ゼノブレイド2 黄金の国イーラ プレイ日記 最終回「ヒトノワ」

いつか、きっと――。

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※ 注意:本編最終話までを含むネタバレに関して、このブログは一切配慮しません。
※ そのくせ本編での描写がところどころ頭からすっぽ抜けている可能性もありますが、それはそれです。

(主観的)あらすじ

 そして物語は未来へつながっていきます。

 シンたちはイーラに生きる人々の心をつなぎました。万一のときのために脱出艇をつくる者、シェルターをつくる者、心残りを片づける者に、己が新たな役割を見出す者、誰かを愛する者、誰かの過ちを許す者、誰かの命を救う者、たくさんの人生のきらめき。人の出会いがいくつもの奇跡を起こしました。数多くの人の輪 / 人の和がシンたちの背中を支えてくれます。
 不可解なことに、メツはそのあいだ表立った破壊活動を止めていました。まるで何かを待つように。

 シンたちはイーラのコアの前でメツと激突しました。メツはイーラのアルスを世界を灼く道具として利用するつもりなのだと思われました。
 果たしてイーラの破滅がはじまります。メツがヒカリを挑発するように王都アウルリウムを灼いてみせ、ヒカリは嘆きのあまり力を暴走させました。もはやアデルの言葉も届きません。衝動に身を任せて戦うふたつの天の聖杯の余波は周辺全てを焼き尽くし、メツを倒したときにはイーラが沈みゆくのを待つばかり。
 「助、けて――」
 ヒカリの助けを求める声はドライバーであるアデルではなく、未来視を通して、500年後に出会うことになるひとりの少年に向かいます。戦いのあとでヒカリはミルトが戦火に焼かれたことを知り、自分が大切な人を救えず、また自分も救われないことに絶望し、ホムラという新たな人格の裏に逃避してしまうのでした。

 それからのシンたちの旅路には悲しみが多く連なることになります。
 アデルに託された伝言を運ぶ旅の途中でブレイドイーターの失敗作であるゴウトの襲撃を受け、メツを倒したところで世界が平和になったわけではないことを実感。そしてたどり着いた抵抗軍キャンプにて今度はマルベーニのブレイド狩りにあい、ラウラは道半ばで散りゆきます。
 サタヒコは抵抗軍の残党とともにブレイドイーターの被験体にされ、人間への失望をいっそう深めていくことになります。
 マルベーニに回収されたカスミはコアクリスタルの半分を食われて名前を失い、己を貶めた法王庁の象徴として仕えていくことになります。
 シンとラウラは愛しい想い出たちが失われゆくことを嘆き、シンがマンイーターとなることでそれを世界に繋ぎとめることを選択します。世界が終わる日まで続くであろう、悲嘆に満ちた永遠のはじまりです。

 戦いのなかでユーゴはアデルを庇って倒れ、彼の崩御を悼む特別執権官の手を経てカグツチとワダツミのコアクリスタルはスペルビアへ帰りました。ともに旅した記録はカグツチの日記として未来へ引き継がれていきます。
 アデルはリベラリタス島嶼群へ渡り、ヒカリの暴走させた力とホムラの肉体を別々に封印しました。抵抗軍を中核とした難民たちとの合流は残念ながら果たされず、事前に避難していたわずかな人々と身重の妻とともにその生涯を静かに終えます。
 ミノチはアデルの元から離れ一人旅に戻りました。旅の途中で書き上げた戯曲は後にインヴィディアの劇場で長く愛されることになり、アデルの勇名を不動のものとします。孤児院をつくりたがっていたラウラの影響を受けてか孤児をひとり養うことにも。
 生き残ったイーラ国民の大多数は王弟ゼッタとともに新天地ルクスリアへ降り、以後、法王庁の支配下で長い鎖国を続けていきます。つないだ血脈はいかなる因果か、後にアデルによく似た気質の王子を輩出することになります。

 それぞれの物語の顛末は悲しみとともに綴られましたが、それでも彼らは絆の力を信じつづけました。絆があるかぎり、いつかきっと、この世界は変われると。
 かくしてシンたちがつないだヒトノワは500年後に引き継がれます。
 希望を信じながら果たせなかった人々の系譜にひとりの少年が生まれ、アデルが救えなかった天の聖杯の心を救い、シンとラウラが苦悩した絆の永遠なることを証明し、破滅を求めるマルベーニたちの妄執を乗り越え、神様が見捨てたクソッタレな世界のありかたを覆して、この世界は生まれ変わることになります。ずっと彼らが夢見ていたとおりに。

 永遠なんていらない。それでも道は果てなく続いていきます。あなたが望んだとおりに。
 行く宛てのない想い出を抱えてひとりさまようシンがやがて少年と道を交差させるとき、この物語の続きが紡がれます。

