人間の自由や尊厳にまで、話しが至るものなのです。

    ただただ、みんなで仲良く食べられればいいってものではないのだ。
    そこまでに思いを至らせることのできる人物が、今プリキュアを観ている子どもたちの中からいくらかでも出てきてくれたらなと思っておりますが、これは、大阪タイガースの吉田・三宅の三遊間をもう一度のような夢物語でしかないのかもしれない。
    それでも、あえて、言いたくなりましたね。

    最後に、少しばかりオマケ。
    素のセクレトルーさん、何だか、裏番組のスポーツコーナーのメガネおねえさまと雰囲気が・・・(以下略)。
    ひょっとして彼女の真の任務は、可の裏番組から視聴率を、
    ブンドル!ブンドル~!
    なのかもしれません。

    • 疲ぃ より:

       Whenを「フエン」と読むのは世代がバレるでございます。24時間働けますか?

       今の時代の個人主義も大概アレですが、一昔前の全体主義も被害者は多かったですからね。個別対応するのがベストだっていうのはずっと言われていることなんですが、そうしたくても現実的にリソースが全然足りてないっていう。(※ 個別対応と個人主義は全然別物です)

       今作のテーマ的に「みんなで」そのものへの批判はおそらく仕掛けてこないでしょうが、ナルシストルーやセクレトルーのような個別特殊事情には言及してくれているので、おそらく伝わる人には伝わると思いますよ。

  3. 亀ちゃん より:

    今日はデリシャスパーティプリキュアのクリスマスで、ゴッソリウバウゾーを浄化してから予想外の変化球に、バッドエンドとなり午前中はいとこのお姉さんの次女に対して9割以上ウソをついてしまった感じがして、申し訳なさが全開になる話でした!!(大汗)
    それでもフェンネルがゴーダッツであることを暴く際、「今さら気づいても(もう)遅い」と言い放ち切ったのはシックリ着ました!!☆☆♬
    数パーセントプリキュアが登場するメディア作品的に感慨深さがありました!!☆☆♬
    それから「ああ スペシャルデリシャストーンだ」というセリフもシックリ着ました!!☆☆♬
    2020年から2021年にかけてのレンジャー系・キラメイジャーではキラメイイエローがラスボスの女の化身に対して
    お前 人間のことが大好きだったんじゃなかったのか!!!?
    と聞き求めつけると
    ああ 大好きだ
    というセリフが印象的だったこと今でも昨日のことのように覚えています
    だから8時30分から始まって10時までに終わるニチアサ的に感慨深いセリフでした!!☆☆♬
    でもって私のお母様はオープニングも含めて3回面白いと口にしました
    で、来週は年末年始のため、ほとんどのアニメがお休みなのです

    >プリキュアとは完全に無関係なことで言いたい雑談は
    おかやま山陽高校がある地域のレディ薬局にて、エクレアやシュークリームなどを陳列しているコーナーにあるマーラーカオ風のプディングが旨味を感じたような気がしますね
    いくらでも食べたくなるようなクセになる味わいでした!!☆☆♬
    だからおかやま山陽高校がある地域の近くでは、金光薬品玉島勇崎や広島県福山市の南東部にあるウェルシアでも販売して欲しいものです
    Tポイントのクジであるカッテミルに投稿したい気持ちもあるのでなおさらです

    • 疲ぃ より:

       今作のラスボス、前期OPからずっと登場している割に妙に存在意義が感じられないってあたり今になって考えると怪しさプンプンだったわけですが、毎週見ていると意外にそう感じなかったあたりうまく誘導されていましたね。特にストーリー上特に必然性のない猫仮面。
       巷では歴代ワーストともっぱらの評判のクソダサ衣装。個人的には『スイートプリキュア』終盤の3バカと並べてみたいところ。

  4. 東堂伊豆守 より:

    後継者の育成で失敗こいたジンジャー氏の尻拭いを、後継者の育成に成功した和実よねさん(の孫達)が引き受ける――――というのが本作「デリシャスパーティプリキュア」の基本構造、と理解してよろしいのか、な?
    とにかく、たとえジンジャー氏が「黒幕」ではなかったとしても「全ての元凶」「諸悪の根源」であることは否定しようがないわけですが。
    いや、ジンジャー氏の弟子・フェンネルに対する妙に念入りな追い詰めっぷりを見ていると、実は意図的に、フェンネルを反逆者の道に走らせる為にやったんではないか……という疑念が拭えないんですよね。
    そういえば、ジンジャーは何故ローズマリーに「俺の財布に予備のデリシャストーンを隠しておいたニャ」とストレートに伝えず、「俺の財布、役立てるニャ」などと謎かけ台詞で遠回しに伝えてきたのか。そんな回りくどいやり方をする必然性は全く無いわけで、根っからの愉快犯気質なのか、あるいはやはり何らかの策略があったのか。――――何にせよ、舌先三寸で弟子達を振り回し、疑心暗鬼の混沌を生み出していがみ合いに追い込んだ挙げ句、遂には世界を巻き込む騒動にまで発展させる、はた迷惑なクソ師匠であることは間違いないんですよねぇ。
    なんかだんだん「猫を被っている男」ジンジャーが犬神佐兵衛(「犬神家の一族」における全ての元凶)に見えてきたぞ。この調子だと最後にフェンネルが毒入り煙草を吸って自害、ローズマリーが「しまったああ!!!」と絶叫するハメになるんじゃ……。
    ところでこの「犬神家の一族」において、一族の忌まわしい呪いを解く“最後に残された希望”として呈示されるのが、佐兵衛の孫・佐清と野々宮珠世の若い男女カップルなんですが……品田拓海と和実ゆい……うん、やっぱり犬神家だな。

    • 疲ぃ より:

       ここまでのところ全然回想に出てこないローズマリーがしれっと片割れを継承しているのがまた劣等感を刺激してますよねアレ。悪気はなかっただろうことはなんとなく信じられるんですが。

       財布のはアレ、絶対ローズマリーと過去で会ってから仕込むことを決めたんでしょうに、あれが因果律改変にあたらなかったことがむしろびっくりです。

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