 思いのほかサブイベントがしっかりシナリオに絡んでいましたね。むしろヒトノワこそメインシナリオといっても過言じゃないくらい。胸に響いたセリフだけでもスクショしておけばよかった。
 今作ってムービー外で重要なことがよく語られるのでイベントシアターだけじゃ足りないんですね。あれとかこれとか頭に入れておかないとエンディングがバッドエンドに見えかねません。まあ本編での500年後の描写だけでも足りるっちゃ足りますが。

 本編の感想文でああいうことを書いておいてなんですが、今回はガッツリネタバレしていきます。

霧散幻想

 「我が後胤たちよ。私はアデル・オルドー。私は今日ここに天の聖杯を封印する。しかしそれは永劫のものではない。いつの日にか、我々人が天の聖杯にふさわしい存在となれたときのため、彼女を後世に託そうと思う――」

 メツを倒すことはできました。しかし実際に戦った彼らにとって、それはとても勝利と呼べるものではありませんでした。特にアデルにとっては。
 彼はこの瞬間に至るまで正しく理解できていませんでした。自分の器量不足を改めて思い知らされました。いったいどうして人とブレイドは絆をつなぐのでしょう。

 「――彼女は希望だ。人がより良き存在として生きることができたとき、彼女はきっと応えてくれるだろう。その日が来ることを信じて、我が願いとともに・・・」

 天の聖杯とは何だろうか?
 何のために存在するのだろうか?
 何のために強大な力を持っているのだろうか?
 ・・・自分にとって、ヒカリとは何者だっただろうか?

 「強い力を持つには資格が要る――。ましてや天の聖杯となればなおさらだ」
 「ヒカリの力を充分に扱いきれていないままでは多くの兵を死なせてしまうかもしれない・・・。それが怖かったんだ」

 ずっと天の聖杯の力を恐れていました。
 自分の大切なものを壊してしまわないよう制御に腐心し、そのためにヒカリにも人間にとって大切なことをひとつひとつ教えつづけてきました。最初のころはあらゆるものに対して他人事だったヒカリが、いつからか自分から街の人々の助けになりたいと言うようになっていました。絆が生みだす力を認め、メツと対峙してはその強さを誇るようになっていました。
 その結果が、これです。
 「そ、そんな。ミルト――。ああぁぁぁ!!」
 ヒカリは心通わせた人々の命が失われていく様を見て、ひどく取り乱しました。

 アデルにとって、天の聖杯とは扱いに慎重さを要する危険な力でした。
 アデルにとって、それでも彼女の力はメツに対抗するために必要なものでした。
 だから彼女に人間が大切に思っていることを教え込んで、その強大な力を制御しようとしました。
 ・・・そんなアデルにとって、ヒカリという人物はいったい何者だったでしょうか?

 「ま、待つんだ、ヒカリ。このままじゃ・・・。ヒカリー!!」
 取り乱し、暴走をはじめるヒカリにアデルの声は届きません。
 ヒカリの心はドライバーであるアデルではなく、遠い未来の誰かに助けを求めていました。

 ヒカリに対し、アデルはずっと人間の都合ばかりを語り聞かせていました。
 そのたびに悔しい思い、もどかしい思いを我慢していた彼女に、アデルは何も言ってくれませんでした。
 アデルには守りたいものが多すぎて、そんなところにまで気が回りませんでした。
 アデルにとって、ヒカリとは何者だったのでしょうか?
 ヒカリというひとりの個人について何か考えてあげられていたでしょうか?

 「私、は・・・。私は・・・。助、けて――」
 ヒカリの思いはアデルに届きません。
 ヒカリはアデルの求めに応じて力を振るいましたが、アデルの方はヒカリという個人に目を向けてくれませんでした。
 ・・・人とブレイドとの絆って、そんな一方通行なものだったでしょうか?

 暴走したヒカリはセイレーンを呼び出してメツと戦います。イーラの大地を焼いてしまうことを気に留めず、仲間の誰の力も借りず。
 「必要ねえからだよ、俺には」
 以前メツが言っていたとおりでした。絆の生みだす力は、デバイスの使用をためらうことに見合うほどの強さではありませんでした。・・・少なくとも今のヒカリとつながっている程度の絆では。
 「それだよそれ! それこそが親父が俺たちに与えた力だ。この世界が望んだ力だ。俺も、お前も、そのためにここにいる!」
 もはやヒカリはメツに反論するための言葉を持てません。だって、絆の力よりも元々備わっていた破壊の力の方が現に強力なのですから。
 いかにヒカリ個人が絆というものを愛していたとしても、絆は彼女に必要なだけの力を貸してくれません。

 いいえ。彼女が人間との絆を愛していればこそ、理想と現実のギャップが彼女をいっそう苦しめます。
 彼女のドライバーは、人々との絆は、今のこの世界は、ヒカリの愛に充分に応えてくれませんでした。

 天の聖杯とはひとりの少女でした。
 彼女は天の聖杯である前にひとりの個人として生まれてきました。
 どんなに強大な力を持っていようが、そんなものとは関係なしに絆の力を信じ、そして絶望しました。
 ・・・アデルはこの日、そのことを思い知ります。

 「我が後胤たちよ。私はアデル・オルドー。私は今日ここに天の聖杯を封印する。しかしそれは永劫のものではない。いつの日にか、我々人が天の聖杯にふさわしい存在となれたときのため、彼女を後世に託そうと思う――」

 どうか、自分には救ってあげられなかったひとりの少女を、未来の誰かが救ってくれますように。

少女幻想

 「人間はね、誰かに忘れられることの方がずっと辛いの。だから自分の存在を残そうと足掻き生きる」
 「次に目覚めたとき、あなたは私のことを忘れているんだよね。シン。あなたに忘れられるのが――絆が消えるのが、さびしいよ」

 ひとりの少女が今際の際に呪いを残しました。
 この世界から自分の想い出が失われずに済むように。そんなごく個人的な身勝手のために。
 ひとりの青年は自ら望んでその呪いを受け入れました。
 彼女ひとりのための永遠となるために。永遠に生きることなんて本当は望んでいなかったくせに。

 望まぬ永遠を得た青年はひとりで生きつづけなければならない苦痛に耐えかね、やがて想い出を刻むべき世界そのものを終わらせることでこの永遠の呪いから解放されることを考えるようになります。
 その呪いを、絆といいました。

 この世界にしがみつきつづけることが恥ずべきことだというのはわかっていました。
 「上等だあ。どんだけ俺を楽しませてくれんのか期待ではち切れそうだぜ、ラウラあ」
 ゴウトは異形の姿になってまでも個人的な享楽に執着しつづけ、それを愚かしく思うラウラたちの手で排除されました。
 その無様を見ていてなお、ラウラ自身もまた想い出を刻み残したいという願いを捨てきれませんでした。
 「わかっていたけど――、いざそのときが来るとダメだね。困らせてごめんね・・・」
 そして、ゴウトと違って彼女の願いには応える者がいました。
 「あるんだ。たったひとつだけ・・・。君と俺が生きる方法が――」
 絆こそがこの呪いを成立せしめました。

 「気付いているんじゃないか? 人間の本当の姿に。全てがお前のドライバーじゃないんだぜ」
 実際はゴウトのようなゲスだけでなく、ラウラのような善人にだって生臭い執着心はありました。けれどゴウトのものが絶たれ、ラウラの執着するものだけが叶えられたのは、彼女が善人だからではなく、ただ大切な人と絆をつないでいたからでした。
 そもそも500年後の未来においてはメツの終末願望すらもが希望へつなげられます。彼の思いを受け止めたレックスたちによって。
 あくまで絆です。この世界に繋ぎとめられ、永遠たりうる資格があるものとは。

 神様の構築した記憶の循環システムもあえて善悪を選別することはせず、むしろその結果で世界が善悪どちらに傾くかを占おうとしたところがありました。
 ならばこの世界をクソッタレなものにせしめた根本原因こそ“絆”であるともいえるでしょう。

 「いいねえ、その顔。よし決めた。この国を消滅させるのはしばらく待ってやる。こいつを取り戻したかったらアルスのコアまで来い。そのときに決着だ」
 メツは特に必要もないはずなのにイーラのコアを狙いました。その理由についてはっきりとは言及されていませんが・・・。
 決戦時の彼の言動からして、おそらくは人間自身が破滅を望んでいるという自論が正しいことをヒカリたちに証明したかったんだろうと思います。実際、イーラは人間との絆を愛していたはずのヒカリの絶望によって沈められることになりました。
 彼の思想の根本はマルベーニの影響下にあり、そしてマルベーニが世界を破壊しようとするのは神の意志の代行者になるためです。マルベーニは直接神様の言葉を聞いたわけではなく、実際のところは彼が勝手に想像した“神の意志”でしかないのですが――。ともかく、その思想の根本が神の意志にある以上、マルベーニとメツは世界が神罰を受けるに足ることを証明しなければならないわけです。

 マルベーニとメツとの絆は世界を破壊し、アデルとヒカリとの絆はヒカリを絶望せしめ、そしてラウラとシンとの絆は500年続く悲しい呪いを生みだしました。あとメタなことをいえば、ヒトノワをがんばってつくったプレイヤーほどこのエンディングが悲劇めいて見えたでしょうし。
 絆がもたらすものは必ずしもステキなことばかりではありません。
 そもそもがラウラやアデル、ユーゴたちだって、自分の良心に自由であるためにしがらみを嫌っていたではないですか。そういうイヤなものだって人と人とをつなぐ絆です。

 「変われないんでしょうか、私たちは」
 「そんなことない。変われるよ、必ず。ねえ、シン」
 「ああ、そうだな。君たち人間と俺たちブレイドの絆があるかぎり、いつか、きっと」

 そういった諸々の悲劇を見てきてなお、シンやラウラたちは絆の善なることを信じつづけます。
 自分の個人的な想い出を世界に刻むことが善いことだと、命尽きる間際まで執着しつづけます。

 どうしてでしょうか?
 いったい彼らはどうしてそんなにも絆というものを信じられるのでしょうか?

英雄幻想

 その理由は、まあ、本編終盤でレックスが出した答えそのものなんですけどね。

 「お前が死んだあとはどうする。誰がそれを止める」
 「そのためにあんたたちがいるんじゃないか。そしてそれを一緒にやり遂げるのはオレじゃない、誰かだ!」

 「なぜそこまでする! 誰のために。何のために!」
 「誰のためでもない! そうすることでみんなが笑えるなら、命がつながっていくなら、それがオレの役目だからだ!」

 ここらへん。

 500年前のこの物語も、全てはそこへ着地するために綴られました。
 「全てを守る必要なんてない。ひとりの人間にできることは限られている。だが、君にしかできないこともある。――彼女のすべてを受け入れることさ」
 「彼女は恐れているんだ。自らの力を、運命を。・・・そして私も恐れた。天の聖杯の真の力を」
 「君が本当に守りたいと思うもの。そのために君は戦え。ブレイドは人とともにある」

 ヒカリの絶望とアデルの悔恨は、それでもその絆を通じて遠く500年後の未来へ託されました。

 「記憶は蓄積され、やがて人を、生物を変化させる。変化こそ進化。だがブレイドは刹那。コアに戻れば記憶は消えてしまう。その進化は閉ざされている」
 「たしかに人も死ねばそこまでだ。だが、個としては刹那であっても、集団として、文化として、記憶は受け継がれ進化していく」
 「なぜ人ごときに軛を架せられなければならん。ブレイドこそが世界そのものなのに。――この先の世界を見れば自ずとわかる。お前はここまで来てしまった。引き返すことは許さん」

 ラウラの悲嘆とシンの苦悩は、それでもその絆を通じて遠く500年後の未来へ託されました。

 そしてそのふたつはひとりの少年のもとで道を重ね、このクソッタレな世界のありかたをひっくり返しうる希望を導き出すことになります。
 だから、彼らの悲しみの多い運命は、それでもムダではありませんでした。

 「人は一生のあいだにどれだけの出会いと別れを繰り返すのだろうか。命の灯火が尽きるそのとき、誰の顔を思い浮かべるのだろうか。思い浮かべた笑顔とともに眠ることができるものは幸せなのだろう」
 誰しもそういう終わりが幸せだと思うものなのでしょう。ラウラたちはそれぞれ自分の思うとおりに生きられないしがらみに苦しめられて、それでも自由に生きたいと現実に抗いつづけました。
 「そう――、永遠など要らない。たとえ刹那であってもともにあればそれでいい。――だが、その機会を失ってしまった者はどうすればよいのだろうか」
 実際のところシンだけでなく全員が道半ばで倒れ伏し、あるいは挫折しました。オルネラとともに幸せに生きた過去のシンですら伴侶との別れに苦悩し、密かにマンイーターの秘術を研究していたくらいです。永遠であれ刹那であれ、幸せな終わりを迎えることがきっと一番難しい。
 ですが、それでも。あなたが生きたことが無意味なことであったとはいわせません。いわせたくありません。
 「道は果てなく続いている。私は歩きつづける。この道を行けばいつかはたどり着けると――」
 あなたはただまっすぐ前を向いて歩きつづければいい。どんな出会いにも別れにも目をそむけず。そこにはきっと、あなたにしかできないことがあるのだから。

 絆は嬉しい記憶も悲しい記憶も選別せずに循環させていきます。だからこそ絆を信じる意義があります。
 それはつまり、あなたのやり残した後悔もいつか誰かの手に託され、代わりに果たしてもらえるかもしれないということなんですから。そしてもちろんあなたの嬉しかった想い出はどこかの誰かを幸せにできるわけで。
 どちらに転んでも、そこにはあなたが精一杯生きたことに見合う価値が生まれるわけですね。
 絆でつながっているかぎり、あなたの生涯はいかなるものであれ未来において世界を変えるほどの希望をつくっていきます。
 だからあなたは安心して、あなたらしく前を向いてくれていい。

 いったい何のために私たちが88人(+1人)も巻き込んだヒトノワをつくらせられたというのか。
 そりゃあもちろん、イーラに生きた人々の絆を500年後のレックスのもとへつなげるためですよ。

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